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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第35章 ミナド村遠征隊編

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第605話 戦闘開始

 ナナミが意識を失うよりも時間は少しだけ、遡る。その前日。雨が本降りになる前の事、だった。


「それは本当か?」

「はい、大司教様・・・」


 ミナド村のすぐ外れにある森の中心部。そこに用意された儀式場にて、最も偉そうな男が仲間から報告を受けていた。


「それは素晴らしい。ぜひとも、確保しろ。ここももう終わりだ。すぐに戻って儀式の用意を始める事にしよう。何も、抜かり無いように・・・自ら獄門への道を潜ったあれらの為にも」

「・・・はい。それでは、贄とそれを運ぶ馬車の用意を進めさせて頂きます」

「そうしろ」


 大司教と呼ばれた真紅で縁取りされた漆黒のフード姿の男の言葉に、部下らしい男が頭を下げる。


「贄となる女を集めるのは、ここらでは流石にもう無理か・・・」


 部下が去っていった後、男が一人ごちる。彼こそが、カイトが追っていた事件の主犯、だった。何の因果か、彼はミナド村の近くの祭壇に来ていたのである。


「ここらは冒険者も殆ど通らんから集められん、というから私が直々に来たが・・・もう手はずはわかっているな?」

「はっ、大司教様のおかげで、やり方は理解致しました」


 大司教の言葉に、この場を取り仕切る部下が頭を下げる。と、それと同時に、一つの報告が舞い込んできた。


「大司教様。お耳に入れたい事が・・・」

「なんだ?」

「実は・・・」


 報告者は大司教の許しを得て、彼にたった今入ってきた内容を報告する。それは言うまでもない事だが、カイト達によってフィオネルの祭壇が壊滅させられた、という報告だった。


「ふむ・・・わかった。まあ、とは言え、あの祭壇を皇国の馬鹿共が理解出来るとは思えん。儀式が終わるまでは放置で良いだろう」

「かしこまりました」

「が・・・儀式の予定は早める事にしよう。我らが神の為・・・ここで邪魔される事はまかりならん。幾許か質の悪い贄については、事情故にご理解くださる事を願おう・・・それに、我らの儀式を邪魔したあの女も含めれば、ご理解くださるはずだ。連絡を送り、贄の用意を進めろ。多少強引でも構わん。贄を集める事を優先させろ。昼にはここを出て、私は神殿に戻る」

「かしこまりました」


 大司教と呼ばれた男の命令に従って、部下達が頭を下げる。彼らはこの命令によって、ナナミを拉致したのであった。そうして、部下達が去って行って、大司教と呼ばれた男もまた、自らが本来座すべき所へ戻る為の用意を進めるのだった。




 それから、数時間後。雨がかなり小降りになった頃。昼を過ぎてもナナミが帰ってこない事に気付いて、大規模な捜索隊が組まれていた。


「ちっ・・・やっぱ追えばよかった・・・」

「うん・・・」


 ツーマンセルを組んでいたソラと由利が、少し苦々しい顔でナナミの捜索を続ける。心情を慮っての事だったが、それが災いした様子だった。


「おーい!」

「ナナミー!」


 二人は声を張り上げて、ナナミを探す。だが梨の礫だった。と、そこで数を出して捜索をしていたから、だろう。翔が密かにこちらに連絡を入れてきた。


『ソラ。こっちに人を。奇妙な奴が居る』

「奇妙な奴?」

『ああ。麻袋を担いだフード姿の集団だ・・・ちょっと待て・・・今サーモグラフィーで・・・』


 通信の先の翔が、ヘッドギアの機能を使って麻袋の中身を確認しようと試みる。そして、その試みは正解、だった。サーモグラフィーとソナーを使っていなくなったナナミの居場所を探せないか、という事で持っていたのが、幸いした。


『やっぱな・・・中に人っぽいのが入ってる』

「つっ!? じゃあ! おい、急いで向かうぞ!」


 この状況で、だ。彼らがナナミを拐ったとしか思えず、ソラの顔が一気に強張る。だが、そうして出された大声に、翔が待ったを掛けた。


『あ、馬鹿! 大声出すな! ちっ!』

「どうした!?」

『お前の大声であいつら気付いたんだよ! 走りだしやがった!』


 小声で翔がソラを怒鳴りつける。それに、ソラと由利は顔を見合わせると、森の方角に移動を始める。


『良し!・・・マーカー撃ち込んだ! 俺はこっちで待ってる! 武器用意して早く来い! マーカーの探知距離は20キロ! 森を北に抜けられると、追いつけなくなるぞ!』

「ああ!・・・全員、聞こえるな!? 全員武器を用意して森側に集合だ!」


 翔からの報告に、ソラが全員に集合を掛ける。そうしてすぐに、コラソン達村の警備隊と男衆達自警団を含めた人員が武器を持って集まり始める。


「ソラ! こっちだ! 全員武器の用意はできてるな!」

「お前のも持ってきてやった! ほらよ!」

「おう!」


 翔はソラから投げ渡された自分の短剣を懐に装着する。どうやら彼は防具はリストバンドの機能を使って忍者衣装を装着して代用する事にしたようだ。内側には鎖帷子を身に着けているので、防御力の面での問題はないだろう。


「今どの辺だ!」

「森の中心に向かって移動してる! まだ移動中だから、急げば間に合う!」

「おい、何人か足りないぞ!」


 翔がソラの問いかけに答えるとほぼ同時に、何人か足りていない事に気付いた一人が声を上げる。それに、ソラが怒鳴った。


「通信機使えよ! おい、こちらソラだ! まだ着いてない奴は返事しろ!・・・おい! 返事しろって!」

「ねえ、ソラ。もしかして・・・拐われたとか、無い?」


 苛立ち紛れに通信機に声を響かせたソラだが、横合いから掛けられた由利の言葉にはっとなる。返事が無いのでは無く出来ない、とするのなら、何度呼びかけても応答が無い事の筋が通った。


「ちぃ! じゃあ、全員・・・いや、落ち着けって・・・」


 全員で行くぞ、といいそうになった所で、ぶんぶんと血の上った頭を振る。そうして、ソラは深呼吸を一つ入れた。

 すると、雨で涼しくなった夏の湿った空気が、肺腑に入ってきて、頭が冷やされる。そんなソラに、妹が拐われたとあってかなりの焦りを浮かべているコラソンが声を荒げた。


「おい、ソラ! 何してんだ、さっさと行くぞ!」

「いや、おっさん・・・あんたと村の男衆の皆さんは村で待機しておいてくれ。もし奴らがまた戻ってきたら大事だろ?」

「つっ! ああ・・・そう・・・だな・・・だが、俺は同行させてくれ。これでも元は冒険者だ。森での戦闘も慣れてるし、妹が拐われてんだ」


 ソラの言葉に、コラソンが僅かに落ち着いて今打つべき手を見つめなおす。本来は警備隊長である彼が率先して出るべきでは無いだろうが、彼でもただ単に待っているだけでは出来なかったようだ。


「わかった。じゃあ、それで」

「おう・・・男衆は全員、大急ぎで村にもどれ! 決められた通り各家族を集めて、村長宅に集合! そこで防備を固めろ! 警備隊の奴らは村長宅を護衛! それと平行して親父に言って、近隣の村と領主様に連絡を入れろ!」


 コラソンは落ち着くと大急ぎで自らが率いる警備隊と自警団の男衆に指示を送る。そうして、自警団の面々が各々の家に伝令に行き、警備隊の面々がそれを護衛していく。それを背後に、ソラが号令を出した。


「じゃあ、全員行くぞ!」

「おう!」


 自分達の仲間まで拐われているのだ。冒険部の面々もやる気に満ちあふれていた。そうして、一同は一直線にほぼ全速力で森を駆け抜ける。

 幸いにして昨日の間に森の南側は掃討作業が終了し、更には魔物の出現を抑える魔法陣も十全に働いている頃だ。おかげでソラ達はスタミナをほとんど消費することなく、20キロほどを駆け抜ける事が出来た。が、そこで、先頭を行くソラに、翔が声を上げた。


「おい、ソラ! 一度停止しろ!」

「なんだよ!?」

「ずれてんだよ! もう少し東だ!」

「っと! わかった!」


 最先頭で魔物や敵からの攻撃を警戒していたが故にソラが最先頭だったのだが、それ故に、少しだけずれていた様だ。そうして、ソラが少しだけ進路を変えて、再び進み始める。

 だが、そうして進み始めて少しすると、今度は東に行き過ぎていた。そんな自分達を見て、翔が違和感に気付いた。


「いや、まて・・・これ、可怪しいぞ・・・おい、ソラ!」

「次はなんだよ!」

「なんか仕掛けられてる! まっすぐ進めてない!」

「つっ! そういうことか!」


 昨日も、まっすぐ進んでいるつもりなのにまっすぐ進めなかったのだ。単なる偶然か、と思っていたのだが、どうやらナナミや仲間達を拐った奴らが何らかの手を施して中心部に行けない様に細工をしていたのだろう、とソラがすべてに納得する。そして、それを聞いて、コラソンが苛立ちの声を上げた。


「ちぃ! どうする!?」

「・・・ちぃ・・・」


 どうするか、と考えても焦ったソラの頭では即座に答えは出ない。というより、今のソラ達には手は無い様に思えた。が、ここで声を上げたのは、夕陽だった。


「先輩! じゃあ、俺に任せてくださいよ!」

「あ?」

「ホントはもっとかっこいい場面で使いたかったんすけど・・・こういう仲間のピンチってのもかっこいいとこっしょ! へんっしん!」


 夕陽はソラの前に出ると、それと同時にベルトのスイッチを押し込む。そうして現れたのは、某ライダー風の鎧――と言っても簡易型――を身に纏った夕陽だ。


「・・・なんだそりゃ?」

『この間貰った鎧っすよ! これに移動ルート指示の機能あるんで、それ使うんっす!』


 コラソンの問いかけに、夕陽が答える。


『えっと・・・翔先輩! どっち行きゃあいいんっすか!?』

「こっち真っ直ぐだ! まだ動いてる! もし動き変えたら俺が言ってやる!」

『うっす! じゃあ、自動・・・あれ? あ、先輩! これそっちのマーカーとリンク出来る機能あるっぽいっすよ!』


 歩き始めようとした夕陽だが、そこで現れた『付近のマーカーとのデータリンクを行いますか?』という表示を見て、声を上げた。


「あ?・・・あった! これだ! そっちにデータ送る!」

『おっしゃ! これで行ける! 全員、俺について来い!』


 翔からのデータを受け取った夕陽が、マーカーへ向けて一直線に走り始める。そうして更に3キロほど進むと、驚いた様子の敵の集団に遭遇した。

 当たり前だが、敵はこんなマーカーを仕掛けられている事も、追尾機能がある事も把握していない。それ以前にこれを予想して対処しろ、というのはこちらの人間に人工衛星の技術を理解しろ、と言っているに等しい。驚くのは当然だった。


「なっ!? 貴様ら、どうやってここに!」

「御託はいいから、拐った奴を返しやがれ!」

「奴らを防げ! もう少しで大司教様が贄と共にここを出られる! それまで防ぐんだ!」

「つっ! 全員、大急ぎでやるぞ! 急がないと、どっか連れてかれる!」


 一瞬で応戦体制を整えた敵とその指示に、ソラ達は顔を見開く。どうやら、敵はナナミ達を連れ去ろうとしているらしいと理解したのだ。

 とは言え、そのままでは自分達以外は問題、だろう。なにせ同じ人を殺した事があるのは、この中の半分以下だった。なので、ソラは大急ぎで指示を送る。


「対人戦だ! 出来ない奴は後ろ下がれ! 殺す覚悟で敵は来る! 殺す覚悟ができてる奴だけ、前にでろ! それ以外は後ろで援護してろ!」

「行け! 勢いだけで押し切れ!」


 知り合いや仲間を何人も拐われているこの状況だ。流石に誰も後ろに下がるつもりは無いらしい。そんな覚悟を見て、ソラは苦々しい思いを感じつつも、一気に突撃を開始する。

 カイトは居ない。ティナも居ない。とある理由により同じく人殺しを見ている翔もおらず、瞬も勿論、ここに居ない。ならば、彼が最前線を進むしか、なかった。


「うぉおお! <<天羽々斬(あめのはばきり)>>!」


 ソラは全力で仕込み盾に力を込めて、遠慮無く斬撃を放つ。この状況だ。遠慮は出来ないし、手加減は出来なかった。

 そうなれば、結果は当然、だ。人を殺せるだけの力を人を殺す意思を持って振るうのだ。ソラの武器技(アーツ)の一撃で、3人ほどのフード姿の男が胴体から両断されて、地面に倒れ伏した。それを切り込みとして、一気に冒険部の面々とコラソンが敵陣に雪崩れ込む。


「なっ!? これは神の力!? 何処の神だ!?」

「構うな! 何としてでも食い止めろ!」

「適当にぶん殴ってでもいいから、倒しゃいいんだ! とりあえず奥行って人質救出するのが、最優先だ!」


 戦いの開始と同時に人殺しへの恐怖感が拭えない面々に対して、コラソンが冒険者の先達として声を上げる。彼は昔々冒険者だった頃には他領主の所へ行って、盗賊達と戦う事があったのだ。殺す意味と殺す事の覚悟は、出来上がっていた。そうして、戦闘が始まってすぐ。夕陽が声を上げた。


「なんだこいつ! 攻撃が効かない!?」

『ソラ先輩! 俺こいつらの攻撃効かないっぽいんで、先行った方がいいっすか!?』

「やめろ! 先に大司教ってのが居るかもしれないんだろ! 幾ら『無冠の部隊(ノーオーダーズ)』謹製つっても俺らが使うレベルで魔術効かねえって保証は無いだろ!」

『つっ! そっすね! すんません!』


 ソラの言葉に、夕陽が謝罪する。確かにここを守る者達程度では特段の問題があるとは思えないが、その先に居る大司祭とやらまでがそうとは思えない。ソラの考えに夕陽も従う事にしたのだ。そうして、ソラ達と宗教集団の戦いが、始まったのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第606話『追撃戦開始』

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