第3855話 滅びし者編 ――遭難者――
ソラが契約者となっている間に生じていた皇国軍での不祥事。帰って早々それを知ることになったカイトであったが、彼は皇帝レオンハルトより不祥事への情報提供を要請されることになる。
というわけで情報を集めていた彼であったが、そんな時に入ってきたのは南方にて遠征の前準備として暗黒大陸近辺の海域の調査を進めていたバルフレアからの情報であった。
そうしてマクダウェル家を仲介役として皇国海軍と冒険者の連合で海賊島を攻め落とすことになるのだが、相手は海賊だ。数時間の抵抗の末、海賊島の制圧は完了。後は皇国海軍の撤収を待って撤退するだけとなっていたわけだが、そこに皇国海軍から連絡があり捕らえた海賊の中に幽霊船のことを口にしていることを知ることになり、カイトはバルフレア、ソレイユの二人と共に皇国海軍の軍艦の上へやってきていた。
「で? どいつがその幽霊船のことを口走ってるって奴なんだ?」
「そいつです……一人うずくまってる奴です」
「……あいつ?」
海兵の返答に、バルフレアは盛大に顔を顰める。そんな彼の視線の先には、薄汚れた一人の男が踞っていた。そしてそんな彼に、男を指し示した海兵も顔を顰めて頷いた。
「ええ……正直本当かどうかもわからないうわ言を延々と言い続けてますよ、そいつ。幽霊船の話は……本当っぽいですけど。おかげで海賊かどうかもわかってません。一応、奴隷って可能性を考えて保護はしましたが……ああ、怯えている様子は演技ではありませんね」
「はぁ……まぁ、しゃーないか。カイト」
「あいよ……こっちで尋問しても問題ないな?」
「問題ありません。全てそちらに従うように、と」
カイトの問いかけに対して、海兵は一つ頷いた。というわけで海兵の許可を受け、うずくまる海賊らしき男へと近づいた。そうして近づいて、バルフレアが口を開く。
「おい、聞こえるか?」
「ひっ!」
「はぁ……」
どうやら抵抗する気どころか、まともに話を聞ける様子でもなさそうだ。バルフレアは声を掛けるなり怯えた様子で座ったまま後ずさる男にため息を吐く。
とはいえ、ため息ばかりでもいられない。なので彼は気を取り直すと、万が一海賊だった場合に備えカイトを一歩後ろに控えさせつつ、まずは名乗ることにした。
「俺は冒険者ユニオンのユニオンマスターで名はバルフレアだ。お前は?」
「……」
「……駄目そうだな。カイト」
「あいよ」
ただ怯えた目でこちらを見る男に、バルフレアもカイトもこのままでは話にならないと判断したようだ。カイトが一粒の錠剤となにかの薬品を取り出して、バルフレアへと手渡した。そうして一歩近づいた彼に、男がついに壁まで移動して身を震わせる。
「ひっ!」
「悪いが、こっちも仕事なんだ。少し荒いやり方なのは許してくれよ」
「ぐっ! ごがっ!」
「安心しろ。気分が落ち着く薬だ。何があったか知りたいだけだ」
カイトが渡した薬は気分を落ち着かせる御香を即効性を高めて、そのかわりとして継続性を低くしたものだ。本来は危険地域で精神的なストレスで行動不能に陥った者に与えて精神の安定を図り、強引に脱出する謂わば向精神薬にも近いものだった。
だが今回は時間がなかったこともあり、これを使うことにしたのであった。というわけで男の顔を掴んで強引に口を開かせたバルフレアが、錠剤と液剤の2つの薬を強引に飲ませた。そうして男が薬を飲み込んだのを見て、バルフレアがカイトへと問いかける。
「……カイト。効果時間はどれぐらいだった?」
「一時間。即効性と効果を高める代わりに、持続性を切り捨ててる。後はこの系によくあるぶり返しも抑えてある……大体2、3分で効果が出るはずだ」
「新薬か?」
「らしい……一応即効性の割には効果は高いとのことだが、何分オレも使ったことはない」
こういう薬に頼らねばならない状況を知っているので持ってはいたが、カイトの近辺でこういう薬が必要になる状況はまず起き得ない。大抵のその前に彼が解決しているからだ。というわけで効果はあるだろうが、という塩梅の彼らであったが、やはりカイトの用意していた薬だ。確かに数分で効果が現れた。
「……あれ?」
「大丈夫か?」
「あ、あんたは……えっと……」
「バルフレアだ。冒険者ユニオンでユニオンマスターをやってる」
どうやら先程の名乗りも意味はなかったらしい。バルフレアは先程より随分と落ち着いた様子で問いかける男に、改めて名乗る。そしてこれに、男が少しだけ目を見開いた。
「あんたが……」
「俺を知ってんのか?」
「あ、あぁ……お、俺もラエリア王国の出身だ。あんたの名前はよく知ってる」
バルフレアの問いかけに、男はどこか一つ一つ思い出すように頷いた。これにカイトは少しだけ苦い様子だった。
「王国……か。どのあたりの出身だ?」
「あ、あんたは?」
「ん? ああ、悪い。オレはカイト……後ろのは妹みたいなもんだ。オレ達も冒険者をやってて、バルフレアと今回一緒に仕事をしててな。といってもオレは皇国の出身なんだが……ラエリアには縁があってな。それで一緒に仕事をしてるんだ」
相変わらず嘘は言わず、本当も言わずか。バルフレアは男の問いかけに答えるカイトにそう思う。だがそんな彼に、男は少し顔をじっと見て首を振った。
「そ、そうなのか……あんたは知らないが……」
「「……」」
どうやらそうらしいな。カイトとバルフレアはカイトの名を聞いて何も理解出来ていない様子の男に、一瞬だけ視線を交えて会話する。
「まぁ、オレ達の身の上話はどうでも良いだろう。あんたの話を聞かせて貰いたいんだ。休んでないだろうところで申し訳ないんだが」
「わ、わかった……いや、それ以上に俺からも頼みたい」
がたがたがた。男は震えながらも、カイトの問いかけに少しだけ今まで以上に力の籠もった声で応ずる。そんな彼に、カイトは順を追って問いかけることにした。
「まずあんたはどこの誰だ? ああ、いや。ラエリア出身は聞いたから、どこの地方か知りたいんだが」
「お、俺はスキーブ。船乗りだ。出身は王都ラエリアの西にある……」
カイトの問いかけに、男は自分を取り戻すかのように自身の来歴をさっと語る。そしてどうやら、手荒なことはしなくて良かったらしい。男は哀れにも海賊島に連れて来られた船乗りだったらしく、奴隷でさえなかったようだ。
「そうか……スキーブさん。それで何があってあんな島に捕らえられていたんだ?」
「わからない……確かに海賊島の北側を通ってたんだが……」
「「「は?」」」
なぜ海賊島で捕らえられていたのか。そんな問いかけに対して困惑を露わにするスキーブに、三人が困惑を露わにする。そしてどうやら、困惑はスキーブも一緒だったようだ。彼は自分の過去を思い出すように、ブツブツとつぶやき出す。
「確か最後に寄ったのはマギーアで……そこで海賊島の噂を聞いたんだ……それで海賊島の北は海流が荒れてるって話だったから……」
「安全に通るために荒れた海域の更に北を通った、と」
「ああ」
カイトの問いかけに、スリーブは一つはっきりと頷いた。そうしてマギーアから出た後のことを思い出すスリーブだが、少しだけ楽しそうに話し出す。
「だから海賊達に見付かることもなく、旅は順調だった。波も高くなくて、風も穏やか……みんな正解だったって思った」
「……にぃ」
どうやら楽しかったのはここまでらしい。スリーブはまだ楽しげではあったが、身体は何があったかを覚えている。顔だけ楽しげながらも顔色は真っ青で、そしてカタカタカタと小さく震えだしていた。そうして小声でソレイユがカイトに耳打ちしたと同時に、スリーブの震えが一気に大きくなった。
「そうだ……それで海域を通り過ぎた日の夜だ……海賊共のエリアを抜けた日の夜……そ、そうだ……船が襲われたんだ」
「襲われた? 誰にだ?」
「ふ、船だ……そうだ、あれは幽霊船だ……そうだ、俺は確か幽霊船に乗り込んで……それで奴らと戦って……」
バルフレアの問いかけにスキーブは顔を青ざめてガタガタと震えながら、何があったかを思い出していく。
「でも……そうだ。船が燃えて崩れて……逃げられなくなって……そ、そうだ。それで俺は幽霊船の中で……あ、あぁあああああ!」
「っ! <<睡眠>>!」
絶叫を挙げたスリーブに、バルフレアが即座に魔術を展開。強引に意識を失わせる。所詮薬による沈静化なぞある程度の効力しかない。
しかもカイトが言うように、効果はあくまで即効性が高いにしては効果があるという程度。カイトがよく使う御香の効力に比べれば比べるまでもない。恐怖心が効果を上回ることなぞ何ら不思議はなかった。というわけでスリーブが意識を失ったのを見て、バルフレアが一つため息を吐く。
「はぁ……どっちで、地獄を見たと思う?」
「まぁ……幽霊船だろうな。海賊島のことはほとんど覚えてないだろ」
「だろうな……正直な話、命があっただけ儲けものだろ」
話を統合するに、幽霊船の中に取り残されてしまったということだろう。しかも取り残されたのはまだラエリアの内紛よりも前のことだ。つまり最低でも12ヶ月以上は幽霊船と海賊島に居たことになる。というわけで、今度はソレイユが問いかけた。
「正直な意見として、ぶっちゃけどっち?」
「生きてるか死んでるか?」
「うん」
かつて戦時中は自らの船が沈没して、幽霊船に取り残された時点で自らで命を断つ者は少なくなかった。しかしそんな者の中には死より前に精神が崩壊し自らが死を選んだことに気付けず、幽霊船という独特な場の影響を受けてそのまま生きているかのように振る舞う者も少なくなかったのである。それを知るソレイユはやはりこの点が気になったようだ。これに、カイトは苦笑気味に肩を竦める。
「彼にとっては不幸なことに生きてるよ。ご家族にとっては幸運なことに、だろうが」
「うわぁ……生きたまま幽霊船にずっと、かぁ……」
「食べ物は最小限。そして可能な限り吟味して、影響のないようにしてたんだろう」
「にぃー、もし私が幽霊船に捕まったらなるべく早く助けに来てね」
「あいよ……まぁ、それがわかるのはオレだからか。もし実は死人なら、と考えれば海賊達からすれば悪夢だったんだろう」
幽霊船で死んだ船員や幽霊船に関わりのある者を海に捨てた場合、最悪は幽霊船が報復にやってくる可能性があった。いくら武勇に優れた海賊でも、カイトのように退魔の力やそれに類する才能がなければ幽霊船はどうにも出来ない。
ならば海賊達が取れる手としては、万が一この船員を幽霊船が探しに来た場合、容赦なく差し出して自らは見逃して貰うのが最善の一手だった。
「バルフレア。多分海賊島はこの海賊島だろう。海域やらもわかったし、おおよその航路はわかるはずだ。後は頼んで良いよな?」
「おう……ここまで情報を絞れれば、後は幽霊船の出没範囲も割り出せる」
カイトの問いかけに、バルフレアが一つ頷いて応ずる。というわけで聴取が終わったとほぼ同時に皇国海軍の準備も整い、二人はそれぞれが居るべき場所へと戻ることになるのだった。
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