第571話 旅路――二人旅――
マクスウェルの外に出たカイトとユリィは、とりあえずバイクを取り出す前に、自らの持つ神器を取り出した。
「何か、懐かしいね。こうやって二人で旅するのって」
「そうだな……今更ながら、ユリィ……感謝してるよ」
「どういたしまして」
カイトの感謝に、ユリィが少し照れくさそうに頬を朱に染めながら、満面の笑みで答えた。ふたり旅の時代。ユリィが居なければ、確実にカイトは死んでいたのだ。それを改めて思い出したが故の言葉だった。
「さって……じゃあ、もう一人の馬鹿の為、頑張るとしますか」
「うん!」
カイトの言葉に、ユリィが楽しげに頷く。彼らにとって、最も大切な友人の一人なのだ。それに危機が迫っているかもしれないのだ。やる気は何時も以上に満ちあふれていた。
そうして、ユリィはカイトに神器を返却する。ユリィは所持者として認められているが、それだけだ。カイトの様に活性化出来るわけでは無かった。
「……神器<<血と月の大鎌>>と神器<<月と血の大鎌>>よ……我が望みを聞け……」
ユリィから返却された赤い柄の大鎌と黒い柄の大鎌の柄を刃が北を向く様に地面に突き刺すと、カイトは神器に対して語りかけ、活性化させる事にした。
自らの魂と繋がった道具で、そして恋人が自らに遺してくれた神器だ。本来は困難な神器の活性化は、容易に成功する。そうして、活性化された大鎌は、その刃がまるで月光の様な淡い光で光り輝き始めた。
「汝の神の力の在り処を示せ」
活性化して光り輝いた大鎌に向けて、更に指示を送る。神器と神がお互いの場所を察する事が出来る様に、神器の力を使えば、その神の力が何処で使われているのか、というのを探る事が出来たのである。神使が神の御使いたる所以の一つ、だった。だが、ここで、変な事が起こった。
「……あれ?」
「ん? あっれ……おっかしいな……迷ってる?」
本来ならば、神器の刃に宿った光が糸の様に伸びていき、シャルの力を使っている大本へと導いてくれる事になっていた。だが、何故か、その糸はカイトの言葉通りに、まるで迷子になった様にくるくると移動していたのである。
「おーい……神器ちゃーん」
「おーい」
二人は怪訝な顔で神器の刃をとんとんと叩いて、更なる反応を促す。ちなみに、この動作に意味は全く無い。そんな事をして活性化が促進された、という事は誰も聞いた事が無かった。
が、まあ、この二人が大切にする仲間の神器だ。こんな変な行動でも、反応してくれた。と言っても、普通に文字で『やめろ』と書かれただけだが。
「……ま、まあ良いんだけどさ……」
「この神器ってぜってー意思宿ってるよな……」
二人の言葉に、神器は何も答えない。無視したらしい。とは言え、やはり今の持ち主の問いかけだ。再び頑張っている様子があった。そうして、両方の神器が今度は別々の方向を指し示した。
「北と南の……2つ?」
「どういうこと?」
神器の指し示す正反対の方向を見て、カイトとユリィが怪訝な顔で首をかしげる。が、そんな首を傾げている間に、再び方向が変わった。それも今度は神器同士を繋ぐ様な方向、つまり、東と西だった。
「今度は西と東?」
「……4つ?」
つまり、幾つもあるから決めかねていたのか、と思ったカイトとユリィだが、この考察は外れる。と言うか、外れている事が理解出来た。光がまるで喧嘩する様にぶつかっていたのだ。
「……喧嘩するな、馬鹿神器」
イラッと来たらしいカイトは一度地面から柄を引き抜くと、喧嘩する様に光をぶつからせている双子の神器の刃をがしゃん、とぶつける。これで意味があるかわからないが、喧嘩両成敗、という奴だった。
そんなカイトの攻撃を受けて、再び光が揺れる。今度は昏倒したから、だろう。そして揺れが収まると、二つの刃から発せられる光に抗議する様な気配があった。
「黙ってさっさと御主人様の方向探せ。シャルの安否掛かってんだろうが」
再び柄を地面に突き刺して刃を北に向けたカイトの言葉に応じて、再び神器が光を周囲に迸らせる。すると、今度は幾度か二つの間で相談する気配があり、西方向に光が向かった。
「西、で良いわけか?」
「結局全然違う方向じゃん……と言うか、わかんない、って言っちゃってるし……」
『多分?』に加えて『低確率』と書かれていた二つの神器を見て、カイトとユリィがため息を吐いた。どうやら、神器達にとっても、現状は不可解な状況らしい。
「まあ、じゃあ……とりあえず、西に行く事にしよっか」
「そうだな。西ってことは……レーメス伯爵領か、その先のウェルネスの爺さんの所……フィオネル侯爵家の所か」
「うん。今もそのままだから……そこまで行くなら、墓参りしてこよっか」
「おっしゃ。じゃあ、そうと決まれば、久しぶりのふたり旅。行きますか」
「うん!」
カイトがバイクに跨ってゴーグルを身に着けたのに合わせて、ユリィがその後ろに腰掛ける。そうして、二人は一路、西へと向かう事にするのだった。
出発から、数日後。カイトとユリィはレーメス領中ほどにある森の中やってきていた。で、何をしているかというと、普通に二人で戦っていた。
「ふっ!」
「はっ!」
カイトが斬撃を放ち、ユリィが雷撃を放つ。この二人が一緒に戦えばどう考えてもオーバーキルだろうが、どうせふたり旅なのだから、と昔ながらの戦い方をする事にしたのだった。そうして、カイトの斬撃を避けさせられた魔物だが、次のユリィの雷撃に直撃する。
「避けさせられた、って気付けよ……<<一房>>」
「も一つオマケも持ってって! 単発の、<<稲妻>>!」
カイトの居合い斬りで両断された魔物は、継いで放たれたユリィの極大の雷撃に打たれて、完全に消し炭になった。ネームドという事で普通ならば手こずる魔物だったのだろうが、それ故にこの二人に狙われたのが、不運だった。
「ふぅ……」
「まあ、こんなもんだよねー」
刀を片付けたカイトに続いて、ユリィがカイトの肩に腰掛ける。これで、依頼は完了、だった。戦っていたのは、シャルに関する依頼とは別の依頼でだった。
街に立ち寄ってユニオン支部に行ったのだが、その時に偶然、ネームド・モンスターが出た事を示す張り紙が張られたのを見てしまったのである。ここで放っておく事も出来たが、見てしまったものは仕方が無い、と出る事にしたのであった。
「とりあえず、これで良し、か」
「雑魚だったねー」
「オレらで苦戦したら、確実に国がぶっ飛ぶ様な気がするけどな」
「まねー」
カイトとユリィはまるで疲れた様子も見せず、街に戻り始める。敵のランクとしてはAの下位からBの上位という所だったが、ランクEXというランクSを遥かに超えた二人にとっては雑魚と違いがない。ということで街に戻り始めた二人だが、そうしてバイクに跨った所で、目の前に兵士達が数人が現れた。
「誰だ!?」
「おっと……冒険者だ。登録証は提示させてくれ」
剣の切っ先を向けられたカイトは、手を挙げながらも懐から登録証を取り出して兵士達に提示する。そしてそれと同時に、事情を語る事にした。
「レーメスにて張り紙を見てね……ここらにネームドが出た、という事で晩飯代を稼ぎに来たわけだ。そういうわけで、たった今、討伐は終わった所だ」
カイトは後ろ手に背後にある魔物の残骸を指し示す。それを受けて、兵士の一人がカイト達を警戒しつつも、魔物に近づいていく。そしてそれと同時に、兵士が一応軍の認識票をカイトに提示した。お互いに一応きちんと身分は証明出来る、と露わにしたのである。
しばらくして、どうやら確証が取れたらしい。後ろに回った兵士が何らかの合図を発して、カイトに切っ先を向けていた兵士が剣を下ろした。
「……そうか。いや、感謝するよ。我々も近くで陣営を設営したんだが、丁度その魔物の情報を得てね。調査に来たんだが……君のおかげで警戒する必要もなさそうだ」
「いや、構わない」
ここはエネフィアで最も治安が良いマクダウェル領では無い。それ故、盗賊も普通に跋扈していた。となると、冒険者と盗賊の違いは見た目ではあまり判断しにくい。警戒されるのは当然だった。
それ故、カイトも大して気にせず、首をふる。大戦期には警戒がピークに達して問答無用さえ――カイトが盗賊か浮浪者すれすれのボロボロだったという等の事情もある――あったのだ。
それを考えればマシ過ぎたし、それを経験している二人からすれば、気にする程の事でも無かった。嫌な話だが、一度ならず複数回もそんな最悪を知れば、それ以上の扱いとなるとさほど気にならなくなるのである。
「じゃあ、行って良いか? あまり遅いと酒場の親父に何言われるかわからんからな」
「ああ。すまなかったね」
カイトの問いかけを受けて、兵士達が道を空ける。自分達の敵では無く、そして治安維持の為に力を貸してくれたというのなら、邪魔をする必要は無かった。
「良し……じゃあな」
「ああ」
カイトはバイクに再び跨ると、ユリィと共にその場を後にする。そうして、奇妙な乗り物に乗った若者だ、と思った兵士達だが、そこでふと、それに気を取られていた所為で忘れていた事を思い出した。
「あ……しまった。おーい! ちょっと待ってくれ!」
「っととと!」
「うきゃあああ!」
急に掛けられた制止の声に、カイトがバイトを傾けて急停止する。地球でも荒い使い方をしているカイトで無ければ、下手をしたらコケただろう急停止だった。
「あっぶね……」
「ふ、吹っ飛ぶ所だった……」
急停止した事で、ユリィが冷や汗を掻いていた。そうして、そんな二人の所に、兵士達が大慌てでやってきた。
「いや、悪い悪い。陣営を設営したのは良いんだが、臨時で検問をしていてね。このままそんな奇妙な乗り物で森の外にまで行けば、足止めを食らう。我々も一緒に行こう。どちらにせよ、戻るつもりだったしね」
「あ、ああ、そういう……わかった。頼む」
どうやら、何かの事情があって検問を行っていたらしい。当たり前だが、二人はエネフィアには無いバイクに乗っているのだ。そんな奇妙な二人に対して、兵士達が何も疑問に思わないはずがない。
とは言え、折角領土の治安維持に力を貸してくれたというのに、そういうのもどうか、と考えたのだろう。口添えをしてくれるつもりのようだ。
「えーっと……馬と一緒に並走は……?」
「あ、大丈夫だ。安心して先を行ってくれ」
カイトの言葉を受けて、兵士達が近くの木につないでいた馬に乗る。そうして、一同は連れ立って森の外にあるという陣営まで向かう事にした。
「いや……実は近くで盗賊団が確認されてね。下手に森に逃げ込まれても面倒だ、と森の出入り口に陣を設営したんだ」
「ああ、なるほど……」
道中でされた説明に、カイトが頷く。以前の強襲で為された公爵家からの指導と、更にその後にフィニスからの奏上を受けて治安の悪化を見るに見かねた皇帝レオンハルトからも叱責を受けて治安が幾許か改善されていたのだが、それでも、一気に治安が良くなる事は無いだろう。
それ故、未だに盗賊が跋扈していたのである。とは言え、この様子なら、確かに真剣に治安回復に乗り出しているのだろう。
「ああ、ここだ。少し待っていてくれ。我々が事情を話してこよう」
「ああ、頼む」
カイトを陣地の前で待たせると、兵士達は陣の中に入っていく。当たり前に近いが、陣を通過するのなら、許可が居る。その許可を貰いに行ったのだろう。と、そんな所に、後ろから老人が声を掛けた。
「失礼、通って良いですか?」
「ん? ああ、どうぞ。失礼しました。邪魔でしたね」
「ありがとうございます」
どうやら軍か伯爵家の関係者なのだろう。門番から敬礼を受けると、老人は護衛達と共に陣の中に入っていく。そうしてしばらくして、それを出迎えたらしい兵士と目が合った。
「あ……君は……」
「……カラトさん、だったっけ?」
「多分……そうだったと思うよ?」
出てきたのは、過日に出会ったカラトだった。レーメス伯爵の兵士にしては練度が高いし規律もかなり守られていたので疑問だったのだが、彼の手勢だったのだろう。と、そんなカラトを見て、隣の老人が声を掛けた。
「知り合い、ですかな?」
「ああ、いや……済まない。彼を入れてやってくれ。せめて詫びの一言は言っておきたい」
カラトは横の兵士――過日にカイトを案内した兵士だった――に指示を伝えると、カイトに向けて陣地の中に入る様に指示が下る。流石にカイトも目が合ってしまっていたし、ここで断るのもダメだろう、と思ったので、指示に従う事にした。
そうして、陣地の中に入ってくるカイトを待ちつつ、カラトは隣の老人、つまりは執事長であるキーエスに説明を行う事にする。
「……彼はあの学園の生徒ですよ」
「ああ、あの時の……」
何故彼が陣地に引き入れたのか、それでキーエスも理解した。彼らは共に、この領地でも有数の有力者だ。ならば、自らのトップの無礼と共に、止められなかった自らを詫びなければ気がすまなかったのである。そうして、カイトが自ら達の前に来たと同時に、二人はカイトに対して頭を下げた。
「まずは、謝らせてくれ。伯爵が済まなかった。我々も止められれば良かったんだが……」
「いえ……あれは我々の方からも裏切りを生んだ不手際がある。頭を上げてください。それと、えっと……そちらは?」
「申し遅れました。私は執事長のキーエス、ともうします。ぼっちゃんがご迷惑をおかけいたしまし……」
カイトの言葉に顔を上げたキーエスだったが、そうしてカイトの肩の上に乗るユリィに気付いて、思わず言葉を失う。
「ユ、ユリシ」
「あ、ちょっと待った。大声上げないで」
大声を上げそうになったキーエスに対して、ユリィが手でそれを制止する。現状、彼らの任務は隠密だ。大声を上げてもらいたくはなかった。
「ちょっと場所を移してもらえますか?」
「は、はぁ……」
流石にユリィからの言葉とあっては、断ることは出来ない。ということで、過日と同じく、一同はテントの中に入って行く事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第572話『盗賊退治』




