第594話 暴走の余波 ――変身――
再び、時は戻る。それはソラが出発する数日前のお話だ。その日、何故か翔がティナの地下研究室に呼び出されていた。まあ、正確には翔だけでなく、その他顔見知り数人が、という所だが。
だが、そんな一同――普段そんな事気にしない夕陽でさえ、引き攣らせていた――の顔は非常に引きつっていた。まあ、見知らぬ筋骨隆々の男達に取り囲まれていれば、引きつりもしよう。
彼らは当たり前だが、『無冠の部隊』の技術班は見たことが無かったのだ。というわけで、最もティナと知己がある翔が、問い掛けた。
「えっと・・・ミストルティンさん? この方々は・・・」
「む? おお、来たのう・・・というわけで、これが実験台じゃ。好きに使え」
「おぃーっす」
「???」
翔の声に見ていたモニターから目を離したティナだが、顔を上げるとすぐに、その周囲の男達に向かって、顎で好きに使え、と指示するだけだ。そうして、それを受けて、周囲の男達ががしっ、と一同の肩をつかむ。自分達のわけもわからぬ間に起きた行動に、夕陽が首を傾げる。
「え、何? これなんっすか?」
「えーっと・・・あのー・・・」
「まあ、良いから良いから。お前らは俺らの指示に従ってりゃすぐ終わるって」
「そうそう。適当に天井のシミでも数えてりゃ、気づいたら終わってるって」
首を傾げる一同を他所に、『無冠の部隊』技術班の面々は相変わらず技術屋とは思えない剛力で、一同を各々の場所へと引き摺って行く。
まあ、何が起きているのか、というのを簡単に説明すると、実験台が足りない、という事で適当に口が固くて丈夫そうなのを見繕って呼び出した、という所だった。
とは言え、流石に何かわからぬままに連行されるつもりは無い翔と夕陽なので、とりあえず何が起きているのか判断する為にも、止まってもらう為に暴れる事にした。が、相手は大戦の英雄だ。無駄に終わる。
「え、あ、ちょ、この人ら無茶苦茶つぇ!?」
「うっそ! ガチで回避されんっすけど!?」
「あばれんなって。痛くはねえ」
「おーい! 実験台連れてきたぞー!」
ずるずると引き摺られていった先で、技術班の一人が平然と大声で仲間達に声を上げる。すると、即座に少し大きな金属の箱と抱えた男が二人、笑顔で現れた。
「お、来た来た」
「ほれ、こいつ着て来い」
「え、いや、え?」
「ナンスカ、これ?」
強引に手渡された金属の箱を見て、二人が首を傾げる。大きさは大体奥行きと横が50センチ、縦20センチ、という所だろう。着て来い、というからには、中身は衣服、なのだろう。とは言え、何かを教えてくれる事なく、二人はケツを蹴っ飛ばされた。
「あん? とりあえず、さっさと行って来い! 着替えてきたら教えてやる! 魔道具を起動すんの忘れんなよ!」
「んぎゃ!」
「いっつ!」
ケツを蹴っ飛ばされた二人は、仕方が無いのでとりあえず着替えてくる事にする。幸いにして更衣室らしいスペースはあった。そうして箱を開けた翔だが、その中身を見た瞬間、夕陽が大笑いした。
「ぎゃははは! ナンスカ、それ!? 何処の戦闘員っすか!?」
「・・・なんだ、こりゃ? ぴっちりした・・・全身タイツ?」
翔が手に取ったのは、彼らの言う通りどこぞのイー、とか言う掛け声で有名な雑魚戦闘員が着ているような全身タイツにも似た服、だった。違いは頭の部分が無くて、柄も入っていないぐらいか。素材は不明だ。他にも金属製と思しきリストバンドも入っていた。
「つーか、大笑いしてるお前の方はどうなんだよ」
「あ・・・どうなんっしょ」
翔の言葉を受けて、夕陽が恐る恐る自分が受け取った箱を開ける。が、こちらは全身タイツでは無く、普通に靴と魔石の嵌ったバックルの取り付けられたベルトが入っていた。
「・・・なんだ、こりゃ?」
「どう見てもおしゃれなバックルだろ」
「そりゃ、そうっすけど・・・」
見たままを言えば、その通りだ。というわけで、夕陽は大して迷うこと無く、ベルトを外して与えられたバックルを身に着ける。それを横目に、翔が服を脱いで全身タイツに着替えた。
「ちっ・・・なんで俺これなんだ?」
「しらねえっすよ。なんか理由あるんっしょ?」
「これ、結構キツイな・・・」
元々ピッチリとしたタイツ状の服だったのだ。それ故、それを着た翔はかなり締め付けられたような印象があった。そうして、その上から、リストバンドを身に着ける。そして二人は着替え終わると、更衣室から出る。
「えっと、とりあえず着替えたんっすけど・・・」
「これ、どうするんですか?」
二人は首を傾げたまま、なんの説明もくれなかった技術班の面々に問いかける。すると、どうやら向こうは着替えてきたのを見て、彼らに素性を語ってくれた。
「おう・・・っと、じゃあ約束通り、俺達はまあ、総大将の元、つーか、今も、だが・・・まあ、300年前のお仲間、ってやつだ」
「・・・えーっと・・・つまり?」
「『無冠の部隊』って聞いたことねえか?」
「そりゃ、当然・・・って、えぇ!?」
当然ある、と言おうとして、夕陽が気付く。そして、同じく翔も気づいて、目を見開いていた。
「そこで技術班やってたのよ、俺ら。で、テスター居ねえから、ちょいと力貸して欲しくてな。コフルの奴仕事行っちまってな」
「え、いや、いいんですか、俺らで・・・」
翔が目を見開きながら、技術班の男に問いかける。誰に語ってもらう必要も無く、彼らはそれぞれがとんでもない実力を有している事は理解出来る。なにせ身のこなしが技術者のくせに、自分達と段違いだった。
そんな彼らが自分達でやるではなく、さして強くもない翔と夕陽に言う理由がわからなかったのだ。まあ、当然だが、選ばれたのには、選ばれたなりの理由はあった。
「そりゃ、俺ら使えねーからな」
「は?」
「それ、防具だ。俺ら強すぎて、自分の障壁が防いでんのか防具の力で防いでくれてんのか確かめようと思うと、実験室破壊しかねんからな」
何処か苦笑気味に、技術班の男達が二人に語る。そう、彼らでは強すぎたのだ。となれば、防具の性能が十二分に発揮出来るかどうか確認しようとすれば、それ相応の力でまずは障壁を打ち破る必要があった。そしてそれを言われると、納得するしか無かった。
「あ、ああ、なるほど」
「で、お前ら何時までそんな格好なんだ?」
「は?」
納得した所に出されたセリフに、二人がきょとん、となる。着て来いと言ったのは彼らなのに、手のひらを返すようなセリフだった。が、これは彼らの早合点だった。
「さっさとベルトとリストバンドの魔道具使えよ。それの試験だ、つってんだろ。魔道具渡してんだから、使えよ」
「え、あ、ああ、これ魔道具なんっすか?」
「魔石付いてんだから、当然だろ。そっちの小僧なんてそのまんまじゃ単なる間抜けじゃねえか」
どうやら、一見すると奇妙な格好だったのは当然だった様だ。これで完成、なのではなく、魔道具を使う事で、防具として完成する事になっていたのだろう。
「え、っと、じゃあ・・・このスイッチか?」
「こっちは・・・このバックル押し込みゃいいんっすかね」
二人はとりあえず、適当に目に付いたスイッチを押し込む事にする。すると、ベルトに取り付けられたバックルと、リストバンドに取り付けられた魔石が光り輝いた。そして、その光が収まった後、二人の姿は全く違う物になっていた。
「うぉ! なんだこりゃ!?」
『ちょ、これなんっすか!? どうなってんっすか!? いきなし目の前に変な映像出てきてるんっすけど!?』
普通に衣服が展開されただけの翔は、普通に服が出てきた事にびっくりするだけで済んだ。が、夕陽の方は、とんでもない事になっていた。全身を覆うように、鋼の鎧が展開されていたのだ。全身を完全に覆っているらしく、彼の声は口の部分に取り付けられたスピーカーから出ていた。
「うお! まるで日曜朝のライダーじゃん!」
『まじっすか? どうっす?』
「おぉ! それっぽい!」
翔の言葉に、夕陽が適当に構えを取ってみる。すると、本当に某ライダー風に見えた。と、そうして少し興奮した翔が気になるのは、自分がどんな格好をしているか、だった。光が消えたと同時に奇妙な黒い服を着ていたので、全身がどうなってるかわからないのだ。
「俺、どうなってる?」
『先輩は・・・まあ、見たまま忍者、っすね』
「そうか? 頭何か付けてる印象無いんだけど・・・どうなってるんですか?」
試しに頭を触ってみた翔だが、やはりそこには自分の少し短い髪の毛の感触があった。それに、翔が技術班の面々を見ると、どうやらそれは彼らも気になっていたらしい。モニターを真剣な目で見ていたのだが、翔の言葉に一人が顔を上げた。
「あ、おう、ちょっと待て・・・どうにも頭の部分の構築に失敗してるっぽいんでな・・・とりあえず、一回バックル外せ」
「あ、はい」
どうやら、頭も覆うように服が出てくる予定、だったらしい。何らかの手違いで失敗してしまっていた様だ。というわけで翔はリストバンドを外すと、それと同時に衣服が消失する。
「ちょい待ってろ・・・」
リストバンドを受け取った技術班の面々は、少しの間それを専用の台座の上に置いて、何らかの調整を行い始める。
「えっと、何処でエラーを・・・って、ああ、この記述がミスってんのか・・・」
「やっぱ若いのはまだまだダメだな、おい」
「おい、俺はまだまだ若いぞ」
「400越えりゃおっさんだろ」
「お前500歳超えてんだろ、確か」
「492だ。まだギリ到達してねぇよ」
どうやら『無冠の部隊』の技術班では無い者に頼んだ所が、不具合を起こしていたらしい。口々に愚痴と雑談を言いつつも、手直しをしていく。
ちなみに、その件の若いのは、横で研究者の一人からそのミスしている部分について講釈を受けていた。基本的には全体的に面倒見は良い――短気なオーアでも、面倒見は良い――ので、よほどの焦った状態か手酷いミスでは無い限り、ここの面子に怒鳴られる事はなかった。
そうして二人が10分程ぼんやりと待っていると、調整が終わったらしい。台座からリストバンドを外して、翔に再び手渡した。
「良し。これで大丈夫だ。もういっぺん頼んだ」
「はい」
リストバンドを受け取って翔は再びスイッチを押す。すると、今度はきちんと頭の部分まで服が展開される。それは口も覆って目の周辺だけを出すような格好で、額の部分を守るようにヘッドギアも取り付けられていた。
「おっしゃ。今度は完璧だな」
「あ、ホントだ・・・どうよ?」
『なんかマフラーして闇夜の中を高いとこから見下ろしたくなる格好っすね』
腕を組んで直立不動の姿勢を取った翔に対して、夕陽が楽しげな声で告げる。これで月夜をバックに日本風の城の天守閣の上に立てば、まさにイメージ通りの忍者、だろう。
「で、これでどうすりゃ良いんですか?」
「ああ、それであっちの試験場を突っ走れ。コースは適当に作ってやった。一応砲弾とか飛んで来るから、避けろよ」
『あれ・・・っすか?』
技術班の男の一人から指さされたまるで軍用の訓練エリアのような建物を見て、夕陽が首を傾げる。そこには普通にコンクリート製の建物が一つ建っていた。おかしな話だが、公爵邸の地下にもう一つ家があったのだ。夕陽が首を傾げたくなるのも無理は無かった。
「おう・・・なんだ、俺らの攻撃で試してえか?」
『いや、いいっす! 遠慮しまっす!』
夕陽は技術班の男の言葉に、大慌てで両手をぶんぶんを振って遠慮する。当たり前であるが、彼らの攻撃をモロに食らえば、確実に夕陽は単なる肉片に変われるだろう。
「あ、わかってると思うが、二人同時じゃねえからな。テストは一人づつ、だ。で、そっちの翔とか言う小僧は、幾つかオプションの魔道具渡すから、先に夕陽とか言う小僧が先だ」
『俺にゃ何も無いんっすか?』
「そいつの性能試してから、作ろうと思っててな。幾つかあるが、そりゃ、武器の方だ。防具の性能試そうってのに、武器の性能見ちゃ意味ねえだろ」
『ああ、なる』
技術班の男の言葉に、夕陽が納得する。確かに防具の性能を試そう、というのに武器を持たせて戦闘が可能にしては意味が無かった。
「よーし。じゃあ、翔の小僧はこっち来い。一度お前さんに使ってもらう魔道具を説明してやる」
「じゃあ、夕陽の小僧はついてこい。こっちで試験やんぞ」
「はい」
『うぃーっす』
二人は各々を呼びつけた技術班の男達に従って、移動を始める。そうして、二人は試験を開始するのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第595話『暴走の余波』




