第585話 集結 ――趣味に生きる者達――
特殊外装を回収したその後。ティナは特殊外装を自らの研究所に運び込み、専門の魔道具に掛けて解析をさせ始めると、公爵邸にある自室に戻ってきていた。
「というわけで、回収と改修は終わらせておこうと思う」
『好きにしろ』
「うむ。だから、お主は大好きなんじゃ」
少し苦笑しながらも即座の許可を下ろしたカイトに対して、ティナが嬉しそうに頷く。こういう場合、多くのトップは何らかの審議を待て、だの書類を云々、というのだろうが、カイトの場合、即座に許可を下ろすのであった。
まあ、許可を下ろさなければ下ろすまで延々とあの手この手でねだられ、あまつさえ勝手にやられるので無駄だ、というのがわかっているし、どうせ許可を下ろすのなら書類は後でも良い、というだけだった。書類は後からしっかりと提出させるし、ティナも忘れない限りは、しっかりと提出してくれる。
「で、よ。別にそんな事の為に連絡を入れたわけでは無い」
『結構、重要な事だと思うんだがねぇ・・・まあ、良い。で、何だ?』
「名前じゃ。何にするかのう・・・」
カイトから見える位置に少女型特型ゴーレムを移動させると、ティナが悩ましげに問いかける。これはどう足掻いてもカイトの身の安全を第一としている為、カイトにも相談しておこう、と相成ったわけである。
『名前、ねぇ・・・希望は?』
「ありません、マスター」
カイトからの問いかけを受けて、少女型特型ゴーレムは首をふる。あればそれを採用したかったのだが、自分で自分の名前を規定出来る程の感情は、彼女にはまだ無かった。
『ふぅ・・・となると、まーった厄介な名付け作業になるわけね・・・』
「申し訳ありません・・・」
『いや、謝らんでも・・・じゃあ、ホタルで』
カイトはしばらくの熟慮の後、とりあえず思い付いた名前を告げる。存外に良い名前が出てきたので、ティナが少し驚いた様子で、来歴を問い掛けた。
「由来は?」
『蛍丸国俊』
「何故その選択なんじゃ・・・」
蛍丸国俊とは、日本の名刀の一つだ。由来としては、敗戦で刃が欠けた時に、霊験を受けて自ら刃が修復した、という逸話がある刀だった。その霊験とは持ち主が夢の中で蛍が集まって欠けた刀を直す、という夢で、それ以降、蛍丸と呼ばれるようになったのであった。
『他にもあるっちゃああるけどよ・・・アロンダイトとかロンゴミアントとかで略称になると男っぽいし、胴田貫だの童子切安綱だのは名前としてどうよ、レベル・・・ホタルなら、可愛くてよくね?』
「武器から離れよ・・・」
『すいませんね、男の子で』
ティナからのの苦言に、カイトは照れたようにそっぽを向く。とは言え、何の意味も無し、というわけでは無かったし、ホタルというネーミングは彼女らしくはあった。
『それに、何の脈略もなし、で武器から取ったわけじゃねえよ。三姉妹はオレを護る鎧。アイギスはオレが使う街を護る為の盾だ。対してそっちのは、オレが采配を振るい、首級を上げさせる剣。盾と鉾。それ故、蛍丸を由来としたんだよ。それに、そっちの自己修復機能持ってんだろ? 丁度良いじゃん』
「・・・意外と考えておるな、お主・・・」
カイトから出た結構真面目な意見に、ティナが思わず目を瞬かせる。何も考えていない様に見えて、意外ときちんと考えられていたのである。ということで、びっくりしたティナに対して、カイトがドヤ顔で胸を張る。
『どやぁ』
「まあ、考えておるのなら、それで良いじゃろう。では、お主はこれから呼称はホタル、じゃ」
『あ、スルーされた』
「了解」
少女型特型ゴーレム改めホタルは、ティナからの命令を受けてそれを自らの呼称と認識する。と、そうして名づけてみてふと思ったのは、その前の主達は何と呼んでいたのか、だ。
『そういや、ホタル。お前が元いた研究所じゃお前、なんて呼ばれてたんだ?』
「はぁ・・・ドールズ・セブンス、と」
「セブンス? どういうことじゃ?」
ホタルの口から出た番号と思しき名前に、ティナが首を傾げる。ドールズというのはそのまま人形を指すだろうし、ナンバーがあるのなら、何らかの意味があるに違いないからだ。
「本機は7番目に開発された機体です。それ故、セブンです」
『・・・おい、待てや・・・お前が、後6機存在する、ってのか・・・?』
「肯定します」
嫌な予感がして頬を引き攣らせたカイトの問いかけを受けて、ホタルが頷く。彼女はオンリーワンでは無く、いくつかある内の1機、だったらしい。
ということは、この広いエネシア大陸のどこかに、彼女と同じような少女型特型ゴーレムが最低6機は眠っている、という事に他ならなかった。彼女の実力をよく知るカイトの頬が引きつるのも当然だった。が、情報にはまだ続きがあった。
「が、一部否定します。本機が基地へとリンクした際の情報を統合すると、本機以外の特型ゴーレムは6機中4機は既に喪失しています。なお、本機の後にはライン帝の護衛として2機開発された模様ですが、捕縛したイクスフォスの脱走時に、優先順位のインプット直前だった2機とも奪取されています。それと同時に開発資料も破棄されましたので、それ以降は開発がストップされました」
『さっすが陛下! 目の付け所が違う!』
得られた情報に、カイトが諸手を挙げて賞賛を示す。つまり、大半は既に損失した、ということだ。残り2機しか無いのなら、遭遇する可能性に怯える必要は無いだろう。
なにせマルス帝国はこの大陸の大半を手中に収め、最後は各地で反乱が起きたのだ。ホタルだけでも遭遇したのは天文学的確率だろう。が、そこで一つ、疑問があった。
「む? であれば何故、皇国にその八番機と九番機が存在しておらんのじゃ?」
『皇城の宝物庫にあるんじゃね? で、誰も使い方もわからずにそのまま、ってパターン。もしくは初代陛下を主とした所為で、命令を聞いてくれず置物と化してるか。一番あり得るのは、大戦期のしょっぱなで使われて、破壊済み、か。烈武帝陛下なら使っていそうだしな。叛乱大戦時よりも、連盟大戦の方が激戦なんだから、破壊されてても可怪しくは無いだろう』
「なるほどのう・・・」
カイトの推測を受けて、ティナが頷く。確かに、これほどの戦力だ。使わない道理は無いし、使わないのであれば、誰もその価値を知らない可能性が高かった。
「否定します。当該機は本機のタイマーが確かであれば、帝歴1764年に一度信号を途絶した後、1800年代後半にテラール基地内部にて信号を確認。再度数時間後に通信は途絶しています。が、現在時点でも破壊報告は受けておりません」
『帝歴・・・何年に皇国歴に変わったんだっけ? オレ、統一歴しか知らねーんだけど』
「帝歴1720年頃にマルス帝国が滅んだ、ということは知っとる。詳細は散逸しておるから、わからんがな。まあ、およそ40年程初代陛下の側におったのは確実じゃな。陛下の即位から死去までの年数を考えれば、合致する、と見て良いじゃろう・・・後、統一歴に改変せよ。既に帝歴は使われておらん」
「了解」
ティナからの指示を受けて、ホタルは自らの知識にある年号を全て、帝歴から現在エネフィア中で使われている統一歴への変更を始める。そうしてその一方で、カイトとティナは推測を続ける事にした。
「となれば、やはり気になるのは・・・100年後の駆動じゃな。ここで何があったか・・・」
『お前、そこら現役だろ? 何かわかんねえの?』
「うぅむ・・・何も起きてはおらん、と思うんじゃが・・・」
『ふーむ・・・』
ティナと一緒に考えるふりをしつつ、カイトは凡その推測が出来ていた。それは皇帝イクスフォスがここに来た時の事、なのだろう。映像には写り込んでいなかったが、その時に一緒だったのだろう。
なにせカイトが入っただけで、遺跡の機能が復活し、警報を鳴らしたのだ。だが、イクスフォスはそれをスルーしていた。つまり、その2機は未だに現役で、基地のシステムを掌握して彼の身の安全を確保していた、としか考えられないのだ。
そしてそれを考えれば、イクスフォスがあの設計図を入手出来ていた理由も理解出来る。実物を持っていた、からだ。実物を解析して、設計図を割り出したのだろう。なにせ彼の妻は主任研究員だったユスティーツィア。出来ないとは、思えなかった。
とは言え、そんな事は娘の前では明かせない。ということで、カイトはそこに思い至られる前に、話をずらす事にした。
『まあ、考えても出ない、か。オレ達は生まれる前だしな。もしかしたら、皇帝陛下とかが何らかの意図があって隠している戦いがあったのかもしれん。オレ達も前任者から全ての情報を受け継げたわけじゃないからな』
「まあ、そうかもしれんな・・・うむ。では、これはこれで終いとしよう」
自分達とて知らないでも不思議は無い時代だ、とティナも納得した様だ。ぱん、と手を叩いて、思考を切り替える。元々こんな話題をする為に連絡したわけでは無いのだ。
「まあ、とりあえず、改修プランで練っておったんじゃが・・・それで、少々考えついた事があって、のう・・・魔導機に更に発展形を作ろうと思う」
『まず専用機作ってからにしろよ・・・』
「今のままでは積載量が足りん! 余もあんな砲塔を作りたいんじゃ! クイーン・エメリアの主砲をお主も使ってみたいじゃろう!?」
ティナは今日一番の興奮っぷりで、カイトに問いかける。どうやらあの特殊外装の後ろに搭載されていた砲塔は非常に彼女の心に惹かれる物があったらしい。そんなティナに、カイトは乾いた笑い声を上げるしか無かった。
『あはは・・・ばかだろ』
「褒め言葉じゃ!」
カイトの呆れ100%の発言を受けて、ティナが腕を組んで胸を張って堂々と断言する。そして更に、興奮気味にまくし立てる。
「他にも色々と考えておるが・・・よく考えれば、変形機構も作っておらん! 片手落ちも良い所じゃ! 超巨大な大剣も良い! いっそ150メートルもある大剣を作るのはどうじゃ!?」
『いらねーよ。てめえでそこまで巨大化出来るっての』
ティナの言葉に、カイトは必要が無い、と断言する。と言うか彼の場合13キロメートルぐらい余裕だ。なんだったら小さな星1つぐらいは余裕切り裂いてみせるだろう。ある意味ネタにマジレスされてティナは毒気が抜かれたのか、拗ねた様子で口を尖らせる。
「なんじゃ、つまらん・・・では、いっそレドームでも付けるか?」
『帰ってからジャックにでも進言してやれ。アメリカは現在進行系で大型の人型決戦兵器作ろうとしてるだろ』
「既にMBTサイズの人型兵器ならばあるんじゃ。必然、と言えるじゃろうて・・・まあ、魔導殻はそれが大本というか、それを余が外側からリバース・エンジニアリングして余なりに改良した物、じゃからなぁ・・・」
当たり前だが、ティナとて地球の技術を参考に何か物を開発する事はある。ティナが帰還後に開発した飛空艇はまさに地球の航空力学も参考にして作られた物だし、実は魔導殻も、その一つだったのである。と、そうして思い出話に耽っていたからか、どうやら落ち着いたらしい。
「まあ、レドームは嘘じゃ。魔術師同士の戦いでは電子戦を考えんで良いからのう。とは言え、どちらにせよ専用機を更に改良した後期主人公機的な何かは開発する・・・しかないんじゃがな」
『は?』
ティナから出された開発するしかない、という奇妙な言葉に、カイトが首を傾げる。開発したい、や開発する必要がある、というのなら、彼も聞き慣れた言葉だ。なにせ他ならぬティナがよく言って――主に前者――いる。
だが、開発するしかない、というのはどういう事なのか、と思ったのだ。と、そんなカイトに、少し照れた様子で、ティナが隣の部屋を見つつ、答えた。
「・・・ぶっちゃけるとのう・・・魔導機の存在がオーアにバレた」
『・・・はぁ・・・なら、さっさと入れろ。どうせ隣の部屋に居るんだろ?』
カイトお抱えの技術班において、最も好き放題するコンビがこの二人だ。ティナが内装面で改良し、オーアが外装面から改良し、二人が暴走して、とんでも武器がたくさん出来上がるのである。
これに更に大量のマッド・サイエンティスト達が加わって、大戦期に既に鋼の飛空艇が出来上がるという数百年技術を先取りした部隊が出来上がったのであった。というわけで、カイトの言葉の次の瞬間、扉が勢い良く開いて、小柄な少女が現れた。
「よう、総大将! 水臭いじゃないか! そんな面白そな事やってるんなら、私も誘ってよ!」
「まあ、そういうわけでのう・・・今から設計図を書き上げてるんじゃが・・・な?」
ぶんぶん、と手を振るオーアの傍ら、ティナが可愛らしく舌を出しながら、設計図と思しき物を提示する。まだ書きかけだが、既に現在ある魔導機とは別物になっていた。
『えーっと・・・魔導機での<<炎武>>の実装・・・これはまあ、いっか。次は・・・加護システムの搭載・・・量産出来たら大型魔導鎧の歴史変わるな、おい・・・液体金属で刀から大剣に変わる剣作りたい・・・オレにチェストーとでも叫べと? エトセトラエトセトラ・・・』
とりあえず、やりたいことを羅列していったらしい。もはや全部乗せの様相を呈していた。まあ、少なくとも、こんな馬鹿な物を実用した所で、まともに動かせるのはカイトだけだろう。カイト専用機として開発するのでは無く、結果論として、カイト専用機になるだけ、だった。
と、そんな中に別に新しく作らなくても出来そうな物を見付けたので、カイトは二人に問いかけることにした。
『で、何故<<炎武>>?』
「某流派東方なんちゃらの最終奥義やりたい。当然、ヒートエンドまで全て、じゃ。なんじゃったら師匠ボイス搭載するぞ」
「ロケットパンチ作るから」
一つだけ混じっていた出来そうな事を問い掛けた所、ティナとオーアの趣味満載の答えが返って来た。が、そんな事を言われても、必要であると認められるホタルの特殊外装とは違い、こちらは認めるかどうかは別だ。
『認めるとでも?』
「認めんじゃろうな」
「だよなー」
カイトの笑顔ながらの問いかけに、二人は笑顔で頷く。こんな趣味満載無駄も無駄な魔導機の開発を認められるかどうか、と言われれば、そんなはずは無かった。
が、そんな事は二人も始めから理解している。付き合いは長いし、とてつもなく深い。そして理解していたからといって、この二人が止めるはずが無かった。
「と、言うわけで・・・」
「全員、楽しそうじゃないか、だってさ、総大将!」
『待てや! 全員、って誰だ、全員、って!』
オーアから告げられた単語に、カイトが思い切りツッコミを入れる。まあ、この時点で何が起こっているのかは、彼にも理解出来ていたが。そして案の定、扉が再び開いた。しかも入ってきたのは一人や二人では無く、10人以上、だった。
「大将! お久しぶりっす! 手ぇ足りねえと思うんで、300年で生まれたガキ連れて来たんっすけど、部屋借りやすぜ!」
「カイト! 元気してっか! 面白そうな事やろうとしてるじゃねえか!」
「小僧! 住民票手続きに嬢ちゃん借りたが、問題ねえよな!」
「おお、きたきた。というわけで、全員集めといたよ!」
ズカズカと入ってきた無数の顔見知り達を見て、オーアがカイトに告げる。この全員、カイトも知り合いだった。当たり前だ。彼らは全員、かつての自分の仲間達の、それも技術班の面々だ。
カイトの仲間なので、当然のように種族も年齢も多種多様だ。流石にこの場に居るのは今を生きている奴だけだが、最悪は調子に乗ってカイトに命令――依頼ではない――して既に死去した奴さえ、呼び出すだろう。そして、この面子が揃った時点で、カイトは止める方法が無かった。
『・・・はぁ。好きにしろ。ついでに技術のブレイクスルー起こしてせいぜい公爵家に金入れてくれ・・・』
「おっしゃ! 総員、総大将から許可が下りたぞ! こっから泊まり込みだ!」
「しゃあ!」
オーアの号令に続いて、全員が気合を入れる。当たり前だ。彼らの好き放題にやって良い、という許可が下りたのだ。やる気は出るだろう。
唯一カイトが有り難い点があるとすれば、通常は様々な理由から集められない面子を集めているので、現状でマクダウェル家の技術力が一強確定というぶっ飛ぶ程の技術にさらなるブレイクスルーがもたらされる、という所だろう。それで得られる利益は、勝手に作る事で失われる資材を遥かに上回る事は確実だ。
『はぁ・・・』
「カイト。呆れておる様じゃが・・・実際実物見て一番はしゃぐのお主じゃろうに」
『あっははは! 否定しねえな。ってことで、てめえらに言っとくぜ。オレを満足させられる品作れよ?』
「おう!」
カイトの高笑いの後に響いた命令に、全員が似たような不敵な笑みで答える。そうして、止める者の居ない暴走が、始まったのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第586話『過去を想う』




