第573話 トラウマ
とりあえずは、拐われた村人を送り届けよう。カラトからそう言われたカイト達は、バイクに乗りつつ移動していた。
「あー……やっちまった……治ったと思ってたんだけどなー……」
「はぁ……わかっちゃ居たんだけどねー。多分、前の一件は自分への怒りが盗賊達への怒りを凌駕しちゃって、一時的に聞こえる様になってたんじゃないかな」
カイトの落ち込んだ様子の言葉に、ユリィが推測を告げる。そんな二人の会話を聞いて、横で馬にまたがっていたカラトが首を傾げた。
「君は何か問題を抱えているのか? もしよければ、聞くだけは聞いてやれるぞ」
「あー……」
カラトからの言葉に、カイトは顔を歪めるしかない。カラトから見れば、カイトは一回り近く年下の少年に近いのだ。更には迷惑も掛けた、という負い目もある。ある種、当然の反応だったのだろう。どうすべきか困るカイトに対して、ユリィが仕方が無しに、少しだけ事情を開陳した。
「実は、まあ、彼は一種のトラウマを抱えているんです」
「トラウマ?」
彼らの居る業界だ。食い散らかされたような遺体から、本当に見るも無残な、というしかない状態の遺体なぞ山ほど見ている。トラウマを抱える理由なぞ無数に考えられる。
とは言え、それは大抵は薬物治療等で対処出来る、のだ。それでも無理なトラウマとなると、かなり重症だった。それ故、カラトの目には、かなりの憐れみがあった。そうして、ユリィが続ける。
「ええ……彼は盗賊の声が聞こえないのです。いえ、正確には、盗賊達の声を声として処理出来なくなっている。その原因は、盗賊を人と見れなくなってしまっている事に端を発する。動物や獣と一緒、と無意識的に判断してしまって、その声をそれらが発する無意味な鳴き声と一緒、と判断してしまっているのです」
ユリィも何処か憐れみながら、カラトにカイトが抱える問題を告げる。これが、カイトが盗賊に対して厳罰を強いる最大の理由、だった。彼は盗賊を真実、同じ人として見れていなかったのである。
とは言え、これも仕方がなくはあるだろう。彼は目の前で、盗賊が巻き起こした悲劇を目の当たりにしてしまったのだ。それを見た彼は、とてつもない怒りから命乞いを無視して、盗賊達を無我夢中で殺しまくった。まだ幼かった彼は、その罪悪感や怒りに心が耐え切れなかったのだった。
その結果が、彼らを自分と同じ人とは思わない、という自己防衛だったのである。人と思わない事で、幼いカイトの心はなんとか、安定を取り戻したのである。これを責めることは、誰にも出来ないだろう。
真っ当な精神を持ち合わせるのなら、誰もが、怒りを抱えるだろう事なのだ。カイトも同じく怒りを抱えただけに過ぎない。それが、人並み外れた度合いの怒りだっただけ、だった。
「……一体、君にはあの後、何があったんだ……?」
「カラト。ほじくり返すべき事、ですか?」
「……確かに。そうですね……申し訳ありません」
ユリィの言葉に、カラトも失言だった、と気付く。このご時世にあまりに可怪しいトラウマに気になるのは仕方が無いが、トラウマである事は確実なのだ。ほじくり返して良いはずが無かった。
とは言え、こういう類のトラウマになると、カラトには解決が出来ない。手心を加えると死ぬのは彼なのだ。安易にトラウマを解消する事も出来ないのである。なので、申し訳無さそうに、謝罪した。
「そういう類の物であれば、何か言える事は無いな……すまないな。こちらから聞いておいて」
「いえ、そのお言葉だけで、十分です。癒えかけている、とは思ったんですが、全てを捕らえられず、申し訳ありません」
「いや、どちらにせよ彼らは取り調べの後、大半は死罪になるだろう。君がやるか、断頭台の上で処刑人がやるか、の差だった。気にする必要は無い」
カイトの心の底からの謝罪を受けて、カラトはそう慰めを送る。当たり前だが、捕らえた盗賊を無罪放免と見逃すはずが無い。この処罰は当然に近かった。
そして、平和だからこそ、盗賊達はよほど有能で無い限りは、厳罰に処させる。盗賊達を更生させる必要も無い程に人的な余裕があり、彼らを見せしめにして他の民達を引き締める方が有用、だったのである。ちなみに、カラトは断頭台と言ったが現代では魔術による安楽死に近い。そこまで酷い事にはならない。
「そうか……では、私は少し後ろに行って、部下の指揮を行ってこよう」
「はい……はぁ……」
どうやら居た堪れなくなったらしいカラトが去って、カイトのため息が響く。彼とて、理解はしていたのだ。この傷が癒える事が無い、ということは。とは言え、かつて魅衣と瑞樹が襲われていた時に聞こえていたが故に、もう大丈夫だろう、と思ったのである。
だが、これはユリィの言う通り、一時的な物、だったようだ。盗賊達に対する怒りや嫌悪感よりも、自らの予測から外れてソラ達に危険が及んだ上、陵辱されそうになっても絶対の信頼を送る魅衣達を見て、自らへの嫌悪感が上回ってしまっていたのである。
「まあ、癒えても困る、といえば困るんだけどね」
「それが、厄介なんだよなぁー……」
ユリィの言葉に、カイトが再度ため息混じりに同意する。彼は、無辜の民の絶対的な守り手だ。そんな彼が非道を為す盗賊達に手心を加えては問題だろう。
というわけで、このトラウマは消すに消せず、かと言ってあまりにも強大な怒りから来る圧倒的なまでの暴力は無用な被害を生みかねない上、情報を手に入れられない可能性があった。それはそれで困った事になっていたのである。
「はぁ……どうにか、抑えらんないもんかな……」
「無理。私が言うよ。絶対無理。だから、私が居るんでしょ?」
カイトのつぶやきに対して、ユリィが自信満々に断言する。カイトがどうにかしたい、と思っているのは事実だ。実はこれは、盗賊達だけが、対象では無いのだった。そうして、そんなユリィの言葉に、苦虫を噛み潰した様なカイトが同意する。
「そうなんだがなぁ……流石に自軍にまで問答無用、って……まずいだろ?」
「あー……そう言えばそうなんだよねー……幾ら私でもカイトの本気って止められないしねー……」
今度はカイトの言葉に、ユリィが悩ましげに同意する。そう、彼のこのトラウマは、盗賊だけが対象では無かったのだ。力を暴力として振るう軍規を逸脱した兵士達も、その対象だったのである。
軍人が民に乱暴狼藉を働けば、如何な理由があれど、それは軍規によって即座に処刑される。それは建国以来一度も変わっていない。奴隷制度が復活しても、変わらない。
が、それでも、軍法会議に掛けなければならないのは、ならないだろう。だが、カイトの場合、条件反射で身体が勝手に、なので殆ど問答無用になってしまうのだ。しかも、彼の力量で本気になると、誰にも避けようがないし、止めようがない。無意識故に止められる程度ではあるが、それでも、ティナやルクス、バランタインぐらいだった。
とは言え、戦場という地獄で獣に堕ちない為には、誰かがそれを食い止める恐怖の対象にならざるを得ない。これは致し方がない。獣に堕ちない為には、誰かが食い止めてやらねばならないのであった。
それを考えれば、カイトのこの自軍に対してさえ容赦の無さは、非常に役に立つ。そして、このトラウマがある限り、カイトは地獄でも獣に堕ちない英雄であり続けられる。自分達が絶対的な民達の守護者だ、という自覚を得させるのに必要でもあった。ここからも、癒やす事が出来なかったのである。
「はぁ……ある種、勇者という人外が故の欠点、なのかもねぇ……」
「お前なぁ……泣くぞ、しまいにゃ」
ユリィからの酷評にも似た言葉に、カイトが呆れ混じりに告げる。とは言え、これは彼女が敢えて言っているだけだ。トラウマを負った当時から二人共随分と成長していたので、こういう冗談も言える様になっていたのであった。
「抑え無くなったのは痛いな……」
「子供達を自らの抑えに、というのも感心出来ないけどね」
カイトの言葉に、今度はユリィがため息混じりに告げる。カイトに唯一あった抑えとは、ソラや桜達、今の仲間達の事だった。彼らの前だからこそ、まだなんとか、ここまであからさまな異常性は見せない様に堪え続けていたのだ。これがルクス達であれば、逆になんら問題なく激怒していただろう。
だが、今はそれが無かった。それ故、ここまであっけらかんと、まるでゴミでも掃除するかの如くに、盗賊を殺してしまっていたのである。
そうして、そんな話をしていると、1時間ほどで少し小さな村が見えてきた。拐われた村人達が暮らしていた村、なのだろう。警戒する兵士達以外に人影は見えないが、盗賊から襲撃があったのだから外出禁止令が出されているのだろう。
少し近づくと向こうからもこちらの姿を確認出来たらしく、村にたどり着くと同時に、カラトが村に残していた兵士数人が、駆け足でこちらに近づいてきた。
「隊長! 村の内部の要救助者の救助とけが人の治療、被害状況の確認は終了しました!」
「ああ、報告を聞こう……拐われた村人達については、全員無事だ。家族に無事を知らせてやれ」
「はっ!」
カラトの指示を受けて、拐われていた村人達が兵士の護衛の下、家族の下へと帰って行く。と、その前に、カイトの所に感謝を言いに来た。
「ありがとうございます。貴方に助けてもらえなければ、と思うと……」
「いえ、構いませんよ。私も偶然、カラト殿の所に居て、救援に駆け付けさせて頂いただけですから。それに、皆さんを見付けられたのは、こっちの相棒のおかげです。私は出来る事をしただけ、ですよ」
「あ……貴方もありがとうね、オチビさん」
「うん!」
肩の上のユリィに気付いた村人の一人が、ほほ笑みながらユリィに感謝を露わにする。それに、ユリィは元気よく頷く。そうして、しばらくの会話の後、カイトは彼らを送り出す事にした。
「もうご家族の所に無事な姿を見せてあげてください。あまり感謝ばかりされても、しりがむず痒くなるだけ、です。慣れてないので……」
「あはは……はい。本当に、有難う御座いました」
カイトの何処か照れくさそうな言葉に、村人達が再度頭を下げて、自分達を待ちわびる家族の家へと向かっていく。そうして家の中に拐われた村人達が入って行くとすぐに、村のあちこちから歓喜の声が聞こえてきた。と、それを微笑みと共に見ていた二人の所に、カラトが近づいてくる。
「ユリシア殿、カイトくん。助力、感謝する」
「いえ……私は私に出来る事をしたまで、です」
「私も同じです。それで、被害状況はどうでした?」
カイトに続いてユリィが謙遜すると同時に、カラトに対して村の被害状況を問いかける。そこまで酷いようには見えないが、見えないだけ、なのかもしれないのだ。救援物資が必要ならば、公爵家に連絡を入れて送る事も考えていた。
「いえ……盗賊達も村人の言葉に途中で我々が近くに居る事に勘付いたらしく、適当に目に付いた物を奪取すると即座に引き上げたらしく、村の自警団と駐屯の兵士に怪我人が出たくらい、でした」
「死者は?」
「幸いなことに、ゼロ、と。けが人ももうしばらくすれば、回復薬の効果で傷も癒えるでしょう」
「そうか……ほんっとうに、よかった……」
カラトからの言葉に、カイトはほっ、と一息吐いた。大昔には、助けようにも彼でさえ間に合わなかった事がたくさんあったのだ。そこから来る行き場のない怒りも無数に浴びた。
そんな無辜の民の嘆きや行き場のない怒りを知る彼にとって、喩え他領主の地といえども民達が幸運に恵まれたことは、本当に幸いな事であった。そんな安堵の溜息を漏らしたカイトに、カラトが頭を下げた。
「ああ。君のおかげだ……感謝しよう。それで、だ。実はこの一件を伯爵に伝えると、ぜひとも君たちに謝罪を含めて、感謝をしたい、と言われてね……色々と思う所はあるだろうが……すまないが、私と共にレーメスまで来てくれるか?」
「……分かりました」
カラトからの申し出に、カイトは少し考えると、それに頷く事にした。流石に現状ではユリィも居て、皇帝レオンハルトからも諫言がされている。おまけに、カイトは現在勅令で動いているのだ。警戒もされないだろう。
それに、どれだけ腐敗しようとも皇帝への敬意と皇国への忠誠心は忘れていないレーメス伯爵が、皇帝からの勅令で動く彼らに何かをしようとは考えていないだろう。仕事の内容から考えても、伯爵からの情報は欲しい。行った方が良さそうだ、と考えたのである。
「分かった。すまない」
「いえ……」
「では、少し待っていてくれ。駐屯の人員に指示を送ってくる。その後、レーメスに向かう事にしよう」
「はい」
カイトの返答を受けて、カラトが急ぎ足で指示を飛ばし始める。そうして、それが終わるのを待って、一同は一度臨時で設営された森の入り口の陣地へと戻り、その後はレーメス伯爵の待つレーメスへと、向かうのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第574話『助言』




