第536話 語られる者
この2日、失礼致しました。今日からは普通にお返事致します。
取り敢えず瑞樹をナダルに預けたカイトであったが、帰る前に冒険部のギルドホームに寄っていく事にする。椿から仕事の進捗状況を聞く必要があったからだ。そうして執務室に入り机に座ると同時に、椿がカイトに見積書等を手渡す。
「天竜用の餌については5日以内に手配出来る、と商家から連絡が帰って来ています。どれほど購入されますか? また、餌についてはどのような物を?」
「ん……取り敢えず、一頭分で良い。毎月購入する予定で進めてくれ。予算については余剰分から回せば問題が無いだろう。餌については魔素を多く含んだ奴で十分だが、一応おやつ程度に果物の備蓄を増やさせておいてくれ。最悪は食堂で出す食材としても使える」
「わかりました。では、その通りで手配しておきます」
見積書を精査しながら、カイトは椿に必要な指示を下す。ちなみに、餌として肉を食べるのは実は日向ぐらいだ。別に肉を食べれないというわけでも無いが、基本的に竜種は魔物だ。魔素を供給される方が重要だった。というわけで、実は餌と言うのは回復薬で十分だったりするのである。
では何故日向は肉なのか、というと、単純に言ってカイトとユリィが悪い。当たり前だが地球人であるカイトに天竜の飼育方法の知識なぞゼロだ。ユリィも当時の年齢と性格を考えれば、知らないのも無理は無い。
というわけで二人共ドラゴンなのだから適当に肉でも食わせれば大丈夫だろう、と与えていたわけなのだが、それが染み付いてしまったらしい。別に最悪は餌をあげないでも大丈夫だ、と後々にヘルメス翁やウィルから言われた時には二人共愕然としていた。
と、そんな風に準備を進めているカイトに、久しぶりに戻ってきた事に気付いたソラが少し驚いた様子で声を掛けた。
「なんだ、何かあったのか? さっきから椿ちゃんも結構ドタバタと動いてるみたいだけど」
「ああ、偶然部活中に野生の天竜を捕獲してな……あ、お前あんま近づくなよ。竜殺しと竜は相性が悪い。ケツ齧られたくなかったら飼育小屋には近づくな」
カイトの告げた単語の関連性を理解出来ず暫く考えこんだソラだが、カイトなら有り得そうだ、と判断する。そういった普通は起きない事を起こすのが、カイトだ。それぐらいソラは理解している。
「……竜?……部活で捕獲?……マジ?」
「ああ。現在進行形で瑞樹が調教師と一緒に調教中だ」
「うお! マジか! 見に行きたい! 今、何処だ!? つーか、無茶苦茶乗ってみたい!」
幾ら竜騎士という職業が斜陽を迎えているとはいえども、未だに竜となれば誰もが乗ってみたい生物ナンバーワンだ。そしてそれは地球出身のソラも変わらない。目を輝かせてカイトに居場所を問い掛ける。
それに、カイトが書類から顔を上げて、苦笑しながら場所を告げようと口を開いた所で、その前に一つ忘れていた事に気付いた。
「お前、竜に対して警戒感無茶苦茶抱かれるの忘れてないか?」
「……あ? あぁー! 無茶苦茶忘れてた! ちっくしょー! ってことは乗れないのか!?」
カイトの言葉に、自分がついこの間の御前試合でも警戒されていた事を思い出して、絶叫を上げる。彼は現状も血筋としての龍族の力と、加護としての竜殺しの力が相反しあっているのは変わらない。ということで今のソラはまだ竜種から警戒されているのであった。
「馬車は良いだろうが……背中は確定アウトだろうな。当分は諦めろ」
「くっそ! マジかよ!」
「何だ? 何があったんだ?」
悔しそうな顔で絶叫を続けるソラに引き寄せられて、執務室に居た他の面々も引き寄せられてくる。まあ、ここまで大声を上げれば当然だろう。
「うぅ……」
「まあ、竜を捕獲してな。それの手配を整えている」
「何?……見に行きたい所だが……時間が無いな……」
落ち込んだ様子のソラに苦笑したカイトの言葉に興味を抱いたらしい瞬であったのだが、時計を見て少し残念そうにしていた。彼は天桜学園にこの後戻る必要がある、との事だった。
ちなみに、桜もまた交換留学生が来ている間は天桜学園の方に詰めているので、執務室には居なかったりする。瞬は実力と旭日の訓練を受けたいが為に、ギルドホームと学園を往復している事が多いらしい。
「まあ、どちらにせよ今日から調教開始だし、瑞樹の訓練も今日から、だ。少しの間は、専門家任せにしておけ。あまり人が見に来ても面倒だ。せめて調教師の訓練が終わる頃ぐらいまでは待っておいてやれ」
「ああ、どちらにせよ今はまだギルドホームには来ていないのか。なら、仕方が無いか」
カイトの言葉に、瞬が仕方が無いと見切りを付ける。彼には時間がないのだから、ソラの様に公爵邸まで見に行くなぞ出来ないだろう。
「まあ、どちらにせよ当分は訓練で忙しなく移動させる事になる。まあ、見に来ても居ない事が多いだろう事は諦めてくれ。どちらにせよお祭りまでは忙しくなるからな」
「……お祭り? なんかあんの?」
「ん、まあ、詳しく説明してやりたい所だが……残念ながらこっちもそろそろ戻らないとな。少し時間が掛かり過ぎだ……詳しくは竜騎士レースで調べておけ。それか、マクダウェル4大祭だ」
気を取り直したソラに問いかけられて少し悩んだカイトだが、詳しく語ろうにもここには報告を受け取りに来ただけだ。時間が無い為、立ち上がりながら名前だけを告げる。
名前さえわかれば、後は普通に受付のミレイかそこら辺をぷかぷか浮いているシロエにでも聞けばどうとでもなる事だった。この街どころか皇国に知っていれば、誰もが知っている事だったからだ。
「じゃあ、オレは戻る。椿、後は任せる」
「はい、御主人様」
椿に後事を任せると、カイトは少々遅れていた事もあって、転移術を使って、学校へと戻る事にするのだった。
転移術で騎竜の練習をしている近くに転移すると、カイトはまずは教師達に状況を説明する。まあ、出しなに椿を経由してユリィから許可の書類を受け取ってきていた為、言い訳としてはそれを受け取っていたら少し遅くなった、という事にした。
「と、言うわけですんで、瑞樹は置いてきました」
「ああ、あの人が動いてくれたのか……なら、問題無いか。わかった。では、君は練習に戻って……と言っても今日はもう終わりか。まあ、帰るまでは、連れ帰ってやれ。それも、部活だ」
「はい」
少々時間が掛かった事とそもそもで練習の最終盤の頃に捕獲して手筈を整えていた事で、どうやら練習は全て終了してしまっていたらしい。
なので報告を聞いていた監督役の一人の言葉に、カイトは世話をしてくれていたアランに跨る。瑞樹が乗ってきた地竜については監督役が連れて帰ってくれる、との事だった。そうして、カイトは世話をしてくれていたヨシュアら他の部活生と一緒に帰る事にする。
「お前、いろいろと噂は聞いてたけど……本当にぶっ飛んでんだな。天竜捕獲するか? 普通」
「まあ、引きが良いだけだろうさ……悪いのか?」
「俺が知るかよ」
「君の場合はそれで引きが良いのだろうさ」
カイトの問いかけに苦笑したヨシュアに対して、横に並んだキリエが笑いながら告げる。確かに普通の奴ならば引きが悪いと言うべきなのかもしれないが、カイトの場合は悪運が強いのだ。
まさか船の沈没事故に巻き込まれて大精霊に出会うとは思わないだろうし、出会った少女が神様でその神様に殺されかけた結果相思相愛になってその神器を手に入れる事になるとは、誰も思わない。
だがこれがあったのが、カイトだ。悪運が強いとしか言いようがなかった。もしくは災い転じて福となす、だろう。そうしてそんな自分の来歴を知るが故にそういったキリエに対して、カイトは何処か遠い目で告げる。
「疲れる事ばかりなんだがなー……」
「君ならこれまでの様に何をやったらこうなるのか、という事が盛り沢山の人生を経験出来るだろうさ」
「それは……嫌味か?」
「さて、な」
苦笑した様なカイトの言葉に、キリエが笑う。当たり前だが、カイトがそういった経験をたくさんしているのは、二人の間の共通の事実だ。今のキリエの言い方だとそれを揶揄する様な言い方で、まるでこれからもすると決まっているかの様な言い方だったのである。
「まあ、そういう経験はしないで良いのなら、それで良いんだがな……たまには楽な一年を過ごしたい……」
「……なんというか、すまなかった」
何処か儚い笑みを浮かべたカイトに、思わずキリエが謝罪する。当たり前だが、彼は公爵就任後、つまり戦後もこんな経験を続けている。そして地球に帰ってからも1ヶ月以内に揉め事に巻き込まれている。その後も揉め事はひっきりなしだ。つまり、彼は地球に帰っても悪運が強いと言える運命をたどっていたのである。これでは嘆きたくなるのも無理はなかった。
「何時か本でも出そうかな……」
「ちょっと読んでみたいな。お前がどんな一生をたどるのか、ってのは面白そうだ」
「私もそう思うな」
ため息混じりやぶれかぶれに近いカイトの愚痴に、キリエとヨシュアが笑う。ヨシュアは単なる茶化しだが、キリエは心の底からそう思っていた。
カイトの一生だ。すでに現段階でさえ詩人達や戦士達に謳われ、唄われる者なのだ。そして今もまた、エネフィア人類と地球人類史上初となる二度目の世界間転移に巻き込まれている。当然、これより先も気にもなるのは当然だった。
「はぁ……書く気ねーよ」
「それは残念だな」
「いや、全くっすね、会長」
ため息混じりのカイトに対して、ヨシュアとキリエが笑い声を上げる。そうして、そんな笑い声と共に、部活生達は帰還していく事になるのだった。
さて、その一方の瑞樹は、というと、必死で天竜の名前を考えていた。まあ、名前は重要だ。幾ら何でも天竜だからと言って天竜と呼ぶわけにはいかない。そもそも天竜とは種類であって名前では無い。
「うーん……何にしましょう……」
「まず、そっから考えろ。それが肝要だ。名前つーのは今後のそいつの一生を決めるもんだ。何をするにしても名前で呼ぶ。永遠につきまとう。ああああ、だの何だのとわけのわからん名前は使うなよ」
「……なんですの、それ?」
「知らん。カイトに聞け」
悩んでいる所に出された例示に瑞樹は首を傾げるが、解説は望めそうになかった。というわけで、瑞樹は再び頭をひねる事にする。
意外な事でもなんでもないが、調教師であるナダルは竜達の名前を重要視していた。当たり前だがこれから長く付き合っていこうという相棒なのだ。下手に意味もなく適当な名前を付けた日には、彼からげんこつが飛ぶぐらいだった。
「ベオウルフ……は、竜を倒した英雄ですわね……ハバキリ……これは斬った剣……ペンドラゴン……これはそもそもドラゴンの頭という意味ですわね……」
瑞樹は実は意外と伝説等の物語が好きだった。そして実家の兼ね合いから、それは特にイギリス系が多い。なので彼女の頭の中ではそういった神話関連からの知識が渦巻いていた。
そうしてふと赤い天竜を見ていると、とある疑問が浮かぶ。それは逆に今まで何故気にしなかったのか、という疑問だった。
「そういえば、この子は雄ですの、雌ですの?」
「ん? ああ、そういやそこ見とかねえと、名前も決めにくいな。ちょい、待ってろ」
名前を考えていた瑞樹だったが、そもそも雄か雌で名前も変わってくる事に気付いたのだ。そうしてそれを指摘されて、ナダルもそれに気付いて、何らかの魔道具を天竜にかざす。
後に聞けばどうやら男女というか生物学的なオス・メスの差によって魔力の質が統計的に分けられるらしく、今では魔道具を使えば統計が取れている大抵の生き物について――と言っても性差がある種族だけだが――は性別がわかる、という事だった。
実は伊勢の变化の前から性別が判明したのも、平和になりこの統計が取れる様になった結果だった。戦争が終わり、人口の増加に比例して魔物使い達が増えた事で、統計に信頼性の持てる分のデータが収集出来たのである。そうして暫く魔道具を当てていると、赤い光が浮かび上がった。
「赤……ああ、雌だな。こいつが青色なら、雄になる」
赤色に光る魔道具を瑞樹に見せながら、ナダルが告げる。そしてそれを受けて、瑞樹が再び名前を考え始める。
「赤い竜は何か居ましたかしら……ああ、アーサー王伝説には居ましたわね……でも、あれって女竜なのでしょうか……そもそも名前、無かった気も……」
悩み続ける瑞樹だが、やはり答えは出ない様子だった。まあ、そもそもで神話や伝説でしっかりと竜に対して雌、もしくは女と明言されている物は意外と少ない。そういった所と付き合いのあるカイトなら知恵も貸してくれたのかもしれないが、彼はここに居ない。と、言うことで諦める事にした。
「……ダメですわね。もういっそ有名ドコロの名前からあやかる事にしましょう。あら……でも、ファフニールだのなんだのは、この世界にいらっしゃいますものね……な、悩ましい……あら?」
そこで、瑞樹はある事に気付く。それは一つの共通点だった。
「ファフニール、ペンドラゴン、ティアマト……ペンドラゴンはともかく、地球にも同じ名の龍が居る……? 名前である以上、喩えイヤリングを通していてもそこは変わらないはず……何か理由があるんですの……?」
「ああ、そりゃ、簡単だ。世界の中に古龍の知識だけは、記録されてる。龍族の中には自らの最上位種として、古龍様の存在を嗅ぎとっているんだろう、って話だ」
瑞樹の疑問に答えたのは、ナダルだった。それに、瑞樹が悩んでいた顔を上げる。
「そうなんですの?」
「さあ、な。そうらしい。大昔、まだあの小僧が着任して少しした頃だ。あの小僧も同じ疑問に突き当たったらしくてな。ティア様に聞いていたのを、覚えてるぜ。まあ、その時は俺も驚いたが、そう言われりゃ納得っちゃあ、納得だからな」
どうやらカイトも同じ疑問に突き当たっていたらしい。まあ、瑞樹達よりも遥かに前に二つの世界を行き来した彼なのだから、疑問に思っても不思議でも無いだろう。
ちなみに、なぜナダルがそれを知っているのかというと、カイトと彼の雑談の最中に出た疑問だったからだ。そこでじゃあ聞いてみるか、と目の前で尋ねたから、知っていたのである。
「で、それで、名前は決まったのか?」
「あ……も、もう少し待ってくださいな」
「はやくしろよ。名前が決まらない事には、調教も始まらない」
「あ、あはは……」
ナダルの言葉に、瑞樹が苦笑する。悩んでいる内に別の所に思考が向いてしまった所為ですっかり忘れていたのだ。ということで再び瑞樹は思考の淵に沈んでいき、結局、名前が決まったのはこれから30分も後の事だった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第537話『騎竜と姫騎士』




