第593話 悪化の一途
ホタルの使う特殊外装『一式鉄騎』は山の裏側に下りると、即座に戦闘行動を開始した。ここの逆側は魔導機と半魔導機の部隊による遠距離砲撃によって半壊しているが、こちらは当然射程外だったので、殲滅状況はまだまだ、だ。
「ハンマーは背部アダプタに接続。『アーム・バスター』へと変更」
ホタルは落下と共に振り下ろしたスレッジハンマーを背負うと、再び両腕を変形させて、銃撃を開始する。スレッジハンマーはでかい魔物を相手にするには最適だが、小さな魔物を相手にするには相性が悪いのだ。
「脚部バルカン及び両肩ガトリング砲起動。胸部ハッチ展開・・・出力30%でミサイルへと魔力をチャージ。本機周辺へと爆撃を開始」
今度は先程とは違い、敵は近い。自分へ被害が来るような大出力の武器は使えないが、その変わり、射程距離外だったバルカン砲とガトリング砲を使える。それ故、弾幕は先とは比較にならず、単機であるにも関わらず、先ほどよりも遥かに殲滅速度があがった。
しかも、本来は制御の難しいガトリング砲等の制御も、演算能力が人とは比較にならないホタルが使うのだ。『無冠の部隊』謹製という前提条件を差っ引いても、その命中率は比較にならなかった。
『うーむ。動く城塞じゃな』
『ハンマーはやっぱ小型の魔物相手じゃ使いにくいかなー』
『わかっていて作ったのでは無いんですか・・・』
『やっぱ『無冠の部隊』はこうじゃないとな』
『ぶっ飛んでこそ、『無冠の部隊』だからなー』
圧倒的な殲滅力で魔物を殲滅していくホタルと『一式鉄騎』を見て、『無冠の部隊』技術班の面々が口々に感想を述べ合う。
『命中率はアイギスの補助有りのカイトと同等、か』
『高いのか?』
『カイトが早すぎて魔銃の照準が合わず、が時々あるからのう・・・』
ティナが何処か呆れたように、ホタルの命中率を閲覧しながらオーアの問いかけに答える。カイトの反応速度に、今の試作魔導機では追いつけていないのだ。
まあ、試作品なのだから、仕方が無い。その為に、アイギスが補佐に入っているのだ。彼女の演算能力を加えて始めて、なんとか、手加減しているカイトに追いつけるレベルだった。まだまだ、性能が足りていなかった。
『相変わらず、あの小僧だけは俺達をしてぶっ飛んでるな』
『まあ、おかげで私らもムキになって開発やってんだけどね』
『違いねえ』
オーアの言葉に、全員が納得する。彼らは、技術者だ。それもワンオフを作る事に長けた技術者だ。それが使い手を満足させられる一品を作れないとなると、彼らの沽券に関わった。となると、もうあれこれ言い合っている場合では無くなったのだ。
結局は、どこでもいっしょだ。一人で勝てない強大な敵がいるのなら、数で挑むしか無い。究極的には『無冠の部隊』技術班の存在意義とは、カイトに対応出来る武器を開発する、という一言に尽きたのであった。と、そんな事を話している内に、ホタルが周囲のほぼ全ての魔物の掃討を終える。
「残存戦力・・・ゼロ。任務、完了」
『うむ。では、帰還せよ』
「了解」
ティナの指示を受けて、ホタルが再び飛翔機を吹かして飛び上がる。向かう先は当然、飛空艇だ。そうして、ホタルは飛空艇に『一式鉄騎』を架橋する。
「着艦完了・・・架橋良し。教授。架橋、完了です」
『うむ。では、少々解析に力を貸せ。早い内に解析を行わねばならん』
「了解」
ホタルは『一式鉄騎』から出ると、そのまま飛空艇に戻ることなく、山頂で儀式場の解析を行っているティナの支援に入る事にする。
「来おったな。少し遠くから、全体図を撮影。情報を集積せよ」
「了解」
儀式場の調査を行っていたティナの指示を受けて、再びホタルが舞い上がる。そうして、山頂から少し遠くへと移動する。そうして、少し前と同じく、ヘルメット型の魔道具を装着して、魔力の流れを観測する事にした。
「教授。魔力の流れを観測・・・この山は地脈の集積ポイント上に位置している模様」
『なるほど・・・力を集めておるわけか・・・』
「その推測を肯定します」
ホタルはティナの推測が自分の推測と合致していたので、それを認める。周囲から儀式場に向かって、地脈から魔力が流れ込んでいる事が、彼女のヘルメットの観測結果でも認められた。であれば、あの魔法陣の目的は魔力を集める事、なのだろう。
『ここで光っておる理由は解析出来るか?』
「・・・不明。推測で良ければ」
『構わん。話せ』
ティナの求めを受けて、ホタルは自らの解析結果から最も可能性の高い推測を提示する。
「この光は地中から発せられています。おそらく、それに由来している物かと」
『ふむ・・・やはり地下、か。であれば、これも地下に石室がある、と見るべきか・・・音響測定の結果は?』
「飛空艇にアクセス・・・肯定します。観測結果から、その可能性は非常に高い物かと」
『ふむ・・・分かった。地下に下りる。お主はその場で外から観測を続けよ』
「了解」
ホタルの言葉を受けたティナが、儀式場にある魔道具を載せている台座を動かす。すると、案の定階段があった。
『む? すぐに地下室か・・・深さは一定では無いようじゃのう・・・光が零れておったのは、これ故、じゃろうな』
ティナはすぐに見えた石室に、凡その予測を立てる。ティナの考えでは、カイトの発見したフィオネル領の石室は地下深くて光が外に漏れる事が無かった、ということだった。それと同時に、あそこは村に近く周囲に結界を張り巡らせていた結果、発見出来なかった事も可能性に入れられた。
『ふーむ・・・やはりこれは魔力を収束し、何処かに送る為の術式じゃな・・・とは言え、若干改変が加えられておる・・・ふむ・・・なるほど。やはり場所は規則性が無いのでは無く、地脈の集合ポイントに設定しておるのか。しかも、制御できるように、適度に拡散させておるわけか・・・それが、魔物が集まっておった理由、か・・・であれば、南側も限られるのう・・・いや、じゃがこの規模じゃと、4つでは足りん。最低8個・・・出来れば20は欲しいな』
ティナは自分の目で石室を見て幾つかの確証を得て、更に推測を立てていく。
『良し。これが全部、じゃろうな。アイギス、飛空艇のシステムをハックして、レイシア皇女へ繋いでくれ』
『わっかりました』
ティナは即座にマクダウェル南側で条件に合致する場所をリストアップすると、アイギスに頼んでシアへと繋いでもらう。そこを通して、皇帝レオンハルトへと報告をしてもらおう、と考えたのだ。
『・・・なるほど。了解よ。助かるわ。最大でどれ位になると予想されるの?』
『そうじゃなぁ・・・最低でも10。余ならば、それぐらいは欲しい。が、多すぎると今度は制御が出来ん要になるじゃろうから、全てがこの規模の祭壇であれば、数は15が限度じゃろう』
『規模が異なれば?』
『そうじゃな・・・この規模の祭壇が8個に、生贄を使わぬ小規模の祭壇が20程は欲しい。この規模の祭壇は最低でも4個は必要じゃ。何を呼び込むか、本殿はどの程度の大きさか、にもよるが・・・のう』
シアの求めに応じて、ティナが自らの推測を開陳する。ここら、敵の情報があまりにも少なかった事から、まだまだわからない事が多く、推測にならざるを得なかったのは、仕方がない事だろう。
『そう・・・では、かなり大規模な捜索隊を組まなければならなそうね』
『うむ。とは言え、範囲はどれだけ遠くともハイゼンベルグ領までじゃろう。それ以上は効率が悪い。では頼んだ』
現在は出発準備中だった近衛兵団や各貴族軍だったが、その出発前に探すべき物の情報が少しでも分かったのは、非常に助かった。そうして、シアとの通信が切断されて、再びティナは調査を再開する。
『ふむ・・・何処へ向かっておるか、解析出来たか?』
「否定。特殊な力場の影響で、力が完璧に隠蔽されています。マスターの情報と合わせて、考えられる可能性は一件。月の女神の力が考えられます」
『厄介じゃのう・・・地道に解析するしか無い、か・・・』
ティナの場所からでは近すぎて見れなかった魔力の流れだが、ホタルの位置からではジャミングが働いてわからないらしい。そして、如何にティナでも神々の力を地脈を流用して使われては、解析するにはしばらく時間が必要だった。
加護――この場合はシャルの加護――を持つカイトやどうにも当人が認めていて擬似的な加護に近い効力を持つユリィであればその加護のおかげで不可視化も無効化出来るのだが、その加護が無いティナでは時間を掛けて解析するしか無かった。
「ふむ・・・いっそ破壊しても良いが・・・」
魔法陣を解析しこれを破壊しても地脈に傷は付かない事を理解したティナだが、破壊すれば必然、何処に向かっているかわからなくなる。
おまけに、1つ潰した所でこちらに問題は無いといえば無いが、送られている側がどうなっているかわからない以上、安易に潰せば敵側の暴挙に出られる可能性もあった。
敵の本拠地を発見して、そこへの強襲と同時に破壊したい所だった。移動の手間等を考えれば、やはり破壊するよりもここを解析するのが一番手っ取り早いだろう。
「ふむ・・・カイト、現在地はどこらへんじゃ?」
『今か? 今はミナド村南へ移動してるソラ達のとこを目指している所だ』
「暴走はさせておらんじゃろうな?」
『ああ。現状、拐われた奴らが暴行される事はありえんだろうからな。とりあえず、落ち着かせる事は成功した』
カイトは少しため息混じりに、ティナの問いかけに答える。フィオネル領で捕らえられていた冒険者の中には、一ヶ月以上拘束されていた者も居た。だが、彼女ら全員、暴れたあの女性冒険者以外は暴行を加えられた様子は無く、それどころかしっかりと食事を食べるように脅されてもいたぐらいだった、と証言していたのだ。陵辱などされた者は一人足りとも居なかった。
逆に暴行しようとした者が処刑された、とも語ってくれていた。それ故、全員が大人しくしていた、とも。安全の確保がされているのなら機を伺うのがベストだ、と判断したのであった。正しい判断だった。
であれば、拐われた面子も非道はされない、と伝えたのである。暴行されないのではなく、彼らは何らかの目的で、暴行出来ないのだ、と考えたのだ。
理由はまだ理解不能だが、その目的は彼らにとって非常に重要な物なのだろう。そうでなければ、暴走した仲間をわざわざ処刑までする必要が考えられなかった。
『と、いうことだ。どうにもこうにも、奴らは女性へ暴行する事は禁じていたらしい』
「ふむ・・・む・・・待てよ・・・これは月の女神の力・・・その力の根源は処女性にある、とも伝えられておる・・・もしや・・・いや、全員がそうとは限らんし、それ以前に、処女故に魔力が高まる事はありえん。色々と訳ありの多い冒険者の中から処女を見つけ出すのは困難じゃし・・・ふむ・・・もしや・・・」
カイトの持っている状況と自分の情報をすりあわせている内に、ティナは一つの推論にたどり着く。それは陵辱されなかった、という事から得た推論だった。と、そんな所に、外の警戒にあたっていたホタルが報告を入れる。
『教授。小屋を発見。内部に生命反応あり』
「ふむ・・・分かった。余もそちらに向かう」
ホタルの言葉を聞いて、ティナは外に出て、少し離れた山間にある小屋へと移動する。そこには案の定、捕らえられていた女性達が居た。そうして、そんな中の一人に、ティナが問いかける。
「ああ、ありがとう・・・」
「こういうことはあまり聞きたくは無いんじゃが・・・お主、処女か?」
「ごふっ!? げふぉ! ごほ・・・い、いきなり何を・・・!?」
ティナのいきなりな不躾な問いかけに、女性が顔を真っ赤に染める。まあ、答えは聞くまでも無かった。
「ああ、言わんでも良い。今ので理解した」
「え、いや、ちょ・・・」
勝手に一人納得して、更にはそのまま説明も無しなティナに、耳まで真っ赤な女性があうあうと、口を開け閉めして、何も言えない。
が、そんな女性を放っておいて、ティナは他の女性達にも問いかけていく。そうして、三人目で、ついに、目的の冒険者らしい女性に辿り着いた。
「いや・・・違うけど・・・」
「の、様子じゃな。試しに聞いておきたいが、最後にヤッたのは、3ヶ月以上前、か?」
「・・・なんでそんな事あんたに言わないといけないんだ?」
照れる様子も無く答えてくれた女性冒険者だったが、流石に身知らずの奴に最後にヤッたのは何時か、と問われてあけすけに答えてくれるのも稀だろう。というわけで、逆に意図が理解出来ず、問い返された。
「うむ。おそらく、そこらで、お主らに乱暴をせん理由が理解出来る」
「うん?」
「一度交わって、その後にどれぐらいの期間、その相手の魔力波形が残るか知っておるか?」
「いや・・・」
「これは約3ヶ月、というのが通例じゃ。が、一般には凡そ一ヶ月程度で、もう殆どわからなくなる、というのが言われて」
「いや、待った。答えるから、解説はやめてくれ」
聞いてもわからないし、わかるつもりも毛頭ない女性冒険者は、ティナに大慌てで右手を突き出して解説を制止する。ただでさえ捕らえられていたので疲れているのに、これ以上頭の痛くなる小難しい論理を聞きたくは無かったのだ。そんなのを聞くぐらいなら、別に話しても問題無い事を話した方が楽だった。
「2週間前だ。3ヶ月程前、偶然、ちょっと良い冒険者とコンビ組んでね。その時別れ際に一発、ってわけ」
「うむ、助かる」
嘘は吐いていなさそうな女性冒険者の言葉に、ティナは頭を下げる。推測通り、だった。カイトからの報告にも、捕らえられた女性たちの中で最長1ヶ月は居なかった。
つまり、捕らえて一ヶ月は絶対に何もしてはいけないのだ。彼らは儀式の生け贄に使うため、人の自浄作用によって、他者の痕跡が消えるのを待っていたのである。
穢れないその人だけの純粋な魔力を手に入れようとすれば、乱暴をしてはいけないのだ。そこに乱暴されて、せっかくの準備を無駄にされては困るのであった。儀式の邪魔をしようとしているのだから、殺されるのも当たり前だ。いわば敵と一緒なのだ。
「推測通り、か。カイト、聞いておったな?」
『ああ。とりあえず、確証を出せるのは有り難い。ソラ達にも伝えておこう』
今の会話は、ティナの隠し持つ魔道具を通してカイトにも聞かせていた。そしてそれを聞いて、とりあえず安堵を漏らす。儀式に影響を与えるというのなら、敵はそれをやれないだろう。
いや、やれない、と言ってよかった。そしてそれはカイトが行くまでソラ達を制止する切り札に成りえた。暴走されて犬死、なぞ一番の悪夢だった。
「では、余は再び調査を行い、この魔力が何処に向かっているのか調査をしよう」
『ああ、たのん・・・どうした?』
頼んだ。そう言おうとしたカイトであったが、その瞬間、飛空艇に連絡が入った様子だ。二葉が割り込んできた。
『マスター、マザー。緊急です』
「なんじゃ?」
『桜様から、緊急事態を報せる非常信号が発せられています。方角は本機の方向東南東。マクダウェル領中部です』
「『なっ』」
なんとタイミングの悪い。カイトとティナは、寄せられた報告に、同時に絶句する。とは言え、そのまま呆然としているわけにもいかない。即座に、カイトが情報を求めた。
『ちぃ・・・何が起こっている!』
『不明です。桜様との連絡が途絶えています・・・いえ、同行中の伊勢より連絡。なんらかの集団にキリエ様と共に拉致された、と。詳細は不明。敵はかなり高度な隠蔽を施している様子』
『キリエも、だと? じゃあ、なぜ桜まで? 身代金狙いか?』
「今はそこらは後に回せ」
『そう・・・だな。とは言え、下手人が誰か、とかは流石に気になるな・・・貴族狙いの奴は多いしなぁ・・・それに救助はどうしたものか・・・』
「どうしたものかのう・・・余の位置からでは遠いのう・・・」
流石に手が足りなさ過ぎる。ティナはこの儀式の調査を行わなければならない為、身動きが取れない。こちらも捨て置けない。カイトはソラ達の救援に向かっている。該当する場所を考えれば、冒険部の即応部隊も即座には辿りつけない。それに、カイトがため息混じりに切り札を切る事を決めた。
『・・・しゃーない。切り札切るか・・・』
「それしかあるまい。お主はどうする?」
『オレは桜達の方に向かう。ソラ達の方を頼もう。存分に大暴れしてもらうさ』
「うむ。余はこちらの解析が終われば、即座に軍を率いてこの妙な奴らの儀式場へと乗り込む事にしよう」
『任せる』
カイトとティナは、お互いに次の方針を決めると、行動に移り始める。そうして、事態は更に混迷を極める事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。次回からは新章です。
次回予告:第594話『暴走の余波』




