第554話 勇者達・降臨 ――炎帝と聖騎士――
飛空術で飛べるのはカイト達だけでは無く、軍で准将を務め、そして次期公爵であるアベルも、だった。公爵とは個人としての力量もぶっ飛んでいないとダメなのである。
だが、そんな彼でさえ地面へ勢い良く、それも何ら容赦なく――おまけに受け身が取れたようにも見えなかった――叩き付けられたバランタインを見て、思わず瞠目する。
「い、良いのか?」
「構わん。あの程度で何か痛痒するような筋肉ダルマでは無いわ」
唯一飛び立たなかったティナに対して、アベルが引きつった様子で問いかける。が、ティナは平然と――と言うか何処か残念そうでさえありながら――大丈夫、と明言する。そしてそれに違わず、すぐにバランタインが落下――もしくは落着した――場所から、巨大な火柱が上がった。
「うおっ!?」
「のう? 無事じゃろう?」
「あ、ああ……で、では済まないが、自分をあの青い光を放つ飛空艇へ送ってくれ」
「日向、頼む」
『あいあいまむ』
ティナの指示を受けて、日向がキリエ達を収容した飛空艇へと隣接する。そして自分でも飛び移れるぐらいの距離になると同時に、彼は日向の上を蹴って飛空艇の上に着地した。
「感謝する!」
「兄上!?」
避難した飛空艇の上には、今しがたまで殿を務めていたキリエが居た。そうして彼女は兄の姿を見付けて、大いに驚いて、目を見開く。兄まで来るとは思ってもみなかったのだ。そんなアベルだが、キリエへの言葉の前に、まずは自ら達の不手際を詫びる事にした。
「諸君、今回は我々の不手際で不安にさせて申し訳ない。が、安心してくれ。たった今、皇国軍が誇る特殊部隊を連れてきた。後は我々に任せて、ゆっくりと休んでくれ」
アベルの言葉に、緊張していた選手達がほっとため息を吐いて、思わずへたり込んだ。軍学校の面子や竜に乗れる程の実力を持つ面々といえども、やはり結局は歳相応の学生なのだ。ゆくは軍人となる生徒や軍学校の面々はともかくとして、実戦となると緊張するのは当然だった。
そうして、飛空艇内部から出てきた軍人達に彼らの誘導を任せると、アベル自らはキリエを連れて、飛空艇の指令所代わりとなる部屋へと向かう。
「とりあえず、下は問題無い。あれで問題があるのなら、聞いてみたい」
「一体誰が援護に来てくれたんだ?」
「……皇国有史上最強の一団だ。<<賢帝>>ウィスタリアス・ユリウス・エンテシア皇帝陛下に、<<聖騎士>>ルクス・ヴァイスリッター、<<炎帝>>バランタイン・バーンシュタット、おまけに神族最強の軍神・オーリン殿、だ。それに勇者と魔王だぞ。世界と戦って勝てる面子が、下には揃っているな」
「それは、また……」
苦笑気味の兄の答えに、キリエは非常に引きつった笑顔で答える。彼の言い方は比喩でもなんでもなく、正真正銘世界と戦って勝てる人員が援護に来ているのだ。安心するな、と言われても無理だ。逆にその戦いに巻き込まれる方が不安だった。
「まあ、そんなわけで軍の秘密戦力、と言い張る為に、俺が出てきた、というわけだ。クイーンに乗せてもらって、な」
「羨ましいな」
「生徒……まあ、元だが、乗ったのは俺が始めてだろうな」
何処か自慢気に、アベルがキリエに告げる。アベルも実は一時期ユリィの教え子だった。となると、彼もまた、日向の事を知っていて、そして呼び方も生徒達の流儀に倣ってクイーンだったのである。
「さて……まあ、後は俺たちは安全が確保されるまで、ここに待機しておけば良い」
「そうか」
兄の言葉に、キリエが安心した様子で答える。彼女からしても、安全は確保されたも同然、だった。が、それは少し早計だったらしい。彼女らの乗る飛空艇の真横を、巨大な光条が一直線に通り過ぎていった。それに、アベルが状況を尋ねる。
「なんだ!?」
「下から何かが上昇してきた様子です!」
「何か、とは何だ!」
「不明です! つ、続けて大量の魔弾が来ます!」
「回避しろ!」
続いた報告に、飛空艇の艦長が大声で指示を送る。それを見て、キリエが非常に引きつった様子で兄に問いかける。
「……なあ、一つ思ったのだが……もう少し上に上げた方が良くはないのか?」
「それだけでは足りんな……艦長。即座に各艦を空き地から5キロ後方へと移動させろ。ここは別の
意味で危険だ」
「了解です!」
アベルの指示は、即座にレースの警備を行っている全ての船へと通達される。そうして、先ほどとは別の意味で危険地帯になったその場から、全ての飛空艇が離れていくのだった。
撤退していく飛空艇は知る由もないのだが、実はその頃には戦いは全て終わっていた。当たり前だが、普通なら大型魔導鎧が無ければまともに戦えない『石巨人』程度ではたった数分も必要が無いのだ。
ということで、少しだけ、時は戻る。ウィルが地面に降り立つよりも少し前。バランタインは『石巨人』の一体に掴まれていた。いや、正確に言えば、両手に挟まれて握りつぶされそうになっていた、という所だろう。
「うぁー……やっぱぐわんぐわんしてらぁ……何かくれぇ……あー……酒場の姉ちゃんにもっと良い酒持ってきてもらうべきだった……悪酔いした……」
が、バランタインはそれに気付いていなかった。というのも、オーリンが差し出したどぶろくは彼のお手製で、ものすごくアルコール濃度が高いのであった。
つまり、ものの見事にいとも容易く二日酔いがぶり返したのである。そうして、酔いが頭にまで回ったのだろう。顔が一瞬にして真っ青に染まる。
「うっぷ……おぇぇえええええ!」
揺らされた事で気持ち悪くなったらしい。バランタインの口から、昨日から飲み続けていた酒が逆流して出てくる。まあ、当人は酔っ払って頭が揺れているのだ、としか思っていないが。
ちなみに、どうやら比較的近くで戦っていたらしいルクスが汚い、だのという文句を飛ばしていたが、そんなのに反応できる余裕は無かった為、無視された。
「おぉおおおお……あー……すっきりしたー……やっべ、こんなんやってたらまたネストにしばかれんな……っととと……にしても今日は揺れるぜ……あー……ひんやりした岩肌が気持ち良い……」
『石巨人』の巨体の持つものすごい力で抑えこまれているバランタインであるが、それに一向に気付かない。日向に思い切り地面に叩き付けられても平然としている彼なのだ。この程度でどうにかなるはずが無かった。
と、そんな所に、どうやら『石巨人』の方がそろそろ潰れたか、と思ったらしい。両手を開いた事で、バランタインの周囲に明かりが差し込んだ。
「……あぁ? んだ、おめえ……でけえ面してやがんな……ん? ってこたぁ……ここは……」
バランタインは吐いた事で幾許かの酔いは覚めたらしく、近くにあった『石巨人』の顔面を睨みつける。と、同時に今の自分がどこに居るのかも理解した。
ちなみに、それに対する『石巨人』はどれだけ本気でやっても潰れていない様子のバランタインに思わずぽかん、となっていた。
そうしてお互いに視線があえば、当然バランタインにとって『石巨人』は討伐対象だ。というわけで、彼の右手に炎が宿る。
「揺らしてたのてめえか! 揺らしてんじゃねえ! <<豪炎拳>>!」
バランタインは一瞬で巨大な炎の拳を創り出すと、それで『石巨人』の顔面を殴りつけて蒸発させる。
そうして、そのままバランタインは飛び上がって、巨大な炎の腕でチョップの形を作った。狙うは、残った『石巨人』の身体だった。
「ついでだ! おぉおおお!」
雄叫びと共に、バランタインは急加速して落下していく。そしてそれに従うように、巨大な炎の手刀が『石巨人』の身体を両断していく。よほどの高温なのか、両断された断面は溶岩になっていた。
「あー……スッキリした……やっぱ吐くのがいっちゃんすっきりすんな」
地面に着地したバランタインは首を鳴らして炎の手刀を消滅させる。そうしてそのまま振り返ること無く、崩れていく『石巨人』を見ることなく立ち去っていく。が、そんなバランタインへ向けて、別の個体が一気に拳を振り下ろした。
「あぁ? 消えろや」
振り下ろされた拳を再び右手で創り出した巨大な炎の拳で握りつぶすと、更に今度は左手に巨大な炎の拳を創り出して、大きく振りぬく。それだけで、『石巨人』の巨大な胴体に巨大な風穴が空いた。
「ったく……雑魚ばかりじゃねえか。酔い覚ましにもなりゃしねえ」
炎を纏い、ありとあらゆる敵を蒸発させていく彼は、まさしく<<炎帝>>、だった。そうして、彼の前に立ちふさがった『石巨人』は全て、モノ言わぬ土塊に変貌していく事になるのだった。
一方、そんな荒々しい戦いをするバランタインに対して、ルクスは誰もが見惚れる様な戦いをしていた。とはいえ、それは彼の子孫を知る者からすれば、何処か不思議な戦い方だったし、使う技にしても、現代を生きるアル達とは全く違っていたのだ。
そんな彼は地面に立って『石巨人』と相対すると、その股下に向けて、刺突を放つ。
「ヴァイスリッター流壱式<<聖光剣>>!」
子孫のアルやその父・エルロードが盾を使った戦い方をしていたのに対して、ルクスはそれを使っていない。片手剣だけを使った戦い方だった。一応盾は腕にくくり付けているが、使う様子は見せない。しかも、その片手剣はアル達が使う片手剣よりも少しだけ長かった。今より遥かに、実戦向き。それが見て取れる戦闘スタイルだった。
そんなルクスは片手剣を純白に染めると、それと同時に『石巨人』の頭上に自らの分身を生み出す。契約者の力を使った分身体だった。
「ヴァイスリッター流亜式<<闇影剣>>!」
分身体のルクスは片手剣を漆黒に染めると、それを今度は『石巨人』の頭上で振りかぶる。そうしてそのまま、二人のルクスは同時に剣を振り、白と黒の斬撃を衝突させる。
「「奥義<<黒白の閃光>>!」」
二人のルクスは『石巨人』の胴体の部分で白と黒の斬撃を衝突させると、一気に魔力を込めて巨大な白と黒の太陽を創り出して、弾け飛ばした。そして、その太陽がはじけ飛ぶと同時に、分身を消失させる。
「ふぅ。ヴァイスリッター流は今日も絶好調」
「……いや、お前さん何時までヴァイスリッター流を名乗るつもりだ?」
いとも簡単に『石巨人』を消失させたルクスに対して、バランタインが問いかける。
これらの武芸は壱式と言った物を除いて全て、彼が実家を出た後に開発した武芸なのだ。つまり、実家であるヴァイスリッター家とは何ら関係が無い武芸なのである。というわけで、少し照れた様子でルクスが答えた。
「あー……うん、まあ、僕も一応ヴァイスリッター家だからね。それに一応<<聖光剣>>はきちんとしたヴァイスリッター流だよ、うん……まあ、第一期の物で当時も僕しか習得出来なかったけど」
「天才様が……」
『そもそも、<<闇影剣>>も<<黒白の閃光>>も関係ないだろ』
呆れ返ったバランタインに続けて、カイトが問いかける。基本的に全員好き放題に戦っているので近くには居ないが、戦闘中でも会話はきちんと聞こえている。まあ、実際には酔っ払ったバランタインが嘔吐しそうなのを見て、全員が一気に遠ざかった、というのが実情なのだが。
とは言え、たかだか数キロ先の会話が聞こえるぐらいに馬鹿げた聴力を全員が全員持ち合わせていた。それぐらいないと轟音の鳴り響く戦場の中で英雄にはなれないのであった。
『おまけに実家からヴァイスリッター流を名乗るな、って言われたんじゃなかったか?』
「あ、あはは……どれもこれも戦争中に開発した物だから、ちょ、ちょっとお上品じゃないから……ね」
カイトの指摘に、ルクスが苦笑して認める。まあ、上品じゃない、というよりも、要求される技量はもとよりちょっと聖騎士と言い難い剣技が多かった事が大きかった。それ故、認められなかったのである。
彼の実家は聖騎士団の名門だ。そんな禍々しい剣技を流派に含められるはずが無かった。おまけに聖遺物を持ちだして教義に反して実家を出た彼が開発した剣技だ。名乗るな、というのは当然だろう。
ちなみにこの理由が、彼が使う剣技をアル達が使っていない理由だった。あまりに要求する技量が高い上に、攻撃力がとてつもなく高いのだ。彼の剣技もカイトと同じく、殺す為の武芸だったのである。
それではいけない、と戦後になって、平和な時代になるのだから騎士として誰かを護る為の剣技を、と盾を含めた剣技を新しく開発したのであった。
「ま、まあでも僕も一応ヴァイスリッターだし。ヴァイスリッター流という同名の別の剣技、という事にしておいて」
『屁理屈だな』
「その屁理屈を言いまくった君に言われたくないよ」
ウィルの指摘に、ルクスが口を尖らせながら文句を言う。と、そんな彼の所に、『石巨人』が彼を踏み潰さんと足を振り下ろした。
「<<光陰の力よ>>」
勢い良く振りかぶられた『石巨人』の右足に対して、ルクスは自らの加護の力を使い、頭上に真っ白な穴を創り出す。
勢い良く振り下ろされた『石巨人』の巨大な足はその穴の中に入り、そしてそのまま今度は『石巨人』の顔の真ん前に出来た漆黒の穴から出てきた。
そうなると当然だが、『石巨人』は自分の顔面を思い切り踏みつける事になり、どごん、という音と共にそのまま後ろに倒れこむ事になった。
「自らの力で昏倒するとは、哀れだね」
地面を蹴って跳び上がったルクスは地面に仰向けに倒れこんだ『石巨人』に向けて、剣の切っ先を向ける。
「僕のもう一つの二つ名、<<星光の剣聖>>の名の由来を教えてあげるよ……<<星光剣>>!」
ルクスが剣を引くと同時に無数の光り輝く刃が生まれる。そして、その剣の切っ先を突きつけると同時に、無数の光り輝く刃がまるで無数の星の光の様に『石巨人』に降り注ぎ、その巨躯を完全に土塊に変える。
「私の前に立ったのが不運で……おっと。昔の口調が出る所だった。危ない危ない……真剣でやろうとすると、どうしても出ちゃうんだよなー……」
まるで疲れなぞ微塵も感じさせず、ルクスは柔和な笑みを浮かべながらその場を後にする。そうして、彼の前に立つ者もまた、聖騎士にふさわしい優雅な剣閃により、モノ言わぬ土塊へと、変えられていく事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告『勇者達・降臨』




