第457話 ランク・B昇格
「どうだった? 『血塗れの人狼』との戦いは」
カイトが告げた名前に、瞬が眉を顰めた。当たり前だ。始め、戦う魔物は『血塗れの狼』と告げられていたのだ。だが、実際に告げられた名前はまったくの別物。眉根を寄せるのは仕方がない。
「知っていたのか?」
「まあな」
さすがに不満気な瞬だが、カイトは一切悪びれるつもりも無かった。とは言え、さすがに今回ばかりはカイトも何ら解説を行わないつもりではない。それにこれは元々、冒険者ユニオンでも決められていた事なのだ。
「まあ、先輩達には馴染みが無くて悪いと思うんだが……実は、ランクBの昇格試験でだけは、先輩の冒険者が一緒に来る事になっていたんだ」
「何?」
カイトの答えを聞いた瞬は、眉間にしわを寄せる。意味が理解出来なかったのだ。確かに、冒険部では元々、ランク上昇の際の昇格試験では安全を期してすでにランクが上がった生徒数人で監督に出る。今回のランクBは瞬が一番始めだったのでカイト以外に適任者がおらず、彼が単独で来る事になった為、日程の調整で数日必要だった。
だが、どちらにせよ監督者が付くのは一緒だった。現にカイトの時はメルがその監督者となっていた。そうして、カイトは瞬の顔に浮かんだ疑問を見て、彼に問い掛ける。
「今の敵。どう思った?」
「『血塗れの狼』じゃ無かったのか?」
「ああ、違う」
瞬の問い掛けを、カイトは即断する。そう、あの魔物の名前は決して『血塗れの狼』などでは無いのだ。というより、『血塗れの狼』なぞという魔物はエネフィアには、存在していない。
「今の敵は『血塗れの人狼』。人型と獣型を使い分ける魔物の一体だ」
「だが、ユニオンからの指定は『血塗れの狼』の討伐だったはずろう?」
「いや、ユニオンの指定も、『血塗れの人狼』だ……まあ、取り敢えずユニオン支部に向かうか」
瞬の頭には幾つもの疑問符が浮かんでいるが、いつまでも魔物が徘徊する場所に居るのも危険なので、街に戻ることにする。そうして、マクスウェルに戻ってユニオンへ行き、昇格試験が終わった事を告げに行く。
「……『血塗れの人狼』? とやらの討伐が終わったんだが……」
カイトに取り敢えず受付に行け、と言われた瞬は半信半疑になりながらも登録証を提示して、受付に昇格試験の終了を申請する。受付の係員は瞬の登録証を受け取ると、即座に確認に入り、登録証を返した。
「シュン・イチジョウ様。確かに、ランクBへの昇格を確認致しました。騙した様で申し訳ありません」
「何?……様?」
「はい、ランクBへの昇格と共に、ユニオンからの扱いも変更させて頂きますので、今後は呼び方も変更させて頂きます。此方をご確認下さい」
登録証を返却すると同時に、瞬へと受付の職員が頭を下げる。登録証を受け取った瞬は一度登録証のランクを確認すると、確かに、そこには今までのランクCの紋様とは異なる紋様が浮かんでおり、昇格が完了していた事を示していた。
そして、次いで受付の職員はカイトを呼び寄せ、彼に一つの小袋を差し出した。置いた時に響いた音から、中身は硬貨らしい。それも、それなりの額が入っている様子だった。
「カイト様。此方が今回の監督料となります。お受け取り下さい」
「ああ、確かに、受け取った。監督の終了届けはこっちだ。精査を頼む」
「拝見致します……はい、問題有りません」
困惑する自身を置いてまるで規定された遣り取りを行っている様に見えた瞬が、二人の会話に割り込む。
「いや、少し待ってくれ。俺が受けた試験内容は『血塗れの狼』の討伐だった筈だろう? それが何故、『血塗れの人狼』の討伐で認められるんだ?」
「あ、申し訳ありません。では、ご説明をさせて頂きます」
そうして、受付の職員が取り出したのは、秘匿と書かれた資料だった。受付の中に常設されていることから、それなりに使う事があるのだろう。
「まず、ランクBへの昇格試験についてですが、重ねて、偽った事をお詫びいたします」
「何故、こんなことをしたんだ?わざわざ監督まで付けて……」
「すでに瞬様は戦われてご理解されていらっしゃると思いますが、『血塗れの人狼』は形態を変える魔物です。今後、ランクB以降の依頼を受けるに当たり、そういった特殊な魔物との戦いは多くなってまいります。また、前情報も無い行動をする魔物は数限りなく、今後は冒険者ユニオンからの情報提供も難しくなってまいります。これは、そもそも魔物の母数が少ない事と、それらと万全に戦える冒険者も少ない事に起因するとお考え下さい」
まあ、これはそうだろう。そもそもでランクBへの昇格は一つの壁と受け止められているのだ。それ故、そこで一気に冒険者の数が減る。
そこへ来て、更に未知の行動をする魔物達だ。無事に情報を持ち帰ってくれる冒険者も一気に減る事になる。いや、それ以前に生きて帰ってくれる冒険者も少なくなるのだ。それ故、ユニオンでも得ている情報が少なくなってしまい、結果として、冒険者達に提供出来る情報ががくりと減るのだ。瞬はそこまでは理解出来たので、頷いて先を促す。
「それは理解した」
「はい。もちろん今までの様に単純に戦闘能力が高い魔物も多く居ますが、単純にランク最下位の魔物であっても、先の様に特異な性質を持つ魔物が多く現れます。それ故、冒険者ユニオンでは一つの試験を課す事にしました。それに、これ以降、瞬様はランクBになられましたので、我々から率先して依頼を持ち込ませて頂く事もあり得ます。その中には、先の様に偽りの依頼内容で持ち込まれる物も少なくありません。それらを加味した結果、先の偽依頼を課す、というのが冒険者ユニオンでの規定となりました」
そうして、職員は規定された行動通りに、瞬に一枚の資料を見せる。それは、今回の試験で確認した内容だった。
「此方が、今回の試験で見させていただいた内容になります」
「一つ、偽の依頼でも問題なく生還出来る事。一つ、前情報と異なる討伐対象であったとしても、問題なく生還出来る事。一つ、自身に情報の無い魔物を相手にしても、問題なく生還出来る事……」
渡された紙に書かれた内容を、瞬が朗読する。そうして一読してわかったのは、確かに自分が試された通りの内容だった、ということだった。
「何故、こんな必要が?」
「そうしなければ、無駄死する事になるからです。これ以降、先にも言いましたが、告げられた内容と実際の依頼内容が異なることは多くなります。前情報の無い魔物と戦うことは日常茶飯事となるでしょう。腕一本で済めば御の字。そんな戦いが、これ以上のランクになるのです。そんな中、瞬様には無事に生還していただかなければなりません。それ故、今までよりも困難な試験を課させて頂いているんです。これは、ひとえに冒険者の生還を願うが故の対処だとお思い下さい」
「それは理解したが……何故、監督者が必要なんだ?」
尚も残る疑問に、ユニオンの職員は微笑んで答えた。
「簡単です。今回の試験は、今までの試験の中でも最も困難な試験となっております。それ故、危険性も今までとは段違いとなります。命を落とされる可能性も、段違いです。それに、今回は偽の試験ということで、一定の責任が我々、冒険者ユニオン側にも存在します。それ故、試験では監督者を冒険者ユニオンから依頼して万が一の護衛を行い、生還出来る可能性を高めさせて頂いているのです」
実は、これと一緒にもう一つの理由があった。当然だが、嘘の依頼ということで、文句を言いに来る冒険者はかなり多い。元々が荒々しい冒険者なのだから、当たり前ではある。
なので、そういった冒険者の抑えとして、事情を理解出来ている先輩の冒険者を採用しているのである。さすがに暴力に訴えかけようとも、更に上の力を持つ者が止めに入ってくれるという考えだった。
まあ、そんな安全確認だが、歴史上、ランクBへの昇格試験を受けた者の中では誰ひとりとして、暴力に訴え掛けた者は居ない。ユニオン側の言葉が正論だからだ。が、一応は慣例と万が一に備えて、今でも廃止されていないのであった。
「そうか……では、今後もこういう形式になるのか?」
「いえ、それは不可能です。今後、ランクAやランクSとなると、そもそもで冒険者の数がものすごく減少します。なので、今後は今までと同じ試験形態となりますので、ご安心下さい。それに、魔物自体もそんな事が可能な余裕の無い魔物達です。こういった試験が出来るギリギリのラインが、このランクBなのです」
「そういうことか……わかった、納得した」
瞬は職員の説明に納得する。そうしなければならない理由はあるのだ。そして、それが語られない理由も。それが理解出来るが故、彼は文句も無く必要と認め、それを納得する。それを受けたユニオンの職員は再度頭を下げ、ランクBの解説に移った。
「有難う御座います。では、ランクBの解説に入らせて頂きます。まず、ランクBでは依頼への紹介制の登録が可能になりますが、如何なさいますか? 別に登録しなくても紹介を受けることは可能ですので、登録は任意となります。まあ、条件に合致する方が極少数になられますと、登録していなくても紹介させていただく場合もあり得ますが……これは極希少な例ですので、その場合のみ、ご了承ください」
職員が少しだけ申し訳無さそうに、一応の言付けを行っておく。これ故、カイトの事をメルは把握することが出来たのである。
あの時点で公爵領内のメルが行ける範囲にはカイトしか該当者がおらず、致し方がなし、ということでカイトが紹介された、というわけであった。
「紹介制?」
「はい、紹介制とは紹介を望む冒険者の条件に合致した冒険者であった場合、その冒険者への紹介を可能とするかどうか、になります。ただし当然ですが、瞬様にも事情が存在しております。紹介を受けたからといって、必ずしもその協力要請を受けて頂く必要はございません。また、事情に応じてカイト様の様に、支部長等からの許可が必要となる場合も御座います。その事情は支部長のみの秘匿となりますので、決して外部に漏れることはありません。本部にも秘匿とされます」
実はカイトはこれを利用して、冒険者ユニオンの本部にも帰還を隠しているのである。そうして、説明を終えた職員が続けて問い掛けた。
「如何なさいますか?」
「メリットとデメリットはあるか?」
「そうですね……メリットとしては、紹介制に登録しておけば、冒険者ユニオンから若干の融通が受けられます。主に、商人ギルドや鍛冶師ギルド等冒険者ユニオンに属さないが、同時に関わりの深い他のギルドとの融通です。我々の方から、瞬様は信頼の置ける冒険者だと推奨を行うことが可能となり、ギルド等を運営してそういったギルドと遣り取りする場合には良いかと。デメリットとしましては、当然情報が他者にもれますので、危険性が高まる事です」
「何か注意事項は? 今登録する必要はあるのか?」
職員の説明を受けた瞬だが、冒険部というギルドが関わる以上、今の彼ではどう判断すれば良いのかわからない問題だった。なので、後に持ち越せないかを尋ねたのだ。
「登録はランクBを越えられましたら、何時でも可能です。注意点ですか。そうですね……これは男性の冒険者に多いのですが、相手が女性であった場合は身体を求める者が少なく有りません。そういった行動が発覚した場合は厳重注意、もしも明らかな違法行為が発覚すれば、除名処分が下されます。ご注意下さい」
別に瞬にそんな趣味や趣向は無かったのでこの注意は必要なかったかと思うが、一応説明を受けておいて損は無いと考える事にした。なので、彼は先を促す。
「紹介制は後で帰ってから考えたい。他に何かあるか?」
「わかりました。他にも、先ほど申し上げましたが、今後は此方から依頼を持ち込ませて頂く事もあります。それらは我々冒険者ユニオンからの指名依頼となり、通常で受けて頂くよりも割高の報酬が約束されます。ただし、これも先に述べた通り、若干危険性が高くなりますので、受諾はよくお考え下さい」
そうしていくつかの特典を上げたユニオンの職員は、最後に瞬に一つの依頼をする。
「それで、瞬様。今後、もしランクBの昇格試験について下位のランクの者におっしゃる事がありましたら、出来ればこの偽依頼については伏せて頂ければ……」
「ああ、事情は理解した。俺もそれに同意する」
「有難う御座います。では、これで正式に瞬様もランクBの冒険者となられましたので、今後はランクB向けの掲示板での依頼が解禁されます。ご利用下さい。では、ご武運を」
「わかった。ありがとう。カイト、他になにかやっておく事や聞いておくことは無いか?」
「いや、それで大丈夫だ。世話になった」
「いえ、では、カイト様もご武運を」
それを受け、瞬とカイトは立ち上がり、ユニオン支部を後にして、冒険部のギルドホームへと帰る為、足を向ける。こうして、瞬は冒険部初となるランクBとして登録する事に成功したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。21時の外伝もお楽しみください。
次回予告:第458話『腕試し』




