第590話 高所試験
半魔導機が動き始めてから、数日。一度組み上がってからは、駆け足で試験が行われる事になった。本来はデータの解析や試験等で予定が組まれるのだが、今回はそもそも皇帝レオンハルトが使う為の安全性の確認、という程度で良かった為、性能試験は本気で行われる事は無かった事が駆け足の理由だった。性能の確認は後で中央研究所で行う事にして、重要な安全性の確認だけは、確定させておくことにしたのである。
ということで、使う可能性が少しでも存在している場所では、試験が行われる事になっていた。というわけで半魔導機とメルの乗る魔導機、それに加えて目立たない程度の護衛の部隊が、マクスウェル東にあるジーマ山脈へと、やって来ていた。
「お、大型魔導鎧での登山って・・・こんな馬鹿やってるの皇国ぐらいじゃない・・・!?」
『泣き言言うなよ! 辛くなるだろ!』
マイの言葉に、ラウルが少し泣きそうな顔で告げる。幸いにしてまだ夏だったので雪が積り、という事は無かったが、それを差っ引いても、半魔導機での登山はかなり疲れる物があった。
まあ、幸いにして使うのは大型魔導鎧よりも遥かに性能が良い半魔導機だし、亜空間で外部と擬似的に遮断されている為、結果として防寒対策が取られているコクピットだった為に寒さと気圧差が無くて済んだし、崖を越えるのも飛翔機でひとっ飛び、だ。まだ、良い方だっただろう。
「よいっしょ、っと!」
泣き言を言いつつも、マイは登山を進めていく。ジーマ山脈の標高は3000メートルを優に超える。全力疾走をするわけにはいかないし、安全に移動する為には足場が安全だ、という事を確認しつつ、移動しないといけない。なので、幾ら半魔導機を使ったとしても、1時間以上は必要だった。おまけに、試験が一度で終わるはずも無い。
そして、1時間以上必要ということは、普通の搭乗者が大型魔導鎧の使用可能な限界時間を優に上回っていた。なので、安全性に配慮して、要所要所で休憩がとられる事になっていた。
『標高1500メートル通過・・・予定ポイントαに到着。各機、半魔導機のシステムをアイドリングモードに変更して、一度休憩を取ってください。こちらはその間に、今までの試験結果を解析して、纏める事にします』
試験の監督を行う研究者達が乗る少し大きめの飛空艇から、マイの通信機に通信が入る。それに、マイはその場に腰を下ろして、休憩を取る事にした。
「はぁ・・・アイドリングモード、起動・・・ふぅ」
半魔導機のシステムをアイドリングモードにしたことでモーションリンクが途切れ、マイはそのまま寝っ転がる事にした。肉体的な疲労度はほとんど無いが、魔力については半魔導機を扱ったおかげでかなり疲れていた。
「あー・・・ドリンク何処だっけ・・・」
これからも試験は続くのだ。回復薬を飲んで魔力の回復を行うのも仕事の内、だった。なので、マイは半魔導機のコクピットに備え付けられた回復薬を置く為のスペースから、回復薬を入れた容器を取り出す。
「くぁー! 炭酸が効くぅ!」
『おばさん直行してるな・・・』
「うっさい」
マイの声はどうやら通信機に乗って聞こえていたらしい。ラウルからの呆れたような発言に、少しだけ頬を赤らめてそっぽを向く。まあ、ここは街中では無い。試験の最中に何が起こるかもわからないのに、通信機の電源をオフにする者は居ないだろう。アイドリングモードでも通信機がオフになる事はなかった。
『相変わらず、そのゲテモノ好きだな』
「良いでしょ、好きなんだから」
『まあ、他人の好みにとやかくは言わないけどさ・・・』
マイの趣味にまで、ラウルも何かを言うつもりは無かった。他人の好みは所詮、他人の好みだ。それを自らの強制しない限りは、何かを言うのは野暮だろう。
ちなみに、このセリフを聞けば分かると思うが、マイはカイトや瞬と同じく、エナジードリンク風味の回復薬の愛用者の一人、だった。中毒者の一人、とも言える。
『この冷蔵庫を搭載してくれてるのは有り難いよな』
「ああ、これね・・・」
ラウルの言うことは、マイも非常に理解出来た。今までの大型魔導鎧のコクピットブロックには、スペースの問題から冷蔵庫――半魔導機に搭載されているのには温める機能もある――は搭載されていなかった。
つまり、凡その場合は、かつてのラウルのように自分で保冷用の容器でも買わなければ、大抵の場合はぬるくなった回復薬を飲むのが普通だったのだ。
しかも、密閉性はあまり良くない大型魔導鎧のコクピットだ。夏場はぬるく、冬場は冷たい、という飲み手にとって非常に有り難くない温度になることはしばしばあった。
それを考えれば、夏場に冷たい飲み物を得られて、冬場には暖かい飲み物を飲める、ということは心情として、非常に有り難かったのである。
「これ・・・ウチの技術部は絶対搭載すべきよね」
『同感だ・・・隊長、テスト・パイロット一同として、進言出来ませんかね?』
『やってみよう』
一度利便性を経験してしまえば、誰もがこの利便性については必要だ、と強弁したくなる。それはどうやらカヤドも同じだったらしい。回復薬を飲みながら同じことを考えていたらしいカヤドが、ラウルの言葉に即応する。
「にしても・・・皇女殿下は文句ひとつ漏らさず、か・・・」
『さすがというかなんというか・・・』
「皇女教育、って凄いねー」
マイとラウルは感慨深げに、ため息を吐く。この試験には当然、メルも参加している。元々魔導機の試験を行う為なのだから、当然だ。魔導機を参加させない事にはどうにもならない。実はマイ達は試験というよりも、護衛部隊が抜かれた万が一の場合にメルを逃がす為の戦力、という意味合いが強かった。
そんな軍人達の称賛だが、まあ、そんなはずが無かった。あの姦しいメルが、何の文句も言っていないはずが無かった。
「うぁー・・・疲れるー・・・」
ぐったりとした様子で、メルがぽかん、と口を開けて間抜けな顔をする。そう、彼女は普通に感情を出すし、それを素直に口にする。であれば、疲れれば疲れた、と普通に口にするのである。
「当然です。本機は魔導機。システムは半魔導機よりも優れているとは言えども、出力に関しては更に上に設定されています。飛翔機を全開したり、内部武装を全展開する等全力を出さない限りは総合的な消費魔力は下回りますが、それでも大型魔導鎧並には消耗します」
そんなメルに対して、同席しているアイギスが何も思うこと無く事実だけを告げる。この魔導機は皇帝レオンハルト専用機なので複座機では無いのだが、現状、メルによってテスト中だ。何かあった場合は即座に対処出来るように、とアイギスも乗り込んでいるのである。
とは言え、流石に複座機に改良する事は出来ないので、単座機のまま、だ。ちょっと強引になるが、一部のシステムを弄くってアイギスからでも監視出来るようにしたのである。
「わかってる、わかってるわよー」
アイギスの言葉に、メルが手を振る。基本的に、アイギスが愛嬌を振りまくのはカイトとティナにだけだ。皇女であろうがなかろうが、そこに例外は無かった。
まあ、そんな彼女でも一応はメルが皇女だ、という事と、カイトが目を掛けている、という点は考慮していた。というわけで、実は通信機をオフにするわけでは無く、送るべきセリフ――魔物の出現情報等――だけは送り、送らなくても良い部分――愚痴等――はカットしていたのである。
『メル様。魔力残量が70%程度まで低下しています。補給を』
「はーい」
通信機の先から聞こえてきた小夜の声に、メルが魔導機のコクピットに備え付けられている冷蔵庫から、回復薬を取り出す。
ちなみに、だが。メルの消耗率はマイやラウル達よりも少しだけ、多かった。メルが計測で70%だったのに対して、マイ達は現在で80%前後だ。これは魔導機と半魔導機の差では無く、当人達の力量の差だ。
メルは戦士として見ればラウル達以上だが、大型魔導鎧の本職達とは異なり、魔力保有量を増やす事をメインとしてはいない。駆動時間はどうしても彼らよりも幾分落ちてしまうのである。
実は今回、やろうと思えば一気に登頂可能なのだが、それをしなかったのは安全性の確保はもちろんあるが、メルの為でもあった。
「小夜ー。残りどれ位?」
『はい・・・残り、約2000メートル程、です』
メルの問いかけを受けた小夜が飛空艇から情報を送り、それをアイギスが前面のモニターに展開する。そうして映しだされたのは、ジーマ山脈のワイヤーフレームモデルだった。
『これから更に標高2500メートルにあるポイントβと3500メートルにあるポイントγを経由し、頂上へと到着します』
「それは覚えてるわ」
『失礼致しました』
メルから少し苦笑されて、小夜が頭を下げる。当たり前だが、メルとて訓練の内容は頭に叩き込んでいる。改めて説明されるまでも無かった。
いくら試験だからと言っても流石に山脈の中で最大の山を上る必要も無い。なので、ジーマ山脈の中でも大体4000メートル級の山を上るだけにしておいたのである。ちなみに、高所での飛翔機の動作試験も兼ねていた為、降りる時は飛翔機で一気に降りるつもりだった。
『・・・メル様。そろそろ休憩が終わりです。再度ご準備を』
「はいはい・・・アイギス、アイドリングモードを解除、お願いね」
「イエス」
小夜の言葉を受けて、メルが立ち上がって、アイギスに合図してアイドリングモードを解除してもらう。そうして、魔導機がそれに合わせて、立ち上がる。見れば、他の半魔導機達も立ち上がり、試験の準備を始めていた。
「じゃあ、行きましょうか」
メルの合図に合わせて、一同が再び移動を始める。そうして、一同は何度かの休憩をはさみつつ、頂上を目指す事になるのだった。
メル達がポイントαを出発して、数時間。何度か休憩をはさみつつ、魔導機と半魔導機の面々は頂上に到着しつつあった。
「ふむ・・・まあ、問題は無い、のう」
試験の総合監督を務めつつデータの解析結果を見ていたティナは、満足気に頷く。こうなることが既定路線であったとしても、やはりその結果が出れば嬉しかった。が、そんなティナに対して、彼女の被造物達は至極普通として受け止めていた。
『マザーの開発品である以上、普通では?』
『肯定します。普通、かと』
「普通でも、やはり最良の結果が出れば、嬉しくはあろう」
アイギスとホタルからの言葉に、ティナが苦笑気味に告げる。ここらの機微はまだ、人とは違う魂を持つ二人にはわかりにくいのだろう。と、そんなティナに対して、研究者では無く、飛空艇の操艦を行っていた皇国軍の一人が、報告を入れた。
「ソフィーティア少佐。少々、お耳に入れたい事が」
「なんじゃ?」
「モニターを御覧ください。護衛部隊より、奇妙な連絡が入っております」
アドバイザー席に座ったティナの前面のモニターに、軍人が情報を展開する。それは彼らの上る山の隣の山頂付近の映像、だった。
「なんじゃ、この光は?」
「不明です。が、周辺を御覧ください」
「魔物が集まってきておる・・・? この光との関連性は?」
前面に映しだされたのは、少し遠くの山の山頂で光る光と、まるでそれに集まるような魔物の群れ、だった。確かに彼らが試験で使っている山では無く、少し離れた山だ。魔物がこちらに来るわけでも無ければ、問題なく試験は続けられるだろう。が、気にはなった。
「現在調査中です」
「ふむ・・・とりあえず、全機に一時停止を命じよ。何か判断が出来ん限り、安易に突っ込むのは危険じゃ」
「了解です・・・各機に訓練の一時中断を通達。その場で休憩を命じろ。合わせて護衛部隊は武装の安全装置を外しておけ。万が一にこちらに来られては拙い。メルクリア皇女殿下の身の安全を最優先とせよ」
『「了解」』
ティナの指示を受けて、メル達が動くのをやめて、少し慌ただしげに軍人達が動き始める。幸いにして距離は離れているし、魔物がこちらに来るという様子も無い。試験そのものには問題は無さそうだが、何かわからない事には、そのまま続行は出来ないだろう。
「公爵家は現在この山で何か訓練は行っておらんし・・・土砂災害が起きて復旧、という事も無い・・・自然光、では無い事は確実・・・」
とりあえず全員をその場で停止させると、ティナが推察を始める。とりあえず、考えられるのはこれが人為的だろう、という事だ。では問題は誰が、何の意図で、という事だ。
「ふーむ・・・む?」
ティナが何なのか、という推測を行っていると、カイトの所に派遣していた一葉から連絡が入る。
『マザー。少々よろしいですか?』
「なんじゃ?」
『こちらで奇妙なカルト集団を発見た事に関する続報です。マスターと共に介入し、これを撃破。何らかの魔法陣を発見しましたので、そちらに周辺の観測結果を含め、添付させて頂きます』
「分かった。余の個人端末に送付しろ」
昨夜の間に、カイトの所で宗教組織との戦いが起こる事は聞いていたので、ティナは続報として、それを受け取っておく事にする。が、そうして出された観測結果に、ティナが思わず、瞠目した。
「これは、もしや・・・ホタル。出撃用意を整えよ。お主単独であれば、バレずに接近出来よう」
『了解』
一葉から送信されてきた観測結果と、こちらで飛空艇の簡易測定システムを使って行った観測の結果が一致したのを見て、ティナがホタルに詳細の調査を命ずる。
彼女であれば、単独で飛翔して隠形の魔術で姿を隠して、搭載している検査機で飛空艇からよりも更に詳細な情報を収集する事も可能だった。搭載している物も下手な観測機よりも遥かに優れている。そうして、念の為に持ってきていた特殊外装の中で待機していたホタルが特殊外装の外に出て、単騎で飛び立つ。
『ステルスモード起動・・・光学・魔術・赤外線・X線・音波ステルス良好・・・調査開始します』
「頼む。余は特殊外装の出撃準備を整える事にする。余の出撃準備なんぞ一瞬で終わるからのう」
飛空艇の外に出ると同時に完全に消えたホタルを見送り、脳裏に嫌な予感を感じさせつつ、ティナはホタルが帰還すると同時に特殊外装を使えるように、調節を始めるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第591話『繋がる』




