第3881話 滅びし者編 ――幽霊船――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。それでも足りないと考えたカイトはソラやセレスティアらも動員する事にする。
そうして冥海と呼ばれる幽霊船が浮かぶあの世とこの世の境目が出現し、幽霊船団の陽動となる幽霊船がついに出現。更に続けざまに何隻もの幽霊船が出現。
その最後に現れたガレオン船の幽霊船へとカイトは跳躍。だが乗り込んだ幽霊船は半ば異界と化しており、周囲はおどろおどろしい状況がただ広がるだけであった。というわけでそんな幽霊船の甲板を見回すカイトに、アリスが問いかける。
「カイトさん……ここ、脱出出来そうですか?」
「さて……どうだろうな。ソレイユ。聞こえてたら連絡プリーズ」
『聞こえてまーす。ただにぃ達の居場所は見えないかな』
「空間は歪んでる、されど念話やらが通じないほどではない、か……まぁ、脱出は出来そう……か?」
どれに乗ったかはわからないが、単なる一介の船員程度であればここからの脱出は非常に厳しかっただろうな。カイトは先日海賊島で保護した商船の船員を思い出して自分ならば脱出は出来るだろうと踏んでいたが、同時に何ら力を持たない戦闘員であれば脱出不可だと判断する。とはいえ、だからこそ準備もしていた。
「アンカーを確認する」
『りょーかいです』
船が打ち込んだ特殊なアンカーはそもそもその脱出不可能である状況を想定して、脱出出来るようにするためのものだ。故に彼はまずはとアンカーを確認するべく後ろを振り返る。そしてどうやら空間は歪んでいる様子ではあるが、脱出が出来なくなるような致命的なまでの歪みは生じていないようだ。甲板に打ち込まれたアンカーは普通に存在していた。
「アンカーよし。船とのリンクシステム……正常に作動。現在位置の固定……よし。非常避難システム……よし」
「え?」
「あはは。このアンカーは中に入れるようになってる。中の空間が少し歪んでいてな。少し狭いが……万が一脱出出来んとなった場合に、これで実空間に放り出される事で脱出するってわけだ。まぁ、普通の退魔師なら脱出出来るから、万が一消耗が激しい場合や何らかの事情で力を持たない要救助者を確保した場合に使えるものだ」
アンカーの側面がぱかりと開いた事に驚いたアリスに、カイトはこれがどういうためのものか説明する。そうして非常用の脱出システム等を一通り確認し、彼は頷いた。
「よし。問題ない。脱出は出来そうだ。さて……どうしたもんかね」
「……下、破壊は出来ませんか」
「やっても良いが……」
ソーニャの物騒と言えば物騒な発言に、カイトは少しだけ苦笑いだ。だが、すぐに彼は首を振る。
「最悪冥海に叩き落されるか、冥海の力で幽霊船が復元されるのが関の山だろうな。無駄な力を使えるほど余裕なんてない。やめとこう」
「ですね」
「復元……ですか?」
「ん? ああ、そういえば幽霊船を破壊する事についての話はアリスに話していなかったか?」
「聞いていません」
カイトの問いかけに、アリスははっきりと一つ頷いた。とはいえ、これはカイトの説明不足があっただろう。というわけで、彼が手早く教えてくれた。
「幽霊船は前に話した通り、幽霊船と船員で構築されている。今回の場合は幽霊船団だから、全部の船でだな……というわけで、船を一隻沈めた所で幽霊船団という概念で保管されている以上、しばらくすれば復元されて元通りになるのが関の山。しかも沈んだ後は冥海にオレ達は叩き落される事になる。なんで基本的に幽霊船を破壊するのは一番後。船員達の幽霊をどうにかした後、か」
「……厄介なんですね」
「まぁな……だから幽霊船の除霊が困難な理由の一つだ。基本魔物にせよ何にせよ、一度討伐してしまえばそれが群れでも復活する事はない。数は減らせる……が、幽霊船に限って言えば撤退してやり直し、ってのはこっちは消耗した状態なのに、向こうは万全に戻るって事を意味する。可能なら一日で除霊仕切らないとならない」
「……」
それで冒険者ユニオンは除霊師・退魔師の数を集めようとしたのか。アリスはバルフレアと皇国の間で成された合意が必要なものだったのだと理解する。
「まぁ、それが殊更幽霊船の除霊を困難にしててな。オレやセレネ、ピュルテだけでも幽霊船団の半数は沈められるだろう。だが半分ぐらい沈めた所で最初に潰した幽霊船が復活する可能性が高い。効率化に効率化を重ねれば、全ての除霊も夢ではないんだろうが……流石にそれは無理だな」
「どれぐらいで再生するんですか?」
「それはわからんが……少なくとも通常の幽霊船で翌日の遭遇では元通りになってたって話は聞いてる」
オレは一日で終わらせているから知らんし、わざわざ危険を冒してまで情報を手に入れる理由も必要もなかった。カイトはアリスの問いかけに対してそう語る。
何より彼は最初の時点でシャルロットの大鎌、すなわち死神の神器を手にしていたのだ。その彼が幽霊船団なぞという特殊な事例でもなければ、除霊に対して時間が掛かるわけもなかった。彼が復元を知らなくても無理はなかった。
「特に今回の場合、船団という形で集まっている事を考えれば再生速度は更に早い事が考えられる。必然として、オレとセレネ、ピュルテだけだと間に合わん可能性は非常に高かった……そういうわけだから、幽霊船を壊すってのはあまり推奨はされんし、オレも推奨は出来ん」
「なるほど……ではどうしますか?」
「本当にどうしようかね。まず常道としてはこの幽霊船の船長か、幽霊船団の提督にでも会いたい所なんだが……」
当然そのどちらでも警備が一番厳重な所に居る事は間違いないだろう。そして狙撃等を避けるためにも、甲板に出ているとは思えない。というわけで、カイトはまずは、と口にする。
「まず探すべきは船内へ向かう方法だろうな。擬似的な異界化だ。おそらく色々と変えているんだろう」
「その意図は?」
「おそらくだが、船長だか提督だかは幽霊船団の維持に強い影響があるはずだ。本来幽霊船だから船長達は何も気にせず上に出て良い所ではあるが、同時にオレ達みたいな除霊師・退魔師に出逢えば一気に優位性は失われる。しかも幽霊船は特殊みたいでな……いや、もう特殊か。それはさておいて、そういう事情だから船長は最奥に居るだろう、って踏んだわけだ」
アリスの問いかけに対して、カイトが自分達の目的とするこの幽霊船の中心人物の居場所についてを語る。そしてそうならば、と目標は決まっていたようなものであった。
「というわけで、目指すべきは船内へだが……さて、どうしたもんでしょうか」
「異界化なら何かしらで解除出来るのでは?」
「んー……この異界化は無理だろう。おそらく異界化の概念は幽霊船団全域で共有しているものだ。多分だがな……だがそうであるのなら、この異界化は幽霊船一つをどうにかして解除出来るもんじゃない」
「幽霊船全体を幽霊屋敷と見做す、と」
アリスの問いかけを受けて推測を語るカイトの言葉に、ソーニャが口を挟む。これにカイトは一つ頷いた。
「そうだな。そう考えて良い」
「幽霊屋敷?」
「ああ……まぁ、俗称だな。ウチのギルドホームみたいなあだ名ではないが……今みたいに幽霊が集まりすぎた事で冥界に近い状況となり、更に中央に強い力を持つ幽霊が存在することで場の改変が進んで、本来の建物と構造やら接続が歪みまくったお屋敷だ。だから外からは二階建ての建物なのに、何故か三階が存在したりという事が起きたりする。どういう変化なのかは中心となった幽霊に依存するが……ここはそれに近い状態、と見做して良いだろう」
「なるほど……」
確かに言われてみれば幽霊船の甲板も空間が歪み、見た目と中身が全く一致しない状況と見做して良いだろう。アリスはこの幽霊船の甲板が幽霊屋敷――俗称らしいが――とやらと一緒だと理解する。
「……とりあえずは進んでみるしかないのでは?」
「……だな。アンカーが消える事だけは警戒したいが……ソーニャ。位置のズレは認識可能か?」
「可能です。幽霊屋敷も何度か経験を」
「おし……じゃ、行きますか」
とりあえずここまでの撤退は可能だろう。カイトはソーニャの返答からそう判断する。そうして、三人は周囲を警戒しながらもひとまずは船首の方向へと歩いていく事にするのだった。
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