第443話 表彰
国宝の授受から一週間後。さすがに国宝を頂いたので帰っても良かったのだが、瞬が表彰されるので全員が残っていた。とは言え、もう数日後には戻る予定なのだが。
「これで本当に問題無いんだよな?」
「だから何度も無いと言っているでしょう……」
既に5度目となる瞬からの問い掛けに、リィルが肩を落とした。一応、瞬は地球では世界的な大会で優勝もしているし、天桜学園転移前にもわかるようにテレビのインタビューも受けている。だが、やはり王侯貴族から褒章を受けるとなると別なのだろう。緊張は隠せなかった。
「……さすがに若干硬さがあるな……」
「いい加減に諦めなさい。仕立てたばかりなんですから、仕方が有りません」
「そっちは問題無い。身体だ」
腕を回し、今回の式典に合わせて新調された儀式用の鎧の出来栄えを確認する瞬だが、仕立てには何の問題も無い。硬さと言っているのは、彼自身の身体の事であった。
さすがに緊張をしているのは彼自身も気付いているのだ。だが、やはりトップに立つ者として何か問題が起きない様になるべく緊張をほぐしておきたいのであった。
「おい、カ」
「却下だ。今から汗を掻くとか、有り得ないからな」
「ぐ……」
緊張した時は身体を動かすに限る。昔からの彼のやり方なのでそれに従おうと思ったらしい。なので、カイトに徒手空拳での模擬戦を言おうとしたのだが、カイトに素気無く却下された。
当たり前だが、幾ら夏場で儀式用の鎧を着込んでいるとは言え、大々的な表彰式である以上、こんな所で汗を掻くわけにはいかない。ちなみに、鎧にはきちんと冷却機能が取り付けられているので、実際に蒸れたり暑くなったりすることは滅多に無い。
「ち……なら、静かに出来るか?」
「それなら、お安い御用だ」
どうやら瞬は次善の策として、瞑想を選んだようだ。周囲は表彰式の準備にせわしなく、静かになる空間は無かった。そこで、カイトの魔術によって静寂を作ってもらったのである。
「じゃあ、リィル。悪いが頼むぞ」
「はい、では」
瞑想した以上。カイトには何かすることは無い。なので、カイトは後をリィルに任せ、もう一人の褒章者に会いに行く。すると、そっちの方が緊張していた。
「……ガチガチ過ぎるな……」
「だ、だって、カイトだって知ってるでしょ? 龍だよ、龍……」
そこにはガチガチに震えるアルの姿が、そこにはあった。実は瞬はまだ、ついでに近かった。彼は御前試合で目覚ましい活躍があったがゆえに、表彰をされるだけだ。その二つ名にしても<<雷炎>>と珍しくはあるが、何かの曰くがあるわけではない。
それに対してアルはというと、<<氷龍>>だ。龍という皇国の最大の名を授けられたのだ。龍と言うものに対して『かっこいい』だの『凄い』程度の重みしか感じていない天桜学園の生徒達には理解しにくいかも知れないのだが、こと、皇国においてはその名は絶大だ。なにせ、国母が<<龍>>なのだ。
「ほら、いい加減に諦める!」
「んぎゃ!」
そんなアルを凛が比喩ではなく物理的に蹴っ飛ばした。どうやら此方も女の方が強いらしい。
「い、いい加減に蹴るのやめてよ!」
「じゃあ、しゃんとする!」
「はぁ……尻に敷かれてるな」
カイトがニヤニヤと良い笑みを浮かべて告げるが、それは予想外の驚きをもたらした。
「やめてよ、そんな嫌な未来……安易に想像出来るんだから……」
「……は?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 僕ら付き合ってるんだけど」
「ねー!」
仲よさげに腕を組んだ二人だが、本当に付き合っている様な雰囲気だった。それに、カイトはきょとん、とするしかない。瓢箪から駒、まさにそんな感じだった。
「……あ、うん。そう。そういえば最近女癖が若干改善された、って聞いたな」
「うん」
「見張ってますから!」
にこやかな笑顔と共に、凛が告げる。彼女が出来ると変わる、というより、彼女が変えたのだろう。まあ、最近になって妹が兄に対しても毒を吐く様になった、と嘆いていた者が一人居たが、これが理由なのだろう。
ちなみに、何時こんな事が、というと、夏のあの時、だ。アルがカイトに祖先の事について相談を持ちかけた裏には、こういう裏があったのである。あの時彼は告白すべきか否か、を迷い、その一端として、祖先について問いかける事にしたのであった。
「……じゃあ、取り敢えずしゃんと……というか、カイト。この服装、本当にいいの?」
「ああ、そっちについては、ご祝儀だと思え」
「……うん、ありがとう」
アルが儀礼用にマントを羽織った鎧に手を置いて、瞑想する。それはどこか、祈りを捧げているかのようであった。
「何ですか? この鎧?」
一人意味深な行動に移ったアルを見て、凛がカイトに問い掛ける。それにカイトが少しだけ微笑んで答えた。
「アイツの鎧、いつもと違う気がしないか?」
「え……? あ、そういえば白色が多い? それに、青縁?」
アルの鎧は通常の物もティナが作った鎧もどちらも白色の系統だが、青色が施されていたり、青縁では無かった。アルが通常使う鎧に青色が入っているのは簡単で、彼がマクダウェル公爵家の麾下の騎士だからだ。公爵家のイメージカラーは蒼。それに倣ったわけである。というわけで、僅かに色使いが違ったのだ。
ちなみに、これは皇国での統一した色の表示である。各人が鎧に使う基本の色は各々に合わせられるが、それに装飾として施される色だけは、各騎士が使える主家の色に合わせるのが、通例であった。カイトはそれを、凛に説明する。
「祖先のカラーを使ったのさ」
「祖先……<<聖騎士>>ルクス?」
「ああ。アイツのカラーは白地に青縁だ。まさに、聖騎士だろ? マントにしても、アイツが使った赤地の物に合わせた。で、儀仗もアイツに似せた物、だ。ウチの騎士様にゃ、最高の栄誉、ってわけ」
まさに<<騎士の中の騎士>>。それこそが彼の異名だった。だからこそ、誰もの騎士の印象が彼の印象となるようになったのだった。
つまり、今のアルは、偉大なる祖先の名を背負っているに等しかったのである。緊張と同時に誉れを感じるのは、当然ではあった。
「まあ、授業参観は無しだ。安心して褒章を受けて来い」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、こっちはもう良いな。オレは来賓席へと向かうぞ」
「いってらっしゃい」
アルに緊張がほぐれたのを見て、カイトは二人と別れ、来賓席へと向かう。ちなみに、カイトが来賓席に呼ばれているのは公爵としてはアルの、冒険部としては瞬の上司に当たるからだ。まあ、非公式ではあるが、アルの方には推薦人として名を連ねているのだが。
「何だ。お前も来たのか」
「まあ、私が加護を授けた奴だからな。頼み込まれた時は大笑いしたが」
「あそこまで純粋に力を求める奴も珍しい」
カイトが自席に戻ると、褐色赤髪の美女と、紫のポニーテールが印象的な美女が居た。火の大精霊サラと、雷の大精霊雷華だ。どうやら先の一件から、瞬の事を非常に気に入っているようだった。まあ、サラは血の気が多いし、雷華は武人じみている。雷華が言う様に、力を求める姿勢が評価されたのだろう。
「雪輝は来ないのか?」
「あれが来るか?」
「そのために、私が代わりに来た」
サラの答えを聞いて、雷華が答えた。氷の大精霊こと雪輝は滅多に出て来ないし、そもそも今は夏だ。おまけに並外れた美女である彼女が視線を集めるのは確実で、そういった雑踏を嫌う彼女が出て来ないのは当たり前であった。
『クーラーが天国……冷蔵庫じゃなくて冷凍庫に籠りたい……』
そんな声に反応するように聞こえてきたどこかだらけきった『本来は』クール・ビューティーの声を三人は聞かなかった事にして、式典の開会を待つのであった。
それから、約一時間。予定通り、表彰式が始まっていた。今は皇帝レオンハルトの演説の真っ最中、だった。
『今日。我々皇国の者は二人の英雄を同時に迎える事が出来たことを、喜ばしく思う』
皇帝レオンハルトの言葉が皇城の前に造られた広場に響き渡る。さすがに皇帝の御前試合である以上、彼が賛辞を述べるのは当たり前であった。
ちなみに、この前には大会の運営委員等による式典の説明や皇帝に対する祝辞や賛辞等が延々と続いていたのは、言うまでもない。
なお、さすがに皇帝が来て演説を行うので、マスコミ各社がこぞって放送に来ている為、アルが尚更緊張したのも言うまでもないことであった。瞬はさすがに地球でマスコミ慣れしているので、問題は無かった。
『では、まず一人目の褒章を行おう。数週間前に余が開いた闘技大会にて、無敗を誇った我が子、ハインリッヒを打ち倒した者だ。シュン・イチジョウ。前へ』
『はっ!』
儀式用に誂えられた鎧を身に纏った瞬が、皇帝レオンハルトの前に傅いた。
『皆も知っていると思うが、彼は我らが勇者、カイト・マクダウェル公と同じく、日本の者だ。余は余の代にてこの逢瀬を、彼らには済まないが、嬉しく思う。失意の内に去らざるを得なかった勇者に対する恩。その万分の一でも余が彼らに施せた事、稀代の賢帝と名高き第15代皇帝ウィスタリアス・ユリウス・エンテシア陛下の無念も幾許かは癒やすことが出来ただろう』
本来、皇帝レオンハルトはこういった長々とした演説は好きではない。が、さすがに彼も仕事は仕事なので、威厳たっぷりにこなしていく。
『この場に居並んだ皆、そして、余には汝の戦い方は非常に印象に残った。そこで、余は汝にこの称号を授けよう。雷と焔を纏いし者。<<雷炎>>の称号を!』
そうして、皇帝レオンハルトの宣誓に合わせて、万雷の歓声と拍手、映像記録用の魔道具の駆動音が鳴り響く。それに、瞬が儀仗杖として創り出した儀式用の槍を目の前に掲げ、再び、万雷の歓声と拍手が鳴り響く。それが終わるのを待ち、再び皇帝レオンハルトが口を開いた。
『では、次の者の褒章に移ろう。余は、この新たなる龍の誕生を嬉しく思う。皆も知っていよう。つい先日の事だ。マクダウェルの海にかの大蛇<<世を喰みし大蛇>>の襲撃があったことは。だが……余は思う。かの大蛇の脅威にさらされた余の臣民と、それに攻め入ったかの大蛇。どちらが果たして不幸であったのか、と。かの地は、かの英雄達が治めた地にして、今なおこの皇国で有数の英傑達が集う地だ。そして、それは時を経た今でも、変わらない』
続けて、アルの褒章へ向けての口上が始まる。彼の方は皇国だけでなく、他国にも大々的に公表する物だ。それ故、前口上も長い。
『その時、かの大蛇へと立ち向かい、街への脅威を防いだ騎士が居る。それは、皆も知るかの大英雄<<聖騎士>>ルクスが子孫にして、我が皇国に名高きマクダウェル家が一軍を率いる<<智将>>エルロード・グルン・ヴァイスリッターが子、アルフォンス・ブラウ・ヴァイスリッターが、その騎士だ。アルフォンス・ブラウ・ヴァイスリッター、前に』
『はっ!』
アルは皇帝レオンハルトを前に片膝を付き、頭を垂れる。そして、それに頷いて、皇帝レオンハルトが再び口を開いた。
『彼はかの大蛇の襲来に巨大な氷龍を率いて参戦し、街へ迫らんとする幾度もの豪撃を防ぎ抜いた。それはまさに、我が皇国の象徴たる龍の称号を与えるに相応しい。そこで、余はこの称号を授けよう。全てを凍らせし氷の龍を操る者。<<氷龍>>の称号を!』
そうして、今度は先の瞬の褒章を上回る万雷の歓声と拍手が鳴り響き、映像撮影用の魔道具が何枚もの写真を撮影していく。そうして、それにアルが儀仗である華美な装飾の施された剣を掲げた時、異変が起こった。
「何……?」
「これは……」
居並んだ観覧の観客達の驚いた声が響き渡る。アルが儀仗を掲げたのに合わせて現れたのは、一体の巨大な氷龍だ。それがまるでアルに寄り添うように、彼の脇に着地した。
それは、夏の晴れ渡る日を浴びて光り輝く氷の巨龍だったが、夏の日差しを浴びてなお、凍えるような冷たさと、圧倒的な威容を誇っていた。その見た目も単なるのっぺりとした物ではなく、緻密な装飾が施された威厳のある氷龍だった。そうして、ざわめきが一段落した所で、皇帝レオンハルトが口を開く。
『……皆にも見えよう。これが、かの氷龍。我らが皇国を守りし騎士が誇る氷龍だ』
皇帝レオンハルトが厳かに告げる。だが、彼とアルにも内心驚きがあった。氷龍を呼び出す事は予定に無かったのだ。まあ、当たり前だ。これをやったのはとある人物の祝福であった。
『ほんっとに、申し訳ありません……』
と、言うわけで、カイトが平謝りする声が、皇帝レオンハルトの頭の中に響いていた。
『……単なるお祝いのつもりだったそうで……』
一応、現在だらだらとカイトの精神世界でだらけきっているクール・ビューティーだった彼女も、加護こそ与えていないが、目を掛けているアルの褒章式に参列していない事には若干の申し訳無さはあったらしい。なので、式典に華でも添えるか、と氷龍を操ったのであった。
『そ、そうか』
皇帝レオンハルトとしては、もはや苦笑するしかない。なにせ文句なぞ言い様が無いし、この劇場効果は抜群だったからだ。
「おぉおおおおー!」
万雷の拍手を更に上回る拍手が鳴り響き皇城前の大広場を揺るがし、この式典を至極真面目に伝えていたマスコミ関係者達が大興奮した様子で感動を伝えていく。それはアルの力量を箔付けし、そして、ひいてはそれを表彰した皇国の威光を更に確たる物にするだろう。
『では、新たなる英雄の誕生に、もう一度の拍手を贈ろうではないか!』
皇帝レオンハルトも内心でその劇場効果の結果に満足しながら、厳かに拍手を行う。そうして、氷龍の済んだ嘶きとともに、再び観客達から二人に万雷の拍手が贈られる。そうして、新たな英雄の誕生と共に、僅かなトラブルはあったものの、特段のミスも無く、式典は終了したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第444話『パーティ』




