第3918話 滅びし者編 ――帰還――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。皇帝レオンハルトより指示を受けたカイトは各地から霊力や退魔の力を操る者を招集し幽霊船団の除霊に成功するわけであるが、その最中に彼は幽霊船団の一部に、かつて八大ギルドの一角を担い、暗黒大陸へ向かったものの消息を絶った<<船にて大海を往く者達>>のギルドマスターであるルカンの幽霊から、幽霊船を操る黒幕の存在を聞く事になる。
というわけで黒幕である骨の龍の討伐に乗り出したカイトであったが、そんな彼は二つに分裂した骨の龍の片方を討伐。その力を半分消失させると、そのまま余勢を駆ってもう半分も消し飛ばしていた。
「……はぁ」
骨の龍の片方を倒してからはやはり早かった。というわけでもう片方も倒して、カイトは一呼吸入れる。
「終わり……か?」
「……ああ。冥界の維持もできなくなりつつあるようだ。冥界の端が崩壊を始めている」
「……はぁ。もう二度とやりたくない相手の一体にこいつは含めよう。呪いなんぞもう食らいたくない」
周囲の状況を精査し、冥界の崩壊を確認したアル・アジフが状況を報告。それにカイトはようやく問題ないか、と『神』の顕現を解いた。
「やれやれ……冥界の崩壊か。この光景は悪いもんじゃないんだがなぁ……」
冥界の崩壊に合わせて荒野はまるで解けるように虹色の光を放ち、天へと昇っていく。それはさも魂の昇天にも似た光景で、幻想的な光景ではあった。というわけで尻もちをついてのんびりと天を仰ぐカイトだが、そんな彼にアル・アジフは告げた。
『そんな呑気なことを言っている場合か。このままでは冥界の崩壊に合わせて脈に飲まれるぞ』
「おっと、忘れてた」
本来死した魂は地脈や龍脈に乗って、星の内部に運ばれてそこで次の転生を待つのだ。なので冥界は地脈にもっとも近い場所に他ならず、このままこの場に残る事は即ち、海にある脈に落ちるのを待っているだけと言って過言ではなかった。というわけでアル・アジフの指摘に、カイトは立ち上がる。
「よっしゃ……まぁ、もう崩壊を始めているからさほど苦労はしないが」
ぐっぐっ。カイトは拳を何度か握りしめて、崩壊していく冥界の境界線を認識する。すでに冥界を維持していた魔物はいない。境界線も崩壊を始めており、今であれば彼でなくても容易に侵入が可能だと言えた。というわけで、すでに緩まっている境界線を認識して、彼はそれを気合一閃斬り裂いた。
「はぁ!」
ざんっ。なにかを斬り裂いたような音が響いて、空間が裂ける。そうして裂けた瞬間、カイト達は思わず顔を顰める事になった。
「あ」
『『あ』』
そもそも海の上で戦っていて、骨の龍は冥海の底に潜んでいる、というのがルカンの認識だ。それそのものは冥海の奥に冥界を作っていたが故の勘違いという所だったのだが、冥海の奥底に繋がっている事は間違いない。というわけで、冥界の境界線を裂いたらどうなるか。簡単だ。冥海の水が流れ込んでくるのである。というわけで流れ込んできた大量の海水に、カイトは思わずその場から離れる。
「マジか。うわっ、最悪」
『……まぁ、諦めるしかないだろう。いくらエレシュキガルの権能を有する父であれ、冥海の奥底にある冥界である以上はどうしようもない。来る時は奴を起点に強引な割り込みが出来たが、逆に奴がいなくなった以上は幻を介した強引な脱出は不可能だ』
「ですよねー……はぁ。何が楽しゅうて冥海に突っ込まにゃならんのやら」
荒野に流れ込む大量の海水に、カイトは盛大にため息を吐く。というわけで、彼は意を決して冥海の海水の中へと突入する。そうして冥海の海底に出たカイトだが、周囲は真っ暗で海面は見えなかった。
『さいっあく。地上まで何メートルだ?』
『さぁな……ただ冥海の海底にたどり着いたのは父が人類初だろう』
『最高の称号だな……』
何個目の人類初の称号だ。カイトは周囲の状況を見ながら、アル・アジフの言葉にため息を吐く。とはいえ、呆れてばかりも居られない。なので彼は地上に向けて浮上しようとするわけだが、そこにナコトが口を挟む。
『いっそ全部吹き飛ばせば良い』
『お、良いな、それ……やるか』
ここが冥海の深度何メートルであるかは定かではないが、少なくとも冥海に出た事は間違いない。そしてすでにこの冥海も崩壊を始めており、遠からず自然消滅するのは見えている。ならば多少無茶した所で問題はないだろう、と考えられた。というわけで、冥海の海底でカイトは刀を腰に帯びて意識を集中する。
「……」
瞑目して数秒。膨大な魔力がカイトの刀へと収束し、瞬間的に解き放たれる。そうして、次の瞬間。天高くまで斬撃が伸びた。
「お、見えた」
『なんだ。モーセの十戒のように海を真っ二つに裂いたのではないのか』
「船が浮かんでるからな」
やろうとすれば海を真っ二つにする程度、カイトには容易らしい。だが冥海では相変わらずソラ達の乗る船が浮かんでおり、骨の龍の残した残滓を討伐していた。なので大きく裂いた反動で船が揺れるような事はしたくなかったらしく、自らの周囲だけを貫くという逆に凄い技を見せたのであった。
「とっとっと、と」
まるで崖を崩すように。自らが生み出した海の穴の側面を蹴ってはそこに海水を流し込んでいきながら、カイトは海面を駆け上がる。そうして十数秒。海を崩しながら海面を目指していたので、そこそこ時間が掛かったものの、海面へと浮上する。
「よし。脱出」
『あ、にぃー。終わったー?』
「おーう。脱出完了だ……幻は……ないな?」
『うん。ついさっき消えたよ。倒した?』
「ああ」
どうやら骨の龍の本体の討伐と同時に、こちらに現れていた幻も消えたらしい。それでソレイユ達も討伐完了を理解したようだ。
「バルフレア。こっちの討伐完了だ。現在の状況は?」
『ああ、こっちは残ってる雑魚の掃討戦だ。まぁ、元凶が消し飛んだからもうすぐ終わるだろ』
「か……よっしゃ。まぁ、今回の一件はこれでクローズって所かな」
後残る雑魚の討伐は自分が殊更やる必要もないだろう。カイトはそう判断していた。というわけで軽く報告を受けた所で、今度はティナへと問いかける。
「それでティナ。良いデータは取れたのか?」
『うむ。かなり希少なデータが取れた。お主らの意見も聞きたい所はある。が、まずは何よりデータの解析じゃな。しばらくはそちらに掛り切りになりそうじゃ』
「おっしゃ……ん?」
これにて一件落着。そう判断して胸を撫で下ろしたカイトだが、そこになにかが崩れるような大きな音が鳴り響くのを耳にする。
『にぃ。船が……』
「……ああ、見えてるよ。ま、ルカンのおっちゃんならすでにあの世に先に行ってる。船長が先に行ってるってのも変だがな」
鳴り響いた音はよく聞けば、船の崩壊する音だった。どうやら骨の龍が討伐された事で、無理矢理維持されていた物が維持できなくなり、崩壊を始めたのだろう。ばりばりという音と共に、船体が裂けていた。
「本当に長旅になっちまったもんだな……だけどまぁ、これで長旅も終わりか。バルフレア、確認だが回収部隊は控えてるんだよな?」
『ああ、問題ない。全部しっかり回収させる……連中のだしな』
<<船にて大海を往く者達>>との付き合いであればバルフレアはカイトよりはるかに長いのだ。なので今回の<<船にて大海を往く者達>>の末路を見てしっかりと改修する事を心に決めており、そこらで手抜かりが生ずる彼でもなかった。
「よし……これでひとまず安全は確保と」
『ああ……後は俺が怪我を治すだけか』
「正直オレは行きたくなくなってきたな」
『お前がそんな弱気なのやめてくれよ。お前頼みって所もあるんだから……』
カイトの発言に、バルフレアががっくりと肩を落とす。とはいえ、その気持ちはわからないでもなかったようだ。
『まぁ、わからないでもないけどさ。まさか初手からこんな奴に出会うとは思っていなかった。やっぱ、冒険者ってのは幸運も重要なんだなぁ……』
「お前、本当に幸運だったみたいだな」
『だな。多分、今回の奴に俺が初手で遭遇してたら死んでたか逃げ帰ってた……』
冥界に行けたのはカイトが特殊能力を幾つも有しているが故で、彼でなければ今回の骨の龍なぞ討伐不可能。討伐を諦めるか、最悪は犠牲を覚悟で陸地に近付けて死神達に頼んでなんとかしてもらうしかなかった。
それらは当然簡単に出来る事ではなく、そうなると今度は暗黒大陸へ向かう経路を考え直すという作業を迫られる事になり、更に遅延が生じた事は間違いないだろう。というわけで、さらなる遅延を生じさせないために、とカイトがバルフレアへと助言した。
「とはいえ、流石にもう少し事前調査に時間を掛けた方が良い。正直こんな奴に遭遇したら輸送隊の壊滅は確定だ。本当にオレ達が考えているより暗黒大陸は色々な意味で暗黒らしい」
『暗黒大陸は単なる地図上の暗黒じゃないぞ、か』
「そうだ。冒険者達に伝わる言葉……オレよりお前の方が詳しいだろう」
誰もたどり着いていない地図上の暗黒地帯。それが暗黒大陸の由来になるわけだが、それは即ち暗黒大陸に関して、そこに居る魔物や動植物について誰も情報を持っていないという意味でもあった。
なので冒険者達は暗黒大陸に対して、地図上の暗黒であると共に、そういった情報が何も無いという意味を込めて暗黒と呼び表していた。情報がない事を警戒する冒険者達だからこその意味合いであった。そしてそんなカイトの言葉に、バルフレアも頷いた。
『そうだな……どっちにしろ俺の怪我もある。俺の怪我と今回の事例を理由に、さらなる調査を行わせる』
「そうしてくれ。オレ達が単に行って帰るんじゃない。地図を作らないとならないんだ。オレ達は第一調査隊に過ぎないし、これから十年近くにも渡る大事業になるだろうが……だからこそ第一陣になるオレ達が一番危険だ」
そもそも今回の一件に皇国が協力すると決めたのも、暗黒大陸が秘める利益を考えての事だ。彼らが各国へと提出する情報をベースに第二陣、第三陣と各国が調査隊を送る事になっていた。とはいえ、そんな未知への警戒を露わにするカイトに、バルフレアが笑う。
『冒険者の花形でもあるけどな』
「そうだな……未知の踏破。それが許されるのは冒険者の特権だ。ま、かといって未知に迂闊に近寄って死んでちゃ意味がない。熟練の冒険者は未知への危険を警戒し、そして未知の危険に対して持ち得る手札を全て活用できるようになって一流だ」
『それでも、死ぬわけだがな』
「そうだな……だが、オレ達はルカンのおっちゃん達のおかげで未知に対して警戒する手段を得た。ルカンのおっちゃんが航海日誌にまた色々と残してくれているだろうよ。それを調べる事が先だ」
『だな……また航海日誌がわかったら共有するよ』
「頼む」
<<船にて大海を往く者達>>が残してくれた情報で、この暗黒大陸には厄災種にも等しい、問答無用に死ぬ可能性がある魔物が居るとわかったのだ。ならばそれを前提に作戦を構築する必要があった。
というわけで一同は<<船にて大海を往く者達>>が残してくれた情報を精査するべく、ひとまずは海底に沈んでいく幽霊船だった船達の残骸を背に帰還するのだった。




