第3858話 滅びし者編 ――推測――
ソラが契約者となっている間に生じていた皇国軍での不祥事。帰って早々それを知ることになったカイトであったが、彼は皇帝レオンハルトより皇国海軍による不祥事への情報提供を要請されることになる。
そうして海賊島の制圧から一週間ほど。バルフレアからの連絡がない事を訝しんでいたカイトであったが、そこに現れたバルフレアは手傷を負わされた様子であり、彼の要請を受けた皇帝レオンハルトと共に彼らはこの一週間であった話を聞くことになっていた。
というわけでそんな彼からの要請を受けて、カイトは皇国内にある退魔や除霊が可能な組織をリストアップしていたわけだが、その中でも最大の組織に彼は独自の伝手があった。なので彼はその伝手を使うべく、自分にその伝手を授けた者に相談しに行っていた。
「確かにそれは由々しき事態ね」
「というわけで久しぶりというか、なんというかで月影か月下に接触したいんだが……まぁ、まずは何よりもの問題点として、そういうことが起こり得るか。起こり得る場合は何が問題か、という所なんだが」
「そうね……」
カイトの問いかけに、シャルロットはやはり事態が事態だからか少しだけ険しい顔で考える。やはり死神だ。死者の集合体とも言える幽霊船は対応したい所であったし、カイトが対応するというのなら協力することは吝かではなかった。そうしてしばらくして、彼女は一つ頷いて口を開いた。
「……そうね。原理的に言えば、不可能ではないでしょう」
「幽霊船団が、か?」
「ええ。この場合、三つのパターンが想定されるわ」
やはり訝しげなカイトに対して、シャルロットはそう告げる。これにカイトは盛大に顔をしかめた。
「三つもあるのか?」
「二つは自然発生的。もうひとつは……あまり考えたくはないのだけど。誰かが意図的にそうさせている可能性ね。流石にあのバルフレア並の実力者が幽霊と偽りを見抜けないとは思わないから、第四の人為的な偽装の線はないでしょう」
「正確には4つか」
どうやら幽霊船団が偽装である可能性を含めると、更に増えるらしい。しかもシャルロットがさっと考えただけでこれだ。流石は死神と言えただろう。
「まぁ、そうとも言えるわね……それで話の流れもあるから、まず人為的な可能性から言いましょう。何かしらの核を設けて、その核を中心に付近で沈んだ船を自動的に収集。幽霊船に仕立て上げる」
「あー……なるほど。大昔にあったな、そういう魔道具。お前と会ったのも似たような話だったな」
「そうね……」
「あの時のお前は確かにきれいだったな。月が映えて正しく女神って感じで」
「女神よ、私は」
カイトが褒めていることはシャルロットもわかっているのだろう。どこか上機嫌な様子で笑っていた。
「まぁ、それはそれとして。私やその土地土地の死神に喧嘩を売っているものではあるでしょう。現代に限って言えば、普通はそういう物は使えない」
「普通は、か」
「ええ……無主の土地である大海の、それも大陸から大きく離れた場所であれば私達の権能も及ばない。もちろん、監視の目も及ばない」
「やはりそこか」
今回発覚が遅れた理由はもはや語るまでもなく、シャルロット達死神の権能が届かない場所だったからだ。そもそも幽霊船そのものがそれが要因なのだから、当然とは言えただろう。というわけで苦い顔で応ずるカイトに、シャルロットもどこか苦い顔だ。
「ええ……悪意ある存在がなにかをしでかすのであれば、その一帯は最適でしょう……そうだ、下僕」
「ん?」
「新大陸の神々は何をしているの? 今回、政治的な理由があるから下僕がやらなければならない、という点は理解したわ。でも本来ならばそれとは別にその地に最も近い神々が動かなければならないものよ。今回であれば新大陸の神々でしょう」
一応自分達の領域ではないので対応する必要がないと言えばないのだが、やはり世界の管理者側の存在として見過ごすことは出来ない。なので暗黙の了解として、神々の間ではこういう大海で起きた出来事は近隣の神々が対応するという取り決めにも似たものがあった。
もちろん暗黙の了解だし、今回のように表側の政治的な要素が絡めば離れた所の神々が関わる場合もある。あくまでも表側が優先だが、表側が対応出来ないのならば、という世界の管理の側面からの取り決めであった。だがこれにカイトは首を振った。
「いや、わからん。オレは確かに世界中を旅したが、その当時無人の大陸と言われていたウルシア大陸には足を運んでいなかった。まぁ、それは奴らの情報封鎖なのだろう、という所が今の推論だが」
大陸の規模としては暗黒大陸に次いで小さいのだ。そして<<死魔将>>達はある程度までは多方面作戦の展開を避ける傾向がある。
というわけで大陸規模としては小規模で、攻め落とした所でその後の展開があまり見いだせないウルシア大陸は後回しにされていたと考えられていた。だが同時に手助けされても面倒なわけで、一般的には無人の大陸という情報を流布して助けを乞えないようにしたのだろう、というのがカイト達の推測であった。
「そういうわけで、オレもウルシアの神々には伝手がないんだ。だから彼らが今回の一件でどういう動きを取るのかはわからない。まぁ、バルフレアを経由してオレが表の事情からやらなければならない旨は伝えて貰うつもりだが」
「そう……まぁ、なにかがあったら私に言いなさい。貴方の背は月が照らしているのだから」
「イエス・マイ・ゴッデス」
それなら何か不足が生ずることはないだろうが。今回はユニオン側の要請であることもあり、マギーア王国などウルシア大陸の国々との調整はバルフレアが主導している。
というわけで神使が向かうことやその配下の部隊が参加する可能性が高い旨をウルシア大陸の神々に伝える手配になっていたのである。そうしていつものように演技っぽく応じたカイトであったが、すぐに気を取り直す。
「まぁ、そう言っても。後で挨拶には行かにゃならん。遠征に合わせてアポは取ってもらってる……知り合い……ではあるんだよな?」
「ええ。伊達に数千年彷徨ってないわ」
「そうか……まぁ、それなら一応大丈夫か」
とりあえず今の所自分がやっても問題はないだろう。ウルシア大陸の神々がなぜ動かないか、という点も表側の政治的な要因と考えて良さそうだし、ひとまず人為的な面としてはそれで良いか。カイトもシャルロットもそう認識する。そうしてそこらを話した所で、二人は脱線した話を元に戻す。
「っと、それはそうでも良いな。とりあえず人為的な可能性は理解した。自然発生的なパターンは?」
「一つはおそらく下僕が考えた通り。一つの強大な幽霊船が核になり、そこから連携を取ったパターン。集合体ね」
「やはり集合体か」
どうやらカイトが皇帝レオンハルトの前でありえなくはない、というような反応だったのはこの集合体とやらがあったかららしい。
「そうね。我は個にして全。核となる個体が他の霊体を取り込んでいく形で肥大化したもの……ただこの場合は船団になるかは微妙でしょう」
「だよな……オレもそこが引っかかった」
「ええ……集合体は基本一体の幽霊として見做す。なので中心の核になる一体を仕留めれば良いわけだけど……基本は融合したような形になるから、船団のようにある程度独立した動きは取れないはずね。ただもし可能であるのなら、連携はかなり高くなるでしょう。全てが同一個体であるのだから当然ね」
カイトの疑念に対して、シャルロットも一つ頷いた。彼の疑問点はやはり彼女としても気になっていた所らしく、この可能性は低いと考えていたようだ。
「そして最後の一つ。これがあり得る可能性でしょう……船団そのものが核となっているパターンね。これも本来は起き得ないのだけど……そうね。バルフレアが考えた通り、艦隊という概念でかもしれないわ」
「あり得るのか?」
「艦隊全てが同一の戦いで滅んでいた場合は、あり得るわね……ただそうなると別の懸念も出てくるのだけど……」
「別の懸念?」
「それを滅ぼした相手はなにか、という点よ。これが戦争により、なら相手があってのことだから良いのだけど……もしそれがない魔物ならば、付近にその魔物も潜んでいる可能性があるわ」
「……」
最悪だな、それは。カイトは最悪は幽霊船団とその艦隊を滅ぼした魔物を同時に相手にしなければならない可能性を理解して、盛大に顔を顰める。そしてそうなると如何に彼でも対応が難しいことはシャルロットもまた理解していた。
「月牙の子達に声を掛けなさい。今回はあの子達が最適でしょう。ウルシアの神々が何を考えているかは知らないけれど、死者を放置は見過ごせない。死者の慰撫は私達の仕事よ……邪神の対処ではなく」
「イエス・マイ・ゴッデス……じゃあ、ちょっと本格的に動くとするかね」
シャルロットの指示に、カイトが再び演技っぽく応ずる。そうして、彼はシャルロットの許可を得て自身と同様に月の女神に使える者たちへと接触を取ることにするのだった。
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