第3912話 滅びし者編 ――裏側――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。皇帝レオンハルトより指示を受けたカイトは各地から霊力や退魔の力を操る者を招集し幽霊船団の除霊に成功するわけであるが、その最中に彼は幽霊船団の一部に、かつて八大ギルドの一角を担い、暗黒大陸へ向かったものの消息を絶った<<船にて大海を往く者達>>のギルドマスターであるルカンの幽霊から、幽霊船を操る黒幕の存在を聞く事になる。
というわけで幽霊船団の除霊と共に現れた巨大な骨の龍に対して、カイトは兎にも角にも船を狙われないように大立ち回りを繰り広げていたのだが、アル・アジフによる解析の結果、この骨の龍は冥界を構築するという本来神々にしか出来ない芸当をやってのけたのだと知らされる。
そうしてこの骨の龍が持つという冥界へ乗り込まねば討伐は不可能と知ったカイトは、その冥界に乗り込むべく準備を進めていた。
「やれやれ……面倒な事になったもんだ。まさか冥界を作れるか。確かにここらは人気もなく、どの神々も領有していないんだろうが……そんな無法が出来るとはな」
『神々とは世界の末端だ。末端がいない、という事は世界の法則が行き届いていない、ということでもある。それが魔法の行使であればまた話は異なるだろうが、何もない場所に擬似的に冥界を構築する程度なら不可能ではあるまい。言ってしまえば、どこの神話もかつてやった事だからな』
あるがままを受け入れるしかない、と思いながらもあるがままを受け入れがたい様子のカイトに、アル・アジフは改めて現実を受け入れるように告げる。
「まぁ、そうなんだがなぁ……そうなると余計、行くのが面倒になるんだが」
『事前の情報なしで行けるのは父だけだろうな。大精霊達の支援を受けつつ、死神の神使であり、死神個人より庇護を受けている事を光栄に思うべきだろう。そして扱う魔導書は死霊を操る魔導書だ。ここまで最適解を整えられる者も中々ないぞ』
「死神個人っていうか、豊穣神に原初の海の女神と言いますか……メソポタミアのイシュタル、エレシュキガル、ティアマトの三女神の庇護だが」
『最適解、もう一つ追加だな』
「んぁ!?」
楽しげに笑って指摘するアル・アジフに、カイトは思わず愕然となる。最適解がもう一つ追加、というのはティアマト神の事だ。彼女はメソポタミア文明最古の女神の一角で、原初の海の女神であり、混沌を司ったという。これもまた、現状に最適な女神の一角だった。
「はぁ……もうどんだけ多いんだよ。とはいえ……まぁ、そういうことだわな」
エネフィアに来てシャルロットに見初められた時点で諦めるべきだったのかもしれない。カイトは何柱もの女神に愛されている自分の身の上を思い出して半ば呆れながらも、やはり結論として自分が最適解である事は間違いなかったらしい。
「バルフレア。さっき話した通り、オレが冥界に乗り込む。流石に現状冥界に行けるのはオレだけだろう」
『やれるのか?』
「まぁ、裏技幾つか重ねて、って塩梅だが。地球で知り合った女神が冥界神と豊穣神の姉妹でな。それとオレの生まれた日本が色々とあって縁があって、個人的な守護を授けられている……んで、色々とありまして。冥界を擬似顕現出来たり出来るようになりまして」
『無茶苦茶すぎんだろ、お前……』
本当にどれだけの手札をこの男は手に入れて戻ってきたのだろうか。バルフレアは相変わらず何でも出来るようになっているカイトに呆れ返る。とはいえ、カイトがこういう男だというのは彼もわかっていた。
『定員は?』
「オレ一人。しかもどこまで出来るかさっぱり。ついでに言うと、あんまりやりすぎると多分邪神様が活性化する」
『なんで』
「そいつとある種の同郷……同じ神話の所属なんだよ。派手にやり過ぎると確実にバレる」
『……あー……ある意味連中もあの世に居るようなもんか』
一応この骨の龍は自分の冥界を擬似的に作っているということなので伝わる可能性は低いだろうが、冥界である以上はどこでどういう影響が出ても不思議ではない。必然として邪神への警戒は必須だった。
「そ……てか冥界っていうよりもあの世とこの世の境目に近い。何が起きても不思議はないからなぁ……」
『ほとほとお前は厄介だなぁ……便利とも言うけど』
「いい加減便利屋扱いやめて欲しいんですが」
『被害を考えるとなぁ……最適解がある場合は最適解をぶつけるしかねぇんだよなぁ……それに最適解がない場合も基本生還して情報を持って帰ってくれるから、やっぱりお前を投げるのが一番良いんだよなぁ……』
「泣いて良いか、ホントにそろそろ」
やはりカイトがここまで色々な力を手に入れた理由は、と言われれば行く先々でトラブルに巻き込まれ、結局彼が解決してきたからだろう。そしてそれが重なれば重なるほど彼に経験値が積まれていき、結果として彼が最適解になり、そして再び彼に解決が投げられて経験が積まれ、と続いていくのであった。
『あははは……ま、流石に今回は頼むわ。後方支援はこっちでなんとかする……まぁ、こんな塩梅なんだけどさ』
「……出る気か?」
『出にゃどうしようもないだろ。基本は後ろで待機してるけど、上には立つさ』
「お互い、立場が出来ちまうとサボりたい時にサボれなくなっちまうもんだな」
『しゃーない。お互い、望んで立った場所だ。諦めようぜ』
「あいよ」
カイトは立場が欲しくて立ったわけではないが、立場がなければ手に入らないものが、守れないものがあったのだ。ならばそれに見合った仕事はしなければならなかった。
というわけで、飛空艇の甲板に姿を見せたバルフレアを遠くに見て、カイトは呆れたように笑いながらも気合を入れる。
「っしゃ! アル・アジフ、冥界の顕現はこちらで。奴の領域への接続は任せる。ナコトは冥界と冥界の接続を維持」
『わかった』
『ん』
カイトの指示に、二人の魔導書が承諾を示す。そうして二冊の魔導書の承諾を得ると、カイトは楽しげに笑いながら自らを庇護する者の力の一つを解放。途端、海の上だというのに乾いた空気が周囲に吹き荒ぶ。と、冥界の顕現を開始したと同時だ。アル・アジフが笑う。
『む? 父よ、喜べ。どうやら、向こうの領域はこことは正反対のようだ』
「どういうことだ?」
『つまり……こういうことだ』
楽しげに笑うアル・アジフの言葉に合わせて、カイトの周囲に吹き荒んでいた乾いた空気が彼を何処かへと吹き飛ばす。そうして彼が一瞬だけ目を閉じて、次に開いた時。そこはすでに、冥海の海の上ではなかった。
「ここは……」
『奴の冥界だ……どうやら、冥海という水の多い空間に対してここは一切水気のない乾いた土地らしいな。おかげで接続は容易だった。更に言えば維持も楽だろう』
『楽』
どこか上機嫌そうに、ナコトはアル・アジフの指摘に答える。そうしてそんな二人の言葉を尻目に、カイトは周囲を確認する。
「荒野……か。何もない……ガチで何もない広大な荒野か」
先程の冥海が骨の魔物や幽霊の存在さえなければ幻想的で美しいとさえ感じられる空間だとするのなら、こちらの荒野は空気は渇き、目印となるような樹木一つ生えていない。死後の安寧なぞどこにもない、正しく全てが滅び去った後の世界だと言われても納得の出来る光景だった。
「これ、別にオレが<<帰還する事のない地>>を顕現させたから、ってわけじゃないよな?」
『ああ。元々奴の保有する冥界が冥海と真逆だっただけだ。いや、思い返せば似合いの空間だろう。海で死に関連するのであれば腐敗した魔物が多い。骨の魔物は荒野だな』
「……確かに」
あるがままを受け入れていたのでカイトも見落としていたが、骨の魔物が良く出るのは墓地や荒野だ。もちろんだから海には骨で出来た魔物は出てこないというわけではないのだが、完全に肉が削げ落ちたような魔物が出る事は稀ではあった。というわけでアル・アジフの指摘に納得したカイトだが、そんな彼は周囲を確認。骨の龍の姿を探す。
「で、奴さんはどこに?」
『それはわからん……が、ここに居る事は間違いない。ここが奴の冥界である以上、そして奴にとって優位に働く空間をわざわざ捨てる理由なぞないだろう』
「だわね」
どうやらやはり臆病者である事に違いはないらしい。カイトはまずは骨の龍を探す事から始めねばならないのだ、と何処か辟易とした様子ながらも自らを納得させる。というわけで浮かんで探すか、とした彼であったが、幸か不幸か。探す必要なぞ全くなかったようだ。
「っ!」
なにかが近付いてきている。それを気配で察知したカイトが、虚空を蹴ってその場を離脱する。そして直後、彼らが立っていた場所を飲み込むように、乾いた地面から巨大な骨の龍が姿を露わにする。
「っと! お出迎えどうも! 自分の家の中でぐらい隠れず姿を見せとけや!」
どうやら奴に有利な空間である事は間違いないらしい。カイトはここまでこの巨体に接近されながらも、一切の地響きなぞ響かせず近付いてきていた骨の龍に対してそう判断する。
「とりま一発、手土産でっす!」
猛烈な勢いで自身を追い掛ける骨の龍の頭に、カイトは思い切り拳打を叩き込む。それは先程までならば一切のダメージがないはずだったが、しかし。今度は本体があると言われている冥界だからだろう。大きな音を立てて、骨の龍の頭が吹き飛んだ。
「クリーンヒット……さ、引きこもれるのはここまでだ。これからはタイマンでやろうや」
本格的な戦いはここからになるのだろうが、少なくとも一歩前進だな。カイトは吹き飛ばされていく骨の龍に対して獰猛に牙を剥く。そうして、荒野での戦いが開始される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




