第3849話 契約の力編 ――契約者――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過する。
そうして何度も挑戦を繰り返して、ついにたどり着いたシルフィードとの最終決戦。3日間に及ぶ試行錯誤の果てになんとか風の試練を突破したソラは聖域を離れてマクダウェル領マクスウェルへと帰還。
とりあえずは長旅と長い戦いの疲れを癒やせ、とカイトより指示されて二日間休養。魔力、体力、気力全てを万全に近い状態まで整えて、改めて公爵邸へと足を運んでいた。
というわけでまずは皇帝レオンハルトに挨拶をと思っていたわけなのだが、今度は彼の方がこの数日で起きていた軍の不祥事に追われることになっていた。そういうわけなので謁見は一旦延期となり、ソラはもう一つの用事である契約者の力についてカイトから教えてもらうことになっていた。
「なんっていうかさ。一つ疑問だったんだけど、ちょっと聞いて良いか?」
「んぁ? なんだ?」
「いやさ。契約者の力ってどうやって訓練してるんだ? 普通は。お前みたいにこんな専用の部屋を用意出来るわけないだろ?」
てくてくてくと公爵邸の中を歩きながら、ソラはそんなことを問いかける。言うまでもなくカイトはマクダウェル公だし、その公爵に就任した時にはすでに世界的に契約者――というより祝福を得し者――だと知られていたので、彼が契約者専用の訓練場を拵えることやそれに経費を費やすことに関しては誰も何も疑問に思わなかった。
それどころか彼の近辺にはルクスを筆頭に契約者が何人も居たわけで、契約者専用の訓練場を設けることは何ら不思議ではなかった。というわけで最初から用意していたカイトであったが、だからこそソラの疑問にきょとん、と目を丸くした。
「……どうやってるんだろうな?」
「知らんの!?」
「いやぁ……オレそもそも専用の一室用意出来る立場じゃん? だからオレ、専用の修練場がないパターンとか想定していなかったわけで」
「……まぁ、そうっちゃそうか」
確かにそもそも準備出来る立場だったのだから、準備が出来ない場合を想定するのが困難か。ソラは恥ずかしげな様子のカイトに納得を示す。とはいえ、それならば誰にでも出来る返答なわけで、カイトは少し考えた後に答えた。
「まぁ、そうだな。確かに言われてみれば旅の最中は専用の訓練エリアなんてなかった。どうしてたかな、そういう時」
「そうそう、それが聞きたいんだよ」
「そうだなぁ……」
ソラの問いかけに、カイトは遥か彼方に消えた記憶を手繰る。そうして彼はしかし、きょとんと神妙な顔を浮かべる。
「あれ? オレ……別になんか訓練してねぇわ」
「え!?」
「いや……そもそもの話として、オレってそもそも誰かに戦い方を教えて貰ったことってほとんどなかったから……いや、てか思えばよ? 契約者の力って誰かに教えてもらえるもんじゃないからな?」
「そ、そりゃそうだ」
こうしてカイトに聞くという選択肢が取り得るのは、あくまでも彼が契約者として知られているからこそだ。そしてそもそもの話として、契約者は長ければ百年単位のスパンで歴史の表舞台に現れない存在だ。現に三百年前の戦時中はカイトが現れ、彼が仲間達を導くまで彼一人が契約者だった。その最初の一人である彼がどうやって聞けるのかと言われれば、聞けるわけがなかった。
「だからそもそも契約者の訓練って情報がほとんどないんだ。多分今エネフィアにある契約者に関する情報の8割……いや、9割は多分オレが関係してるやつだと思うぞ。歴史的には何人か居たから、情報が残っていないわけじゃないが……まぁ、大半が伝説の存在だからなぁ」
「てかお前も伝説だもんなぁ……」
「そうだなぁ……しかも軍事機密やら国家機密指定を受けてる情報も少なくないだろうし」
契約者はその存在そのものが下手な軍事兵器と比較にならないレベルの力を有している。そして――大精霊達が許すとは思えないが――悪用すれば国家転覆さえ成し得る力でもある。
そして契約者として関わる案件の中には一般に公表されれば混乱を招く案件は少なくないだろう。必然として契約者として関わることの多くが機密に指定されても不思議はないだろう。
「あー……そうだよなぁ。よく考えりゃ、シンフォニア王国で起きた一件とか契約者が出てきても不思議のない……いや、ってか、あれか。グウィネスさんが出てきてたか。そりゃ国家機密扱いになるよなぁ……」
「あー……そういえばグウィネス殿は契約者だったか……って、それは良いんだよ。ま、そういうわけで。オレがどうこう出来る話じゃなかったんだよ。だから訓練しようにも、ってわけで」
確かにそう言われてみればカイトが訓練出来たのかと言われれば無理だろう。ソラはカイトが何も訓練をしていなかったのだと言われて、なるほどと納得をするしかなかった。とはいえ、それでも問題のない理由は当然あった。
『というより、僕らが一緒に居たからね。カイトは僕らが教えてたから』
「そーなるなぁ……てか、だから何やったか全く覚えてないわ」
『まー、そうだよねぇ。あと、君の場合は僕らの力の使い方に関しては本当に上手かったもんねぇ』
カイトの言葉にシルフィードが笑う。実際彼からしてみれば、大精霊に教えを受けるなぞ朝の鍛錬と変わらない出来事だったのだろう。他者であれば異常事態でも彼にとっては日常であれば、毎日の記憶が残らないように訓練風景が残らないのは当然であった。
「上手かったと言われてもオレにはまーったくわからんかったんだがな」
『あはは。カイトは本当にそういう意味では全く恵まれてないよね、ほんと』
「本当になぁ……」
「いや、そこまで恵まれててか……?」
大精霊達から直々に教えを受けられる、なぞ眷属達からしてみればそれだけで英雄扱いを受けかねないのだ。それなのに当人達からしてみれば、それこそが残念と言わんばかりなのであった。というわけで呆れ返るソラに、シルフィードが首を振る。
『そういうわけじゃないよ。本当なら君みたいに誰かに教えを受けたり、君や瞬みたいにお互いに技術を磨きあうことが出来る相手が必要なんだ。切磋琢磨ってわけだね。でもカイトはそれができなかった。契約の力も、神陰流も、魔術も……何もかもを確かに優れたお師匠様から学べても、それを共に学ぶ者が居なかった。だから本当に君にはレックスが必要だったし、彼には君が必要だった……ま、だからこそ今別々の道を歩んでいるんだろうね』
「……」
にたり。シルフィードの言葉に、カイトもまたそうだと言わんばかりの顔で笑う。
「どういうこと? また会うってことか?」
「そうだ……現世じゃないかもしれないが。お前と先輩も、そうなれれば良いと思うよ」
「どういうこった?」
何を言わんとするかが理解出来ず、ソラはカイトの言葉に首を傾げる。これにシルフィードが教えた。
『常に一緒だったら同じモノしか見えなくなる。だからお互いに別々の道に進んで、何時かまた道が交わった時にそれを教え合い、高め合う。そういうことだよ。その交わる時は、今生ではないかもしれないけどね』
「そ……長い因果を歩んでいると、そういう相手が居るんだってわかる時がある。オレにとってはそれはあいつだった、ってだけの話だ。同じようにお前が死んで、その先にまた生まれても、ここで得た縁を縁として先輩とまた出会えればお互いに力を高め合うことが出来るだろう……そういう話だ」
「……気が遠くなるような話だな」
自分が死んで転生して、更にその先でまたいろいろな経験を経て、か。ソラはカイトだからこその感覚に理解は出来ずとも、納得は出来たようだ。苦笑気味に笑うことしか出来なかった。
「そうだ……ま、それは今のお前と、今の先輩とは違うかもしれん。関係性もな……だがそうなれれば心強いだろう?」
「そりゃな……その時はもちろん、お前も助けてくれるよな?」
「あははは……いや、よく考えたら今助けてね?」
「……あ」
よくよく考えれば今こうして自分が助けを受けられているのは、自身が浅井長政の転生だからだ。ソラはそれを思い出して、思わず呆気にとられる。そうして彼も笑った。
「あはははは! 確かにな。なるほど。同じ世界の中で魂は循環して、同じぐらいの転生スパンだ。そうなることも必然っちゃ必然なのかもなぁ」
「そういうことだな……同じようにお前……『天城空』という人物の記憶を次のお前が手に入れれば世界を渡る力も見えてくるだろう。もちろん先輩もな。そうなればもっともっと、世界は広がっていくさ。オレたちみたいにな」
「はぁ……」
本当に気が遠くなるような話だし、それを期待してまた再会を心待ちに出来るのはやはり、人間より生物として一つ上の位階とやらに立ったからなのだろうな。長い長い目で命というものを見ているカイトに、ソラはそう思う。と、そんな話をしていればあっという間に専用の修練場にたどり着いた。
「っと、話していたら着いたな。ここが契約者専用の修練場だ。外壁は属性攻撃を吸収する仕組みになっているから、契約者としての力を使ってもある程度は耐えられる構造になっている」
『僕らが教えた構造だから、契約者にも耐えられるよ』
「はー……」
一見すると普通の修練場だが、色々と特殊な構造が仕込まれているらしい。ソラは自分の目には見えないものの、普通ではないのだと理解する。というわけで感心した様子の彼に、カイトは椅子を魔力で編んで腰掛けつつも、彼にもまた椅子を勧める。
「よし。じゃあ、まずは契約者のおさらいからするか。何事も基礎を疎かにしたら痛い目に遭うからな」
「おう」
ここからが本題だな。ソラはカイトの軽い様子に対して、気を引き締めて頷いた。
「まず契約者の力だが、それは端的に言えばその元素全体に対する影響力を行使出来るようになったと言っても過言じゃない。だから単純な、単純な、話として。自らの影響が及び得る範囲全体の風を動かすということも出来る」
「……それは多分、魔術を使ってってのとは違う話だよな?」
「当然な……まずはとりあえずやってみせるか」
論より証拠。百聞は一見にしかず。そういう感じでカイトは立ち上がると、自らの契約者としての力を行使する。そうして彼の右手の指に嵌められた指輪が緑色に光り輝くと、修練場全域に満ちる風が一斉に彼の支配下に置かれることになる。
「……今何が起きているか、今のお前にならわかるな?」
「……ああ。凄いな……こんなのもわかるようになるのか……」
風に対する感覚が今までと全く異なっている。ソラは感覚的ではあるが、この空間全体の風を誰が支配しているかが理解出来るようになっていた。
「多分、これはお前がこの風のコントロールを持っているってことなんだろ? だから多分、お前の意思一つで風が動く。どういう風に動かすかも自由自在だ」
「そ……だからこんなことだって簡単に出来ちまう」
「っ! うぉあ!」
自分の座る椅子の下から吹き上げる風に煽られて空中に羽化されて、ソラが思わず悲鳴を上げる。だがこれは一切魔術を使っておらず、契約者としての力として、風への支配権を行使して風を操ってソラを浮かせていたのである。というわけで一瞬浮いた彼だが、カイトが風を操って立つ形で彼を着地させる。
「ととと……やるなら言ってくれよ」
「あはは……ま、そんな塩梅でな。よし。じゃあ、次。風属性の魔術を編んでみろ。どういうことが起きるかは……まぁ、お前もそろそろ理解出来ているかもだけどな」
「……おう」
多分自分が思っている通りのことが起こるのだろう。ソラはそう思いながらも、カイトの指示通り簡単な風属性の魔術を展開してみる。そして展開してみて、ソラは目を見開いた。
カイトから今までとかなり異なってくるから、と特に風属性の魔術や力は行使するな、と厳に禁じられていた。なのでここで初めて魔術の根幹を理解したのである。
「あ」
「見えてるな……そうだ。魔術の影響範囲の風はお前の支配下にある。属性魔術とは極論してしまえば、その属性に対する支配権の奪い合いだ。だから……」
「うぉあ! っと……」
展開していた魔術が掻き消えたことに一瞬だけ驚いたソラであったが、同時にそれが起きるのだろうと理解していればこそすぐに落ち着きを取り戻した。
「契約者の力を展開したお前にとって、風属性の魔術は脅威にはならない。人の支配権と大精霊の支配権であれば、大精霊の支配権の方が遥かに格上だ。人が行使し得る魔術は全て、お前にとって無力と言って良いだろう」
「もしそれに対抗しようとすれば……それは魔法か」
「そう。世界の改変。支配権の格を変更してしまうしか手はない」
ソラの理解にカイトは満足げに頷いた。そうして彼は続けた。
「ま、こんなものは基礎の基礎。単に契約者としての格を使った話だ。もちろん、お前はここから学ぶ必要はあるから要練習ではあるけどな」
「……」
おおよそ人類と格の違う力だ。ソラはこれでさえ契約者の真髄には届いていないというカイトに、改めてこの力の強大さを理解する。そうして、改めて気を引き締めて彼はカイトから契約者の使い方を聞いていくことにするのだった。
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