第3956話 雷の試練編 ――居住区――
瞬の強化のため、雷の聖域へと訪れていたカイト。そんな彼らがたどり着いた雷の聖域だが、これはカイトも見た事がないという、近未来の施設のような構造であった。そうして攻略を行う前の小休止を挟んでいたカイト達であったが、そこに響いたのは妹の浬の声であった。
そうして宇宙港に似た場所を進んでいた一同であったが、手に入れた地図に表示される巨大ドームを目指して進むも、その到着直前にまるでこれから試練の本番と言わんばかりに幾つかの隊に分けて飛ばされる事になっていた。
というわけで飛ばされた先で調査を重ねたカイトであったが、数個の部屋を経てたどり着いたのは謂わばコントロールルームや司令室という部屋で、他のエリアとの通信機能を備えた部屋であった。そうして司令室にて改めて施設全域の地図を入手し、その後は医務室を経由して軍の一般兵用と思しき一角へと到着していた。
「なんていうか、居住区ってあんまり広くないんだ」
「そりゃ、ここは宇宙だぞ。そうなりゃ必然スペースなんて限られる。広くしようとして広く出来るもんじゃない。ってなると、ここはあくまで一時的な居住区に過ぎないし、ホテルみたいなのは別に作ってるんだろう」
歓楽街みたいなのもあるらしいしな。カイトは地図を再表示させながら、浬の疑問に答える。
「ま、それでもこの施設の従業員全員分には明らかに足りていない。おそらく本来の住居は別にあって、ここは仮の一時居住区みたいな感じなんだろう」
仮眠室とまではいかないが、同時に長期滞在にはあまりに狭い。カイトはここが宇宙に存在していると仮定したとて、いささか居住性が悪い事を見抜いていた。とはいえ、これにユリィが指摘する。
「でもこんなもんと言われればこんなもんかもよ? 軍用でも居住性とかそういう色々考えてるの、エネフィアでも割とウチとか二大公五公爵が強いだけ、って聞くし。その中でもブランシェット家はかなり質素で有名だし」
「そうなのか? 他所様の事は流石にオレもまだそこまで詳しくはないけどさ」
内々ではすでに公爵としての業務も行うカイトであるが、それ故にまだ内部の事がメインだ。なので他貴族との繋がりは非常に限定的で、二大公五公爵とその配下の貴族だけと言っても過言ではない。
故に彼が知る装備や福利厚生は皇国でも最上位で、一般的な貴族の軍の福利厚生の水準さえ聞き齧った程度でしかなかった。
「まぁ、ここらお金持ってるかどうか、とかそこに力入れるんだ、とかいう所になってくるっぽいけど……割と他国の軍見てると、ウチ変に拘ってるなー、って思うことあるよ。世界一のお金もちは違いますね、って陰口叩かれてる事も時々聞いてるし。まぁ、これは軍用の糧食とかそういうのにも拘ってる事があるんだけどさ」
「うぐっ」
言うまでもない事であるが、福利厚生に力を入れるように指示しているのはカイトだ。なのでその施策に対しての批判については全て彼に対する批判と言えるし、無駄金と言われれば少しショックだったようだ。というわけで苦笑いにも似た顔を浮かべる彼に、ソレイユがフォローを口にした。
「私は良いと思うけどなー。にぃのおかげで冒険者達の生活水準とか旅の快適性、すごい改善されてるし」
「そう言ってくれれば助かるよ……まぁ、でもそう言われればそうなのかねぇ……」
このカプセルホテルもかくやという狭苦しい部屋が一般的な軍人達のための空間。カイトは自身の指示する居住空間とは程遠いエリアを見て少しだけ苦い顔だ。もちろん、これは彼自身が言及した通り宇宙空間である事が前提にあったかもしれないが、そこについては彼にもわからない事であった。
「お兄ちゃん、そういうの拘ってるんだ」
「まぁな……アメリカ軍のレーションとか食べさせて貰った事あるけど、それでも昔のエネフィアの糧食に比べりゃ天と地だった……飯がマズいってのは兵達の士気に関わるんだよ」
「あー……なんか聞いた事ぐらいはあるかも」
「そ。戦場ってのは娯楽がない。娯楽がないと兵士達は指揮が下がる。そして飯がなくなると盗賊もかくや、っていう暴走に繋がる。だからまず糧食の改善と開発は軍を創設する上でマストの課題にした」
飯は全ての基本だ。カイトは三百年前に何度も行き倒れた経験があればこそ、それを当時の者たち同様に理解していた。というわけで当時の試行錯誤を思い出したのか、ユリィが笑う。
「ウィルも五月蝿かったしねー」
「なー。あいつの飯に掛ける熱意はオレ達も呆れたわ……」
「いや、カイトもでしょ。虫だけは食べたくない、って言って必死で糧食の小型化と保存性の向上の陣頭指揮取ってたんだから。公爵と皇太子が並んで厨房に居たって当時凄い言われてたんだから」
「いや、あいつは食って文句言うだけだ。その癖塩加減とか完璧に指摘するから厄介極まりない」
これを見てればお兄ちゃんの所が陰口を叩かれるのもわかる気はしなくもない。浬は兄達がおそらくどこの貴族よりも熱心に糧食を開発していただろう姿が目に浮かび、内心でそう思う。が、そんな所でふと浬が問いかけた。
「あれ? でもそういう軍のご飯とかって国が開発するんじゃないの?」
「あー……これはまぁ、貴族社会の厄介な所っていうかな。国軍もあるし、貴族に属する貴族軍ってのもある。まぁ、悪く言ってしまえば私兵みたいなもんだが……アメリカのアメリカ軍と州軍の差を更に広くして、独自で軍事技術の開発やらも出来るようにしているのがこっちだ」
「こればっかりはしょうがない所があってね。領地によって魔物が違ってきちゃうから、国で統一した装備を開発するとどうしても対応しきれないの。もちろん、お金のない貴族も居るから、拡張性を持たせて対応してはいるんだけど……結局統一した規格で対応するより独自開発した方が良いのは仕方がないし」
「あ、そっか……確かに無理だよね……」
今まで五つの試練を突破した浬達だが、だからこそ様々な試練で様々な相手と戦っていた。そしてその試練と試練の間にも幾つかトラブルがあり、必然として魔物とも戦っていた。なので魔物の特性によって対処法が異なる事も経験しており、画一した規格での対応が難しい事は理解出来たようだ。
「そういうことだな。だからウチを筆頭に飛空艇やら船やら独自開発している貴族ってのはエネフィアでは珍しくない。いや、軍用の飛空艇の開発までやってるのは珍しいか」
「へー……で、それで言えばここはどうなの?」
「いや、だからオレはそれがわからんのよね。ってなわけで、ユリィの言葉に繋がるわけ」
「なるほどねー……」
どうやら兄の意向としては兵士達の生活水準にも気を配るようにさせている、というだけで、貴族の方針によっては可能な限り経費を削減させて別の所に力を入れるという方向性もある、という所なのだろう。それで言えばこの狭苦しい小部屋の集まりは決してないとは言い切れず、長期滞在も十分にあり得た、というわけであった。
「あ、そうだ。そういえばこういう部屋って普通は鍵掛かってるんじゃないの?」
「ああ、それなら大丈夫。さっきの守衛室で鍵は解除しておいたから」
「あ、そうなの」
ユリィの返答に浬は近くにあった部屋のコンソールに手を当ててみる。すると空気が抜けるような音と共に、簡単に扉が開いた。
「あ、開いた……せまっ」
「だろうな……まぁ、この様子だとさほど警戒する必要もないか。ユリィ、ソレイユ。左側一列頼む。オレと浬で右側一列やるわ」
「りょうかーい」
「はーい」
カイトの言葉にユリィが肩から飛び立って、ソレイユの近くへと移動。浬が開いたとは逆側の扉へと向かう。そうしてそちらが開いた扉から部屋の探索を開始すると共に、カイトも部屋の中へと入る。
部屋の構造としては最初に人一人が通れる程度の横幅のあり、その左右に引き戸が。その更に奥に、こじんまりとした居住空間があるだけだった。というわけで後ろで浬が待っている事もあり左右の扉をスルーして一旦中に入るが、顔を顰める事になった。
「うわっ、せまっ……まぁ、個室になってるだけまだマシ……か?」
部屋のサイズとしては三畳という所だろう。よくいう三畳一間という所で、寝るだけと割り切るのなら十分ではあっただろう。というわけで彼に続いて浬もまた部屋に入って、思わず同様に顔を顰める。
「やっぱりせまっ……あ、扉」
「風呂場だろうな……いや、これだとシャワーとトイレかな。そっちは……まさかクローゼットか?」
「ちょっと詰め込みすぎじゃない? ベッドで半分埋まっちゃってるじゃん」
「本当に居住性かなぐり捨ててるな……ウチの飛空艇ももう一畳か二畳は広い。てか、装備とかどうするんだよ。まさか完全に軽装備オンリー……いや、まさか装備の転送を成し遂げてるのか……?」
それだとすると技術的にはすごいものがあるが。カイトは自分も数度は遭遇した超高度文明を思い出して、この宇宙基地が思ったより更に進んだ技術を使っている可能性に僅かな危惧を感じていた。
「なんの話?」
「ああ、いや……ここまで狭いと装備を置いておくスペースもない。個人保有を禁止している可能性もあるが、狭い事には違いない。ぽちっとスイッチ一つで装備を装着出来る装備の量産に成功しているのか、ってビビってるだけ」
「特撮とかそういうので出てくる変身ってこと?」
「ま、そんなとこだ……あれを一般兵の領域まで量産させられるのは正直驚異的だ。どこかでアーマーを装着する施設があるのかもしれないが……まぁ、それは良いか」
駄目だな。どうしても為政者の視点で見ちまってる。カイトは首を振って、為政者としての視点を追い出す。今必要なのはそれではなく、このエリアに次の権限がないか、という所だった。
「浬、お前はそっちのクローゼット。オレは布団の周りを探す」
「りょー」
「おう……お、このベッド、自動で折りたたまれるのか」
入口付近に単に立っていただけだからなのだが、クローゼットと風呂場を確認しに入った浬に、カイトは生活エリアの調査を開始する。というわけでベッドが壁に折りたたまれて収納されて少し部屋は広くなったわけだが、それでも狭かった。
「三畳もないかもな、こりゃ……モニターはないが……おそらくホログラフで映像を投影出来るんだろうな。となると……」
流石にベッドの近辺には小棚の一つや二つはあるだろう。カイトはそう考えて、ベッドの近辺を確認する。すると案の定、ベッドの付近にはスイッチが一つあった。それにカイトは手を伸ばして、一度だけ呼吸を整えてスイッチを押してみる。
(……小棚か)
カイトがスイッチを押したと同時に、壁の一部が下に下がって凹みが生ずる。広さとしてはさほどではないが、数冊の本や軽い飲み物程度は置いておける様子だで、その中にはまた別になにかの戸があった。
「……あ」
「なに? どうしたの?」
「小型の冷蔵庫だ……結構冷えてるな」
「なんか入ってたりする?」
「流石に何もないな。あっても飲めるかどうか……いや、流石に飲める物にはしてるか」
施設を模しているが、流石に模しているだけで飲み物などに毒物を混ぜる事はしないだろう。カイトは雷華の性格を考え、そんな搦手をしてこないと考えていたようだ。
「まぁ、それはそれとして。冷蔵庫にはなにもない……あと備え付けの冷蔵庫なんだろう。取り外しもできそうにないな」
流石にキッチンやらはないが、シャワールームとトイレがあり、冷蔵庫もあるのなら生活する分には十分かもしれない。カイトはあくまでここは寝るだけと割り切れば、まだ悪くはないだろうと考えたようだ。
というわけで色々と隠されているのかも、と考えた彼は改めて部屋の中を注意深く観察してみる。するとこの小棚のスイッチ同様に、幾つかのスイッチが隠されている事に気が付いた。
「……この様子だと机に椅子やらも出てきそうか」
「あ」
「どうした?」
「こっちも凹み出てきた……下の方に小さいけどなんだろ」
「靴入れとかそういう所じゃないか?」
「あ、なるほど……」
カイトの推測に、浬はそうかもと思ったようだ。というわけで、兄妹は少しの間部屋の中を探索して、その後も幾つもの部屋を虱潰しに探していく事になるのだった。
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