第3857話 滅びし者編 ――会議――
ソラが契約者となっている間に生じていた皇国軍での不祥事。帰って早々それを知ることになったカイトであったが、彼は皇帝レオンハルトより皇国海軍による不祥事への情報提供を要請されることになる。
というわけで情報収集に乗り出すわけだが、皇国海軍の内通者を乗せた海賊船の逃走を目撃した冒険者ユニオン側からの情報提供を受けて、カイトは皇国海軍と冒険者ユニオンの仲介役として海賊達の拠点を攻め落とす作戦に参加することになる。
そうして海賊島の制圧から一週間ほど。バルフレアからの連絡がない事を訝しんでいたカイトであったが、そこに現れたバルフレアは手傷を負わされた様子であり、彼の要請を受けた皇帝レオンハルトと共に彼らはこの一週間であった話を聞くことになっていた。
「『……は?』」
「というわけなのです……正直に言えば、事実を事実として受け入れるのならその故障が一番適切ということになる」
『……マクダウェル公。こういった事態であれば公が一番詳しかろう。公はなにかわからんか?』
詳細の共有を受けた後。そんなことは聞いたこともないぞ、という様子で皇帝レオンハルトがカイトへと問いかける。が、これにカイトも少しの困惑を浮かべていた。
「バルフレア殿がおっしゃる通り、正直な所を申し上げますと私も聞いたことがない……正直な所を申しますと、私も一隻でしか見たことがありません」
『公でもか』
「はい……ただ、そうですね。一つ可能性があるとするのなら、女神に聞くのが良いかもしれません」
『なるほど……確かに死神であれば、か』
こういった死者に関係することについてカイトが詳しいのはひとえにシャルロットの、すなわち死神の神使だからという所がある。なので専門家以上に専門家である彼女であれば、今回の事態も解説出来るのではないかと考えたのは正解であった。
「私が怪我を押してこちらに来たのも、それ故です。私もこれでも数多の稀有な事例には触れております。なので人並み以上には知識は保有していると考えております……ですがだからこそ、今回の事態は少し想定を超えていた」
『幽霊船団……か』
「はい……複数の幽霊船からなる船団……言い表すのであれば、幽霊船団。それが最も適切でしょう」
皇帝レオンハルトの言葉に、バルフレアは改めてはっきりと頷いた。そしてこれに、カイトも納得するように口を開いた。
「確かに、いくらお前でも複数の幽霊船からの攻撃はどうしようもないか。一方的に攻撃はされるのに、防御も難しい」
「ああ……正直に言えば、調査船団が撤退出来たのは奇跡だな。あのまま包囲戦に持ち込まれてたら、と考えると肝が冷える。俺の生涯でも五本の指に入るレベルのヤバさだった」
「そりゃそうだろうなぁ……」
海の上で包囲される怖さはカイトも嫌と言うほど理解している。そもそも彼が乗った船が何度となく沈没しているのだ。魔物に包囲されて轟沈、も経験済みだった。というわけでその当時のことを思い出していたのか非常に苦い顔を浮かべる彼が、今回の経緯を問いかける。
「なんだっけ。最初一隻でおびき寄せて、海中から包囲する形で出現。幸い一隻だけ遅れていた船があって、そこだけ穴になった……んだったか」
「ああ……エンジントラブルでな。トラブってなかったら、全部まとめて包囲網の中。ほぼ全隻後ろから砲撃されて轟沈してただろうな」
「災い転じて福となす、万事塞翁が馬……トラブって良かったな」
「マジでな」
しかも出現と同時に調査隊を率いていた俺を狙ってきたあたり、相当な切れ者が指揮してるのだろう。バルフレアはそう思いながら、カイトの言葉に同意する。そうして同意した彼が、想定している最悪のパターンを口にした。
「最初の一隻の操艦と良い、続けざまに現れた船団の操艦と良い……ありゃ相当な力量だ。間違いなく軍事的な教練を受けてるか、長い年月を掛けて海に馴染んだ連中だ。下手すりゃ大戦期の艦隊が丸ごと幽霊船になってる可能性さえある」
『むぅ……それでバルフレア殿。我が国に何を望むのだ?』
「は……退魔師や除霊師を集めて頂きたいのです。流石にこの状況では我らユニオンが動員可能な退魔師でも数が足りない。マギーアにも協力要請はしておりますが……」
『なるほど……』
出したがらないだろうな。マギーアの思惑を理解して、皇帝レオンハルトはなぜバルフレアが皇国にこの話を持ってきたか、自らが直々に怪我を押してまで来たのかを理解した。だがだからこそ、彼もまた苦い顔だった。
『……むぅ……マクダウェル公、どうか』
「は……陛下がお悩みの点としては暗黒大陸が益あり、となった場合ですね」
『うむ……正直に言えば現状では利益はないように思える。だが現状で言えば、でしかない。暗黒大陸に益があった場合、この海域が使えないのは非常に痛いな』
「かと」
輸送手段において、輸送力という側面であれば陸路、海路、空路の順に低くなる。なのでもし暗黒大陸からなにかを輸送する場合、時間を優先するのなら空路。量を優先するのなら海路になるだろう。
『さりとてマギーアの連中は一番近いが、南側のルートを使えば良い。折しも海賊どもの拠点も制圧され、そちらの面での被害も減る見込みが立つ。わざわざ荒れた北側ルートを使うメリットは薄い。必然、放置で良いとなろうな』
「はい……となれば一番被害を被る可能性があるのは南部諸国か我ら。この案件は我らがやるべき、となってしまいましょう」
『だな……』
皇帝レオンハルトとしては、これはいっそ冒険者ユニオンが単独で片付けて欲しい所の問題ではあった。だがすでに冒険者ユニオン単独でどうにか出来る領域を超えているからこそ、バルフレアが頭を下げに来ているのだ。というわけで暫く悩んだ後に、彼は再度カイトへと問いかける。
『……マクダウェル公。正直に、忌憚なく教えて欲しい。公ならばどうする』
「……そうですね。私ならおそらく今回の一件、進めるかと存じます」
『その道理は如何に』
「はい……まず暗黒大陸絡みの利益です。奴らがあそこを拠点としている、ということは資源が豊富であることは間違いないと考えられます。もちろん、見つかり難いという点もあるかもしれませんが……」
『それは間違いなかろうな』
<<死魔将>>達とてどうにかして資材は集めねばならないのだ。そして資金の流れを追うことで居場所を掴む、というのは然るべき伝手さえ有していれば一番効果的な策でもある。
自分達で資材が用意出来るのなら、資金を動かさなくて良いのだ。この三百年。一切動きが見えなかったことを考えると、暗黒大陸の拠点から運び出しているのではないか、と想像するのは当然であった。
「そして次に未発見の資材があり、その有益性が確認された場合我が国は他国から輸入せねばならなくなります。それは今後の研究開発において遅れとなり得る」
『……続けよ』
「は……そして第三。冒険者ユニオンに恩を売っておくのは今後を考えても良いことかと。先二つが未確定の利益であるのに対して、これは確定した利益です。退魔師は貴重な人財ではありますが……まぁ、私が居ますのである程度保護は可能かと」
『か……すまんな、公にはいつもいつも』
結局、動くのも苦労するのもカイトだ。そして皇帝レオンハルトとしてもその3つの利益は理解していたが、踏ん切りがつかなかっただけだろう。というわけで、人を集める手間だけで冒険者ユニオンに大きな恩を売れるのであれば、例え第二の利益がなくても良いかと皇帝レオンハルトも思ったらしい。
『わかった。バルフレア殿。今マクダウェル公が申した通りだ。我が国としても貴殿に協力しよう』
「ありがとうございます」
『うむ……マクダウェル公。すまんが、こういった事態においては俺もあまり詳しくはない。仔細は公にまかせて良いか?』
「かしこまりました。追って、協力を要請したい団体のリストを提示いたします」
『頼む』
カイトの言葉に皇帝レオンハルトは一つ頷いた。そうして、カイトはバルフレアと共に本格的に幽霊船あらため幽霊船団の除霊に向けて動き出すことになるのだった。
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