第592話 殲滅戦
山中での魔導機と半魔導機の試験行動中、偶然カイトが遭遇した宗教組織の別働隊と思しき集団と遭遇したティナ達は、皇帝レオンハルトの勅令により、戦闘を行う事を決めた。そしてそれは、ホタルも一緒だった。そんなホタルに、ティナはふと言い忘れていた事を告げる。
『ホタル。言い忘れておったが、自然にあまり影響を与えるような武器の使い方は厳禁、じゃ。これはカイトも同意しておる』
「了解」
ティナからの言葉を受けて、ホタルは優先事項の中にそれを付け加える。言われなければ山を崩して土砂崩れを起こして魔物の集団を一掃しようと思っていた所だった。幸いまだ戦闘が開始されていないので良かったが、後少し遅れていたら、山が一つ崩れていただろう。
「手持ち武器の必要性は無し。胸部ミサイルユニット展開。肩部横ガトリングユニット・・・射程外。肩部横ライフルユニット、チャージ開始。ランドセルのダブル・キャノン、照準良し」
ガコンガコン、とホタルの『一式鉄騎』が形を変えていき、身体の各所に取り付けられた『無冠の部隊』の趣味満載の魔砲達が顔を覗かせる。まさに、動く武器庫だった。
とりあえず各々の趣味で取り付けた武装は、ホタルという奇跡の存在だからこそ、全てを単独で使える総量に達していた。
『おぉ! やはりガン積みはロマンじゃな! これぞ、『無冠の部隊』の久しぶりの集大成! 全員、見ておるな!』
『おう! ガトリングは射程で使えねえみたいだが、まあ、問題ねえだろ!』
『折角作ったハンマー後で使って欲しいんだけど・・・流石にこりゃ無理か。後で接近よろしく』
『ホタル。ミサイルは分裂術式で試してください。掃討作戦では有効です』
ティナの興奮した声に続いて、自分達の集大成が急遽お目見えという事で通信を繋いでもらった『無冠の部隊』技術班の面々が口々に感想を言い合う。どうやら久しぶりの肩慣らしは満足出来る水準にはなっていたらしい。
ちなみに、肩慣らしなので、まだまだ改良するつもり満々だった。名前の由来の『一式』というのも、これがまだ一度目の改良だからというに過ぎない、とは彼らの言だ。
と、そんな満足気な技術班の一同に対して、不満気なのが、同じく飛空艇での移動で暇なので映像を回してもらった三葉、だった。
『いいなー・・・マザー! あれ、私も欲しいー!』
『お前のあれ以上にガン積みしてるだろ・・・』
『でもあの胸のミサイルとか欲しい!』
『良い所に目を付けた! あれは早速搭載を考えておるから、もう少々待て!』
『やったー!』
ティナからの嬉しそうな言葉を受けて、三葉が歓喜の声を上げる。基本トリガーハッピーな彼女にとって、一度にぶっ放せる武装が増える、という事は喜びにしかならないのであった。そんな一同に何と言えば良いかわからないでホタルは黙っていると、アイギスが口を開く。
『気にしないで大丈夫だと思いますよ?』
「いえ、お姉さま。我々の用途を考えれば、武装が増えるのは良い事だと」
『あれは用途は関係ない、と思うんですけどね・・・』
三葉の歓声を聞きつつ、アイギスは少し苦笑気味につぶやく。本来彼女は数万歳だ。それ故、時折このように静かな雰囲気を漂わせる事はままあった。そんなアイギスに対して、ホタルが問いかける。
「我々は道具として作られた以上、道具として死ぬのが最適なのでは?」
『マザーは貴方を道具として改良したつもりは無いですよ。貴方の製作者達は確かに兵器として作ったのかもしれませんが、マザーはそんなの気にしないですからね。そうじゃないと、意思という厄介な物を搭載しよう、なんて考えないでしょうからね』
「単に戦闘能力の向上を考えただけ、では?」
『安定性の欠ける兵器と、安定性のある兵器。どちらが使用者として使い勝手が良いと思います?』
アイギスの問いかけに、ホタルは言わんとする所を理解する。安定性に欠ける兵器とは、今の彼女だ。確かに最大出力や汎用性は遥かに上回ったが、感情という不確かで、そして安定性を欠く要因となりうる物を搭載した事で兵器としての信頼性は著しく損なわれた、と言っても過言ではなかった。最悪は命令に背く事さえ、ティナは可能としていたのだ。不確定要素が多すぎる。
それに対して、安定性のある兵器とは、そのまま昔の彼女だ。常に一定の出力で攻撃を繰り出せる代わりに、一定の性能しか出せない。だが、これは兵器としての信頼性は高いだろう。不測の事態さえ無ければ、それが出来る、と確定しているからだ。作戦も立てやすい。
「兵器に感情は必要・・・なのでしょうか?」
『だから兵器じゃない、んです』
見た目で言えば、ホタルとアイギスではアイギスの方が年下に見える。これは製作者の問題なので、仕方が無い。だが、アイギスの表情には、歳相応の穏やかな含蓄があった。だが、それは説明されない限り理解出来ないホタルには、理解出来なかった。
「理解不能です」
『今はそれで良いんです。マスターもマザーも、自分達で考える事を、望んでいますから』
「マスターも教授もそんな事をおっしゃってませんが・・・?」
『それを読み取れるようになるのも、貴方の努力次第、です』
やはり、理解不能だ。ホタルはそう思う。だが、このように悩む事こそが、感情の第一歩、だろう。
『マザーにとって、私達被造物は全て、娘であり、息子です。それを、何時か分かる日が来る。理解出来るように、悩み、迷い、苦しんで答えを出すのが、貴方の最良です。マザーもマスターもそれを望んで、貴方に安易に答えを与えない。その配慮を、受け取りなさい』
「・・・了解」
アイギスから断言されて、ホタルは理解不能ながらも、それを受け入れる事にする。ホタルは彼女のアドバイスは、受け入れるべきだ、と思っていた。論理的にはカイト達との付き合いの長さは彼女の方が上だし、彼女は認めたがらないだろうが、直感もそう告げていたのである。
『はい♪ じゃあ、そろそろマザー達が作戦ポイントに近づきますんで、こちらも用意に入りますね』
「了解」
いくら悩んでも、今やるべき事は変わらない。それ故、ホタルは思考を一時中断して、目の前の事にとりかかる事にする。
「両腕部『アーム・バスター』展開。チャージは5%。連射力を重視」
『お主の出力と冷却性能から両方を同時に使ってもオーバーヒートを起こす可能性は無いが、今回は弾幕を重視したわけじゃな?』
「肯定します」
『うむ。良い判断じゃ』
出力を上げて面砲撃にするのでは無く連射重視で弾幕を張る事を選んだホタルに、ティナが称賛を送る。展開した武装は、メルの乗る魔導機に搭載されている『インペリアル・バスター』と同じだ。
まあ、これを流用しているのだから、当然だろう。名称の差にほとんど意味はない。あるとすれば、装飾の有無と皇帝が使うか否か、ぐらいだろう。
魔物の種類は多種多様だ。空を飛ぶ魔物も居ないでは無いし、機動力の速い魔物が居ないでも無い。弾幕を張って動きを止めて、ミサイルと肩のライフルで確実に仕留めるつもりだった。近づいてくれば、肩の横部分に取り付けたガトリングが火を噴くだけだ。
「教授、準備完了です」
『うむ。では、到着を待て』
「了解」
ティナからの返答を待って、ホタルはそのまま待機を開始する。そうして、アイギスとメルがじゃれあっているのを止めて、ついに、戦端が開かれた。
「オールウェポンズ、ファイア」
メルの号令に合わせて、ホタルはまずはミサイルを全て発射する。使うのはクリフの望み通り、クラスター化したミサイル型の魔弾だ。まだこちらに気付かれてはいないので、とりあえず数を減らせるだけは減らしておこう、と思ったのである。
そうして、ホタルの放った10のミサイルは一直線に魔物の上に飛んで行くと、100の小さな小球に分裂して、地面に殺到する。
『すっご!?』
『ちょ、どどどどど、とか言って魔物がたくさん吹き飛んだわよ!? 私撃ったのおもっきり敵の居ない所に命中したんだけど!』
『喋ってないで砲撃を続けろ!』
100もの爆発を見て、テスト・パイロット達が目を見開く。そんなテスト・パイロット達を横目に、ホタルは射撃を続けていく。が、それと同時に、有り余る演算領域を使って、ホタルはアイギスとやり取りを行っていた。
「お姉さま。味方の着弾予測を各機で共有するシステムを構築すべきだと思われます」
『みたい、ですねー。元々魔導機がここまでの数が出来上がるとは想定されていなかったので作られては居なかったんですけど・・・』
二人が考えるのは、先ほどマイが告げた敵の居ない所に命中した、というセリフだ。彼女のセリフはつまり、無駄弾を撃ったという事にほかならない。当たり前だが、無駄な攻撃は避ける方が、継続戦闘能力は伸びる。その無駄弾をどうやって減らすのか、というのは意外と重要だった。
「教授。如何しますか?」
『うむ。確かに必要じゃな・・・少々、お主らに頼めるか? 余は今より揚陸隊を出さねばならんし、その指示もある。そちらにはとりかかれん』
「了解」
『イエスマム!』
ティナからの指示を受けて、二人は相互にやり取りを行いながら、魔導機と特殊外装用の弾着予想を共有するシステムを構築していく。この程度、彼女らの演算領域を以ってすれば、戦闘を行いながらでも余裕だった。
まあ、やっていることは敵に照準を合わせてただ単に引き金を引いているだけ、なので、そこまで複雑な事はしていないのだが。
そうして、すぐにそれ専用のプログラムが書き上がる。やったのは各機の照準のデータを飛空艇に共有させて、そこから無駄弾を減らせる様参考のデータとして表示させるようにしたのである。
『メル様。一度各機の弾着予想を出しますので、それを参考に射撃を行っていただけますか?』
『え? あ、うん・・・この赤い丸が、弾着予想?』
『イエス。そこを避ければ、味方の攻撃で討伐される魔物を狙わなくても済むかと』
『わかった』
流石にホタルとアイギスの事情を知るメル以外に戦場で作ったプログラムを使わせるわけにはいかないので、アイギスがメルに頼んで試用を行ってもらう事にする。結果は、どうやら概ね好評だったらしい。
『あ、これは結構便利ね。大型魔導鎧にも搭載してもらった方が良いんじゃない?』
大型魔導鎧での集団戦でも、今回と同じような無駄弾は戦場で幾度も発生している。それは皇国の開発班でも憂慮の種だったのだが、解決策は見つかっていなかった。戦場で即座に弾道予想が出来る程のノウハウが無いからだ。
それに魔銃の知識が足りていない、という事も大きいし、何より照準を信号としてデジタル化しているのは、地球の技術を取り入れている魔導機ならではだ。
『そこらは、マザーと相談して、にしたほうが良いかと』
『そうね。お父様にも奏上した方が良さそう、よね』
アイギスの返事を受けて、メルは更に皇帝レオンハルトにも報告する事を決める。ここらは別途マクダウェル家とのやり取りになるだろう。が、皇帝レオンハルトもカイトも軍略家の側面があるのだ。味方の無駄弾を減らせるこの方針に許可を下ろさないとは思いにくい。
メルの仕事には、ここらやり取りが必要と思われる分野を父に報告することも含まれていた。マクダウェル家内部で地盤固めに忙しい姉に代わって、軍事的な事の補佐も言い遣っていたのだ。そうしてそんな会話をしていると、飛空艇から射出された揚陸艇が、全機発進する。
「揚陸艇の全艦発進を確認」
『こっちでも確認しました。ホタルちゃん、そっちの援護もお願いします。本機では手数が足りません』
「了解」
アイギスの申し出を、ホタルが受け入れる。アイギスの機体はどうしても皇帝専用機とあって、武装は乏しい。身体の各所に取り付けられたシールド発生装置と普通の魔導機よりも装甲の厚さを増したおかげで防御力は高いが、そこに出力を食われて武器の搭載量は少ないのだ。
『さぁて、では余の妙技を見せるとするかのう・・・<<天照捕縛術>>!』
揚陸艇の進撃と同時に、中空に転移術で現れたティナが杖を振りかぶる。使うのは、地球で彼女が懇意にしていた日本の総氏神の魔術だ。そうして、ティナの後ろから無数の光の縄が放たれた。動きを縛ってしまおう、という算段だった。
「援護開始。狙撃します」
それを見ながら、ホタルがティナの光の縄から逃れようとする奇妙な人影達に向けて銃撃を加えていく。ホタルの機体には精密射撃用の望遠装置と専用のスナイパーライフルも搭載されている。
これらは出力を絞れば対人兵器としても活用出来る。出力を絞るのは難しいのだが、機械的な彼女には問題は無かった。そうして、奇襲を食らった宗教組織の面々は、見る見るうちに捕縛されていく。
『良し。敵の掃討を完了。各機、そのまま魔物に対して攻撃を続行せよ。飛空艇はこれより直下の魔法陣の調査に入る。ホタル、お主はこちらに来て、反対側の魔物の掃討を行え』
「了解」
当たり前だがホタルらから見えないだけで、山の反対側からも魔物の群れは山頂に向かって進んでいるのだ。こちらも掃討しなければ、まさに片手落ちだった。
今は援護部隊の飛空艇からの艦砲射撃で対処しているが、ホタルが加われば、更に掃討は早くなる。既に魔導機側が凡そ片付いていたので、それ故の判断だった。
「全スラスター起動・・・『一式鉄騎』、移動します」
武装を一度全て待機状態にしたホタルはしゃがみ姿勢だった状態から『一式鉄騎』を立ち上がらせると、そのまま飛翔機で一気に飛翔していく。そうして、山の反対側に出ると同時に地面に向けて、一気に加速した。
「武器選択・・・ハンマー」
『そこはハンマァー! って叫ぶんだよ!』
「ハンマー」
『腹に力が篭ってない! やり直し!』
『申し訳ありません、ホタル。これは片付けておきますね』
何かこだわりがあったらしいオーアだが、クリフによって連行されていく。ホタルは今度は正真正銘理解不能、という顔で、スレッジハンマーを振り回して戦いを始めるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第593話『悪化の一途』
2016年10月10日 追記
・誤字修正
『掃討』が『相当』になっていた部分を修正しました。




