第3859話 滅びし者編 ――月牙――
バルフレアから対応を要請されていた暗黒大陸までの海路付近で出没しているという幽霊船の除霊。それに向けて準備を行っていたカイトであったが、間にソラの試練を挟んで半月ほど。そこでバルフレアはついに幽霊船を発見するに至るも、幽霊船はエネフィアでも歴史上観測されたことのない幽霊船により構築された幽霊船団だと判明。
流石に幽霊船の時点でカイトが最適解とされていたのに、こうなっては冒険者ユニオンだけでは対処不可能と判断したバルフレアに要請された皇帝レオンハルトより指示されて、カイトは幽霊船団の除霊に向けて動くことになる。
というわけでソラに引き継ぎをしたカイトは、シャルロットに仕える者たちの中でも対邪神を目的として設立された戦闘部隊『月牙』の総本部へと向かうことになっていた。
「にしても、どこの記者かは知らんが好き勝手しやがるもんだ」
『あら。また何かあったの?』
「今度はバルフレアだ……まったく。皇国海軍の醜聞と良い、バルフレアの失態と良い……いや、海軍はともかく、バルフレアは失態とは言い切れんな、あれは」
エドナの問いかけに対して、カイトはどこか苦笑いだ。元々彼もそうだが、絶対的な支持なぞ望めない。伝説の勇者として数々の偉業を成し遂げた彼でさえ、支持率は100とならないのだ。どこかしらには敵対者が潜んでおり、こういったことは日常茶飯事であった。
『大変ね、平和になると』
「まったくだな。平和になればこそ、だが」
統治機構のあらぬ噂を流せるのはひとえに平和だからだ。これが戦時中や非常時であればそんなことをしてしまえば民衆の暴走を招きかねない。統治側からすれば、最悪は殺されても文句は言えないという悪行だった。平和だから、見逃されるだけであった。
「……まぁ、それは良いさ。そういう話が出せるというのは統治機構が健全な証拠だ。頭の痛い問題だが、やり過ぎるならユニオンで対処するだろう」
『そうね……ふふ』
「んだ?」
『いえ、昔はそんなこと全く考えなかったのに』
「うるせぇよ。統治者十年近くやってりゃこうもなる……存外、あのままでもそうなってたのかもしれないぞ?」
『どうかしらね』
少しだけおどけてみせたカイトに、エドナが笑う。というわけでいつものように雑談を交えながら転移と飛翔を繰り返す二人だが、マクダウェル領を出発して数時間。一つの白銀の山が見えてきた。
それは数千メートルはあろうかという山ではあったが決してエベレストのような非常に高い山が連なるわけではなかったが、だからこそ富士山のような雄大さがあった。
「見えたな」
『凄いわね……霊山?』
「ああ……おそらくエネフィアでも随一の霊山だ」
『……白い、けど雪じゃないわね。もしかして魔法銀?』
「ああ……良質なかつ特殊な力を持つ魔法銀が産出される鉱山がある。まぁ、だから歴史的に何度か攻められたことはあるそうだが」
流石に神話の時代の邪神の痕跡に対処出来る組織と敵対して良いことはなにもない。カイトは何度攻められても維持が許されていた月牙の歴史を思い出して少しだけ苦笑いだ。そんな彼にエドナはもしかして、と問いかけた。
『特殊な力……もしかして退魔の銀?』
「そ……やっぱお前は知ってたか。退魔の銀狙いの襲撃も多かったようだ。ただまぁ、結局は邪神の遺物に対処してきたバリバリの戦闘部隊を相手に手ひどい目を遭わされて追い返されていることが多かったそうだが」
『確かにまぁ、退魔の銀ならたとえ攻めてでも欲しいかもしれないわね』
退魔の銀。それは退魔の力を潜在的に有している魔法銀のことで、こういった霊山でのみ産出される特殊な魔法銀だ。そもそも霊山が非常に限られる上に、全ての霊山で魔法銀が産出されるわけではない。非常に希少な素材だった。
「ああ……退魔の銀は素材としての優秀さは魔法銀と同等かそれ以上。魔術の媒体としての適性は非常に高く、オリハルやらそこら更に上位の素材が手に入ったとしても、敢えて退魔の銀を使う戦士は珍しくもない。特に魔術もメインウェポンとして使用する戦士なら是が非でも欲しい一品だ」
『の割には貴方は使わないわね?』
「オレは上位互換の夢幻鉱か緋緋色金だ。流石に更に上位互換を使える以上、意図的に退魔の銀を使う必要はないからな」
ぽんぽん。カイトは自らの腰に帯びた刀を軽く叩く。
「それはさておき、だ。ここに襲撃してきた連中は月牙をかなり甘く見ていたことも多いそうだ。邪神の脅威を甘く見た、とも言えるが……まぁ、所詮は聖職者。それも女が大半となりゃ、そりゃ高を括るだろうが」
『確かに……これは甘くは見れそうにないわね』
どうやらエドナもなにかに気が付いていたらしい。カイトの言葉に僅かに笑う。これにカイトは苦笑いを浮かべた。
「仕掛ける必要はない。身内だ……というわけだから、包囲網は解いて欲しいな?」
『『『っ!』』』
気取られていた。カイトの周囲を包囲していた何者かの気配が揺れる。まぁ、先程も述べられているが、ここは月牙の総本山。敢えて言えば月影教会や月下の神殿が共同で運営する軍事組織の軍事基地だ。当然だが来訪者は即座に警戒されるだろう。そしてそんな彼の問いかけに、女性の声が応じた。
「包囲を解いて構わん……彼の言う通り、彼は我らの身内だ。カイト殿。お待ちしておりました。相変わらずですね」
「ありがとう。そちらこそ見事な手際だ。まだ夜は遠い。闇の衣を日の光の中でも隠せる手際、流石だ」
女性の称賛に対して、カイトもまた称賛で返す。これに女性が笑って頭を下げた。
「ありがとうございます。貴殿にそうお褒め頂ければ、自信を持って彼女らも任に当たれる」
『総隊長。彼は?』
「彼は我らが神の使徒。先に伝えた女神の使いだ。訳あって正体はお前らにも明かせんし、常日頃は月牙とも距離を置かれているが……間違いなく有事の際には我らと共に轡を並べる方だ。場合によっては我ら月牙は全員、彼の指揮下となる場合もあり得る」
『『『っ』』』
どうやらカイトの正体は月牙でも最高位の者にしか共有されていないらしい。通常の手筈通りカイトを包囲した月牙の戦士達の間に僅かな動揺が生ずる。というわけでカイトは月牙の戦士達と共に、月牙の総本山へと舞い降りるのだった。
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