第564話 練習
飛空艇に乗りながらルクス達へと調練を行い始めたその日の夜。一同は本拠地に戻って今日の活動について会談を得ていたわけであるが、そこでふと、一つの話題が入った。それはカイトの女に関する話だった。
「んだ? あのお嬢ちゃんが来るのか?」
「らしいよ……ほら。歌姫、会議後には公爵領入り、って」
『『……ちっ』』
新聞を読んでいた二人の会話を聞いていたクズハとアウラが同時に舌打ちする。その顔を見れば、感情なぞ一瞬で理解出来た。これでゴールデンタイムも終わりか、という所だろう。
『まあ、良いです。アリサさん一人なら、如何様にでも足止め出来ます』
『とりあえず、渡航許可を下ろすのに色々といちゃもんつけとく』
『それはアウラに任せます』
こういう時、妨害工作を取るにはクズハが良いのかもしれないが、アウラはカイトとの時間を取る為にはどんな策でも打つ存在だ。色々と敵対視しあっている二人であるが、こういう時には協力しあうのであった。
『おいおい……やめてやれよ。あっち仕事だぞ? それに王女相手に外交問題発展しかねないんだから……ファンも悲しむだろ』
『おねえちゃんでも聞ける事と聞けない事がある』
『妹も反抗期になるのですよ、お兄様』
いつもならカイトの頼みや諫言であれば二つ返事の二人だが、どうやらこれは聞けないらしい。仕事をクズハに任せると、アウラは弟の目の前でいそいそと妨害工作に入り始める。とは言え、情報はまだ、続いていた。
なお、ファンも悲しむ、と言ったカイトであるが、それ以前にその歌姫とやらを落としたカイトは殺されるのではないか、と思うが、この数百年間婚約者の地位を固め続けたからか問題は無いそうだ。共通認識になってしまっていたらしい。
『あら……それ以前に皇国の諜報部の連絡だと、歌姫に<<黒白の真珠姫>>が会いに行っている、って噂もあるわよ?』
『……レイシア皇女殿下。そのお話、詳しくお聞かせ願えますか? あの二人が動いた、というのは非常に良くない兆候です』
シアから寄せられた情報に、クズハが眼の色を変える。言うまでもないが全員、カイトの昔の女だった。
『うーん。桜達居なくて良かった』
情報収集を始めたクズハに対して、カイトが一人、そうつぶやく。この会談は冒険部についても議題に上がるのでいつもは桜達も居るのだが、今日は皇都の劇団が街に来て上層部の一部――桜も瑞樹もこちらに入っている――がその初公演に招待された為、この会議に参加出来なかったのだった。代役で椿は居るが、彼女に聞かれた所で何か揉め事に発展する事はない。
「そういや、あの五月蝿い嬢ちゃんは兎も角……ウチのガキが引き継いだギルドはどうなってるよ?」
『あ、<<暁>>ですか? あれなら支部が神殿都市にありますけど、本拠地はウルカの方に移転しました』
「なんだ、帰ったのか」
『元々の生まれ故郷ですからね、バランさんの』
「どうでも良いけどな」
バランタインは本当に心底どうでも良さそうに切って捨てる。そもそも、彼には故郷には良い思い出は無いに等しい。あるとすれば、コロッセウムと血と鉄の匂い、そして仲間の食われる声、ぐらいだろう。
つまり、奴隷として、剣闘士として戦い続けた記憶しかないのだ。その後の方が良い記憶があり過ぎて、故郷には本当に未練も愛着も何も無かったのである。故郷とマクダウェルのどちらかを取れ、と言われれば即座に後者を取るほどだった。
『まあ、故郷とは遠くにありて想うもの、だよ、おっちゃん。私なんて故郷探して回ってたからね』
「あるとあるで厄介な思い出しかないけどな」
「僕も帰ろうとは思わないしねー。事実一回も帰ってないし」
どうやらルクスはバランタイン寄りらしい。自分も故郷に未練は無い、と言い切る。やはり、友と共に作り上げ、その友が眠る土地の方が好きなのだろう。
「で、まあ、そんなウルカの話なんぞどうでも良い。飯さえこっちで食えりゃ問題無いからな……んで、何か考えついたか?」
『おうおう。それなら、さっきティナから意見が来てる』
バランタインの問いかけに、カイトが答える。やはり考えつかない、と彼に問いかける事になったのだ。なお、ティナは仕事が忙しい為、不参加だ。
『まず、いっそ気流で飛べばいいんじゃないか、とのことだ』
「うん?」
『つまり……』
バランタインに対して、カイトが改めて解説を行う。そうして、この日の会談はこれで終わる事になるのだった。
その、翌日。今日も今日とてアル達はマクスウェル近郊の見回りを行っていた。近郊だけなのは、カイトの援護があるからだ。曲がりなりにも一貴族の軍だし何も無しには他の領主の領土には入れない。おまけに隠密性も皆無になってしまう。
なので何時でも動ける様にして、マクスウェルの軍基地近郊で待機していた、というわけであった。というわけで、実はこの頃には冒険部に派遣されていた公爵軍全員が軍基地に戻る様に通達されていた。
「というわけだ」
「……いえ……その……」
目の前でふわふわと飛ぶバランタインを見て、リィルが頬を引き攣らせる。機動性は無いけど飛空術無しで飛べる方法を発見した、という話だった。唖然となるのも無理は無い。斜め上の結論を出していた。
能力としては、最大の懸念だった消音性は十分だ。見た目は普通の飛空術と変わりはない。若干速度と機動性に劣る、という程度だろう。非常手段として使えないわけではなさそうだった。
「<<爆炎波>>を超低威力で常時展開して、気流を生み出してやるんだと。そうすりゃ、反動でふわふわ、ってこった」
「は、はぁ……」
言わんとする事は理解出来る。<<炎武>>は所詮は炎だ。であれば、熱を生み出している。ということで、気流を生み出す事は不可能ではない。それをやったわけであるが、無茶苦茶な事は無茶苦茶だった。
「でだ。ついでにカイト曰く、どうせなら<<爆炎波>>使って<<縮地>>強化も出来るんじゃないか、だそうだ。それは確かに考えてなかったが、出来そうだな」
「あ……なるほど……確かにそれは可能ですね……」
バランタインから受け取った伝言に、彼女も気付いた様に頷く。<<爆炎波>>の加速を利用して、追い風の様に加速してみよう、という考えだった。こちらはどちらかと言えば彼女の目的に沿った強化だろう。
「おう……というわけで、やってみたら結構速度出たな」
どうやらここは盲点だったらしく、バランタインもやってみたらしい。そして一度実演してみせるか、と<<爆炎波>>を使って追い風を生み出して、<<縮地>>を使用した。
「やってみろ」
「はい」
バランタインから実演されて、リィルが走る態勢を整える。が、そうして<<爆炎波>>――正確にはそのまがい物――を使って、祖先が化物だった、と思い出す事になった。
「うん? なんかイマイチ勢いねーな……」
「きゃあああ!」
リィルの滅多に聞けない可愛らしい悲鳴が、軍基地の中に響き渡る。彼女は瞬や翔達よりも遥かに練習を積んでいる。<<縮地>>は完璧だし、派生系もほぼ完璧に習得している。<<空縮地>>も少しであれば連続して行使出来る。
が、今回のこれはそういうのとは別物だった。<<爆炎波>>で生み出す爆風は豪風と呼んでも良い。普通は姿勢を崩さない様にするのが精一杯だ。
それにそもそも、彼女の場合は<<爆炎波>>を完璧には習得していない。バランタインが何度も見せてくれたのを、見様見真似でやっただけだ。その点でもイマイチ成功していなかった。バランタインの疑問はそれ故だった。
というわけで、総合的な技量不足からバランスを崩すのは当たり前だった。なので爆風に当てられてリィルが吹き飛んでいった、というわけであった。
「ほいっと」
「ル、ルクス様……あ、ありがとうございます……」
吹き飛んでいったリィルだが、悲鳴を聞きつけて即座に行動を起こしたルクスにより、回収される。バランタインの行動を見た瞬間から起きるだろうな、と思って待機していたのであった。
「む、無理でした……」
「あ、やっぱ?」
「わかってたんですか……?」
「たりめーだろ。こんなの俺様以外に初見で出来るかよ」
リィルの問いかけに、バランタインが快活に笑う。この豪快さが、彼の持ち味だった。そしてこの先があるのも、また彼の持ち味だった。
「まあ、無理だろ、ってことで、考えてやった。見てろ」
バランタインはそう言うと、<<縮地>>を使う為に少し前傾姿勢を取る。そうして、次の瞬間。轟音と共に、彼の身体が弾かれる様に跳んでいった。そして帰り道はなんら音もさせずに<<縮地>>で帰って来た。どっちもリィルの目では見えない速度だった。
「<<爆縮地>>。<<炎武>>使ってる間なら、爆風は些かマシだ。それを使った上で、<<縮地>>のタイミングに合わせて足裏を起点として、<<爆炎波>>を使ってやったわけだ。バランスの維持は大変だがな」
どうやら行きで使った<<縮地>>は普通の<<縮地>>では無かったらしい。大音が鳴っていたので、そこらが違いだったのだろう。
どうやらバランタインも無理は無理と把握して、彼女でも出来るレベルでの物を開発してくれたようだ。一晩で開発出来るのは、やはり彼も戦いの天才だから、だろう。
「というわけで、だ。これからは、それの練習に入っとけ」
「えーっと……」
バランタインの言葉を受けて、リィルが気まずそうな態度を取る。やることはわかった。空を飛べる様になるのも有り難い。
だが、それ以前の問題として、<<爆炎波>>の練習から入らなければならないのだ。ということで、今までは見様見真似だったリィルが改めて申し出る事にした。
「……あの……<<爆炎波>>のやり方を出来ればきちんと伺いたいのですが……」
「あ? 出来てたんじゃね?」
「一応、見様見真似でやっていたのですが……あれで良かったのですか?」
「そういや、ちょいと速度が遅かったな……あれだけできてりゃ、十分と思ったんだがなぁ……」
リィルに対して、バランタインがため息を吐いた。あれだけ見せたんだから、出来て当然だろう、という思っていたのである。そして実は筋そのものは悪くはなかった。なのでバランタインも何も言わなかったのである。
曲がりなりにも特殊部隊で有名なだけはあり、リィルは見様見真似でも<<爆炎波>>を使えていたのである。とは言え、バランタインも一度きちんと教えておこう、とは思ったらしい。改めて<<爆炎波>>の解説を行う事にした。
「まあ、本来は足から出すもんじゃねぇしなー……見てろや」
バランタインはそう言うと、リィルの前で右手を突き出す。そうして、熱気だけを集めていく。<<爆炎波>>は本来は熱気を圧縮して更にそこに水を加えて水蒸気爆発に似た現象を引き起こし、その衝撃波で敵を吹き飛ばしたり敵を破壊したりする為の物だった。
「ふんっ!」
裂帛の気合と共に、バランタインが集めた熱気と水の混合物の塊を上へと放り投げる。そうしてそれが程よく上がった所で、バランタインはそれを爆発させた。わかりやすくする為にそれなりに力を込めていたので、遠くにしないと基地が破壊されかねなかったのだ。
「見えたな? 火に水混ぜてやんだよ。どうってこたぁねぇ。それだけの簡単な技だ」
「あ、はい……」
ただ熱気を集めただけ。だというのに起きた現象に、リィルが生返事を返す。あれで、攻撃系の技では無いのだ。最後の段階の一つという<<暴炎帝>>の能力が甚だ恐ろしいばかりだった。
「まあ、後は一人で頑張れや。おりゃ、引っ込んでるぞ」
リィルにそう言うと、バランタインがその場から消える。どうやら自分の役割はこれで終わりだ、という事なのだろう。これでもし彼を呼び出すのなら、後はカイトに連絡を取って、という事になる。
とは言え、やり方を教えられてそれで出来ません、は流石にリィルも言えない。彼女とて栄えある英雄の子孫だ。英雄直々に教えてもらっておきながら、そんな弱音は吐けなかった。そうして、彼女はこの日から<<爆縮地>>を使いこなす為の練習を行う事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第565話『戦う者達』




