第3859話 滅びし者編 ――支度――
バルフレアから対応を要請されていた暗黒大陸までの海路付近で出没しているという幽霊船の除霊。それに向けて準備を行っていたカイトであったが、間にソラの試練を挟んで半月ほど。そこでバルフレアはついに幽霊船を発見するに至るも、幽霊船はエネフィアでも歴史上観測されたことのない幽霊船により構築された幽霊船団だと判明。
流石に幽霊船の時点でカイトが最適解とされていたのに、こうなっては冒険者ユニオンだけでは対処不可能と判断したバルフレアに要請された皇帝レオンハルトより指示されて、カイトは幽霊船団の除霊に向けて動くことになる。
というわけで幽霊船団が出てくるか否か、という点についての助言をシャルロットから受けた彼は自身と同じようにシャルロットに仕える月牙の本部へ向かう前に色々な引き継ぎを行うべく動くことにしていた。いたのだが、この日の朝彼がギルドホームの執務室にやって来て見たものは、ソラのしかめっ面であった。
「……あ、カイト。おはよ」
「おう、おはよ……どうした。朝からしかめっ面で……なにか嫌な話でも掲載されていたか?」
「ああ、いや……ああ、そっか。お前なら事の次第とか知ってそうだよな」
「うん?」
どうやら自分に関係のある内容が掲載されていたらしい。自分を見るなりなにかに気付いたように目を見開いたソラに、カイトは小首をかしげる。まぁ、基本自分に関係することが掲載されるのなら先に把握出来ているのだ。なので何か彼が気になることでもあっただろうか、と少し訝しみがあった。
「これなんだけど……お前なんか知らないか?」
「新聞か……ああ、それか」
「あ、やっぱ知ってたのか」
ソラの問いかけを受けて紙面を見て、カイトは少しだけ苦い顔だ。そんな彼でソラもカイトが知っていたのだと理解する。
「ああ……まぁ、流石に詳細は記載されていないか。だが逆にだからこそ不安を煽るような内容になっちまってるな。腕の悪い記者だこった」
「そっちの方が良いんだろ。商売的にさ」
「かもな」
センセーショナルであればあるほど、誰もがその記事に注目する。なのでそれが良いか悪いかを別にして、注目を集める目的であれば良い選択ではあっただろう。
「まぁ、お前がこうして来てるってことはバルフレアさん、あんま問題ないのか?」
「問題ないかと言われりゃ問題はない。が、怪我は怪我だ。今ウチの医務室で療養してる」
「そうなの!?」
記事にされていたのは、調査船団がてひどい被害を受けたこととバルフレアが大怪我――実際は異なるが――を負った旨だ。論調としてはバルフレアの手腕を疑問視する方向性となっており、そこからソラも少し不安に思ったのだろう。
「やけに驚くな……それがどうした?」
「いや、船団の帰還後、ユニオンマスターはすぐに行方をくらまし、現在所在不明。ユニオン側に問い合わせた所、任務中につき教えられないとの返答……とかなんとか」
「やっぱあんま良くねぇな。あいつを貶めたい意図が見え隠れしてる」
「まぁ、それは俺も感じたけどさ……でも怪我は事実なんだろ? しかもマクダウェル家の医務室って……かなり重傷なんじゃないのか?」
「ああ、そういうことか」
それでやけに食いつくわけか。カイトはソラがバルフレアが突然居なくなり、そして今はマクダウェル家の医務室にて療養しているという事実から、相当な重傷を負わされたのではないかと思ってしまっていたようだ。というわけでカイトは笑いながら、彼の誤解を解くべく少しだけ情報を明かした。
「違う違う。バルフレアは至って無事だ。もちろん怪我はしてるけど、ウチに来たのは支援要請だ」
「ん? お前には元々出てたんだろ?」
「ああ、いや。オレ経由で皇帝陛下にな。ちょっと幽霊船の話が大きくなってな。オレ一人でも対応が出来ないレベルになっちまったんだ」
「お前で?」
カイトの実力が如何ほどか、というのは戦闘面ならソラも嫌と言うほど理解していたが、退魔師や除霊という面では知らない。もちろん死神の神使なのだから相当な実力だろうとは思っているが、その程度だ。故の疑問に、カイトは頷いた。
「ああ……退魔師の腕は戦闘力とはまた違う腕前だ。実際、アリスやソーニャ見てりゃわかるだろ? 戦闘力が高いってのと、退魔師として優れているかは全く別問題だ。現にバルフレアは今回その適性がないせいで手傷を負わされたわけだしな」
「あ、そっか……そうだよな。気が使えりゃ良いってもんでもないし」
「そ。気が使えりゃ良いならバルフレアだって遅れは取らん」
おそらく拳闘士としてはエネフィア最優の一角で、気の扱いならアイゼンには劣るが、それでも使えないわけではない領域だ。その彼が遅れを取ったのだから、退魔師としての腕が戦士としての腕に依存しないことは明白であった。
「まぁ、そういうわけでな。とりあえずバルフレアは無事。だが同時に療養が必要な状態でもあったから、ウチでそのまま休ませてるってわけだ」
「そっか……なら一安心だ。てか、何があったんだ? 新聞にゃなんにも書いてないし」
「まぁ、そうなるわな」
事実しか書いていないだけ厄介だな。カイトは何が起きたかはほとんどわかっていない様子のソラの問いかけに、さもありなんと笑うしかなかった。というわけでちょうど彼にも声を掛けるべきだろうと考えていたこともあり、カイトは状況を彼へと説明する。
「というわけなんだ」
「ゆ、幽霊船団……」
聞くからにおどろおどろしい。ソラはそんな様子で頬を引き攣らせる。
「まぁ、船団だというがどういう形かはオレもまだ見てないから良くわかってない……で、こうして話している以上なんだが、お前にも手伝って貰う」
「は?」
「いや、流石にこっちも動くが、さっき言ったように手が足りん。対応出来る人員が限られすぎているのに、数が必要となっちまってる。かといって遠征だ。こっちの人員を出しすぎると厄介なことになりかねん。今回は流石にシャムロック殿にも協力を要請している。そうなるとお前も来た方が良いだろう……まぁ、やってもらうのは拠点防衛……帰る船の防衛だから、除霊じゃないけど」
「そ、そうなのか? 大丈夫そうか?」
『こちらに聞くな……だが話を聞く限り、相当な状況になっていることは間違いあるまい……ウルシアの神々も下手な仕事をするものだ』
ソラの問いかけを受けた<<偉大なる太陽>>も神々の領分は理解している。なので今回の一件が本質的にウルシアの死神が対応するべきであると理解していたようだ。
「そうだな……可能なら向こうでやって欲しいが。表が動かないから、暗に協力するぐらいが関の山だろう」
「なんかあんのか?」
「わからん。ウルシアが動かない理由はさっき話した通りだが……その程度だ」
だがわからないからと対応をお願いしては時間が掛かりすぎるし、急いでいるのはこちらの都合だ。ならば自分達でやるしかなかった。
「まぁ、そういうわけだからお前も後ろで待機だ。何より前線に出ての除霊をお前に頼むのは無理筋だってのはオレも理解している……どっちかってと今回はそれ以上に万が一艦隊を丸ごと沈めたなにかが居るのなら、そいつに後ろから攻撃を食らうことだけは避けたい。安易に戦力を前面に一点集中も出来ないんだ」
「なるほどな……わかった。シャムロックさんの所からも誰かが来そう、ってなると俺が出るのが妥当っちゃ妥当だろ。それに幽霊退治をやらなくて良いってんなら俺も行くよ」
「すまんが頼む……で、すまないついででもう一個」
「なんだ?」
この流れだと色々とかなり忙しくなっているだろうことはソラにも察せられている。というわけで彼はカイトの言葉の先を促した。
「さっき言った通り、今回の案件で中心はこっち……月の女神側の人員になる」
「あ、さっきのこっちってのはそういう意味か」
「ん? ああ、悪い悪い……そうだな。だから今回オレはマクダウェル公として動いているが、その理由もオレが元々対応していたからというのと、月影教会に関係があるからってのがデカい。退魔や除霊だとあそこが特化しているからな。もしオレが関わっていなかったとしても、今回のような事態だとオレが対応の中心になっただろう」
「そうなのか」
確かに貴族でありながら死神の神使たるカイトが中心となれば各方面との連携はスムーズに進むだろう。今回のような異常事態となれば各方面との綿密な連携が欠かせず、彼が中心となっていることは自然なことだった。
「そ……さっきも言ったがお前が前線に出ることはない……後ろから仕掛けられない限りは、だが」
「そして流石に今回は後ろから仕掛けられることも警戒している、ってわけか」
「そういうこと。流石に二度も三度も幽霊船団の奇襲を受けて背後を取られる真似はせん。そこは対処する」
だから対処して欲しいのは幽霊以外の実際の魔物や悪意ある某という実体を持つ相手だ。カイトはソラの役割を明言する。そしてこれに、ソラははっきりと頷いた。
「わかった……っと、悪いな、話の腰を折って」
「良いよ。オレも説明不足だったからな……で、そういうこともあるんで急ぎ月牙の本部に向かう。今回は事情が事情だからオレが陣頭指揮を執らにゃならん。人員の選定とかはすでにシャルが進めてくれているが、オレも一度ぐらいは顔を出さんと流石に外聞に差し障るしな」
「あいよ。どれぐらいで戻る?」
「明日には戻る……お前に頼みたいのはその間なにかあった場合の対応と、さっきも言ったが今回は特殊な才能を有する面子を集めにゃならんかった。なんで色々と連絡はしてるが状況の説明は完璧じゃない。もし問い合わせがあってお前の知り合いなら状況を軽く教えておいてやってくれ」
「そんな色々と声を掛けてるのか」
「ああ……まぁ、それで月牙の連中を動かして、そこから更に会議だ。ああ、そっちにもお前も出席してくれ」
「わかった」
どうやら今回の事態はかなり急に決まったことから、色々と並行して対応していたようだ。ソラはそれを理解して、カイトの要請を受け入れる。というわけでそこから暫くの間カイトはソラに引き継ぎを行って、昼過ぎにエドナに乗って月牙の本部とやらに向かうのだった。
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