第534話 捕獲
まず、改めて言っておく事がある。竜達は特定の種類を除いては、基本的には集団行動はしない。縄張り意識が強く、集団行動をしないからだ。それ故、実は学園で集団行動をさせている竜達はきちんと調教がされている竜達であった。
まあ、それと同時に学園の竜種達は基本的にマクダウェル領全域を日向と伊勢の縄張りだと理解させられている為、暴れてはならないという本能的な抑制が効いている事も大きかった。
が、それはあくまで調教されている竜種だからこそ、の話であって、そうではない竜種の魔物については、抑制が効かない。自分の縄張りに近い場所で戦闘が行われていれば、興奮して出て来る事も時々あった。
どうやらカイト達が遭遇した天竜は、偶然ここを新しく縄張りにした生まれたての魔物だったのだろう。時折こういうことが起こり得るので、学園としてもこの部活には何人もの腕利きの教師達を同行させていた、のではあるが、今回は少々厄介な事が起きた。
「厄介な! 魔物のくせに頭が回る!」
「引き寄せられませんか!」
「少々厳しいな! 回避に重点を置いていて、少し厄介だ!」
遠巻きに仕掛けられる<<竜の息吹>>を回避しながら、教師達が臍を噛む。というのも、カイト達の所に来た天竜はどうにも少し賢かったらしい。こちらが強いのを見て取ると、まるで近づく事を避ける様に上空の高い所から<<竜の息吹>>を連射するだけにしたのだ。
流石に高度200メートル程になっては普通の戦士に攻撃方法は無い。これがルーク等の戦士としても上位の教師であれば余裕で対処してみせるのだが、残念ながらルークは他の部の顧問だ。と、言うわけでユリィがポケットの中から顔を出した。
「カイト、ごめん。介入してあげて。今のままじゃあもうちょっと時間掛かりそう」
「の、様だ。わかった。ちょうど瑞樹も魔銃を手に入れていたから、それで援護させれば十分に戦えても不思議じゃないからな」
流石に射程外から攻撃を仕掛けられては、教師達の手に余る状況だった。緊急連絡を魔導学園に入れて腕利きの教師に来てもらう事にしていた引率の教師達であったのだが、それ故、今の彼らの出来る事といえば、自らを囮にして生徒達の安全を確保する事ぐらいだった。
「キリエ! 悪いが結界から出る! 瑞樹、皐月、援護してくれ! 冒険部で助力するぞ! 他の奴はオレ達の乗っていた騎竜を!」
「ああ、分かった! すまないが援護を頼む!」
カイトは安全の確保の為に展開された結界の内側で指揮を取るキリエに申し出て、更に瑞樹と皐月に合図を送り、アランの背中から地面に下りる。
キリエも既にカイトが勇者カイトである事は知っているので、カイトの申し出を有り難く受ける事にして、他の部活生に彼らが乗っていた竜達の面倒を見させる事にする。そうしてそれを背に、カイト達は結界から躍り出た。
「つっ! 何をしているの!?」
「援護します! 幸いこっちには昨日来た魔銃があります! 捕縛弾も搭載させていますので、それで引き寄せて一気に叩きます!」
リクルの問いかけを受けて、カイトが刀を構えながら告げる。元々カイトは実力者として有名人だ。なのでそれを受けて、教師達もその援護を受ける事にした。魔物のランクとしてはC程度なので、瑞樹達だけでも空高くに飛ばれていなければ、勝てない相手では無かったのだ。
「わかった! 君の指示に従う! 好きにやりたまえ!」
「はい! 瑞樹! お前はなんとか捕縛弾を奴に当てろ! 皐月! ある程度まで引き寄せたらお前も鞭で一気に引き寄せろ! 先生達は引っ張り始めたらその援護をお願いします! 私が<<竜の息吹>>を全て防ぎます! あの程度なら、問題なく切り裂けますので!」
カイトは援護に入ってくれる事になった教師達と、元々彼について来た瑞樹と皐月に即興で指示を下す。そしてそれを受けて、瑞樹が変形させた大剣型複合武器の魔導砲の照準を天竜に合わせ始める。
捕縛用の魔弾なのは、魔導砲だともし外れた場合に流れ弾で他の魔物をおびき寄せたり、と甚大な被害が出かねないからだ。戦闘を避けれる状況や是が非でも魔弾で倒さねばならないのなら別だが、そうでない以上、この選択は普通だった。
そうして瑞樹が高速で動く天竜に照準を合わせている間に、カイトはこちらに狙いを定めた天竜の<<竜の息吹>>へ向けて、斬撃を放った。
「神陰流・<<奈落>>」
放たれた<<竜の息吹>>に対して、カイトは<<奈落>>を放つ。それはかつて由利の矢を完全に相殺仕切った攻撃だったが、本来は刀で敵の攻撃を相殺する剣技だった。それをただ単にカイトは弓矢の弓術として応用しただけだったのだ。
そうして、それを繰り返すこと数度。天竜が<<竜の息吹>>を放った瞬間に動きが鈍る事に気付いた瑞樹が、天竜の<<竜の息吹>>に合わせて魔導砲から捕縛用の魔弾を射出した。
「ここですわ!」
天竜が<<竜の息吹>>を放った反動で動けなくなった一瞬を狙い定めて、瑞樹が魔導砲の引金を引く。すると30センチ程の魔弾が射出されて、それは見事、動けない天竜へと直撃する。
「良し! 全員ひっぱれ! カイトくん! どれだけの距離が必要かね!」
「50メートルもあれば、十分に!」
発射された魔弾は天竜へと直撃すると、そのまま一気に鎖を瑞樹の魔砲へと接続する。捕縛弾とは、まさに捕縛する為の魔弾の事だった。拘束弾とは違い、自らと敵を繋げるのである。
そうして、それを見て教師達が瑞樹が持ちあげられない様に彼女の身体をしっかりと固定する。この後の作戦は、カイトが攻撃出来る距離まで天竜を引き寄せて、カイトがぶった切って終わり、だった。
「……そういえば! 一つ思ったんですけども!」
「なんだ!?」
暴れる天竜に苦戦しつつ、瑞樹がカイトに問い掛ける。それにカイトも天竜から無作為に放たれる<<竜の息吹>>を防ぎながら応じた。
「あの天竜、ってウチで飼えないですわよね!」
「……あ、それいいな。調教師は知り合いにいるし、一週間ほど預けりゃ十分飼えるレベルか」
「あ、じゃあ私ちょっと行って用意整えさせてくるね」
「おう、頼んだ」
「えぇ!?」
物凄い力で引っ張られるので、単なる愚痴として言った瑞樹であったのだが、カイトはそれを聞いてぽむ、と手を叩く。今まではつい流れで倒さなければ、と思っていたのだが、昔みたく鹵獲するのもありだ、と思ったのだ。そうして決めれば、即実行だ。ユリィの提言にカイトも応じて、作戦プランを即興で練り直しを始める。
まさか自分の愚痴からいきなりぶっ飛んだ決定をしたカイトとユリィに驚きの声を上げた瑞樹を他所に、カイトは刀を消失させる。そうして今度は何か篭手の様な物を両手に創りだした。
「ほい、プラン変更。瑞樹、抑えてやる! 上に乗れ! 皐月、ひっぱれよ!」
「え、ちょっと!?」
「カイトくん!?」
いきなりの方針転換に驚きを露わにする皐月や教師たちを他所に、カイトは楽しげな笑みを浮かべ、篭手を嵌めた両手を前に突き出す。と、次の瞬間、何故か天竜の動きが一気に弱まった。
「何したの!?」
「動き止めてんだ! 見りゃ分かるだろ! 幾ら何でもオレ抜きで<<竜の息吹>>防げんのか!?」
見ても分からないから問いかけた皐月だったのだが、起きている現象としては確かに、それしか言いようが無い。カイトが何かをして、天竜の動きが弱まっているのだ。
「よーし、ゆっくりで良いから降りて来いよ!」
天竜は完全に身動きを封じられているらしく、羽ばたきも出来ずにゆっくりと地面に下りて――もしくは落ちて――来る。そうして当初の予定では皐月の射程距離になったのを見て、カイトが皐月に告げた。
「皐月! お前も引っ張れ! ぱっと見動いていない様に見えるけど、実際にはものすごく抵抗してんだぞ、これ!」
「え……? ん、まあ、分かったけど……って、きゃあ! 何これ!?」
ただ単にゆっくりと降ろされているだけに見える天竜に何か釈然としない物を感じつつもカイトの指示に従った皐月であったのだが、カイトの言わんとする事は天竜に魔力で伸長させた鞭を繋げて理解出来た。
身動きが取れていない様に見えているのは見掛けだけらしく、皐月が鞭を繋げると物凄い力で引っ張られたのだ。実際には天竜は魔力を大量に放出することで、なんとか地面に落下させられるのを防ごうとしていたのである。
そうして、そんな皐月の悲鳴と苦しそうな顔を受けて、どうやら演技では無いと察した教師達が大慌てで援護に入る。
「よっしゃ! じゃあ、全員で一気に引っ張りますよ!」
「ああ!」
「いっせーのーで!」
カイトの号令に合わせて、教師とカイト達が一斉に力を入れて天竜をたぐり寄せる。流石に如何に天竜といえども、まだ年若のランクDの上位からランクCの下位の弱い個体だ。元々ランクCでも上位――しかも瑞樹はパワー特化型――の冒険者が二人に加えてカイトが入っている一同の力技を受けて、強引に地面に引き寄せられる。
「瑞樹、今だ! 乗れ! 落ちない様にはオレがしてやる! やり方は何時もと同じだ! それを心がけりゃあどうとでもなる!」
「ええ!」
もう瑞樹でも十分にジャンプ一つで乗れる高さにまで天竜を手繰り寄せた所で、カイトが瑞樹に指示を送ると、それに合わせて瑞樹が大砲を教師に任せて一気にジャンプで天竜に跨った。
次の瞬間、暴れるかと思われた天竜だが、暴れる事は無かった。カイトが押さえつけているため、暴れる事が出来なかったのだ。
「大丈夫ですわ! だから、安心なさいな!」
瑞樹が興奮した馬をなだめる様に、天竜をなだめる。流石に調教されている学園の竜種に比べて、野性の竜種では幾分聞き分けが悪いらしく、少しの間、天竜の興奮が収まる事は無かった。
が、それでも少しして瑞樹の方が上だ、と理解すると、次第に大人しくなっていく。格上にマウントを取られている以上、大人しく言うことを聞くしか無いという本能に訴えかけたのだ。
「……もう、大丈夫でしょうか?」
「わからん。が、ちょっと拘束を緩めてみよう」
完全に大人しくなった天竜を見て瑞樹がカイトに問い掛ける。そしてそれを受けて、カイトも警戒しながらではあるが、少しだけ、拘束を緩める。するとどうやら完全に大人しくなったのは事実らしく、暴れだす事は無かった。
「……大丈夫そうだな。良し。じゃあ、拘束を外す……前に、ほら、瑞樹。手綱だ。一応これを付けてやれ」
「あ、ありがとうございますわ」
カイトから差し出された手綱――即興で創りだした――を受け取って、瑞樹がそれを天竜の口に付ける。天竜は気性は荒いが、同時に賢い魔物だ。一度乗っているのが安全だと判断すれば、もう暴れる事は無い。
「で、カイトくん。捕獲したのは良いんだけど、そんなのどうするつもり? 学園に持ち帰るにも、許可が居るわよ?」
「ああ、知り合いにぐーたらな調教師が居ますんで、彼に一週間程預けますよ。口は悪いしいろいろと厄介な奴なんですが、腕は確かでして……最近暇だ、つってましたんで、仕事あげようかな、と。飼育スペースにしてもウチのギルドホームには天竜の飼育小屋があるので、そこで」
カイトの口から飛び出したプランの概要に、問いかけたリクルだけでなく、その横の教師や竜騎士レースの監督達も顔を見合わせて、口を開ける。その表情は一様に、理解不能という感情を表していた。
確かにカイトは即興で捕獲を決めたはずなのだ。それなのにしっかりと考えられていたから、思わず驚いたのだ。ちなみに、知り合いの調教師とは公爵家の調教師だ。昔馴染みの一人なのだが、それ故弟子が育ちきって暇そうにしていたので、彼にぶん投げる事にしたのである。
彼は元々竜騎士レースやその前には竜騎士達の為の竜の面倒を見ていた調教師兼飼育者だ。レースを盛り上げる為、と言えば喜んでやってくれそう――そして事実そうだった――だ、と読んだのである。そうして、そんな算段を行っていたカイトの言葉は更に続く。それも何処か嬉しそうな表情で、だ。
「元々学園に残ってる生徒達をマクスウェルに連れてくる為に移動の足は欲しかった所なんですよね。で、野性の馬を探している所だったんですが、まさか先に天竜が手に入るとは……荷馬車を引ける地竜が次で、最高速で積載量が低い天竜は最後に、と思っていたんですけどね。いや、僥倖でした。それに、この部活でも使えるでしょうからね。連絡は今から送ります……ああ、椿。済まないが、一つ緊急で仕事頼む」
「そ、即興なのに意外としっかり色々と考えてるわね……」
カイトが更に続けた言葉に、リクルが頬を引き攣らせる。若いが故に考えなしの行動だったのか、と思って叱責しようと思ったリクルなのだが、ここまでしっかり考えられていては、何か言っても普通に返される様な気しかしなかったのだ。
ここで問題があるとすれば公爵家への届け出ぐらいだろうが、通信用の魔道具を取り出して忙しなく遣り取りを始めたカイトに、この調子だとぱぱっと終わらせそうだと思ったのだった。そして案の定、ぱぱっと手続きも全て終わらせていた。まあ、そもそも先んじてユリィも動いているし、そこから連絡を受け取った椿も動いていた。そのため、その殆ど手続きも終わりかけだった。
「良し。これで問題無し。すいません、自分一回瑞樹と一緒に街行ってこいつを知り合いの調教師に渡してきます」
「……ああ、いってらっしゃい」
ここまでの強引さと有能さが無ければギルドの長なぞやれないのだろうな、と思った教師達は、カイトと瑞樹を送り出す事にする。ものの10分。彼らが唖然としているうちにやるべきことを終わらせては、もはや何も言うことも無かったのだ。と言うより、もう呆れ返るしか出来なかった、というのが大きい。
こうして、カイト達冒険部は意図せずして天竜の捕獲に成功して、一旦調教師に捕獲した天竜を預ける為、街へと帰還する事にするのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第535話『調教師』




