第3854話 滅びし者編 ――海賊退治――
ソラが契約者となっている間に生じていた皇国軍での不祥事。帰って早々それを知ることになったカイトであったが、彼は皇帝レオンハルトより不祥事への情報提供を要請されることになる。
というわけで情報を集めていた彼であったが、そんな時に入ってきたのは南方にて遠征の前準備として暗黒大陸近辺の海域の調査を進めていたバルフレアからの情報であった。
そうしてマクダウェル家を仲介役として皇国海軍と冒険者の連合で海賊島を攻め落とすことになるのだが、相手は海賊だ。エネフィア最強と名高いマクダウェル家を先導役とした皇国海軍に狙われて無事で済むわけもなく、数時間の抵抗の末、半数ほどが死傷。残る半数は最初から投降して捕縛という結末を迎えていた。
「ご主人様。海賊島、ほぼ沈黙しております」
「そうか……後は山中に逃げ込んだ連中だけか?」
「はい……ですがそれももう終わりかと」
「いっそ山を吹き飛ばしてやっても良かったが……」
「それは流石に皇帝陛下の顔も立ちません。お止めになられたのは正解だったかと」
笑うカイトに、執事の一人がこちらも優雅に笑いながら首を振る。打ち合わせ時に皇帝レオンハルトが指示した通り、カイトは一切前線には出なかった。
実際カイトが危惧していた通り、連れてこられた奴隷達の扱いは酸鼻を極めていた。これをカイトが直に見ていた場合、血の雨では済まない事態になっていた可能性は想像に難くない。まだ遠距離から爆撃していただけだったからこの程度で済ませられた、と言って良かっただろう。
「……ソレイユ。マギーアの艦隊は?」
「まだ来てないよ……でもにぃ、本当にやるの?」
「当たり前だが?」
「そこらにぃだよねー、ほんと」
だから私達はにぃが好きなんだけど。ソレイユはカイトがやることを理解し、しかしだからこそどこか呆れていた。だがそんな彼女に、カイトはどこかおどけた様子で問いかける。
「なんだ。やってほしくないのか?」
「んーん。やるからこそ、私のにぃなのです」
どんな立場になろうと根っこが変わらない男だからこそ私達はその言葉一つで動くし、動くことが出来る。ソレイユはここでカイトが躊躇わないからこそ、自分達はいつまでもカイトに甘え、そして彼の無茶振りに付き合うことが出来るのだと言外に口にする。そしてそんな彼女に、カイトは笑う。
「だろう? バルフレア」
『はぁ……あいよ。俺達としても気分が良いもんじゃないからな。俺達は何も見ていない。依頼人のおおせのままに、ってな』
「よし……まぁ、悪いな。ソレイユは呆れるが、流石にオレの立場上でもそうせんと色々とマズい。特に奴隷に関しちゃな。悪いが、このまま解放させて貰う」
『いや、マズいっていうかやったらやったでマズいんだろうけど……いや、でもまぁ、確かにやらないはやらないで国内事情を考えりゃマズいだろうしなぁ……』
こればかりは確かにカイトも厄介な立場だし、皇帝レオンハルトも血統や自らの立場、国のことを考えて暗に望めばこそカイトを差し向けている。バルフレアは彼らの立場や歴史を考え、マギーアとのトラブルは避けようがない、と判断していると考えて良さそうだと理解する。そんな彼に、カイトは笑う。
「あはは……ま、どっちにしろやったさ。オレが、オレである限りはな」
『それもそうだがな……本当にお前は』
「あはは」
厄介な立場になろうと、本来なら出来ないだろうことをやってしまうのがカイトだ。そしてそれが出来てしまうのがカイトだし、だからこそ彼だけは大精霊の威光がありつつも人望で世界を統一出来ると言われる。というわけで少しだけ苦笑いを浮かべる彼に、バルフレアが改めてはっきりと明言する。
『ここには、海賊達しかいなかった……あったのは海賊共が商船から奪取した金銀財宝だけだ』
「よろしい」
バルフレアの改めての明言に、カイトは再び無数の武器を編み出す。ただ先程と違ってそこに込められている魔力は尋常ではなく、明らかに先程の海賊の討伐とは用途が異なることが誰にでも理解出来た。
「ルーナさん。皇国海軍の撤退状況は?」
『問題ないわね。皇国海軍は全隊撤退済み。ついでに逃げた裏切り者も確保。盗んだ情報で作られた船と、その設計図も確保したと報告があったわ』
「それはよか……え? 設計図もあったの?」
『量産するつもりだったみたいね。船大工も捕縛したと報告があったわ』
「うっわ、間一髪」
最新の軍事機密を流用して作られた海賊船なぞ厄介なことこの上ないし、間違いなく皇国にも責任の追求があるだろう。量産前に止められたのは不幸中の幸いとしか言い得なかった。
「よし……バルフレア。言い訳としては皇国海軍の技術を盗用した設計図が発見されたため、情報の完全抹消を行ったとしておく。それで口裏を合わせておいてくれ」
『そりゃありがたい。言い訳を考えなくて済む』
「あはは……さ、こんな胸糞悪い場所はさっさと更地にしてしまうかね」
言葉と共にカイトの腕が振り下ろされて、無数の武器が勢いよく射出されていく。そうして地上に無数の閃光が生じて、海賊達が居た痕跡を跡形もなく消し飛ばしていくのだった。
さて海賊島の討伐と痕跡の抹消。その2つを成し遂げたカイトは、完全に更地となったことで海賊島にようやく降り立っていた。といってもなにかをするわけではなく、単に皇国海軍と冒険者達の撤収を待つ間に暇だからというだけであった。
「我ながら完璧なごみ処理だな。バルフレア」
『おう。見事な腕前だな……港は無事。あ』
「んだよ」
『せめて港の管理区画ぐらいは残して貰えば良かった』
「なんで」
『いや、せっかくだから幽霊船の探索に使う中継基地として使えたと思ったんだよ』
「あー……」
確かに言われてみれば。カイトも勢いでやってしまったが、だからこそやってしまったと思ったようだ。元々この海賊島が発見された理由は幽霊船を調査する調査船団が偶然、皇国海軍から逃げる海賊船を見かけたことに端を発する。
というわけで実は近隣の海域では冒険者達を中心とした調査船団が調査を行っており、この島はその休憩所として活用出来そうだったのであった。
「悪い……えーっと……まぁ、ちょっと待って貰って良いか?」
『ん?』
「手間を掛けさせる詫び、ってところで一つ。あんまやらない芸当、というか地球で手に入れた芸当の一つだからあんまやれないっていうか」
何をするか想像が出来ず小首を傾げた様子のバルフレアに、カイトは意識を集中してなにか手印を組んでいく。そうして印を組み終えた彼は、近くにあった木の一本に両手を着ける。
「<<木遁・活性丹>>」
「なになになに!?」
「木を急成長させたんだ」
急にずもももも、と生えてきた何本もの木に、ぼけっとカイトの動きを見ていたソレイユがびっくりしてカイトに抱きつく。まぁ、自分の足元からもいきなり木々が伸びてくればこうもなるだろう。というわけでカイトの背中に張り付いておんぶされる格好になった彼女が、驚いた様子でカイトへ問いかける。
「そんなこと出来るの? 大精霊様のお力?」
「いや、気の応用だ。流石に錬金術でも木の成長なんて出来ないからな。それにこんなことで大精霊達を呼び出すのもな……<<風遁・鎌鼬>>」
というわけでそんな彼女に状況を説明しながら、カイトは更に風刃を生み出して成長させた木を刈り取って木材へと変換する。
「よし……ああ、次はあれで良いか。<<土遁・赤煉瓦>>」
「レンガも出来るの?」
「いや、本当は火遁と土遁を組み合わせてレンガにみたいな真っ赤に熱された岩の塊を作る術なんだが……せっかくなんで印を幾つか省いて土遁だけでレンガを拵えた」
ソレイユを背負いながら、カイトは最後に両手を地面に着く。そうしてその瞬間、カイトが生み出したレンガと木材が光り輝いた。と、そんなところにどうやら何をするかわからなかったらしく、バルフレアが姿を見せる。が、そんな彼もやはり起きていた事態に思わず目を見開いた。
「え? なにやってんの?」
「あ、バルバル」
「ん? ああ、詫びの代わりで建物を幾つか作ってみた」
「……」
ぽかーん。バルフレアは言葉通りいつの間にか出来上がっていた数軒の赤レンガの建物に思わず目を丸くする。そんな彼にカイトはどこか得意げに建物の扉を開いて中を見せるようにして、話し出した。
「流石に内装やら水道やらまでは作れなかったが、雨風は凌げる。休憩する程度なら大丈夫だろう。後は南半球だと今は使わないと思うが、暖炉とかも用意した。簡易のベッドやら携帯式のトイレは持ち込んでやってくれ」
「にぃ、相変わらず少しの間消えてると変な技を覚えて帰って来るよね」
「ホントにな……てか地球便利すぎんだろ……」
ただでさえ旅路で温かいお風呂だけでも呆れていたのに、ついにほとんどなにもない場所で簡易の建物まで創り出したぞ、この男。バルフレアもソレイユも数百年の長い冒険者の経歴の中でも聞いたことのないカイトの手腕に、思わず呆れ返っていた。
そうして呆れていたバルフレアであったが、結果的に考えればありがたいことに間違いはない。というわけで、すぐに気を取り直して前向きに捉えることにする。
「まぁ、良いや。とりあえず幽霊船の調査で使わせてもらうわ。本気で欲を言えば建物を幾つか残しといてくれりゃ、ベッドとか使い回せたけど」
「海賊共が使っていたベッドだぞ? 使いたいか?」
どんな使い方をしていたかわかったものではないし、間違いなく衛生的ではないだろうな。それらを考えれば結局回収して洗濯して、という手間も掛かるし、当然ベッドをここまで移設する必要もある。
そんな手間暇をしても結局は海賊達が使っていた、という事実が付き纏う。冒険者達としても例え洗濯されていたとしても気持ちの良いものではないので、新しいベッドを用意した方が遥かに良かった。というわけでカイトの指摘に、バルフレアは一瞬呆けるも納得する。
「……そりゃごめんだ。福利厚生の一環で新しいの仕入れてやるか」
「そーしてやれ。ヴィクトルあたりに言えば安く仕入れさせて貰えるだろ」
「だな……ん?」
「っと、失礼」
鳴り響いた通信機の着信音に、カイトがバルフレアに断りを入れて着信を受け取る。
『カイト』
「あ、ルーナさん……どうした?」
『海軍の連中から連絡よ。一度来て欲しいそうよ。バルフレアさんも居たわよね?』
「一緒だけど」
『彼も一緒に来て欲しいって。捕まえた盗賊共が変なことを言ってるんだが、なにか知らないかって』
「変なこと?」
あまり海賊やらの言うことを真に受けて欲しくないんだが。カイトはルーナからの報告にしかめっ面でため息混じりだ。が、ルーナからの言葉に二人は反応を一変することになる。
『幽霊船……だそうよ』
「「……」」
どうやら話を聞かねばならなそうだ。カイトとバルフレアは二人して顔を見合わせる。というわけでそんな二人に、ソレイユが問いかけた。
「行く?」
「行くしかないわな……ルーナさん。バルフレアを連れて行くと伝えてくれ」
『りょーかい。ああ、こっちは何時でも発進出来るようにしておくわ』
「頼んます。マギーアの連中が来る前にさっさとずらかりたい」
奴隷を勝手に解放しているのだ。マギーアというか、ウルシア大陸の国々との間でトラブルになることは間違いない。さっさと帰りたいところだったが、幽霊船の話があるのなら話は別だった。というわけで、二人は一旦皇国海軍の軍艦へと足を運ぶことになるのだった。
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