第3853話 滅びし者編 ――海賊退治――
ソラが契約者となっている間に生じていた皇国軍での不祥事。帰って早々それを知ることになったカイトであったが、彼は皇帝レオンハルトより不祥事への情報提供を要請されることになる。
というわけで情報を集めていた彼であったが、そんな時に入ってきたのは南方にて遠征の前準備として暗黒大陸近辺の海域の調査を進めていたバルフレアからの情報であった。
それがちょうど皇国軍の内通者が関わっていたとされる海賊の逃走だと判断したカイトは、それを皇帝レオンハルトへと報告。彼が冒険者に強いつながりを持つこともあり、報告から数日後。マクダウェル家を仲介役として、皇国海軍と冒険者の船で海賊が逃げ込んだ海賊島を攻め落とすことになる。
「ふぅ……ソレイユー、そっちどう?」
『んー……特に面白くもなんともないかなー』
「まぁ、お前もあんま気分よく無いだろうから、腹立ったら適当に撃ち込んで良いぞ。どうせ大半が海賊だ。一目見りゃわかるからな」
『んー』
カイトの言葉に応ずるソレイユの声はいつものようなハキハキとした、どこか子供っぽい様子ではなかった。それはどこか苛立ちなど負の感情を抱えている様子があり、精細さも少しだが欠いていた。
「バルフレア。そっちどうだ?」
『こっちも後少しで鎮圧だ……あー……毎度毎度のことだけど、お前はマジで前に出るなよ。ただでさえマギーア関連で面倒なところに首を突っ込んでるのに』
「わーってる、わーってるよ」
そもそも掃討戦にもなれば甲板から無数の武器を降り注がせて殲滅するだろうカイトだ。そんな彼が艦橋にてだらけた様子で雑に指示やら報告やらを投げているだけだ。状況なぞ察するにあまりあり、彼の乗るマクダウェル公爵軍の飛空艇の艦橋は報告の声さえも静かで、何も起きていないかのようであった。というわけであまりに重苦しい雰囲気の中で、ユハラが問いかける。
「ご主人様、いっそこのままマギーア攻め落としません? あそこ攻め落としたら割と色々と片付きそうですし」
「あはは。外交問題になるからやめとこうぜ……やるなら正攻法でやる」
「正攻法って正攻法ですかねー」
楽しげなのは口調だけ。マクダウェル公爵軍の飛空艇の艦橋に詰める者たちは、今回の海賊達がマクダウェル公爵家の最上層部の逆鱗を逆撫でしていることを理解していた。故の沈黙と、それに比例するかのような上層部の口ぶりに戦々恐々としていたのであった。
実際、艦橋の中に渦巻く魔力の渦は常人であれば気絶しかねないほどで、声が非常に少ないのはそれ故でもあった。わずかでも別のことに気を取られると、軍人達でさえ気を失いかねないのだ。
「……ま、こんな塩梅で全員ヤバいところに片足は突っ込んでる。特にウチの場合は奴隷制度を全撤廃させた側だ。マギーアの商船の積荷なんて考えるまでもないことに首を突っ込んでる以上、全員後ろに居るのは妥当っちゃ妥当だが。何時まで全員抑えきれるかわからんぞ」
『わかってる……実際、北を中心に活動してた連中はマクダウェル家の飛空艇を見るなり逃げの一手だ。その時点で防衛網は瓦解した。後は小物共を狩るだけだ』
逃げ切れるかはわからないが、逃げねば死ぬだけ。しかもこんな法律の手が及ばぬ場所だ。それこそ捕縛してくれれば良い方で、万が一マギーア相手ならば後始末や隠蔽工作――自分達の不正もあるため――で皆殺しにされて、まだ紙面に乗るなら良い方。討伐さえ隠蔽されてもおかしくない。
それが盗賊や海賊に対してエネフィアで一番苛烈と言われるマクダウェル家ならば、もはや一方的な殲滅戦しかあり得ないと考えても不思議はなかっただろう。というわけで冒険者の集団を指揮するバルフレアが、少しだけ唾棄するように笑った。
『で、そういえばなんだが……どうにも連中もマクダウェル家というか皇国海軍がここまで来た理由は理解出来てたらしいな。裏切りの連鎖が発生しているみたいだ』
「そりゃ結構……で、ウチから盗んだ情報で作られた船は?」
『確認してる。動かそうと必死だが……安易に軍の情報をパクって作った末路だな。ありゃ船を起動する前に終わる』
「そうか……この間言ったけど、それは拿捕出来れば拿捕で頼む。中の人員については問わん……が、元海軍中佐は見つけ次第捕縛しておいてくれ。ご同行願おう」
『あいよ』
皇帝レオンハルトは中の人員については問わないとは言ったが、正式に依頼を発行する上で一応逃亡した元海軍中佐に関しては可能な限り捕縛で、と付け加えた。
もちろん可能な限り、という注釈なので厳密に言えばデッド・オア・アライブ。生死問わず、だ。いっそこれ以上情報を流出されるぐらいなら殺す方が良いと考えられていた。なので海賊島に行われる攻撃は苛烈の一言で十分な攻撃であった。
「ああ、そうだ。そう言えばバル」
『おう、なんだ?』
「ここに居るのは海賊達だけなんだよな?」
『……ああ。海賊だけだな』
カイトの問いかけの意味するところを理解して、バルフレアはこの海賊島に居るのは法律を犯す海賊達か、その関係者だけだとはっきりと明言する。つまり全員が殺されても文句の言えない立場であり、そして殺したところでどこの国の政府も文句は出さない者たちだけ。そう再確認した。というわけでなにかを思い付いたらしいカイトは、獰猛な笑みを浮かべながら甲板へと現れる。
「あれ? にぃ……どったの? みんな連れて」
「ちょーっと思い付いたことがありまして」
「思い付いた……え? ちょ、ちょ、にぃ? それは待とう?」
「無駄な抵抗はよしておこうぜ、そろそろな。各国に引き渡して裁判ぐらいは受けさせてやるからさ」
縛り首だか磔刑だか程度は選べるだろう。カイトはそう言いながら、無数の武器を顕現させていく。その数たるや、思わずソレイユが止めるほどであった。
「バルフレア。再度、降伏勧告を出せ。抵抗する場合はそろそろ本気でマクダウェル家が動くってな」
『もうやったぜ……ああ、答えが来たな』
「……」
びゅんっ。カイト目掛けて飛来した矢を、いつの間にやら横に控えていたストラが切り払う。そんな彼に、矢を見ることさえなかったカイトが問いかける。
「どこのエリアだった?」
「北西、あの赤い屋根のエリアです」
「わかった……全員、オレの掃射と同時に要救助者の保護に入れ」
「「「御意」」」
「ご主人様。抵抗するゴミは?」
「ゴミ? なんのことだ? ゴミなぞないぞ。ゴミはリサイクル出来るからな」
「りょーかい」
「あーぁ」
これはもう自分がやることはなにもないな。ソレイユはマクダウェル家の最上層部。そこにはかつての大戦時代において、下手をすれば奴隷として扱われた者さえいるのだ。
その彼らが、マギーアの制度により奴隷として不当な扱いを受けている者たちを見ればどうなるか、なぞ考えるまでもなかっただろう。しかも海賊だ。その扱いなぞ考えるまでもなく、ウルカの冒険者達と同等かそれ以上に烈火の如く怒り狂っていた。
「さぁ……暴虐の者共よ。覚悟もさせんぞ。一方的に奪った者の末路を見るが良い」
それは宣告だ。そうして宣告と共に放たれた無数の武器の嵐が、瞬く間に海賊島を覆い尽くして破壊しつくすのだった。
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