第533話 竜騎士の戦い方
基本的に、普段の騎竜部の部活は郊外を騎竜で乗って走り、そして模擬戦を行うという武闘派の部活だった。実はここに冒険部のカイト、瑞樹、皐月の三人しか参加しなかったのは、それ故でもあった。
基本的には戦う事が主眼の部活なのだ。となれば、魔力の扱いが上手くない普通の天桜学園の生徒では部活についていけないのである。実はそれ故参加者が少なくなるかも、と思いキリエがカイトに声を掛けたのは、こういった裏事情があったのであった。というわけで実はこの現状は少しだけ予想外ではあったのである。
「はーい、じゃあ、今日の乗り回しはここで一回ストップでーす。ということで、休憩したら次の訓練に入りましょうね」
再び草原を所狭しと駆けまわった部活生達は、リクルの言葉を受けて再び休憩に入る。とは言え、先程とは違いそれなりに速い速度で走らせたため、先程よりも竜達は疲れていた。それ故、休憩も少し長めに取られる事になっていた。
「うふふふふ……やってまいりましたわ、この時が……」
「……ねえ、カイト。じーっと女の子がこっちを見てるわよ」
「気のせいだ」
皐月の言葉を聞いても、カイトは知らないフリをする。いや、カイトも自らを穴が空かんばかりに見つめ続ける美少女の視線には気付いている。だがそれをスルーしているだけだ。
まあ、見詰めるという可愛らしい言葉を使うには剣呑な雰囲気が含まれており、今にも斬りかからんばかりの闘気が含まれていたのだが。
「瑞樹。そういえば大剣を使うのは良いんだが……まあ、ブースターはともかく魔弾は使うなよ? 飛び道具は禁止だ。一応は竜騎士で弓矢が限度だ」
「あら、そうなんですの?」
「魔銃が普及し始めたのは最近だ。それ故、昔からあるレースじゃあ使われてないからな。まあ、斬撃とか魔術飛ばす分には問題無いから、そっちで応対してくれ」
「……そちらの方が危険ではありませんの?」
カイトのあっけらかんとしたルール解説に、瑞樹が頬を引き攣らせる。当たり前だが、出力の調整が人任せな攻撃よりも、一定程度に抑えられる魔銃を使った方が幾分危険性は薄いだろう。おまけに乗り手の実力差という不公平さも無い。
「いや、そもそも竜騎士は戦士だぞ? 危険はそもそもだし……まあ、ぶっちゃけて……ユリィ。どうぞ」
「はいはい。まあ、ぶっちゃけて、当然戦士達のレースゲームだったから、妨害上等喧嘩上等なんだよね。魔銃は当時無かったからその流れで無しなんだけど、そもそも魔銃って射程長いじゃん。高いし。そんなの使えないって」
カイトの言葉を受けて、ポケットからひょこっと顔を出したユリィが、非常にぶっちゃけた意見を述べる。まあ、あまり遠くから妨害行為が出来ても問題だろう。
「まあでも弓とか鞭とかはありだから、そこら辺自由にどういう順番でどういう武器を選択するか、というのもレースの見どころだよ。そこらは、色々と戦略を練らないとね」
竜騎士レースだが、流石に一気に全員が走っては少々問題がある。当たり前だが郊外も使う関係上、どうしても魔物を威嚇しかねない。あまりに竜が多すぎると、逆に魔物を引き寄せかねず、選手達の危険に繋がるのだ。それ故、考えだされたのは、駅伝競走の様に数人でチームを組んで行う方法だった。
「あ……そうだ。カイト。すっかり忘れてたけど、最近は波及効果狙いで皇都も通過してくれ、って事になってるから、皇帝陛下からまた書類の催促が来ると思うけど、よろしくね」
「あいあい」
ユリィの言葉に、カイトが了解を示す。当たり前だが人数が増えた事で輪番制にして一人あたりの距離を短くすれば、その分一匹当たりにかかる負担が低くなり、全員が最高速で走って短時間で終わりかねない。長々と続くのは有り難くはないが、短すぎるのもレースゲームとして面白くないのだ。
短すぎると何処で体力を温存して何処でどのような妨害を行おうというか、という事が考えなくて良くなってしまい、集団戦としての駆け引きが見られなくなってしまうのだ。それは興ざめだろう。
ということで、カイトが居た頃よりも参加者が遥かに増えた事もあって距離を伸ばし、皇都を折り返し地点に設定して、マクスウェルへ帰還するという2日がかりのレースゲームとしたのであった。
「ん、じゃあ、お願いね。まあ、どういう組み合わせで挑むのか、というのはリクルとか監督達が考えるから、それにお任せかな」
「ああ……っと、じゃあ、休憩も終わりだな……お嬢様のお相手でもしてくるわ」
「あんまり揺らさないでねー」
ポケットに再び引っ込んだユリィがカイトに告げて、カイトもまた、それに気負いなく答える。流石に部活だ。ルークの様に本当にランダムで決める事は無い。ということで、カイトの初戦の相手は鎧の調整も完全に仕上げて、この時を待ち望んでいたシエラとなった。
「ふふふ! 今日こそは黒星を付けて差し上げますわ!」
「騎馬戦で大鎌か。珍しい相手だな……が、悪くはない選択だ」
地竜の上に跨って自らに大鎌を突きつけるシエラを見て、カイトが口角を上げる。というのも、大鎌は当然だがかなり長い射程を誇る。それこそ槍と同程度と言っても良いだろう。
それに大鎌なら、遠心力を使って振り回せるため、多数を相手にすることも向いている。自分で身動きが取れないため竜の扱いが重要になってくるわけではあるが、自分の愛竜を持ち込んでいるシエラにはその過不足はなさそうだ。今までで一番の自信に満ちあふれていた。
が、そうなってくると、最近リーシャの調教を再開した事で嗜虐心が表に出ているカイトの嗜虐心が鎌首をもたげた。
「うーん、やっぱり叩き潰したい」
「な、なんですの……?」
カイトの無自覚での嬲るような視線を受けて、シエラが少しだけ恐怖を覚える。まあ、そう言ってもこれは無意識だし、嗜虐心にしても隠されていた。なので気のせいと取る事にして、開始の合図を待つ事にした。そうして、すぐに開始の合図が下されると同時に、シエラが自らの愛竜に号令を掛けた。
「まあ、良いですわ……さあ、クルーガー! 走りなさいな!」
シエラの合図を受けて、クルーガーという名の彼女の愛竜が一気に速度を上げる。彼女の愛竜は馬力に長けた地竜だった。そうして、一気に加速したクルーガーの突進を受けて、カイトも指示を下す。
「アラン。横に移動しろ」
カイトの現在の騎竜の名は雄のアランと言う。それに指示を下すと、カイトの指示を受けてアランが一気に横っ飛びでクルーガーの動線から移動する。
「良し」
「甘いですわよ!」
横に少し飛んだだけのカイトに対して、シエラがすれ違う瞬間に大鎌を振るう。それにカイトも創りだした刀を合わせて、軌道を逸らす事にする。が、そうして武器同士が衝突する瞬間、シエラが顔に笑みを浮かべた。
「引っ掛かりましたわね!」
「ん? おっと!」
接触する瞬間、シエラは器用に大鎌を操り、カイトの持っている刀を絡めとる。後に聞いた話であるのだが、シエラの大鎌の戦い方は騎竜を前提としたかなり由緒ある戦い方だ、との事らしい。それ故、こういった搦め手に近い戦い方は彼女の得手でもあったのだ。
「ちっ、アラン! 走れ!」
「逃しませんわ! クルーガー! 追い詰めなさいな!」
カイトが吹き飛んだ武器を目指してアランを走らせると、それを追うようにシエラがクルーガーをその後ろを追う様に走らせる。
カイトとしても刀を創りだして応戦すれば良いだけではあるのだが、そもそもこれは竜騎士レースの模擬戦だ。普通は出来ない戦い方をしてはシエラの練習にならない。カイトの戦い方は珍しいだけでチートでは無いのだが、流石にそんな特殊な事例を練習させるわけにもいかないので、カイトもしなかったのだ。
「ちっ! 無視してくれれば良いのに!」
「ふふふ! この時を待っていたんですわよ! 徹底的な白星を上げさせてもらいますわ!」
カイトを追いながら、シエラが笑って告げる。目的地が一緒である以上、武器を取りに行く敵は無視して良い。だが、落とした側は武器を取り落とせば拾いに行かなければならない。竜騎士レースでは武器や防具の損失は減点対象だったのである。
レースと言いつつも走るだけでは面白みがない、という事で最終的には順位とどれだけ最後まで英雄たる完璧な竜騎士足り得たか、を競うのが、今の竜騎士レースだった。
「はっ!」
「ちっ! 武器が無いのは厄介だな!」
「まだまだ行きますわよ!」
カイトの忌々しげな舌打ちに対して、シエラが逆に嗜虐的な笑みを浮かべて大鎌を振るい、斬撃を放つ。基本的に騎手が戦闘不能になれば、そこで大幅な減点を食らう。なので彼女が武器を失った騎手を狙うのは悪い手では無かった。
まあ、その分自分の順位も下がる事になるので、決して良い手では無いのだが。ここらは、何時もの仕返しとして若干暴走しているだけだろう。まだ若いシエラである以上、カイトや監督達も苦笑しつつも、訓練の一環として認める事にした。
良い手では無いのだが、これはあり得ない状況でも無いのだ。二日目となると特に減点狙いでトップの騎手は狙われやすい。それを考えれば、追われる状況と追う状況の練習も必要だし、これはその練習の訓練なのだ。
「ふふふ! いっそ脱落扱いになり、フルリペア貰った方が良いのではなくて!」
「誰がフルカウントのマイナス受けたいかよ!」
戦闘不能になってそこで終わり、というわけでは無い。その場合は武器や防具が完全復活した状態で、そこから再スタートなのだ。それ故のシエラの言葉だったのだが、そうなると武器防具は全損、騎手も脱落扱いになるので、減点は試合で最大の物になる。誰も貰いたいはずがない。なので、カイトは創設者としての業を見せる事にした。
「アラン! 走り続けろ!」
「なっ!?」
カイトはアランの背中で立ち上がると、そのまま飛び上がり、自身を追うシエラへと飛びかかる。それを見たシエラは目を見開いて驚きを露わにする。
当たり前だが、竜騎士が竜から地面に落ちれば、それは脱落扱いだ。武器を取る時でさえ、降りてはならないのが、このレースのルールだ。ちなみに、地面に落下した場合は減点50点になる。決して小さな点数では無かった。それ故、シエラにはカイトの意図が掴めなかったのだ。
「飛び蹴りですの!?」
カイトが空中で飛び蹴りの姿勢を取ったのを見て、シエラが防御の姿勢を整える。当たり前だが、受け流してしまえば、カイトは脱落扱いだ。なのでそれを狙ったのである。
「甘い!」
「きゃあ! クルーガー!?」
カイトは接触する瞬間、ケリの向きを変えてクルーガーの顔面に狙いを定める。そうしてクルーガーを蹴った様に見えたカイトは、まるで爆弾が爆発したかの様な大音と共に、アランに向けて射出される。
それに対して、爆音に驚いたクルーガーがおもわず勢いを緩めて停止した事で、シエラは大きく距離を空けられる事になった。
「何が起こったんですの!? 減点は!?」
「減点無し! 攻撃は認められず!」
何が起こったのか理解出来ず審判役を務めている教師達の方を見たシエラだが、そこから帰って来た答えに更に驚きを浮かべる。
というのも、竜騎士レースは竜と共にある竜騎士の為のレースだ。それ故、騎手への攻撃は認められても、基本的に突進と<<竜の息吹>>以外に攻撃能力を持たない騎竜への意図的な攻撃は認められていない。意図的な攻撃は減点対象だった。
それに、竜と共に在る竜騎士だ。それが敵とは言え竜に攻撃しては竜騎士足り得ない。竜は仲間であり、竜騎士だけが敵なのだ。そういうルールである。まあ、実質としては竜が走れなくなってしまってはレースが続けられなくなってしまうから、であった。
「は!? なんでですの!? っつ! それより今は追わないと!」
「すごいね、彼。今のは<<空縮地>>じゃ無いか?」
「学生では軍学科の子達が時々必死で練習して使えるようになっているみたいだけど……やっぱり冒険者もランクAにまで上ると使える子が出て来るんですね」
目の前で衝撃に備えていた上に爆音に気を取られて理解出来なかったシエラは気付かなかった様子だが、傍目から見ていた教師達には、カイトが何をしていたのか理解出来ていた。
カイトは爆音を生み出してクルーガーを驚かせるのと同時に、自身への攻撃だと警戒していたシエラへと蹴りを繰り出す様に思わせて防御の姿勢を取らせておいて、空中に地面を創りだしてそれを蹴っただけだった。爆音はその時に壁を砕いて音を作りだしたのだ。つまり、一切攻撃をしていなかったのである。言わば、超高度な猫騙しだった。
「ほいっと!」
一方のそのカイトであるが、シエラとの距離を取った隙にアランに再び跨ると、アランを走らせたまま手綱を頼りに大きく身体を傾けて、地面に落下した刀を回収する。
「つっ! やはりやりますわね!」
「少々見なおした! 竜騎士レースの為の戦い方だな!」
カイトの刀の回収から一歩遅れてカイトに追いついたシエラが、カイトに賞賛を送れば、それにカイトも賞賛を返す。彼女の戦い方にはそれ専用の流儀が見て取れたのだ。
「我が家はこのレースの名家ですの! 舐めてもらっては困りますわ! これでもブランシェット家お抱えの伯爵ですのよ!」
「そのようだ!」
些かカイトにも若干の油断があった様子だった。彼女がまさか地上での戦い方と騎手としての戦い方を分けてくるとは流石にカイトも予想していなかった。それ故、カイトも戦い方を対竜騎士のそれに変える事にする。
「竜騎士の方が適正高いな!」
「嬉しい事を言って下さいますわね!」
カイトとシエラは騎竜を走らせつつ刃を交えながら、言葉を交わす。どうやら彼女は竜騎士レースの名家の生まれというだけあって、カイトであっても賞賛に足るだけの実力を持ち合わせていた。手加減しているとはいえカイトと渡り合えるこの様子ならば、後数年訓練を積めばプロ騎手としても十分やっていけるだろう。
このような将来有望な生徒を迎え入れる事が出来てカイトも創始者として嬉しい限りであるが、敵として戦っている現状ではありがたいだけでは無かった。だが、そんな戦いだが、予想外の横槍によって、中断する事になった。それは、一つの遠吠えが聞こえたからだ。
「天竜!?」
「ちっ! 不運な!」
シエラが遠吠えが聞こえた方向を見れば、そちらには年若いらしい天竜の姿が見て取れた。大きさとしてはかつてアルが天桜学園の転移の折りに戦った天竜よりも二回り程小さいぐらいで、おそらくまだかなりの年若だろう。大きさとしてはキリエの乗るテトラぐらいだった。
「全員、大急ぎで竜達をなだめて! 興奮して暴れたら手がつけられない事になるわよ!」
「先生達が天竜の相手をする! 生徒は全員下がれ! キリエ! 君が指揮を取れ!」
「はい! 全員、大急ぎで距離を取るぞ!」
教師達の指示を受けたキリエの指示の下、一同が大急ぎでにわかに興奮し始めた竜をなだめ始める。そうして、思わぬ天竜との遭遇戦が、開始されるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第534話『捕獲』




