第601話 ミナド村の異変
カイトの作戦の手直しから、翌日。ソラ達は夜明けから少しすると同時に出発して、昼前には、ミナド村に到着していた。
「おう、着いたぞ。じゃあ、俺達はここらで野営しておくから、また出る時には、声を掛けてくれ」
「どもっす」
雇った御者の言葉にソラが感謝を示して、馬車から降りる。基本的に、ソラ達が雇い入れた馬車は往復の料金を支払っているし、必要な日数で雇い入れている。全額前金として払うのではなく一部を前金としてお金を支払ってもいるだけなので、よほどの事態でもなければ置いて行かれる事も無いだろう。
「よっしゃ・・・とりあえず由利、魅衣は俺と一緒に村長さんの所行って会議すっから、その間野営の準備よろしく。翔はとりまとめよろ」
馬車から降りたソラは、同じく降りた面々に対して指示を与える。今回は流石に人数が人数なので、村長宅には泊まれない。なので、村の外れにキャンプを設営する事にしていたのである。実は馬車が増えたのには、そこらの野営道具を積み込む必要があったから、もあったのであった。
「あいあい。さっさと行って来い」
「あ、ちょっと待った。カナンも一緒で良い?」
「ん? ああ、別に良いけど・・・なんで?」
魅衣からの申し出に、ソラが首を傾げて問いかける。基本的にこれから行く理由は久しぶりの挨拶と共に、こういう日程で森の掃討作戦を行いますよ、というコラソン向けの連絡に近い。
大した相談をするつもりもなかったので手早く終わらせるつもり、だった。そうしてそんなきょとんとした様子のソラの問いかけを受けて、カナンが小声で告げる。
「・・・ちょっと村が可怪しくないですか?」
「・・・え?」
カナンから問われたソラが、村を見回す。周囲では村の農夫達がこちらを見ていたし、中にはソラの顔見知りが居て、笑顔で手を振っていたりもする。
カナンの言うようなおかしな所は見受けられなかった。と、そんな観察をしていると、最もソラと縁の深い少年が、こちらに気付いた。
「あ・・・おーっす!」
「おーう! 元気してたか!」
「うん! っと、姉ちゃん! ソラ兄ちゃん!」
「あ・・・遅かったねー! 元気だったー! ごめんねー! こっち昼休み終わって今収穫の最中だから、後で挨拶行くねー!」
どうやら屈んでいて見えなかっただけで、ナナミも一緒に居たらしい。立ち上がって笑顔でこちらに手を振って来た。
手には美味しそうな真っ赤な完熟トマトが握られていたので彼女の言う通り収穫の真っ最中、だったのだろう。多分、今日明日の冒険部の食卓に並ぶはずだ。それに期待しつつ、ソラが手を振って挨拶を返す。
「おーう!・・・やっぱどこも可怪しいとこ無くね?」
「いえ・・・雰囲気が、違うんです。何かに警戒している風がある・・・?」
カナンは獣人で、冒険者としての経験日数は文字通り桁が違う。ソラ達よりも鋭敏な感覚を持ち合わせていた。それ故、何か村にある違和感に気付いていたのだろう。
何処か自信はなさ気だが、違和感があるという事には自信がありそうだった。そんなカナンの様子を見て、ソラは同行に許可を下ろす事にした。
「・・・わかった。一緒に来てくれ」
「すいません。気のせいなら良いんです。でも、何年か前に見た村と似た雰囲気が・・・」
「・・・うーん・・・」
カナンの言葉に、歩き始めたソラが少し注意しながら村の中心部へと歩き始める。そうしてその道中に、魅衣がカナンに問い掛けた。
「その村って、何が起きてたの?」
「・・・あの時はおじさんが解決して何があったかはわからないんだけど・・・後で聞いたら、ちょっと小賢しい魔物が悪さしていたんだ、って・・・」
どうやらそれはまだカナンがカシム達と共に旅するより昔の話だったらしい。詳しくは知らない様子だった。
「でも、あの時村の人達は皆外から来る人に結構排他的で・・・なんか、警戒感が強かった? って言うのかな。外でやることをやったら、ほとんどが家の中に帰ってった。子供も大半が大人と一緒。で、お前じゃこの依頼は無理だし、かと言って俺以外にこの依頼は出来ないから、私にも絶対に部屋から出るな、って。俺が帰って来た、って外から言っても俺が開けない限り、絶対に扉は開けるな、って」
カナンは昔を思い出しながら、魅衣に当時の状況を告げる。その言葉に魅衣も周囲を観察してみると、ふと、彼女の言葉に一致する物があった。子供の大半が大人と一緒、だったのだ。
以前はそこかしこを小さな子供達だけで駆け回っていたのに、今回は親とみられる大人と一緒か、家から出てきてもすぐ隣の家に入るぐらいしか子供だけ、というのは見かけなかった。
農作業を手伝っているのも、ナナミと同程度の大人と呼べる子供か、コリンのように常に大人と一緒か、だった。そんな違和感に、ソラも由利も気付いた様だ。
「・・・そいや・・・村のワルガキ共の声がしないな・・・」
「何時もなら、私達の所に駆け寄ってくるのにー・・・」
よくよく考えれば、確かに、可怪しかった。二人は村に何度も――二人はミナド村の依頼を見ると、なるべく率先して受けるようにしていた――来ていて、その都度に子供達と遊んでいるのだ。そして子どもたちからしてみれば憧れの職業の一つである冒険者であり、それと同時に気さくな年上の存在だ。かなりなつかれていた。
何時もこの村に来ればいつしか村の子供達からは旅の話をしてくれとせがまれ、悪戯をされては追っかけまわし、の繰り返しだった。なのに、今回はそれがなかったのである。それどころかコリン以外に声を掛けられていない。
と、そんな所に、巡回中らしいコラソンや村の警備隊の面々に出会った。そこで、違和感は確信に変わる。彼らの警戒がかなり強かったのだ。彼らが見たことのない人数での集団行動で、村の男衆も一緒だったのである。
「・・・ああ、ソラ達か。よう、今着いたのか?」
「・・・なんかあったんっすか?」
一瞬の警戒を見落とす事なく見ていたソラが、コラソンに問いかける。それに、コラソンが少し苦い顔で頷いた。警戒を隠せないと見て、降参した形だ。
「はぁ・・・お前会うたんびに成長してるな・・・」
ソラに気付いたコラソンはともかく、一瞬見たこともない獣人の少女を見て彼らの一人が僅かに剣に手を掛けたのを、ソラも他の全員が見逃さなかったのだ。
以前よりも注意深さと周囲への警戒が強まった証、だろう。それを目ざとく見付けられていた為、コラソンは隠し切れないだろう、と考えた様だ。冒険者時代の癖なのだろう。
「おい。まあ、敢えて言う必要も無いが、こいつらなら警戒は要らない。後、俺はソラ達来たからそっち詰め直さないといけない。後の見回りは頼む」
「おう・・・ソラ達が来たなら、村の出入り口は安全だろう。常に人が居るだろうからな。そっちの警戒は少し薄くして、他を厚くするぞ」
「だな・・・ソラ、悪いがちょっと余裕ねえんだ。今回はろくすっぽもてなせないかもしれんが、悪く思わんでくれ。せめて持ってく野菜ぐらいは新鮮なの持ってくが・・・そんなモンだ」
どうやら、警備隊の面々もここまで来ては特別隠すつもりは無い様子だ。口々にどうするかを話し合い、更に村の恩人で馴染みの顔をもてなせない事を詫びる。
「いや、それで十分っすよ・・・じゃあ、見回り頑張って」
「おう・・・じゃあ、行くぞ」
警備隊の一人が声を掛けると同時に、村の男衆と警備隊が巡回を再開する。そしてそれを見て、コラソンが口を開いた。
「とりあえず、親父んところ行くぞ。ここ当分、親父はずっと家に居るし、今日も居るだろう」
「そうなんっすか?」
「ああ、まあ、ちょっと、な・・・とりあえず、家まで行くぞ。そっちのも紹介して欲しいしな」
ソラの問いかけにとりあえずの答えを返すと、コラソンは一同に先立って村長宅へと歩いて行く。そうして、少しすると、村長宅へと辿り着いた。そこにはコラソンの言葉通りに、少し深刻そうな顔の村長が居た。
「おお、ソラさん。お久しぶりです。由利さんも、お久しぶり・・・そちらは?」
「あ、お久しぶりです・・・こっちのは、ここ最近で仲間になったカナン、って冒険者です」
「貴方方の・・・そうか。なら、安心だ」
ソラは既にこの村に何度も来ているし、村の危機も救っている。それ故、村長はソラの仲間と聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。そんな村長の様子に、ソラが少し真剣な目で問い掛けた。
「なにかあったんですか?」
「・・・まあ、貴方達になら、良いでしょう・・・」
村長が少し躊躇いながらも、事情の説明を開始する。そうして、コラソンと共に説明された内容は、ソラ達にとって、驚くべき事、だった。
「行方不明? それも女ばっかり?」
「ああ・・・まだ、ミナド村じゃ出てない、っちゃあ出てないんだが・・・警戒するに越したことは無いからな。事情がつかめるまで、村の男衆と一緒に、巡回を強めてる、ってわけだ」
「公爵家には?」
「既に伝えてあるが・・・ちょっと対応が遅くてな・・・」
ソラの問いかけに、コラソンが少し苦い顔で答える。当たり前だが、こんな状況になっているのだ。即座に領主に早馬を出して報告をあげていた。
「何やってんだ・・・?」
ここら一帯の最終的な管理者は言うまでもなく、彼の親友だ。であれば、その不手際は少々気にはなった。とは言え、何の理由も無く、対応が遅れるとは思えない。というわけで、ソラはその当人に聞いてみる事にした。
「・・・ちょっと事情知ってそうな奴に聞いてみます」
「・・・頼めますか? このままでは、農作業に遅れも出る。子供達も何時までも家にはとどめてはいられない。順番に外に出れるようにはして、なんとかストレスは溜めないようにしていますが・・・」
ソラの申し出を受けて、村長が頭を下げる。それに、ソラがスマホ型の魔道具を使って、カイトに通信をつなげる。少しでも内情が分かれば、村長達の負担も軽減出来る。冒険者として使える手を全て使う。悪い手ではなかった。
「カイト、ちょいと良いか?」
『なんだ?』
どうやら手が空いていたらしく、カイトはすぐに応対にあたってくれた。この頃には魔導バイクでの移動も慣れてきて、どちらかと言えば手隙だったらしい。ちょっと小細工をして、バイクのスマホ置きの様な物を自作した、との事だった。ということで、ソラはカイトにミナド村やその近辺の村の状況を説明する。
「と、言うわけなんだけど・・・どうなってるかわかんね?」
『まあ、流石にそこまで細かい情報は来ないからそっちの領主が何を考えてるか、までは知らんが・・・何故動けんのか、というのなら、分かる』
「マジ?」
『ああ。まあ、ぶっちゃけ、オレの関係、だろうな。そっちで公爵家が完全にてんやわんやの状況だろう。大急ぎで近衛兵団との共同体制を作り、皇国全土へ即座に応対出来る体制を整えている。なにせ敵が敵だ。アル達は現在即座に出れるようになるべく外に出ないように厳命しているし、時と場合によってはクズハ達も即座に出陣出来る体制を整えている。お前、今回もアルに同行頼んだらしいけど、断られたのってそこらの兼ね合いでな・・・』
カイト達が動いているのは勅令で、更には皇国全土に影響の出る大事、だった。そちらに公爵家のリソースが割かれてしまっていたのである。これはどうしても、仕方が無い事だった。
彼らは現在公人として動いていて、重要度が上位の物があるのなら、そちらを優先すべきなのだ。いなくなった事は気掛かりではあるが、見知った村だから、と優先出来ない事はあったのである。そうして論理的に説明されれば、ソラとて納得するしかない。が、代案を問いかけるぐらいなら、許される仲だ。
「そっか・・・了解。当分は動きが鈍いのはしゃーない、ってことか・・・ティナちゃんとかこっちに援軍で寄越して、とかも無理?」
『あっちも勅令で動いてるからな・・・しかもこっちは次の天桜の為、だ。当人趣味で研究室に篭ってるが、きちんと出るべき会議には出ているし、動くべき所ではきちんと動いている。実際に敵が見えて一時的な援軍程度なら可能だろうが、村に滞在、は無理だろう。それに、贔屓も出来ん。こっちの案件が片付き次第クズハ達にも対応はさせるが・・・それまでは、無理だろうな』
「りょーかい」
どうやら、全体的に公爵家はカイトのバックアップと皇帝レオンハルトの依頼で忙しく、動くに動けない状況らしい。どちらも既に予定がかなりタイトなのだ。こちらを優先と言われても優先出来る状況ではなかった様だ。
「どうにも、公爵家がかなり立て込んでるみたいっすね。緊急で勅令が幾つか舞い込んで、ユリシア学園長もそっちに出てるほど、らしいです。どうにも少しの間は無理そう、ですね」
「そうですか・・・はぁ・・・分かりました。ありがとうございます」
ソラからの情報に、村長がため息混じりにお礼を述べる。元々ソラが言ったのは援軍を依頼出来るかも、では無く情報は無いか、だ。彼にしても元々援軍や応対は期待していない。と言うかソラが動かせる様な伝手を手に入れられている、とは思っていなかった。
「わかりました。とりあえず、森の掃討作戦について、お話を開始しましょう」
「すんません、力になれなくて・・・で、今回の討伐予定なんですけど・・・」
村長の言葉を受けて、ソラが地図を提示して、今回の作戦概要を説明する。そうして、この翌日から森の掃討作業が開始されることになるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第602話『結界展開作戦』




