第3850話 契約の力編 ――支配権――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過する。
そうして何度も挑戦を繰り返して、ついにたどり着いたシルフィードとの最終決戦。3日間に及ぶ試行錯誤の果てになんとか風の試練を突破したソラは聖域を離れてマクダウェル領マクスウェルへと帰還。
とりあえずは長旅と長い戦いの疲れを癒やせ、とカイトより指示されて二日間休養。魔力、体力、気力全てを万全に近い状態まで整えて、契約者の力の使い方を教えてもらうべく改めて公爵邸へと足を運んでいた。
「……」
契約者になってまず分かるようになったのは、天然自然に対する自らの支配権というべきものだ。そしてそれがわかったことにより、副次的に一つのことがわかるようになっていた。というわけで意識を集中して、ソラはまずその支配権を理解することに努めていた。
「支配権を理解出来るようになれば、相手の周囲にどの程度影響が及んでいるかがわかるようになる。攻撃においては支配権の拡大。防御においては支配権の確認。それが何より重要だと言えるだろう」
「……」
カイトは話しながら、風を編んで自らの風に対する支配権を拡大していく。そしてそれが意図するところは、ソラにも見て取れた。
「見た目だけでかい魔術……だな。多分。威圧感はヤバいけど」
「そうだ。これは見た目だけ。重要なのは支配権の広さじゃない。支配権の強弱だ。もちろん、フェイントとして活かすことも出来るから、それは重要な要素ではあるが」
「でも弱い影響力の時点で単なるブラフやフェイントだと見抜ける、ってわけか」
「そういうこと」
やはり契約者となって世界に対する見え方が変わったからだろう。ソラは今まで自分が見ていたものがあくまで表層だけで、更に深い領域ではこういうものまで見えていたのかとただただ感嘆していた。
「もちろん、単に見せかけだけなら普通に見抜かれる。だから見抜かれないように更に別のフェイントやブラフを混ぜ込んで、としてはいる。が、支配権が見えるというだけでこうも違うわけだ」
「……なぁ、これって契約者だから見えてるのか?」
「支配権か?」
「ああ」
カイトの問いかけに、ソラは再び霧散した風を見ながらそう思う。だがこれにカイトは少しだけ苦笑しながら首を振った。
「いや、優れた魔術師なら支配権は当然のように見えている。お前が見えるようになったのは契約者となった一環。副次的な効果だな。もちろん、魔術師達の場合は自分の技で見てるから、その分負担が掛かる。だから疲労していけば、何時かは見落としが生ずるだろう」
「流石にそんなルール外のことまで出来るようになるわけじゃない、ってことか」
「そこはな。あくまでも大精霊の契約者だろうと出来ることは世界のシステムに則ったことに限られる。だから魔法が使えるようになることはない……いや、というよりも魔法が出来るわけはないんだよ」
「あくまで世界の管理者側だから、管理者が世界の法則を逸脱することは出来ないってわけか」
「そ……まぁ、こう言うと契約者の格が下がるかもしれんが、契約者になっても出来ることは優れた魔術師が出来ることだ。それ以外に出来ることがあるとすれば世界の調律やらになるわけだが……」
こればかりは流石に魔術師達でも難しいからな。カイトはどこか苦笑いにも似た表情を浮かべながら、そんなことを語る。と、そんな彼の言葉にソラが首を傾げた。
「世界の調律?」
「ん? ああ、そっか。それは教えておいてやらんとならんわな……シルフィ」
『ん。どうする? 僕の力を偏らせた方が良いかな?』
「そうだなぁ……そうだな。お前の力の偏りが一番理解しやすいだろう。頼んで良いか?」
『了解』
カイトの求めを受けて、シルフィードがなにかをし始める。そうしてしばらくすると、修練場の中に強大な風が生じだす。
「なんだ!?」
「風属性を偏らせている……もうそろそろ、立ってられないようになるぞ」
「え? そ、それどうすりゃ良いんだよ!」
「ほらよ」
「っとぉ!」
カイトが生み出した柱に、ソラは大慌てでしがみつく。そしてそれと共に、彼の身体が浮かび上がった。
「なにするんだよ、これで! てか、お前はなんで平然としてんだよ!」
「そこはきちんとオレの周囲を見ろ! それも訓練の一つだ!」
「っ」
カイトの指摘に、ソラは契約者として付与された支配権を見る力を拡大。カイトの周囲を見て、何が起きているかを把握する。
「なる……ほど……って、言うは良いんだけど! 支配権だけ拡大ってどうやりゃ良いんだよ!」
「契約者の力を展開しろ! で、自分の周囲に強く行使する! 基礎中の基礎だ!」
「っぅ」
簡単に言ってくれるよ。ソラは契約者の力を解放し、自らの周囲にだけ押し留めるべく意識を集中する。そしてカイトも教えるためにやっているので、そこまで難しい範囲はしていない。というわけで、ソラは見様見真似でとりあえずカイトを真似て支配権を周囲に行使する。
「……ふぅ。せめて言ってくれよ」
「何事も練習だ……まぁ、それはそれとして。今見てわかる通り、周囲は風属性が一気に溢れかえっている。自然現象としても起こり得る事態だ」
「まぁ、そうなんだろうな」
轟々と吹き荒ぶ風に、ソラは冷や汗を拭いながら同意する。そして彼としても幾つかの普通ではない場所を見てきていたので、この程度なら十分にあり得るのだろうと納得出来たようだ。
「とはいえ、これはあくまで自然現象ではなく人為的に引き起こされた事態として想定しておこう。この程度ならある程度の魔術師の魔術の暴走で想定はしやすいだろうからな」
「まぁ、そっちのが理解はしやすいな」
「ああ……まぁ、契約者が出るにしては小規模過ぎるから、ここではあくまで実演のためと考えてくれ」
実際そうだろうしな。ソラはカイトの想定があくまでも例示のためだと納得する。そうして彼の納得を見て、カイトが契約者の力を行使する。
「調律というのは、こういうような塩梅で特定範囲で特定の力が異常な状態になっている状態を元に戻す力だ。まぁ、これを能動的に使おうということはまずないだろうが……」
「あ、そうか……暴走しているってことは支配権がない状態で勝手に動いている、と考えても良いのか」
「そう。だからこうして力を広範囲に行き渡らせるだけで……」
まるで大魔術でも行使して相殺しているかのように、瞬く間に荒れ狂う風が沈静化されていく。だがそれはあくまで大精霊の力を行使して世界を正しているというだけで、カイトがしていることは契約者として力を行き渡らせているだけだ。
彼自身がなにかをしているということはほとんどなかった。というわけで荒れ狂う風に対して力を行き渡らせながら、カイトがソラへと続けた。
「お前も薄っすらとだが気付いていると思うが。契約者を介して大精霊達が影響力を行使することも出来る。だから荒れた状態で契約者がやることは、大精霊達が力を行使する媒体となることだ。これが調律だな」
『まぁ、世界の異変において実際に君がなにかをすることはないよ。これはそういう力だと思っておいてくれれば良いかな。でも君も原理的には同じことが出来るようにはなっている』
「なるほどな……なぁ、そうなると魔術が完結した後に同じことも出来るってことか? あれも原理的に? 見た目的かもしれないけど、同じようなもんだろ?」
「そうだな」
完結してしまった魔術。それは発動し、すでに魔術式そのものも効力を失ってしまって止めようのない魔術のことだ。これはもはや術者でさえ止めることは出来ず、後は終わるのを待つしかなかった。なかったが、契約者の力はそれを強引に止めることさえ出来るというわけであった。
「あ、そうだ。それでふと思ったんだけど、完結した魔術の場合って支配権はどうなるんだ?」
「良いところに着目したな。魔術が完結した後の支配権だが、原則的には残り続ける。その効力が全て失われたタイミングが、その魔術が完全に停止したタイミングだ。だが、だ」
「さっきの支配権の上下の話か」
「そ。人の支配権と大精霊の支配権なら、大精霊の支配権が上だ。これがまだ術者が維持しているなら押し合うことも出来るが、完結してしまっていれば簡単に書き換えられる」
「なるほどなぁ……」
出来ることが一気に増えていくな。ソラは今までわからなかったことまでわかるようになり、色々と頭が回転しているらしい。いつも以上に様々な気付きを得られている様子だった。というわけで調律の話から派生した話に、ソラは感心したように何度も頷いていた。
「てか、凄いな。完結した魔術って改変は無茶苦茶難しいってのに」
「それは支配権が同格の人同士だから、そして完結させられるのは魔術師としても上位層に位置するからだな。だから難しいように言われるが、実際には術者もいないから契約者からしてみれば調律の一環で修正してしまえる」
「なるほどなぁ……出しっぱなしの魔術とか、もう俺には通用しないようなもんなんだな」
今の話を総括すると、そういうことになるのだろう。もちろん術者が操り続ける限りは支配権の取り合いになるので押し切るまで僅かなタイムラグは生ずるだろうが、それでも風属性に対して圧倒的な優位が取れたと考えて良さそうであった。そして、この調律や支配権の話は次の話にも派生した。
「そして、だ。その調律や支配権の話はここからの話にも派生する」
「ここからの話?」
「ああ……前に話したな? <<偉大なる太陽>>の加護と風の加護は併用出来ないって」
「ああ……あ」
そうだ、思い出した。ソラはカイトの言葉で、あくまで併用出来ないのは風の加護が押し負けるからで、契約者の力であれば併用出来ると聞いていたことを思い出して目を見開く。そして今までの話を統括して、一つのことを彼は導き出した。
「そうか、もしかして……一個確認しておきたいんだけど、支配権の話は他の属性にも共通するんだよな? そして魔術とかにも」
「ああ」
「ってことは……神様の力にもか?」
「どうしてそう思う?」
ソラの問いかけに、カイトはまるでその問いかけを待っていましたとばかりに笑う。そしてこれに、ソラは自身の推測が正解なのだと理解しつつも、確かめるように口にする。
「神様ってのは大抵が自然の顕現だったりするんだろ? シャムロックさんなら太陽の顕現。シャルロットさんなら月の顕現。太陽は火と光の複合だってどこかで聞いた覚えもあるし」
「その通り。流石に主神級の支配権にもなれば非常に強い。加護が通用しない程度にはな。だが、契約者にもなるとその上下は一気に逆転する。だから風の契約者の力を行使しながら、<<偉大なる太陽>>の力を行使することも出来る」
ソラの言葉に満点を与えると、カイトは左手にシャルロットの死神の鎌を携えながら、右手を握りしめる。そうして淡い黒色の光が迸り、闇の契約者としての力が彼を包み込む。
「それこそ大精霊の力で神の力を強化する、という本来は出来ないことさえ出来てしまう。もちろん、これから更に別の力を付与して、三重の力を手にすることもな」
「っ」
ぞっとする。ソラはカイトの身に纏う力の数々を見て、思わず息を呑む。そして実際、カイトもこれは安易に披露していないものだった。
「これは、オレの切り札の一つだな。神の力と大精霊の力の合せ技……戦闘技能という意味で、お前が目指すべき極地だ」
「出来るんかな」
「さぁ? お前がやれるかどうかはお前次第だ。ああ、一応言っておくが。そもそも大精霊の契約者が数少ない。神の力まで行使出来る者も少ない。この両者を同時に行使出来る者は、もはや言うまでもない。その力も凄まじいが、同時にその領域だと思っておけ」
「おう」
「よし……じゃあ、ここからはそれに向けて修行の指南だ。そのためにはまずは、支配権の行使を完璧と言える領域まで仕上げないとな」
「おう!」
カイトの言葉に、ソラが一つ気合を入れて応ずる。そうして、この日一日はまずは基礎の基礎である支配権の練習に費やすことにするのだった。




