第602話 掃討戦開始
ミナド村の依頼を受けて翌日。ソラ達は村の異変は気になる所だったが、それ以上に、森の魔物の討伐をしなければならなかった。そもそも依頼では無いし、ミナド村では被害は出ていない。おまけに原因が不明で対症療法としてコラソン率いる自警団や村の男衆の巡回はされているので、ソラ達は農作業に影響が出ない内に、魔物の討伐を行わなければならなかったのだ。とは言え、森を注意して討伐作業を行う程度は、許される事だった。
「と、言うわけで、一応森の中に不審者等が居ないか注意しておくこと。パーティはツーマンセル。絶対に一人にはなるなよ」
「了解」
ソラから受けた注意を受けて、一同が気を引き締める。森の中に今回の一件の犯人が居るかどうかは不明だが、もしそれが居て、更には自分達の敵だった場合、注意しないといけないだろう事は確実だ。特に隠れられる所の多い森では油断なぞ出来なかった。
「えっと、それで獣人の奴らにお願いだけど、俺達以外の人の匂いがしたら、報告頼む。近くの村の人達が時々捜索に入ったりはするらしいけど、急に鉢合わせたらわかんないからな」
「はーい」
今回、獣人はカナンを筆頭に数人同行してくれている。やはり森となれば、エルフや彼らの領域だ。敵としてもそこまで強いわけでは無いので、比較的割のいい仕事、と受ける者は少なくなかったのだ。
「なんかわかる?」
「・・・ダメ。わかんない。そもそも森は森そのものの匂いが強いし・・・まあ、流石に私達獣人でも、獣化出来ないクラスだと数十キロも先の匂いはわからないから、ね」
魅衣の問いかけに、カナンが苦笑気味に首を振る。まあ、カナンの言う通り獣人の中でも最高位に位置するルゥならやれるが、流石に冒険部に所属してくれる獣人程度では、そこまでの身体性能は望めなかった。
「まあ、それに今日は表層部だけだから、明後日以降は雨で森の匂いが消えて、何か分かるかも・・・?」
「自信無さそうねー」
「いや、私ハーフだよ? そこまでの能力無いって・・・」
「こんな立派な耳っぽい髪の毛あるのにねー」
「あ、ちょっと、やめてよー。これ耳じゃ無いってばー」
ぽふぽふと魅衣からケモノ耳風の髪の毛を撫ぜられ、カナンが少し楽しげな声でその手を振り払おうとする。カナンの仲間が死んでから、既に2ヶ月と少し。魅衣やティナと言ったよく関わる少女達とは、このように大分とじゃれあえるようになっていた。
「おーい! そろそろ仕事始めるぞー!」
「あ、わかってるー!」
ソラからの声に、魅衣がじゃれあいをやめて腰に吊り下げていたレイピアを手にする。そしてそれに合わせて、カナンも新たに桔梗と撫子から調整をしてもらった愛用の短剣を抜き放つ。
それはかつてよりも切れ味はかなり増していて、更に肉厚に作りなおされていた。新しく仲間になった獣人の女の子に使いやすいように調整をしてくれたのである。
「良し。じゃあ、行こっか」
「うん」
カナンと魅衣は今回の組み合わせではコンビ、だった。元来手数を重視して翻弄するタイプの戦士である魅衣と獣人としての機動力を活かして戦うカナンの相性は悪くはない。決め手に少し欠ける程度が問題だが、切れ目無く連携が出来る点から見ればは、相性が良かった。そうして、一同は魔物の掃討作戦を開始するのだった。
魔物の討伐を開始して、二日目。夕方になり、今日の作業には一区切り着ける時間になっていた。
「行くぜ、<<草薙剣>>!」
ソラの仕込み盾のブレードから、緑色の斬撃が迸る。そしてざん、という音と共に、木の魔物の討伐が完了する。本来トレントは森の中心部を生息地としていて外周部までは出てくる事は稀らしいのだが、どうやらその稀が起きた為、ソラと由利が請われて前に出ていたのである。
「よっしゃ。昔よりもよゆー」
「前の何だったんだろうねー・・・」
「わっかんねーよな、そこ・・・」
「結局、あの3体だけ、なのかなー」
トレントの討伐を終えたソラの言葉に、由利が首を傾げる。未だにあの時何が起きて魔物が奇妙な知恵を働かせたのかは不明だが、この森で今回出会ったトレントはそんな誰かを拘束しようとする事もなかった。
まあ、それだけソラ達がパワーアップしているから、とも見做せたが、謎は結局彼らにとっては謎のまま、だった。
「まあ、考えてもわかんねーもんは、考えてもわかんねーだろ。それより、ソラ、さっさと棒突き刺して今日の仕事終わらせとこうぜ」
「お、そうだな」
翔の言葉に、ソラはかしゃん、とブレードを盾の中に収納して、腰から吊り下げていた魔法陣を刻む為の魔道具を取り出すと地面に突き刺した。これで、他の面々の仕事が終われば、森の外周部の封じ込め作戦は終了だった。
「よし。これで、問題は無いよな・・・」
青く光り始めた棒の頭の部分を見て、ソラが一つ頷く。これで後数時間もすれば魔法陣が地中に完全に定着して、しばらくの間はこの辺りに魔物は発生し難くなる。
まあ、それまでずっと居るわけにはいかないのでこれはこの場で放置になるが、この棒そのものに魔物から見えなくなるような刻印が刻まれているらしく問題は無い、との事だった。
「じゃあ、とりあえず全員作業が終了したら帰るか」
「やっぱこの森雑魚だけ、だよねー」
「ゴブリンとトレントで雑魚、って言えるようになったのも、結構感慨深いよな」
「もうちょっと楽しめても良いのに・・・」
「由利さーん。黒い面出てます出てます」
「あれー?」
茶化しあうように、二人は集合場所を目指して歩いて行く。そうして一度森を離れて外に出て、全員が作業を終えるのを待つ事にした。
「んー・・・」
「ん? どしたの?」
少しきょろきょろと周囲を見渡した由利に対して、ソラが首を傾げる。そして周囲が自分達を見ていない事を確認して、由利がソラの方を向いた。
「ん」
ぴょん、と跳ねた由利がしたのは、普通にキスだった。と言ってもディープな物では無く、本当にくちづけ、という表現が相応しい軽いキスだ。
「っ・・・」
「えへへー」
軽いキスを終えて、由利が少し気恥ずかしさを滲ませながら、ソラに微笑みかける。それに、ソラは少し照れた様子で視線を逸らすしか、出来なかった。
ここらカイトなら逆に軽いキスを返したり気の利いた言葉の一つも送れるのに、とソラも悩んではいるのだが、そこらは経験値と側に居る者達の差でまだまだ要練習、という所だった。いや、まあ、練習なぞ出来るわけもないので、結局は経験値を増やすしか無いのだが。
と、そんな事をしていると、森の中から魅衣とカナンが出てきた。どうやらあちらも特別何か問題が起きたわけでは無い様子で、魔力で脚力を強化しているとはいえ森の外周を歩いたので少し歩き疲れた、というぐらいしかなかった。
「あれ・・・? 顔真っ赤? どうしたの?」
「そ、そうか?」
「どだろー?」
カナンの問いかけに対して、ソラと由利は少しだけ頬を赤らめつつもやんわりと否定する。が、そんな二人の動作に、魅衣が何があったのかを大体把握する。
「・・・ああ、なるほど」
「え、何? どうしたの?」
「良いの良いの。気にしなくても」
「な、なんかそう言われると逆にちょっと恥ずかしいかなー・・・」
あからさまな気の回しに、由利が少し恥ずかしげにそっぽを向く。こういった事への経験値ならば、魅衣と由利なら魅衣の方が圧倒的に上だ。なにせお相手がカイトなのだ。相手の練度が違う。
ソラと由利が初々しさがまだ残るのに対して、こちらはホップ・ステップ・ジャンプで経験値を積まされるのだ。当たり前だった。
「?・・・あ。へぇー」
どうやら、魅衣の楽しげな笑顔と由利とソラの恥ずかしげな顔色で、カナンも何があったのか勘付いたらしい。魅衣と同じく何処かにんまりとした笑顔を浮かべる。
「私達おじゃまかな?」
「かも?」
「じゃあ、もうちょっと森の中に援護行って来よっかー」
「いや、そのあからさまな遠慮何!?」
「えー、でも邪魔しちゃ悪いしー」
「しー」
ソラの恥ずかしげなツッコミに、魅衣とカナンは楽しげな顔でそれを茶化す。ここら、カナンもやはり年頃の少女だった、という所だろう。そんな事をしている間に、周囲には仕事を終えた仲間達が集まり始める。
「あ、ほとんど揃ったな。じゃあ、これで!」
「あ、逃げた」
魅衣とカナンから追求を受けていたソラがしゅた、と片手を上げて一目散に逃げるように他の冒険者達の所に早足に逃げていく。ちなみに対象がソラだけだったのはただ単に暇つぶしに弄りたかっただけなので、由利は除外されたからだ。
「まあ、今日はもう帰って寝るだけ、かなー」
「そだねー」
「お風呂入れるのがほんとにありがたいよ・・・」
カナンが何処か感極まったように告げる。当たり前だが、メルがそうだったように、大半の冒険者はお風呂を携帯するはずがない。荷物にそこまでの余裕が無いからだ。
まあつまり持っていくカイトが馬鹿なだけであったが、現在のカイトなら手ぶらでどこでも走破してしまえるので、そもそも荷物が全部邪魔とも言える。お風呂持っていた所で何かが変わるわけでもなかった。
「前はなかったの?」
「ここのマスターってホント偉大だよね・・・カシムさんそこら辺気にしてなかったから・・・あの人時々臭いひどくて・・・」
懐かしむよりも、どうやら嫌な思い出しかなかったらしい。彼らの事を語る時は何処か優しい顔のカナンだったが、この話の時だけは、心の底から嫌そうな顔しか浮かんでいなかった。そんなカナンに、由利は苦笑するしか出来なかった。
「あ、あははー・・・カイトってお風呂好きで入れないとテンションに関わる、って実費で投資したもんねー・・・」
「あれだけは本気でワガママだもんね」
由利の言葉に、魅衣が笑う。カイトのお風呂好きは部内ではかなり有名だ。絶対に毎日お風呂に入る。旅先でも入る。旅の最中でも入る。水が足りなくなったら自らで創り出してでも入る。とは言え、お風呂の重要性は、実は獣人だからこそ、よく理解していた。
「結構重要、なんだよ? お風呂。汗臭いと獣は気付くし、鼻が利く魔物ならそれだけで隠形見破ったりする。お風呂に入って臭いを消す、って実は無茶苦茶重要なんだよ」
「当人お風呂に入りたいから入ってるだけ、だけどね」
「最悪地面に穴掘ってお風呂作っちゃうもんねー」
「焦ったのは周りに竜が転がってた事あったっけ・・・」
「あー・・・」
魅衣の言葉に、由利も当時を思い出して苦笑する。が、そんな苦笑が出来ないのは、カナンだ。彼女だけは、顔に満面の驚愕を浮かべていた。
「・・・は?」
「あー・・・あいつ確かお風呂入ってる時に竜に襲われたらしくて、ね? 結界の設定ミスってて、結界の外に出ちゃってたらしいのよ。で、人が気持よく入ってるの邪魔すんな、で・・・まあ、お風呂入ったまま牙引っ掴んでそのまま、こう・・・ずどん、って」
魅衣はまるでお風呂の側に置いた飲み物を取るような気軽さで竜種の口に生える鋭い牙を引っ掴むような動作をして、そのまま逆側の地面に叩きつける動作を行う。
まあ、カイトがやったのは本当にそれ、だった。ただ単に牙を持って地竜の巨体を持ち上げて、強引に地面に叩きつけたのである。馴染みの面子しか居なかったので良かったが、そうでなければ隠蔽がまた面倒になることだった。
「どごーん、って音してねー・・・気付いて皆で慌てて土煙のする方に駆け寄ったら、カイトが平然と地面に掘った穴でお風呂入っててー・・・その横に、こう、ぐでー、と3メートルぐらいの地竜が・・・」
「あ、あはははは・・・」
カナンは二人のそんな説明に、乾いた笑いしか上げられなかった。確かに、ランクBクラスもあれば、小さな地竜如きならば軽く討伐して然るべき、だ。それは実体験として理解している。
だが、実際武器も防具も身に着けていない状況で、しかもこちらは結界の内部にいる、と思って油断しているような状況だ。だというのに、それが平然と出来るかは、また、別だった。まさに強者故の余裕から出来る事、だったのである。
と、そんな女三人寄れば姦しい雑談をしていた魅衣だが、まだ森の中で作業をしていた面子が戻ってきて全員が集合したのを見て、本来すべき話をする事にした。
「っと、とと。そうだ。そういえば聞き忘れてたけど、森の中、何か異変あった?」
「あ、ううん。今日もなんにも。まあ、被害というか行方不明になってるの北側の村だ、って言うから、もうちょっと先に原因があるんじゃないかな」
「うーん・・・じゃあ、やっぱりここらへんの森は白、なのかなー・・・」
「さぁ・・・でも、やっぱりこっちにも人が来てるのは、来てるみたい、かな。ちょっと前にも通ったような匂いが残ってた。二人分、かな・・・」
由利のつぶやきにカナンは首をふると、更に鼻を鳴らして空気中に僅かに残る汗の匂いを嗅ぐ。それは冒険部の誰の物でもなかったので、北側にある近隣の村の村人の物なのだろう、と推測したようだ。
「ツーマンセル、か。じゃあ、北の村の自警団、なのかもね」
「まだなんとも言えないよ」
「まあ、とりあえず、そこらは獣人の子達とも相談、かなー」
「うん。じゃあ、行こっか」
由利の提案を受けて、一同はソラの所へと歩き始める。そうして、ここまでは何事も無く、森の封鎖は完了するのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第603話『森の異変』
ここからソラの物語もゆっくりと動き出します。




