第588話 暴走開始
魔導機という世界の枠を超えた魔道具の存在の露呈によって再結成された『無冠の部隊』技術班は、カイトの許可を受けると、その後から大暴走を始めていた。
とは言え、何もいきなり魔導機の開発から取り掛かるのでは無く、当然、技術の収集からだ。今まではずっと別々に行動していたのだ。各々パワーアップを見せ合おう、という感じなのだろう。というわけで、そうなるとまず槍玉に上がったのは、ホタルの特殊外装だった。
「はぁー・・・これが、マルス帝国時代の、ねぇ・・・親父、何か知ってるか?」
「・・・」
オーアの問いかけを受けて、イアンが首を振る。どうやら、見たことは無かったらしい。ちなみに、イアンは叛逆大戦前の生まれでは無いが、彼の父、すなわちオーアの祖父は、マルス帝国時代の生まれだった。
この血筋なので技術者として有能だったらしく、マルス帝国に徴用されていた時期もあった為の問いかけだったのだが、どうやらその筋では無いらしい。
とは言え、理由がわからなかったわけでは無いらしく、オーアはコクピット近くの術式を見るように手で促した。
「・・・ああ、なるほど。あそこらの術式にゃエルフの術式が噛んでるね。爺さんなら、やらなかっても無理は無い、か」
「・・・」
「ふむ。では、この素材はドワーフ達の作った物では無い、という事じゃな?」
「だと思うね。ウチの爺さんはかなりの偏屈だし、大のエルフ嫌いだ。幾ら終焉帝の命令だったって、従わないだろうさ。頑固爺の頑固っぷりは徹底してたからね」
ティナの問いかけをオーアは認める。彼らが関わらないのなら関わらないなりの理由があったのだ。
「ふむ・・・まあ、そう言われると、お主も変わったもんじゃ」
「あはは! そら、そうだね。里一番のエルフ嫌いの私が、今じゃあ里一番の交流推進派だ。世界は広いって認識すりゃ、小娘も変わるもんさ」
ティナの言葉に、オーアは何処か感慨深げに答える。今でこそ、彼女は種族関係なく技術を取り入れるし融合もさせるが、その昔は、エルフを目の敵にしていた。
実はそれ故、ハイ・エルフの姫君であるクズハがよく泣かされていたりするが、それも今では良い思い出だった。まあ、それ故未だにクズハは少し苦手意識があるのだが、笑って流せるレベル、だった。
「やっぱりさ。殴りあって分かり合えるもんもある。技術者だっておんなじさ。何時もスカしてる、って思ってたエルフの連中だって心に熱いもん持ってる、って分かっちまったからね」
「それはありがとうございます、オーア族長」
「お、クリフか。相変わらずそっちも変わりないね」
「あはは。族長ほどでは無いですよ」
どうやら自分に関係がある話題だ、と思ったらしいエルフの男性が、オーアと雑談を始める。彼はティーネとはまた別のエルフの里の族長だった。かつて様々な技術の開発において、オーアと最も舌戦を繰り広げた男でもある。
「懐かしい。またこうやってみなさんと一緒に、ですか」
「やっぱ私らは総大将居ないとまとまりないからねぇ・・・」
何処か感慨深げな二人だが、やはり、暴走しやすいのは、カイトの仲間だから、だろう。目の端に入った仲間の一人の作業を見て、オーアが声を荒げる。
「おい! そこ、んな馬鹿みたいな扱いすんなよ! それ、後で流用すんだぞ!」
「あぁ! ここはこうであってんだよ! 後、使うったってバラしてから、だろう! これで構わねえ!」
「違うって! ここはこう扱うの! バラす云々は後の話だろうが!」
「はぁ・・・」
怒声と共に仲間達の中に入っていったオーアに、クリフがため息を吐く。が、そんな彼も、結局はカイトの仲間、だった。
「おい! そこの術式を編んだ奴は誰だ!」
「え、あ、はい!」
「それでは安全性が全く足りていない! やり直せ!・・・いや、いい! 私がやる! 邪魔だ、どいてろ!」
増援として呼んだらしい若い技術者の一人が編んだ術式を見て、クリフが声を荒げて作業に割り込む。そうして編んでいくのは、繊細で緻密な魔術式だ。そんな二人を見て、ティナがため息を吐くが、結局は彼女も変わらない。
「・・・大暴走が始まるのう・・・これは特殊外装はどうなることやら・・・む! ちょい待て! それはもしや増幅させる術式では無いか! そこで止めろ!」
「あー、あんたは黙れ! あんた暴走すると作業進まねえだろうが! 俺はさっさとこいつに武装取り付けてえんだ!」
「だから待て言うとろうが!」
モニターを見つつ技術の改良を行おうとしていた仲間の一人に対して、ティナが大慌てで停止に入る。どうやらお目当てだった部分があったらしい。こうして、この後数日。ティナの研究室は昼夜問わずに怒声が鳴り響く事になるのだった。
数日後。ようやくラウル達の大型魔導鎧の改修作業が一段落して、ティナが来るはずだった時間になっても来なかった為、コフルとユハラの兄妹が研究所にやって来たのだが、彼らは来て早々、帰る事を決めた。
「・・・おい、逃げっぞ」
「失礼しましたー・・・」
コフルとユハラはバレないように物音も立てずに、そろーりとその場を後にする。立ち入らない方が良い、と本能が察したのだ。
というのも、彼らからすれば、目の前に居る面子は全員自分達がおもちゃのように扱われた程の化物達、なのだ。バレれば今の役職を含めて、おもちゃにされるに決まっていた。が、ここに入ったのが、運の尽きだった。
「お? おぉ、坊主じゃねえか!」
「うぎゃー!」
「ん? あぁ! ユハラじゃないか! ひっさしぶりだねー!」
入ってきた、という事は当然、入り口は後ろ側になるのだ。ということはすなわち、誰かが出入りする可能性はあるのである。
であれば、こうなるのも当然だった。コフルが振り返ると同時に、目の前の扉が開いて、見知った顔があったのである。で、そんなコフルの叫び声に気づいて、オーアがユハラに気づいた。
チェックメイト、だった。が、趣味で暴走をしていた彼女らだ。幸いにして、二人が不安視した未来は訪れなかった。そっちよりも、興味が全て開発の方に向いていたからだ。
「何か用事か?」
「ほ・・・ああ、いや、何だ・・・姉御が仕事ほっぽってるから・・・」
「ああ、そういう・・・おーい! ティナー! 仕事忘れてるってさー!」
「む?・・・まだ1日あったはずじゃろ?」
オーアの声を聞いて振り返ったティナだが、どうやら時間感覚が狂っていたらしい。まあ、どうにもこうにもここの連中は全員、やり始めると止まらない面子だ。全員今日が何日なのか、ということにさえ気付いていないだろう。と言うより、今が朝だと気づいているのが何人居るか、というレベルだった。
「もう一日終わってるって・・・」
「・・・むぅ、確かに、その様子じゃな。仕方が無い。仕事を終わらせる事にするかのう・・・」
「はいはーい。おねがいしますねー」
「うむ」
ユハラの言葉を受けて、ティナが消える。今日は一通り組み上がった半魔導機の動きを見る試験だった為、ティナが居ない事には試験は始められなかったのである。そうしてティナが消えた後、目の前の状況を見て、二人はため息を吐いた。
「やりたい放題やってますねー、みなさん」
「そうか?」
ほっぺたについた油汚れを軍手で拭っていたオーアが、同じく全体を見渡して、首を傾げる。現状は、彼女にとってはいつも通り、だ。まあ、そのいつも通りが可怪しいのだが。
「俺の記憶が確かなら、持ち込まれた時、足は無かったよーな・・・」
「そりゃ、無限軌道だけだと使いもんになんないからね。それに、本来は二脚だ、って話なんだが、どうにも積載量を上げる為に下半身ぶった切って整備を簡単にするために簡略化して、無限軌道搭載したっぽいね。この程度の積載量なら今は私らの技術でどうにでもなるから、機動力上げる為に二脚に戻したんだよ」
コフルの問いかけに、オーアが答える。ここらは元々から計画されていた事で、それ故、脚部については前々から用意されていた物を取り付けただけだ。そこまで難しい作業では無かった、らしい。彼女らの言うことなので、何処まで本当なのかは不明だ。と、そんなオーアに対して、ユハラが問いかける。
「じゃあ、あの胸でカパーと開いちゃってるのは?」
「ああ、あそこね。あそこは魔導機つーのから破棄された胸部武装改良して追尾型の魔弾を射出する為のもんだよ」
「あれを、二つもつけちゃったわけですかー・・・」
カイトの魔導機は度々試験を行っている為、ユハラも見ていた。それ故、あれだけ高出力の物を二つも、と思い、思わず呆れ返る。カイトの専用機でさえ反動等の問題から一つだけ、なのだ。なのにそれの完成前からダブルとは、と呆れるのも仕方が無い。が、少しだけ、違っていた。
「ああ、違う違う。ありゃ、まあ、地球で言うとこホーミングミサイル、って奴だ。まあ、大体両胸に5発ずつだから、計10発一度に同時発射可能ってことだね。状況によっちゃ、クラスター爆弾みたいに分裂して、最大100発までいっぺんに魔物倒せる武器になる。ちまちま雑魚相手にしてる暇無いからね」
「お掃除捗りそうですねー。ついでに、お掃除用にそんな楽な道具発明してくれませんかね?」
「ハンディタイプの掃除機をあっちで開発してるから、試作品出来たら持ってきな」
「うっそ! マッジですか!」
適当に言ってみるもんだ、とユハラは諸手を挙げて大喜びする。二人がここに来て呆れ返ったのも、無理はない。開発されているのは、武器だけでは無いのだ。色々と考えつく限りの便利グッズが、ここでは開発されていたのである。というわけで、不安視された未来は、遅れてやってきた。
便利グッズがもらえるとあってそちらへ向かっていった妹に呆れていたコフルを、後ろから大きな手ががっしりと掴んだ。
「?」
「で、お前はこっち」
いきなり肩を組まれて怪訝な顔をしたコフルに対して、技術班の一人が笑顔で告げる。
「ちょっとテスター欲しかったんだ。いっやー、いいところに来てくれた。大将は居ねえし、騎士様もバランタインの大親父も居ねえ。テスター居なくて困ってたんだよ」
「ちょ、おい! 俺しご」
『コフルー。つい先程技術班から申し出があって、当分の間コフルはそっち』
俺は仕事がある、と言おうとしたコフルに対して、まるでそれを見ていたかのようなタイミングで、コフル手持ちの通信機から連絡が入る。声の主はアウラ、だった。
「んなっ・・・」
「じゃあ、こい。さって、今日のは自信作なんだよなー」
「やめろ! あんたの自信作はやべえんだよ! ちょ、だ、誰か助けてくれええぇぇぇ・・・」
技術屋とは思えない程の剛力で、技術班の男がズルズルとコフルを引きずって行く。が、誰も助けてくれるはずは無い。まあ、彼が終わったら次は自分の所だ、と思っているのは居るが。
基本的に『無冠の部隊』は技術屋でも巫山戯た戦闘能力を持っている。衛生兵に近いアウラでさえ、今はあれなのだ。それが現役時代から支えていたこの場の面々であれば、コフルが遊ばれるのも当然だった。そんなコフルと仲間を見て、オーアは興味なさげに巨大な金属の山を見て、首を鳴らす。
「さーて、次はハンマー作るかねー。やっぱハンマーは必要だね」
そうつぶやいたオーアは自らも身の丈を遥かに上回る巨大なスレッジハンマーを構え、巨大な魔導鋼の塊に相対する。
魔導鋼の大きさは、凡そ30メートル程。作る物はこれと同じスレッジハンマーになるのだが、この金属の塊はその頭の部分になる予定、だった。
「<<大山・大塊>>! おぉおおっりゃ!」
軽く50メートル程ジャンプして、気合一発。大きな声と共に、オーアは魔術で巨大化させたスレッジハンマーを振り下ろす。それだけで、頑強な魔導鋼の塊が凹む。音はほとんどならなかった。魔術で衝撃を制御して、力をほぼ完璧に破壊力だけに変換したのだ。
「おりゃ、もう一発!」
再び50メートル程ジャンプしたオーアは、まるで木槌で木の杭でも叩くような気軽さで、身の丈以上のスレッジハンマーを振り下ろす。そして、スレッジハンマーの一撃で、まるで木の杭が柔らかい地面に突き刺さるように簡単に、魔導鋼の塊の形が変わる。
どうやらこのスレッジハンマーは特殊な物らしい。叩いて伸ばされるのでは無く、叩く毎に強度が増す様に圧縮されている様子だった。
「おりゃ! おりゃ! おりゃ!」
ジャンプしてそのまま反動で滞空し続けるオーアは、連続してスレッジハンマーを振り下ろす。それに合わせて、まるで金属の塊は粘土のように、形を変えていく。
ちなみに、間違えてはならないが、普通はこんなに簡単に魔導鋼の形は変わらない。普通魔導鋼と言えば、国一番の戦士が国一番の武器職人の手によって作られた物を使うぐらい優れた素材だ。それでも、オーアにとっては練習や肩慣らしにしかならないのだから、笑えるだろう。
そうして、オーアがスレッジハンマーをぶん回す事、約3時間。ごつごつした山のような形だった魔導鋼の塊は、かなり小さくなり、形も長方形に形を変えていた。
「ま、こんなもんだね」
「おー、こりゃ、どでかい山作ったなー・・・」
「やっぱ、こんぐらい必要だろ」
「・・・大雑把な」
「あぁ!? あんたみたいに量産性の欠片もない煩雑なだけのを美しい、とか称賛してる奴に言われたかないね!」
クリフの一言に、汗を拭っていたオーアが怒鳴る。この二人は今でこそ仲が良いのは良いのだが、根本的な方向性で正反対だ。それ故、お互いに未だに言い合いを行うのである。
そう言いつつ二人共良い物を作ろう、という更に根っこでは一致しているので、作業さえ終われば、気の合う仲間になる。ここらは、少し短くも濃い時間を一緒に居た、という結果だろう。まあ、作業中はこういう風に、何度も言い合う事になるのだが。
「何!? 貴様こそもう少しその大雑把な所を直せ! 最大10ミリも左側が肥大化している! これでは持った時に違いが出て、重心に違いが出る!」
「持ち手に合わせて重心調整してんだよ!」
「ゴーレムに特性があってたまるか!」
「ティナ作のゴーレムなんだから、特性出てくるんだよ!」
「そもそもユスティーナ殿の謹製では無い!」
言い合う二人に対して、周囲はまたやってるよ、程度で気にしない。放っておけばいつの間にか解決しているからだ。周囲もそれぐらいの付き合いはある。こうして、暴走を始めた『無冠の部隊』技術班は、今日も今日とて、騒々しい一日が過ぎていくのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第589話『半魔動機』




