第500話 杖作り
流石に初日は夜の到着だったので何かするわけでもなく、その日は終えたのだが、ティナ達は当初の予定通り、朝から活動する事にしていた。
「ここが、余の研究所じゃな。広さは大昔に手に入れられたもんじゃから、少々広くなっておる」
「……しょ、少々……? これ、馬鹿でかい、とかじゃないの……?」
「うむ。これを、個人で所有しておる」
見せられた光景に楓が唖然となり、思わず二度見する。目の前にあったのは、広さ3キロ四方はあろうかと言う程の巨大な研究所の敷地だった。研究所の建物も研究所の端もどちらも見えない。
「これ……良く大戦で壊されなかったわね……」
「そこ、のう……」
ティナが少し悩ましげに苦笑する。ティナも何故この研究所がそのまま残されていたのか、というのはわからなかった。おおよその予想では、ティナの技術力は先代魔王を遥かに超えていた為、その情報を得る為に壊せなかったのではないか、という所だ。
魔王城の方も同じだ。ティナしか知らない隠された情報や設備などがあるかもしれなかった為、それを紛失しない為に敢えて下手に弄らなかったのでは無いか、という推測が為されていた。現に研究所には先代魔王がクーデターの後も使用した形跡が見受けられていた。
「と、いうのが推測じゃ」
「そんなにすごい設備なんだ……」
「いや、中身については300年前も弄っておるんじゃがな。ティスの奴も腕は落ちておらん様でのう……あれの改良した物については、余が有り難く使わせてもろうておる」
ティナはボリボリと頭を掻きながら、少し苦笑する。研究所の設備は常にアップグレードするというのが、ティナの方針だ。そしてそれは四天王達にも受け継がれていた。
どうやらそれはクーデター後も、先代魔王は怠っていなかったらしい。それもティナが予算の関係などで実装出来なかった物などを搭載していた為、有り難く使わせて貰う事にしたのであった。もちろん、彼がどういう思惑だったのか、というのを調査する思惑もあった。
「まあ、とは言え……今は少々一般にも使わせておる。余には公爵邸の地下研究所もあるからのう。こんな物を稀にしか来ん余が専有するよりも、一般に使わせた方が良いからのう」
研究所のデータも取れるし、とティナが少し照れた様に告げる。と、そうして話していたわけなのだが、何時までも研究所の外でぼけっと突っ立って居る必要も無い。なので、二人は研究所の門を潜って研究所に入る。
「というわけで、ここが余の私室となる」
「もう何も言わないわ」
しばらく研究所の敷地内を歩いた楓だが、案内されたエリアに辿り着いて呆れ返る。ティナは自分の私室、と言ったわけなのだが、それは部屋では無く専用の研究棟だった。と、よく見れば中で動いている気配があった。
「何してるの?」
「む? ああ、アイギスが余の魔導機の調整をやっとるだけじゃ。戦闘でつこうたからのう。魔王城地下研究所からこちらまでは繋がっておる。中だけでは試験出来んからの」
「……はぁ……」
ぶっ飛んだ人物だ、とは思っていたが、ここまでぶっ飛んでいればもう何か言えるわけでもない。なので楓はため息一つで終わらせる事にして、本題に入る事にした。
「で、私達はどうするの?」
「うむ……っと、そういえば杖を作る前に、問うておかんとならんな。杖のオーダーメイドはやったことあるのか?」
「それは無い」
ティナの問いかけに、楓が首を振る。楓はまだ力量などを考えて、杖のオーダーメイドというのはやったことがない。
「そうか……では、今はどんな物を使っておる?」
「今は、これ」
楓はティナの求めに応じて、布に包んでいた杖を取り出す。大きさは30センチ程。取り回しの良いサイズだった。布に包んでいたのは、街中で要らぬ威圧感を出さない為だ。
剣士達が剣を鞘に入れるのと同じだと思えば良い。布は特殊な物を使用しているので、万が一に魔力が何らかの理由で注ぎ込まれた場合に暴発する危険性を防いでくれる物だった。
「そういえば前々から疑問だったんだけど……大きさってどんな違いがあるの?」
「む? ああ、これは意外と知らぬ者が多いのう……当然じゃが、芯材の大きさは杖の大きさを左右する。そして芯材が大きくなればなるほど、魔術の増幅器としての役割は強くなる。取り回ししか考えておらん馬鹿共の多いこと多いこと……」
ティナは少し嘆かわしさを出しながら、楓に解説する。これが研究者達ならば当然の様に把握している事なのだが、冒険者の中には道具の基本的な事を知らない者も居たのだ。それを嘆いての事であった。というわけで、その一人であった楓が謝罪する。
「ご、ごめんなさい……」
「冒険者であっても、仕事道具はきちんと把握しておれ……とは言え、まあ、大きさが取り回しに影響をする、というのは致し方がない事よ。なのでサイズで選ぶ事も重要な点、と言える。間違いでは無い。大きい程取り回しは悪化する。であれば、近接を考えればお主程の大きさであっても悪い事ではないのう」
謝罪した楓に対して、一応はティナはフォローを忘れずにやっておく。杖を使うような冒険者は研究者と違い、戦う事がメインだ。なので当然、近づかれて近接戦闘を行う事も考慮しなければならないのだ。であれば、取り回しを考える事は十分に必要な事だったのである。
「杖のサイズは基本的に、パーティ構成を考えて使うべき、じゃろう。余はもともとこのサイズじゃったが……そうであるが故に、戦闘においては常に後衛じゃった。魔王が最も危険な前線に出るわけにもいかんからのう」
「どんな構成にしてたの?」
「む? そうじゃな。魔王時代であれば、基本は前衛はティス、ナシム、クラウディアの三人。中衛はミレーユ、後衛が余じゃな。カイトとの旅時代であれば、カイト、ルクス、筋肉ダルマが前衛。イマイチ使えん皇子様とワイのワイのうるさいユリィが遊撃。余とクズハ、アウラの三人が後衛じゃな。これに前衛としてネストや中衛としてマクシミリアン将軍などが加わる事もあった」
楓から問われて、ティナが少し中空を見つめながら答える。基本的に、彼女は魔術師という職業を極めた者と考えて良い。なので常に後衛なのであった。
ちなみに、ネストとはバランタインの妻だ。カイト達男子陣が唯一頭の上がらない女傑で、自身もこの面子に並び立てるような超級の戦士であった。
「まあ、この様に前衛を厚く出来るのであれば、余の様に取り回しを考えず一撃をぶっぱしていく砲台型の魔術師で良い。余の様に取り回しを考えぬ身の丈程もの杖を使う者の大半は、前線を一切考えぬな。逆にお主のようなサイズじゃと、前線も万が一に考えておる者、というわけじゃ。基本的には最後衛ではなく、中衛よりの後衛、という感じじゃ」
「冒険者向きなのは?」
「そりゃ、お主の方じゃな。基本的に余のタイプは前衛ありき、もしくは前衛に絶大な信頼を置いておる者がやるわけじゃ。逆にパーティ構成が一定せんような冒険者じゃと、連携不足や万が一で戦線を抜かれる事を考えて取り回しやすいそのサイズの杖を好んで使う。同時にサブウェポンとして片手剣を持つある種の二刀流を披露する者もおるな」
楓の至極当然な質問に対して、ティナはこちらも至極当然な答えを返す。ティナは本来は軍を率いて戦うタイプだ。なのでパーティ構成はほぼ一定で、身の丈サイズの杖で良かったのであった。おまけに彼女自身の力量もある。近接でも魔術を使って戦えるので、身の丈のサイズで問題はなかった。
「じゃあ、やっぱり私は今のサイズの方が良さそうね」
「そうじゃな、そう言える。が、もう少し大きめにする事は良いじゃろう」
「そう?」
「うむ。大体50センチ程までであれば、そこまで使い勝手には影響はせん。ここらは、一度考えてどのサイズが一番良いか、ためしてみると良いじゃろう……」
ティナはそう言うと、自分の研究室の中から杖のサイズを決める調整専用の魔道具を取り出す。長さと重さが使用者の意思によって変わるので、杖を作る場合には便利なのであった。後はこれで得たデータを下に杖を作るのである。
「ありがとう」
「うむ。まあ、決まったらそのデータをそこの紙に書き記しておけ。後で色々と考える事にしよう」
「うん」
魔道具を受け取った楓が杖のサイズを考える為に行動を開始したのに合わせて、ティナも行動を開始する。とは言え、まずは魔導機の側に移動しない事には始まらない。ということで、ティナはアイギスの下にまで移動する。
「さて……まず聞いておきたいんじゃが、調子はどうなっておる?」
「イエス、マザー。ランクS下位の魔物との戦いでも現状の出力程度で戦闘を行えます。が、やはり少しの間『厄災の鳥』のような最上位種との戦いは控えた方が良いと推測されます」
アイギスはティナの求めに応じて、研究所のモニターに魔導機の状況を展開する。どうやらティナ程度の力量で使っても、ジョイント部分などに予想以上の負荷が掛かっている様子だった。これだとカイトクラスが使えば一度の戦闘で繊細な調整が必要になりかねなかった。
「ふむ……やはりまだまだ黎明期の機体じゃからな……まだ不安定な部分が多いか」
「イエス。肯定します。本格的な実戦には、『巨人』種との戦いを行い、データを得る事を推奨します」
「致し方ないのう……帰りは高度を少し落とす事にしよう。代わりに、飛空艇の隠蔽をもう少々上げておけ」
「イエス」
ティナの指示を受けて、アイギスがコンソールを操って飛空艇にアクセスして設定を弄っていく。高度1万メートルにまで上がらなければ『厄災の鳥』クラスの魔物が居ないので、問題が無い。それを考えての対策だった。
「とりあえず、メンテナンスはこれで出来るな?」
「イエス。同じですからね」
「余の研究所じゃ。変わっても問題じゃろう」
「イエス」
真剣な話題から一転、二人は呑気に笑顔で話し合う。先の会話で終わりだった。
「で、よ……余も本題に入る事にするかのう……」
素材については、公爵領よりも実は魔族領の方が豊富だ。極所が多い事で、素材が一気に増えたのである。なのでティナの選択肢は一気に広がる。そうして、ティナもまた、杖の設計に入るのだった。
それから、一時間程。ティナの方はまだ設計図をどうするかで悩んでいたのだが、楓の方はとりあえず決定出来ていた。こちらは重さと長さを決めるだけだったので、それほど時間がかからなかったのである。
「ティナ、出来た」
「……む? そうか。ではこちらは一時中座する事にするかのう」
ティナは楓の言葉を受けて一度設計を中座すると、改めて楓の方に向かい直す。そうして一度、楓から大きさなどを決めた紙を受け取る。
「ふむ……少々今よりも大きめにするんじゃな?」
「ええ。冒険部も色々とレベルアップして来たから、もう少し後ろでも良いんじゃないか、って」
「ふむ……確かに新しい人員が増える事も考えれば、悪い判断では無いのう……うむ、であれば、多少サイズを上げて取り回しを悪くしても、魔術の威力を強化するのは総合的な強化に繋がる。悪い話では無い。良いじゃろう」
楓の考えを受けて、ティナはそれをよし、と認める。と、そうしてサイズが決まったので、次に考えるのは素材の方だ。デザインなどは最後である。
「で、素材はどうするつもりじゃ?」
「芯材について、少しアドバイスが欲しい」
「ふむ……?」
「芯材って、二つ使えないの?」
「芯材を、二つ……?」
楓の言葉を聞いて、ティナが首を傾げる。芯材は普通、一つだ。それを二つ使いたい、というのは聞いたことはなかった。とは言え、考えられていないはずがない。というわけで、ティナは古い記憶を漁る。
「二つ使うと……どうなるんじゃったか……うむ……えっと……何処に仕舞い込んだかのう……」
「記憶に処置を施してたんじゃないの?」
「なにせ思い切り昔の記憶じゃからのう……圧縮しておる様なもんじゃから、取り出すのに時間が……えっと……おお、思い出した」
しばらく記憶を思い出していたティナだが、どうやら思い出したようだ。ぽむ、と手を叩いた。
「まあ、無理ではない。が、作り手と使い手の腕に左右されてしまうわけじゃ。なので普通は単一の物を増幅器として仕込むわけじゃな。そうじゃ、それ故、滅多に使わんのよ。並列されておれば二つの属性の増幅器として、同一の物を二つ直列ならば共鳴現象を起こして、更に強力な増幅器として活用出来る。作り手はこれを問題なく使える様に考慮せねばならんし、使い手は並列でも直列でも下手に暴走せん様にせねばならん。複雑な物が何時も最善、というわけではないわけじゃな」
使われないのには使われないなりの理由があった。というわけで、今ではもはや作り手側が自らの技術を試したいが為だけにしか作られないわけであった。
ティナでさえも、少々チートの素材を使っている。そうでなくても二属性程度ならば増幅器になり得る物はあるのだ。そちらを使った方が圧倒的に良かった。
「そう……じゃあ、やっぱり無理?」
「そうじゃろうな。少なくとも、今のお主では使い手としても作り手としてもまだまだじゃ。諦めた方が良い……で、よ。それはそれとして、素材のリストであれば、そこの図鑑を見ながら考えるが良い。どういう特徴があって、という事は考慮せねばならん」
「ありがとう」
ティナから図鑑を貸してもらうと、楓は再び杖の製作に取り掛かるべく、行動を開始する。そうして、彼女が行動に入ったのを見て、ティナも行動に入る。
「そうか……その手があったのう……」
「何かお考えですか?」
「うむ」
ティナの顔に、笑顔が浮かぶ。どうやら何かを考えついたらしい。そうして、ティナは笑顔のまま、再び杖の製作に入るのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第501話『新発見』




