第3852話 滅びし者編 ――海賊退治――
ソラの契約者としての試練を終えて数日。ソラに対する教練を行っていたカイトであったが、その間にも世界は動いていた。というわけでカイトは数日前にあった皇国海軍の醜聞を受けた皇帝レオンハルトの望みを受けて、海賊に関する情報を収集していた。
そうして海賊に対する情報を集めていたところに入ってきたのは、バルフレアから幽霊船の調査の最中に遭遇した謎の皇国軍の軍船の情報であった。というわけでその謎の軍船は現在皇帝レオンハルトが指揮する皇国海軍の裏切り者が流出させた情報をベースに作られたのではないか、との推測を立てたカイトはそれを皇城へと伝達する。
『むぅ……その海域か』
「その様子ではご存知のようですね」
『ああ。噂には聞いている……海流の関係で南部諸国の軍艦ではあまり近寄れん海域だな。マギーアの連中がなんとかするべきではあろうが』
「ええ……あの海域の北部側はかなり荒れる。南部はまだマシな方ではありますが」
『うむ……』
バルフレアの言葉に、皇帝レオンハルトは苦い顔で応ずる。マギーアの連中が対応するべき、というのは周辺海域を荒らす海賊達の被害を最も被っているのがマギーアだからだ。とはいえ、今回ばかりはすぐに彼も笑みが浮かんだ。
『まぁ、俺が言って良いかはわからんが。おおよそマギーアの連中が裏から金を回しているだろうな』
「でしょう。連中の装備は明らかに海賊が仕入れられて良いものじゃない。今回の一件も然りですが」
「そんななのか? 確かに何度かあそこらの海賊に苛立ってる奴の話は聞いてるが……海賊の情報は冒険者経由じゃないとあんまりウチには流れてこないからな」
一応オフレコとして話す皇帝レオンハルトの言葉に盛大に呆れながら同意するバルフレアに、カイトは小首を傾げながら問いかける。流石に彼も遠く離れた海域の海賊のことまでは詳しくなかったようだ。これに、バルフレアが頷いた。
「ああ……あそこの連中、賊にしちゃ装備が悪くない。どこかに一つでかい拠点は持ってるだろう、ってのが俺達冒険者の間での話だ」
「あー……まさかと思うんだが、また例の感じになってるのか?」
「例の感じだな」
「面倒くさいなぁ……」
どうやら海賊、拠点の2つの単語だけでカイトはおおよそを察したようだ。盛大にため息を吐いて嫌そうな顔をしていた。
『なんだ。公は慣れていそうな様子だな』
「まぁ……何個かは私が潰しましたので……」
『話は聞いている……皇国の海域内とその近隣にない理由の一つとな』
少しだけ恥ずかしげなカイトに対して、皇帝レオンハルトは楽しげだ。まぁ、慣れていそうだなと聞いて話は聞いていると言っているあたり、わかっていてやっていそうであった。というわけで、カイトは今の話になっているその名を口にする。
「海賊島……ですね。おそらく今回の奴も海賊島に逃げ込んだと見て間違いない」
『だろうな……海賊島。海賊どもが占拠している島。どこにあるかも謎で、誰が居るかも謎な地域だが』
「はぁ……どうしましょう」
『む?』
何を呑気なことを言い出すのか。そんな様子で皇帝レオンハルトはため息を吐くカイトに首をかしげる。
「いえ……恥ずかしながら海賊共でマギーア近辺になるとどうにも面倒事しかなりそうになくて」
『「……」』
そう言えばそうだったな。基本カイトが盗賊や海賊退治なぞという雑事を行うことがないので忘れていたわけだが、カイトは盗賊達に対して本当に容赦はない。それも特に、盗賊達の拠点に対しては輪を掛けて容赦がない。逃げられないようにして皆殺し、なぞ珍しい話でさえなかった。
「まぁ、そういうことでして。今回の一件、メインは皇国海軍としていただく形でよろしいでしょうか」
『もとよりそのつもりだが……』
「はい……島を消し飛ばさねば良いのですが。昔はそんなことが出来なかったので良いのですが。今は出来てしまうことが厄介でして」
『む、むぅ……』
皇帝レオンハルトはカイトの反応にどう答えたものかと少しだけ悩ましげだ。相手が賊徒なのでそれでも問題ないと言えば問題ないのでなんとも言い難い様子だ。
特に今回はどこの国にも属していない海域に潜んでいる。謂わばどこの国にも属していない不法者達だ。しかも様々な国に被害を及ぼしているため、抵抗された場合は殺しても感謝されこそすれ、問題になぞなろうはずもなかった。が、流石に島を消し飛ばせばやり過ぎと言われかねないので、皇帝レオンハルトも微妙な顔だった。というわけで少しだけ悩んだ後、彼は最終的な結論を下した。
『……とりあえず公には引き続きバルフレア殿との連携を頼む。討伐は海軍に行わせるつもりであることに変わりはないが……あー、まぁ、公は前線に出ないようにな。万が一出ねばならん場合はこちらで後始末は付けてやるが……島一つ崩壊するのは流石にどの国も良い顔はしまい』
「は……お心遣い感謝いたします」
民衆からすれば賊徒への厳しい姿勢は頼もしさになるし、カイトに望まれているのはそういう厳しい姿勢だ。自分達には優しく、不心得者には厳しく。それが徹底されているからこその彼の人望であるし、彼を擁すればこそ皇国は大国になれている。皇国側としても頭の痛いところではあるが、カイトにとってこれがどうしようもない以上それも受け入れるしかなかったようだ。皇帝レオンハルトは苦い顔ではあったが、最悪の場合を認めると明言。それにカイトも苦笑いで頭を下げる。
『うむ……バルフレア殿。一つ伺いたいが、海賊島のおおよその場所の特定は?』
「ほぼほぼ特定は出来ております。ただ向かうのであれば、南側ではなく北側の方が良いでしょう」
『奴らもまさか北側から来るとは思うまい、か』
「はい……それとこれはこちら側の調査により判明したことですが、どうやら連中もそれを見越して南側に港を設けているようです。北側は比較的手薄なのかと」
『なるほど……マクダウェル公。そう言えばなのだが、確か公のところには水中船があったな?』
「御意。飛空艇は海中に潜ませます」
水中船、というのは水中に潜航が可能な飛空艇だ。これは言うまでもないが技術的には非常に難しく、現状実用的な水中船を保有しているのは五公爵でもマクダウェル家程度――他がそもそも海に面していないことも大きいが――だった。
『頼む。連中もおそらく空中からの接近は気付けよう。ならば先陣は船が切らねばなるまい。が、戦闘が始まれば逃げようとする船は出てこよう。それを制圧するには機動力の高い飛空艇を使わねばなるまいが……流石にこのような些事で公の軍を大々的に動かせば海軍が良い顔はしまい。が、流石に逃げた船だけは潰さねばならんからな。その程度の手出しは認めさせよう』
「御意」
皇帝レオンハルトの言葉に、カイトは一つ頷いた。そもそも今回の一件で皇帝レオンハルトが直々に指揮を執っている理由は皇国海軍の情報が流出していたからだ。
それの成果と言える船だけは是が非でも拿捕か完全に破壊しなければならないので、万が一のないようにカイトに助力を指示したのは海軍の体面を除けば正しい判断ではあっただろう。そして海軍とて失態を犯しているのが自分である以上、皇帝レオンハルトの指示には逆らえない。一番妥当な指示と言えた。
『うむ……まぁ、船が逃げた場合の破壊は構わん。公の好きにするが良い。ただ可能であれば逃げた場合も拿捕してくれ。軍の技術部の連中、せっかくだから試験結果と実際の運用結果を照らし合わせたいので拿捕出来ないかと厚かましくも言ってきたのでな』
「あははは……承知しました。なるべくは拿捕出来るよう努めます……内部の人員については?」
『それは構わん。欲しいのはあくまで船だ。中身については問わん……が、よくよく考えれば処理も面倒だ。後始末が面倒なことにはしてやるな』
「御意」
殺しても良いが、あまり残酷な形にはするな。そういうことだろう。軍の技術部の奏上を思い出して苦笑いを浮かべる皇帝レオンハルトの言葉の意味を、カイトはそう理解する。というわけでその後は暫くの間バルフレアを交えながら海軍との連携に関して話し合いを行って、更にカイトはバルフレアとの間で連携の相談。この日一日は海賊に対する対応を協議することで終わるのだった。
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