第3917話 滅びし者編 ――骨の龍――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。皇帝レオンハルトより指示を受けたカイトは各地から霊力や退魔の力を操る者を招集し幽霊船団の除霊に成功するわけであるが、その最中に彼は幽霊船団の一部に、かつて八大ギルドの一角を担い、暗黒大陸へ向かったものの消息を絶った<<船にて大海を往く者達>>のギルドマスターであるルカンの幽霊から、幽霊船を操る黒幕の存在を聞く事になる。
というわけで幽霊船団の除霊と共に現れた巨大な骨の龍に対して、カイトは兎にも角にも船を狙われないように大立ち回りを繰り広げていたのだが、アル・アジフによる解析の結果、この骨の龍は冥界を構築するという本来神々にしか出来ない芸当をやってのけたのだと知らされる。
「……」
どうしたものか。無数に飛び交う赤黒い閃光を掻い潜りながら、カイトはひたすらに攻撃の機を見定める。どうやらカイトは近付けない方が良いと骨の龍も悟ったのだろう。原則はこちらに近寄らずに赤黒い閃光や骨による攻撃を繰り広げ、時々骨の腕を飛ばして打撃を行う程度であった。と、そんな攻撃の嵐を掻い潜る彼だが、そんな彼らを狙うように骨の龍の片方の口腔が開いて赤黒い閃光が迸る。
「おっと……これはまぁ、即死級の攻撃って事で良いんだろうな」
「即死級……ではあろうだろう。だが呪殺とかそういった類のだな。食らえば取り込まれるだろう」
「呪いか」
「呪いだ」
カイトの言葉にアル・アジフが同意する。そうして、彼女はそのまま続けた。
「元来、負の感情……恨み辛み、憎しみ。そういった感情は他者への強い攻撃性を有している。そして魔力とは意思の力だ。ならばそういった負の感情を濃縮すれば、存在するだけで他者を傷付けんほどの力を秘める。それを利用して指向性を持たせたものが、呪いの原点だ。本来、それが一番効果的なものは例えば殺されたなら殺した相手になるが……そういった指向性を取り除いてやれば強い攻撃性を有する魔術の出来上がり、というわけだ」
「解説どーも……さて、どうするか……」
赤黒い閃光は縦横無尽に荒野を飛び交い、カイトの進軍を妨げる。が、これに。カイトは笑う。だがそれに、今度はアル・アジフが問いかける。
「どうするもこうするもない。父にとって、呪いの力は大した効果を持たんだろう。特に、こういった雑多な、呪いはな」
「雑多言うな、雑多……ま、それは確かにな」
そもそもカイトには呪具の類は通用しない、と言われているのだ。それはかつて彼が堕族に堕ちたが故で、その結果呪いも通用しないようになっている。ということは、である。この赤黒い閃光が呪いに端を発するのであれば、ある程度は無効化出来て不思議はなかった。
「とはいえ、あの口からの一撃は流石に厳しいだろう。量が量だからな」
「呪術を使っていると思うか?」
「いや、あれはおそらく奴自身に向けられる殺意や恨みを凝縮したものだ。それを奴が敢えて自分で一度受ける事で、他者への攻撃に転用しているのだと思われる」
「自らを媒体として凝縮しているというわけか」
「加えて、その力を自らの糧にしているのだろうな……度し難い」
「同意しよう」
正しく物語に語られる悪玉だ。カイトは自らに向けられる憎悪の感情を糧としているという骨の龍に対して、嫌悪感を滲ませる。
「出来る? そんなこと」
「所詮、負の感情とて感情である事に違いはない。感情とは意思。意思とは即ち魔力の源だ。魂という原資さえ保持しておけば、それを苦しめる事で負の力を取り出して、糧とする事は出来なくはないだろう。何時からかは知らんが、密かに、しかし相当量を蓄えたのだろうな」
アル・アジフは表に出している幽霊船があくまでも餌の役割を有しているだけで、それ以外にもこの近海で沈んだ無数の船乗り達の魂を収奪している事を語る。
「ま、そういうことだな……流石にその直撃はオレでもマズいかもな」
「でもあの程度なら弾ける?」
「やれるんじゃないか、か。それでも全部同時になると流石にマズいが」
くるくるくる、と大鎌を回して、カイトが立ち止まって見栄を切る。そうして立ち止まった瞬間、二体の骨の龍の手から総計20本もの赤黒い閃光が網のように放たれた。とはいえ、これは誘っただけだ。故に彼は即座に前に飛び出して、赤黒い閃光の網が閉じる前に抜け出す。
「む」
『神』が四つの腕を通り抜けたその瞬間。骨の龍の四つの腕がガタガタガタ、と音を上げて弾け飛ぶ。
「それは見飽きた」
二十本の指が飛び交い、その指先から放たれる赤黒い閃光がカイトを包囲するように飛び交う。とはいえ、これにカイトは興味がないように閃光を大鎌で切り裂くだけだ。指先から放たれる赤黒い閃光は『神』の腕ほどの太さしかなく、威力も相応でしかない。
故に死神の大鎌ならば切り裂けた。そうして指先の閃光を斬り裂いた所で、ついで指が飛んでただの骨の塊となった骨の腕が飛来する。
「ちっ」
やはり骨は固い。それもこの骨の龍ほどの魔物の骨になると、いくらカイトでも切り裂くのは苦労する。故に彼もハンマーや大剣の腹など、打撃を中心に攻撃を繰り広げていた。
だがそうすると、今度は閃光を切り裂く事が出来なくなる。痛し痒しであった。というわけで飛来する骨の塊に、カイトは大鎌を振って迎撃して弾くが、その反動で『神』の速度が僅かに緩み、軌道が逸れる。
「大剣でやればよかったが!」
軌道を逸らされた先に展開する数本の指と、その指先に宿る赤黒い光点に、カイトはしかめっ面を浮かべながらも即座に大鎌を虚空に突き立てて転身。即座に赤黒い閃光の範囲から逃れる。というわけで大剣で進めば良かったか、と愚痴をこぼす彼にナコトが指摘した。
「大剣だと弾けない」
「それな! 面倒この上ない!」
呪いの力を切り裂くのは普通の武器では無理だ。故にカイトは死神の大鎌を常用しているわけだ。大剣なら取り回しが良く打撃、斬撃共に出来るので大剣がベストだったのだが、単に自身の武器を模して、自らの魔力で編んだ程度の大剣でどうにかなるわけではなかった。
「しまったな。これ、オレも魔導機で良かったか。あっちは武器が緋緋色金だから、相応に呪力にも対応出来るんだが」
「文句を言うな……ほら、<<バルザイの偃月刀>>だ」
「あいよ」
顕現した偃月刀を手にして、カイトは再び虚空を蹴って骨の龍から距離を取る。先程からずっとこの繰り返しだった。というわけで放たれる赤黒い閃光にカイトは偃月刀を投げて相殺。そのまま距離を取る。
「やはりどこかで肉を切らせて骨を断つ、とやらにゃならんか」
「だろうな……数発は受ける覚悟でやれ」
「嫌なんだがなぁ、あの感覚は」
それに見極めないと下手を打つとこちらが痛い目に遭うだけで終わってしまうしなぁ。カイトはアル・アジフの指摘に苦い顔だ。とはいえ、流石にそろそろ諦めねばならないとも思ったようだ。彼は意を決したように気合を入れた。
「……やるか」
今なら骨の腕から指先が離れており、全てを同時に食らうという最悪パターンは起きない。カイトは自身の周囲を縦横無尽に飛び交いながら赤黒い光条を放つ骨の指を見ながら、そう判断する。
「ド・マリニー、バルザイ、ニトクリス、コード申請」
「「承認」」
「よし」
三つの魔術を同時に展開準備状態に持っていき、カイトは一度だけ深呼吸する。数発の被弾、それも並外れた殺意を持つ力によるダメージを覚悟し、その上で敵に一撃を与えねばならないのだ。中々に面倒だった。ダメージを受けないで良いのなら、受けないで済ませたい所であった。というわけでダメージ覚悟での突進を決めて早々、カイトは無数の『神』の分身を生じさせる。
「おぉおおおお!」
無数の『神』による一斉突撃。それに対して骨の龍も二重の指先と四つの腕、更には二つの口腔からの巨大な光条による殲滅を試みる。だがそのほとんどが、赤黒い閃光が命中すると同時にガラスの砕け散るような音を立てて砕け散る。
「っ」
やはり光条の数が多いし、出力もそもそも高い。一体二体同時に削られる事は普通で、口腔からの一撃であれば十数体纏めて消し飛んでいる。故に毎秒数十単位で削られていく分身に、カイトは苦い顔だ。
とはいえ、それは最初からわかっていた。故に彼は残る分身が予め決められた数に到達すると共に、待機させていた魔術を追加で起動する。
「<<ド・マリニーの時計>>起動!」
「術式復元」
「さぁ、無意味に戻った気分はどうだ?」
カイトの号令に合わせて鳴り響く時計の音と共に、破壊された分身達がまるで時が戻るかのように元通りに復元されていく。そうして砕け散ったそばから復元を繰り返して狙いを付けさせないようにするわけだが、やはりそこまで無数の分身を生じさせているといくら彼でも避けられないタイミングは生じていた。
「ぐっ!」
「時計による復元とニトクリスによる呪いの変換!」
「やった」
指の一つから放たれる赤黒い光条が『神』の脚部を貫いて、カイトの顔に苦悶の表情とその額に途端脂汗が浮かび上がる。だが『神』への被弾と共に二冊の魔導書達が即座に分身の一つにダメージを肩代わりさせ、更に被弾した部位を時間の逆行にも近しい力で復元する。そうしてカイトは感じなくなった痛みと負の感情を吐き出すように苛立ちを口にした。
「だから嫌なんだよ、お前みたいに人の生死を弄ぶ魔物は! お前らは感情が無いから良いんだろうけどなぁ! こっちゃ呪い攻撃割とトラウマもんなんだぞ!」
『神』を貫いたのは、骨の龍により殺された犠牲者達が、骨の龍に抱いた憎しみや恨みの感情だ。それを攻撃に転用しているのだ。命中と同時に聞いたこともない誰かの声が自らの死を願うような幻聴が聞こえていた。というわけで愚痴と共に吐き出したカイトであったが、無数の攻撃を無理矢理に突破しているのだ。数秒後、再び『神』の身体を赤黒い光条が貫いた。
「っぅ……死ねだと苦しめだのうるせぇなぁ」
最悪にも程がある。カイトは攻撃の命中と共に再び脳裏に響く憎悪の声にしかめっ面だ。とはいえ、そんな無茶をしてでも肉薄した甲斐はやはりあった。そうして強引な突撃を繰り広げた彼へと、アル・アジフが報告する。
「父よ! 後残り数歩! やるなら今だ!」
「あいよ! コード・バルザイ! コード・ニトクリス! 左側!」
「「了解!」」
カイトの号令に合わせて『神』の右腕に顕現する<<バルザイの偃月刀>>を、彼が振るう。そうして一振りすると十の偃月刀が現れて、更にもう一振りすると百の偃月刀が顕現する。そうして繰り返すこと三度。一千の偃月刀が虚空に生じる。
「バルザイ一千発! 持っていけ!」
『神』が手にしていた<<バルザイの偃月刀>>を自分から見て左側の骨の龍へと投げ放つと、それと同時に虚空に生じていた無数の<<バルザイの偃月刀>>もまた一斉に回転して、骨の龍へと突撃を開始する。
「コード・ド・マリニー! もういっちょだ!」
「了解! 右だな!」
「おうとも!」
左側の骨の龍へと殺到する<<バルザイの偃月刀>>と、それを迎撃するべく飛翔する骨の龍の腕と指を横目に、カイトは砕かれた分身達を再構築。それらを囮として、右側の一体へと肉薄する。
「っ」
骨の龍の口腔に赤黒い閃光が宿ったのを横目に見て、カイトは一瞬だけ顔を顰める。そうして放たれる赤黒い巨大な光条はしかし、幸いな事に『神』の真横を掠めるように通り過ぎるのみであった。
「っぅ! だが、これで!」
一撃を叩き込める距離までたどり着けた。カイトは手にしていた武器を大鎌へと変えて、骨の龍の胴体へと突き立てる。そうして大鎌を突き立てた瞬間、骨の龍の胴体からこぼれだした赤黒いモヤのような物体が『神』に触れた。
「っ」
「どうした!?」
「相当、溜め込んでやがったな!」
赤黒いモヤは骨の龍の冥界に捕らえられ、あの世に行く事も出来ずに餌となり続けた魂達の発する恨みだった。それは赤黒い光条のように指向性はなかったものの、染み出すように『神』にダメージを与え、それとリンクしたカイトにもダメージを与えたのであった。とはいえ、だからこそカイトの顔には笑みが浮かぶ。
「だが、そうして腹の中にしこたま溜め込んだのがお前の運の尽きだ! 命ずる、死者達に安寧を与えよ!」
死神の大鎌から白銀の閃光が迸り、骨の龍の内部から白銀の光が漏れ出す。そうして漏れ出した光が骨の龍を包み込み、内部の赤黒いモヤごと消し飛ばすのだった。
お読み頂きありがとうございました。




