第3924話 雷雨の森編 ――模擬戦――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。皇帝レオンハルトより指示を受けたカイトは各地から霊力や退魔の力を操る者を招集し幽霊船団の除霊に成功する。
そうして幽霊船団の除霊から数日。彼は調査船団により発見された情報の精査を行うべくリーナイトへ戻るバルフレアから進捗を聞いていたのだが、それも終わりバルフレアはリーナイトへと帰還。カイトもその帰還と合わせて今回の一件の調査報告を皇国へと上げると、それと入れ替わるように皇国から瞬の契約者としての聖域があるという極所への渡航許可が下りていた。というわけでその最終調整の前段階として、瞬はイミナとの模擬戦をカイトから命ぜられる事になる。
「ふっ!」
共に得意とする属性は雷。そして雷を利用した身体強化を可能としている。故に瞬にとって、イミナの加速は誰より兆候を察する事が可能だった。なので彼は自身の刺突に対して、イミナが先に雷を纏い、ぬるりと抜けるように通り過ぎた事を理解する。
「……」
やはり速い。瞬は速度であれば全員の中で一番速い自分を更に上回ると理解する。とはいえ、こんなものは仕方がないと彼には最初から理解出来ていた。そうして、そんな彼の脳裏に少し前の会話が思い出される。
『才能に胡座をかく、ってのがないわけじゃない。俺達英雄ってのはな。でもなぁ……やっぱり居るもんだ、化け物ってのは……あ、すんません! 悪口言ってません!』
『はぁ……』
思い出すのは、かつて交わした師との会話だ。今更言うまでもないが、彼の師はクー・フーリン。一つの神話で主人公として描かれた大英雄だ。そんな彼が才能の面で劣っている事なぞあろうわけがなかった。なかったが、その彼でも勝てない相手はいた。
『俺は槍の才能なら天辺取ってると思ってる。思ってるけどなぁ……上には上が居る』
『……まぁ』
両者の視線の先に居るのは、自らの師の更にその師。ケルトの英雄達を育てた影の国の女王スカサハだ。色々とあって彼女に二人揃って挑んで、為すすべもなく倒されていた。
『正直に言えば、師匠の槍の才能はやっぱり俺より下なんだろう』
『そうですか?』
『ああ。それこそお前よりも下だろう。やっぱ師匠は魔術師なんだよ……まぁ、だからそこで体術まで極められたら俺達に勝ち目なんてねぇよ、って話なんだけど』
技術だけで言えば、人類の到達点に居るだろう。クー・フーリンは師のスカサハをそう評する。
『才能で天辺取っててもな。努力を無視して良いって話じゃない。俺達が持ってる才能は努力に対する係数だ。努力と才能の掛け算で実力は評価される。天才だからって努力しないで良いわけじゃない。それはまぁ、お前もいい加減嫌ってほど理解は出来てるだろうけどな』
『はい』
実際、才能であれば自分達より格下と言われるカイトに瞬は槍でも勝てない。それは彼が今まで培ってきた技術があればこそだと瞬は理解していた。
『努力ってのは時間だ。これだけは全員に等しく流れる。だから、例え下の才能だろうと努力してる奴だけは軽視すんなよ』
『はい』
才能が下だろうと、自分の数十倍努力をしている相手に油断出来る道理はどこにもない。クー・フーリンの告げた言葉を、彼は思い出す。
(イミナさんは二十年も前から鍛えている! 発動速度はあちらが先! いや、速度そのものがあちらの方が上だ!)
自身に言い聞かせるように、瞬は眼の前の相手が十数年にも渡る戦乱を生き延びた騎士で、雷に対して深い薫陶のある相手なのだと胸に刻む。
「ふっ!」
自らの槍をぬるりと回避して放たれる打突に対して、瞬は即座にバックステップで回避する。だがやはり速度であれば拳に勝る武器なぞない。故に彼がバックステップで跳躍した時にはすでに、イミナは更に前に踏み込んでいた。
「はっ!」
「ふっ」
やはり攻撃速度であれば拳に追いつける道理なぞどこにもないだろう。瞬は更に一歩踏み込んで放たれる拳打に、しかし再度背後に向けて大きく跳躍して回避する。
(やはり速い。だが)
軽く跳躍したのは単に初速を稼ぐためだ。故に彼は二度目の跳躍で更に大きく跳躍し、空中へと躍り出る。それに、イミナは地面を蹴って空中へと躍り出る。
「逃げてばかりか!?」
「まさか!」
「っ!」
誘われたか。イミナは瞬が虚空から取り出した使い捨てのナイフを見て、自身の追撃が読まれていた事を理解する。そうして彼女はナイフが投げ放たれる前に、虚空で停止して右手を引く。
「はぁ!」
投げ放たれたナイフに向けて、右手に蓄積した雷で全てを一撃で叩き落とす。そうして巨大な雷の光条が通り抜ける隙に、瞬は地上へと舞い降りて呼吸を整える。
(真正面からバカ正直に戦っても勝ち目はないな)
得意とする速度は相手が上。そして技術としても、実戦経験としても相手が上。唯一槍の才能だけは瞬の方が上だろう。というわけで過日に師のクー・フーリンから言われた通り、彼は油断せず本気で戦うべく一度だけ呼吸を整える。
「……ふぅ」
一度距離を詰めておきながら距離を取ったのは、イミナの出方を確認するためだ。もし向こうが油断や容赦が見えれば、それが崩れる前に一気に決めきるつもりだった。だがやはり偉大な祖先からの指示。油断も容赦もなかった以上、しっかり考える必要があった。
(センサーはやはり無理か。あちらの世界で原理は話していたし、対処法の考案にその対処法の対処法の考案にも力を借りた。対処されてしまう、と考える方が良いか。となると……もう後は地力でなんとか対応するしかないか)
ばちんっ。雷が爆ぜて、イミナの姿が消える。だがそれに戦略を定めた瞬は移動先に置くような形で、槍を突き出す。
「はぁ!」
「っ」
やはり簡単に攻める事は出来ないか。イミナは自身が地面に着地したと同時に放たれる槍に、ぱんっ、と音を立てて槍の側面を叩いて弾く。そうして槍を弾かれた瞬は、弾かれた槍を即座に手放した。
「む?」
槍は瞬にとっての命綱だ。故にその意図が見えず一瞬の困惑を浮かべるイミナであるが、しかし即座に彼女は瞬の意図を理解する。
「ふっ!」
「っ!」
翻った真紅の斬撃に、イミナは瞬が真紅のナイフを取り出した事を理解する。そうして右手に真紅のナイフを構える瞬に、彼女はわずかにほくそ笑む。
「だが! 付け焼き刃なぞ!」
「承知の上です!」
「っ」
槍を手放したのは単なるブラフか。イミナは手放した槍がそのままこちらに向けて飛翔してくるのを、音だけで理解する。そうしてくるくると回転しながらこちらに戻ってくる槍に、イミナは回し蹴りを叩き込んで粉砕する。
「はぁ!」
回し蹴りを叩き込んで槍を粉砕し、そのまま振り上げていた足を降ろして逆の足で瞬に向けてハイキックを繰り出した。だが、流石にその瞬間には瞬の姿はその場から離れていた。
「ちっ」
流石にこれは避けられるか。イミナも承知の上でハイキックを繰り出していたようだ。なので彼女の顔にも笑みが浮かんでおり、即座に足を振り下ろして数歩先へ離れていた瞬に向けて距離を詰める。
「……」
大分と目が慣れてきた。瞬はイミナの拳打に自分の目が追い付くようになった事を知覚する。そうして慣れてきた事を確認するように、彼はイミナの拳打に向けて、ナイフを振るう。
「ふっ!」
「っ、はぁ!」
放たれるナイフの斬撃に対して、イミナはしかしそのまま押し込むように拳を突き立てる。彼女の拳は当然だが籠手で物理的に守られているし、その拳には魔力による保護も働いている。
これがカイトの斬撃ならまだしも、慣れない瞬のナイフに向けて拳打を放とうと問題はなかった。そして一方の瞬もこれは単に自身の反応速度がイミナに追従出来るか、という確認だ。攻撃が目的ではない。
「っ……よし」
反応は出来るようになった。瞬はイミナの拳打に自身の反応速度が追い付いた事を理解する。これにイミナは少し感心したように口を開く。
「ほう……私の拳打に追いつけるのか」
「まぁ、若干の無茶はしてますけどね」
「その変な術式はそれか?」
「わかるんですか?」
「私とて雷属性には一家言存在している」
どこか苦笑するように、イミナは瞬の驚いた様子に対して答える。そんな瞬の目には雷が蓄積されており、それが頭と両手足に伸びていたのである。
「まぁ、今ネタバラシが貰えるとは思わん。が、それならそれで構わん……更に速度を上げていくぞ」
「っ」
更に速度が上がった。瞬はイミナの踏み込みが更に加速するのを知覚する。とはいえ、やはり油断も容赦も元々なかった事があり、速度の上昇幅としては言うほどではない。故に瞬はなんとか迎撃を間に合わせる。
「「はっ!」」
ナイフの剣戟と拳打が激突して、雷が爆ぜる。そうしてばちばちっ、と音が鳴り響いて、瞬は即座にその場を離れる。
(やはり思った通りか)
雷同士の戦いなら、おそらく勝ち目は皆無に等しいだろう。瞬は雷単独による身体能力の増強において、イミナに勝ち目はない事を理解する。
だが、同時にそれで良いとも思っていた。なにせ彼にとって雷単独というのは本来考えていない事だからだ。というわけで次の一手を定めた瞬に、距離を取られる形となったイミナが即座に再度距離を詰める。
「はぁ!」
「っ」
乗せられたか。イミナは自身が肉薄した瞬間に炎を迸らせた瞬に僅かに気圧される。だがその程度で止まる彼女ではない。
「ふっ!」
「はぁ!」
「くっ!」
やはり速度だけを競うのならイミナが有利であったが、攻撃力は速度だけで決まるのではない。故に炎による膂力の増大により底上げされた一撃に、イミナが今度は押し返される。
とはいえ、押し戻されようと問題はない。ナイフと拳であっても、拳の方が速い。そして速度差が埋まったわけではないのだ。故に彼女は即座に立て直すと、即座に二撃目を叩き込む。
「はぁ!」
「ふっ!」
放たれる拳に、瞬は再度真紅のナイフを振るう。そうして放たれるナイフにイミナの拳が激突し、それが繰り返されること十数度。イミナの速度は一撃ごとに加速していくも、なんとか瞬はそれに追従する。
「くっ」
とはいえ、だ。流石に拳をメインにするイミナの速度に瞬が完全に追い付く事は不可能に近い。そもそも両手足を使うイミナに、ナイフ一つで応戦しようというのが間違いだ。そしてそれは瞬も理解していた。というわけで、堪えきれないと判断した瞬が気合を入れて魔力を放出。猛火と雷を迸らせて、イミナを吹き飛ばす。
「はぁ!」
「ぐっ!」
これまた当然と言えば当然になるのだが、瞬とイミナであれば瞬の方が一撃の威力は強い。実はイミナは更に加速する事も出来るのだが、それが出来ないのはそれをしてしまうと瞬の火力に追いつけず、自身の攻撃が押し負ける事を理解していたからだ。
確かにイミナにとって瞬は格下だが、格下と侮れるほどの実力差がないという事でもあった。というわけで火力勝負になればイミナが負けるのは道理で、彼女が吹き飛ばされる。そうして吹き飛ばされるイミナを追い掛けるように、瞬が即座に槍を取り出して追撃を仕掛ける。
「ふっ!」
「甘い!」
何度目かになるが、速度であればイミナが上だ。それは立て直しの速度であれ一緒で、故に瞬がイミナに肉薄する頃には彼女はすでに立て直していた。そうして立て直した彼女は瞬の槍を器用にすり抜けると、再度瞬に向けて拳打を叩き込まんと拳を向ける。だが、その直前。瞬は身体を捩って拳打を回避する。
「っ」
「はぁ!」
「ちっ!」
おそらく事前に発せられる僅かな雷を見抜かれたか。イミナは自身の拳打のほんの刹那の一瞬前に放たれる雷を見抜かれたと理解する。
元々、瞬の雷に対する感受性も高いのだ。例えコンマゼロ数秒より更に短い刹那であれ、見抜いて反応するのは今の瞬に不可能ではない、とイミナも納得していた。そうしてハイキックとハイキックが激突して、両者距離を取った。
「「……」」
にたり。両者似たような笑みを浮かべる。そうして、再度紫電と火の粉が舞い散って、戦いはカイトが終わりを告げるまで続いていく事になるのだった。




