第599話 もう一つの旅路
ソラの健康診断と、翔と夕陽の試験協力から、一週間ほど。カイトもすでにマクダウェル領から別領地に入っていた頃だ。三人はソラは勿論、夕陽と翔は冒険部のミナド村への遠征隊達の中に居た。
「と、言うわけで、これ貰った」
「はー・・・それで、オーアさん来てたわけだ・・・」
何度も通った道のりなので、道中は目新しい物も無くやはり暇だった。有事に活躍する冒険者が暇なのは良い事だろう。とは言え、当然、長時間に渡って降りて何かを出来るわけでは無い。短時間なら間に合うだろうが、そんな事をすれば馬車に置いて行かれて、が関の山だ。
かろうじて速度に優れた翔か魅衣ならば時間によっては追いつけるかもしれないが、その程度だろう。他の面子――特にソラなら――置いて行かれる事請け合いだ。
「あれ? お前会ってたの?」
「ああ。そろそろ一ヶ月とちょっとだから、この鎧の調子見せろ、って・・・」
翔の問いかけに、ソラが頷いた。彼が前に鎧を作ってもらったのが、皇都から帰って一週間という所で、だ。それから約二ヶ月。そろそろ使い手の癖などが武器に現れてくる頃なので、丁度マクスウェルに来た事だし、とソラの所に行っていたのである。
「ああ、そういうこと・・・で、お前の方はそれから大丈夫なのか?」
「おう。平気平気。なんにも無いぐらいで、呆気無い感じしてるぐらいだ」
翔の問いかけに、ソラが笑いながら頷く。始めはどんな異変があるのか、と怯えていた事が無いでもなかったソラだが、きちんと薬も貰ったし、自分の身体に起こっている事も書類にきちんと書かれていた。
そこには時折因子の不具合が起きるという事も詳細に書かれていたし、自分はそれの少し特殊な事例なのだ、とわかってさえしまえば、怖い事は何もなかった。
「じゃあ、俺らもそういうことが起こるのかもしれないのか・・・」
「どうなんだろ。俺の因子が活性化したのだって、そもそもスサノオの加護と俺の元来の力が相反するのに、それを連続して使いまくったから、が原因らしいもんな。それ考えりゃ、当分は俺ぐらいじゃね?」
翔の推測を受けて、ソラは自分でも調べた結果から推測した考察を告げる。まあ、そう言っても彼は学者じゃないし、頭が良いわけでもない。ほとんど適当、だった。
「そう言われると、なんか羨ましいような気もすんだけど・・・ん? そういやさ。お前薬で反発抑える事出来るんだよな?」
「ああ、そういう薬だからな」
翔の問いかけを、ソラが認める。処方箋に書かれていた――もし万が一外で紛失した場合、調合出来ないと問題だからだ――薬の効能にはそう書かれていた。
「じゃあ、よ。お前それ使ったら竜に乗れるんじゃないか?」
「・・・それ、むっちゃ名案」
はっ、とソラが目を見開いて、顔に笑顔を浮かべる。そもそも、竜達が怯える理由は、彼の加護の力と彼の因子の力が相反して起きている副作用のような物だ。であれば、片方を抑えれば、その反発は起きなくなり、それは結果として、竜種の背中に乗れるようになるはず、だった。
「おっしゃ! 帰ったら試してみよ!」
「まあ、好きにしろよ・・・っとと・・・止まったな」
「みたいだな」
馬車が止まったのに気付いて、二人は立ち上がる。戦闘に関連する警報が鳴っていなかったし、雇った御者達は何も言っていない。であれば、別口でトラブルがあったのだろう。と、それと同時に、御者が後ろを振り向いてカーテンを開けて、ソラ達を見た。
「ちょっと後ろの商人達の馬車のタイヤがパンクしちまったらしい。一時停車すっから、その間警護頼めるか?」
「おう。じゃあ、全員、外で停車中の警戒に出るぞ!」
「おーう」
ソラの号令に合わせて、冒険部の面々が外に出る。今回は30名規模の大部隊の為、馬車は一台ではなかった。幾ら魔術という補佐のある馬車でも、30人もの武装した集団を運べる物は存在しないのだから、当然ではあるだろう。当然食料物資等を運ぶ必要もある。
更に行商人が数人ミナド村までの宿場町に行きたいとのことで同行を申し出て――その代わり、御者の馬車のレンタル代を一部負担してくれた――おり、それ故、時々トラブルで止まる事はままあったのだ。
「いや、すまねえな。どうにも剣の欠片を踏んづけちまってたらしい」
「まあ、戦い起きりゃ、仕方が無いっすよ・・・よっと!」
夕陽が馬車を持ち上げて、車輪を外す手伝いを行う。彼の言う通り、木製のタイヤの基礎部分に剣の欠片が突き刺さっていた。行商人の男が言う通り、運悪く地面に刺さっていた剣の欠片を踏んでしまったのだろう。ゴムタイヤである以上、そこの所は致し方がない。
「おっし。じゃあ、さっさと変えちまうから、少し待っててくれ」
「うーっす」
夕陽が馬車の荷台を持ち上げている間に、商人の男がタイヤを外して予備のタイヤに付け替える。幾ら馬車といっても、ここらは自動車と大差がない構造だった。手順にしても大差は無い。そうして夕陽が少しの間荷馬車を持ち上げていると、少し離れた所を、矢が飛んでいった。
「ん?」
ずど、という音と共に、少し離れた場所で少しだけ地面が吹き飛ぶ。そうして血の匂いがしたので、おそらく、魔物が忍び寄っていたのだろう。
「魔物っすね。まあ、もう潰されたっぽいっすけど」
「みたいだな。まあ、こんなモンで良いだろ」
魔物が群れで襲ってきたり、危険な魔物が来ない限りは、夕陽としても大して気にする必要は無い。そして商人達にしても旅慣れしているらしく、焦る事も驚く事もなかった。そんな事がキャラバンの各所で幾つか起きつつも、すぐにタイヤ交換は終わる。
「おし。悪いな」
「良いっす良いっす。じゃあ、俺戻りますね」
「おう・・・っと、駄賃だ。こいつもってけ」
「お・・・ども!」
夕陽は投げ渡されたドリンクの一つを手に、馬車に戻っていく。そうして、こんな事が何度か起きて、一同はその日の行軍を終えるのだった。
言うまでもないが、これは定期便では無く彼らが雇った馬車での移動だ。宿場町に辿り着いて休憩、という事を考えなくても良い。野営をして少しでも先へ、というのは十二分に考慮に入れられていた。
まあ、それと同時に、馬車で進める一日の範囲に宿場町が必ずあるわけでもない。ということで、この日のソラ達は宿場町と宿場町の間を、今日の野営地と定めていた。
「なんか・・・色々と凄いギルドだよね、ここ・・・」
「そう?」
「うん、なんというか・・・もうものすごい色々とぶっ飛んでいるような・・・」
ぱちぱちと音を立てる焚き火の側で、カナンが苦笑気味に、魅衣に語る。魅衣としては冒険部が基準だが、カナンはその前にカシム達と共に一冒険者として活動していたのだ。それを知っているが故に、冒険部の設備のぶっとびっぷりと手はずの良さには目を丸くするしかなかったのである。謂わば、慣れがあった、とでも言う所だろう。
「なんというか、手馴れているような・・・」
「まあ、そうよね」
「カイトと言うか椿ちゃんがちゃちゃ、と整えちゃうもんねー」
カナンの言葉に由利が少し楽しげに答える。こういった大規模な集団での行動になると、どうやってもソラ達だけでは手が掛かり過ぎるし、慣れてもいない。
少数なら何度もやっているので手は回せるが、今回の様に大規模になると、誰にも練度が足りていないのだ。大抵のリーダーが往々にしてカイトに泣きついて、結果、椿に頼むのが何時もの事だった。
で、彼女にはカイトの兼ね合いから様々な部署に伝手があるため、キャラバンの出発許可の入手等の手はずを簡単に整えてくれるのであった。
「そういえば・・・カナンってこんな大規模な数で旅した事無いの?」
「え・・・あ、いくつかあった・・・かな。まだ私が駆け出しの頃に、ブランシェットに居たんだけど・・・その頃は時々軍主導で集団での討伐とかやってたかな。といっても参加はしてなくて、同行してた、って程度なんだけど・・・」
カナンが少し過去を思い出しながら、魅衣の質問に答える。傷についてはまだ癒えることは無いが、それでも、かさぶたで覆われるぐらいには、治癒出来ていた。
それ故、まだ悲しげではあったが、時折このように懐かしそうに語る事も多かった。とはいえ、これはカシム達と出会う前の話だったらしい。そこまでの悲しさはなさそうだった。が、そうして告げられた言葉に、初めて聞くの情報があったので、魅衣が首を傾げる。
「ブランシェットの生まれなの?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「うん」
「あれ・・・あ、あれはティナちゃんに、か」
訝しんだ様子のカナンだが、語ったのがティナだった、と気付く。冒険部で一番カナンの面倒を見ているのはティナだ。彼女としては情報収集の側面も兼ねているが、やはり面倒見の良さが大きかった。それ故、少女の姿の時にはよく一緒に居る。そこで語っていたのだろう。
「私はブランシェット領北西部の・・・えっと、今はキリエって人の領地で生まれたの。その前の領主の不正を暴いた一件で活躍されてたキリエ様は・・・知らないよね。5年以上前のお話だし」
「あはは。まあ、私達来て一年も経過してないから・・・あ、ちょっと待って・・・キリエキリエキリエ・・・ああ、こないだ竜騎士レースに出てたっけ・・・思い出した。その人なら丁度魔導学園で生徒会長やってるんだっけ」
「あ、そういえば出てたっけ・・・あ、で、そこの生まれ。元はアベル様の領地だったんだけど、アベル様がアンヘル様の怪我で当主代行に就任されたから、そこで代行として、キリエ様が。更に弟のアルベド様はまだ幼いからね」
「へー」
自分達が転移する前に起きた情報を、魅衣が一応情報として頭に叩き込んでおく。関わるとは思わないが、魔導学園にはカイトが関わっているし件のキリエはブランシェット家の令嬢だ。関わらない可能性が無いとは言い切れない。知っておく事は、損ではないだろう。
「ブランシェット領ってどんな所なの?」
「山とか森が多い土地、だったよ。海は無いけど、川は結構流れが速い清流が多いし、滝とかも結構多かった、かな」
「遠いの?」
「んー・・・確かあの後・・・ハイゼンベルグ領行って、南下して、飛空艇に乗って・・・」
「ま、待って・・・一体カナン何歳から冒険者やってたの?」
かなり長くなりそうだった経歴を聞いて、魅衣が思わず止める。今年で17歳だ、とカナンは言っていたのでそこまでの経歴では無いのかも、と思っていたが、聞いてみるとそうでもなさそうだった。
「え? えーっと・・・お母さんが死んですぐにだから・・・もう7年ぐらい、かな。お母さんが死んだの思い出すから、って逃げるように里から離れてブランシェットに入って・・・そこで3年ぐらいで、カシムさん達と一緒に、かな」
「え?」
この年齢にして実はかなりの熟練者だったカナンに、魅衣が顔を思わずしかめた。10歳だと、まだまだ親や大人に甘えたいだろう年齢だ。だが、それが出来ないのが、この世界の実情だった。
それをまざまざと見せ付けられたような感覚だった。そんなまさに住む世界が違うというなんとも言えないような表情の魅衣の顔を見て、カナンが大慌てで首を振った。
「あ、でもそんな寂しかったりはしてないよ」
「え?」
「えっと・・・あれは大体2ヶ月・・・ううん、3ヶ月ぐらい経った頃、かな。その頃におじさんが来て色々と教えてくれたから・・・あ、えっと、おじさん、って言っても変な意味じゃなくて、名前教えてくれなかったからそう呼んでるだけなんだけど・・・」
魅衣の顔が固まったのを見たカナンが、再度大慌てで訂正を入れる。孤児ので冒険者の幼い少女におじさん、と言うだけだと、危ない趣味の人に取られかねないとでも思ったのだろう。
「それから3年ぐらい、かな。おじさんと一緒に冒険者として生きる術を学んで、もう独り立ち出来る頃に、おじさんがカシムさんを紹介してくれて・・・それからはカシムさん達とずっと一緒」
何処か過去を懐かしむように、カナンは7人の仲間達の登録証を一緒に入れているケースを撫でる。そうして、中からカシムの登録証を取り出した。
「そういえば、カシムさん、って何処出身なんだろ」
「知らないの?」
「あ、あはは・・・魔族でそっちの出身、って以外は実は一度も聞いたことが・・・」
ずっと一緒だったのに知らなかった事に今更ながらに気付いて、カナンが照れた様子でカシムの登録証を見る。彼の登録証は幸いにして、傷一つなかった。少し折れ曲がっている程度、だったので、判読は容易だった。
登録証には、何処の支部で登録したのか、という情報が刻まれている。そしてカナンのように敢えて少し離れた都市――後に聞けば、カナンの故郷は田舎で、冒険者の登録が出来るユニオン支部がなかったらしい――でやる事はない。登録証から、出生地か住んでいた土地を知ろう、と考えたのである。が、そうしてそれを魅衣ものぞき見て、違和感に気付いた。
「・・・ああ、魔王城の城下町だったんだ・・・魔族領の中枢だけど、今じゃあ普通、だよね」
「・・・あれ?」
「どうしたの?」
横で一緒に覗き込んでいた魅衣の違和感に、カナンが首を傾げる。
「これ・・・もしかして・・・偽造証?」
「ぎぞう・・・しょう?」
聞いたことの無い単語に、カナンが首を傾げる。まあ、本来は魅衣とて知る由もない立場だ。カイトが念の為に、と教えてくれていたおかげで見る癖がついてしまって、偶然に気付けた違和感だった。
「え、ごめん、ちょっと待って・・・」
カナンの問いかけを一時的に棚上げさせると、魅衣は通信機を取り出す。連絡先は当然、カイトだ。
『なんだ?』
「あ、カイト、ごめん。これ、見てもらえる? 多分、私の推理があってると思うんだけど・・・」
カイトの応答と同時に、魅衣がカシムの登録証をカイトに提示する。そうして、カイトもしばらく、登録証をじっくりと観察する。
『・・・だな。何処で手に入れた?』
「あの、ほら・・・カナンちゃんと一緒に居た、っていう・・・パーティの隊長さんの・・・」
『彼か・・・カナン、何か聞いていないか?』
「いえ、あの・・・それ以前に、偽造証って一体・・・」
自分をスルーして行われたやり取りに、カナンが困惑を隠せずに問いかける。
『偽造証は・・・まあ、ユニオンが正式に発行している登録証の偽造品、だ。ルールに従っては、ルールから逸脱した奴の調査が出来ないからな。その場合に、本来の実力や身分を隠す為に使っている物だ。学園長が今回の一件で受け取ってらっしゃった』
既にカナンにはカイトが密命でユリィと共に外に出る、と言っている。ギルドマスターが一ヶ月程空ける事は珍しくないが、若い場合はその珍しい事ではない事を知らない事があるかも、と思ったのだ。念の為の言い訳だったが、それが功を奏したようだ。
「これが・・・?」
「ほら、ここ・・・自分のと見比べてみて?」
「・・・あれ?」
魅衣から指摘された登録証の一箇所に気付いて、カナンが目を見開く。そして更に試しにルードの登録証とも見比べてみたが、やはり、カシムの物だけは、そこが異なっていた。それはユニオンの紋章の一部分だった。
『登録証の紋様がそこだけ、一本線じゃ無くて二本線だろ? 本当に僅かな差だし、気付かれても知らなきゃ傷が付いただけだ、と思わせる事も出来る』
カイトからの説明を聞いて、カナンも納得する。確かに今の今まで4年も一緒だったのに、一度も気付かなかった。まあ、途中で受け取っただけかの可能性もある。
「あ・・・レーヴさんのも・・・」
『凄いことだぞ、これ支給されるの。実力者で、冒険者ユニオンから信頼されてる、という証に近いからな・・・でも、少し疑問だな・・・仕事終わったらこれは返却する義務があるはず、なんだが・・・』
まだ彼が持っていたのなら、何かの仕事を並行して行っていた、という可能性が高い。既に死亡報告はしているのでユニオン側に問題が起きているとは思わないが、自分の領地で隠れてやっていたのだ。気になるのは、気になった。
『きちんとユニオンの支部でも仕事受けてたんだよな?』
「あ、はい。4年で二人と一緒に何度も行ってましたけど、一度も何か変な事言われた事は・・・」
自分の知る裏で起きていた奇妙な事件に、カナンが首を傾げる。意外と知らない事が多いものなんだな、とカナンは何処か感慨深げだった。
「あの・・・もし仕事が引き継ぎが出来るのなら、私が・・・それを引き継ぐ、って無理、でしょうか?」
『・・・今のカナンだと実力的に厳しいと思うが・・・それでも、か? 一応、この偽造証ってランクB以降に存在が知らされる物、なんだよ』
「・・・できれば、で」
カイトの言葉に、カナンが頷く。当たり前だが、カシムとカナンだと、力量はカナンが下だ。そして一緒のパーティだったからと信頼を得られているかどうかも、また別だ。
それに仕事にしても理由があって、隠されていたのだ。それに偶然気付けたからといっても、その後釜に入れるかは全くの別問題だ。
場合によっては既に後任が既に割り振られている事だってあり得る。というか、彼らの死亡報告から既に一ヶ月以上が経過しているのだ。その可能性が高いだろう。
『ん。じゃあ、とりあえず掛け合うだけは掛けあってみよう』
「ありがとうございます」
微笑んだカイトの了承に、カナンが頭を下げる。会話はこれで終わり、だった。というわけで、通信は切断する。
「よかったねー」
「うん。後、魅衣もありがとう」
「良いって良いって。単に気付いただけだし、ね」
カナンからの感謝に、魅衣が何処か照れくさそうに頭を振った。そうして、女子達三人がのんびりと話し始めて、この日も夜は更けていくのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第600話『ソラ隊長』
記念すべきキリ番ですが、何もやりません。断章の執筆で手が回らないので・・・




