第3847話 様々な力編 ――契約者――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過する。
そうして何度も挑戦を繰り返して、ついにたどり着いたシルフィードとの最終決戦。3日間に及ぶ試行錯誤の果てになんとか風の試練を突破したソラと空也であるが、なにかを試すよりも前にひとまずは聖域から出ることになっていた。
別に長居してはだめというルールはないのだが、長居する必要もない。そして桜らは仕事中に唐突に呼び出されてしまったわけで、仕事の内容を忘れる前に戻る必要があったこともあった。
しかも追々調べるとどうやらそれぞれで時間が少しずつ違ったようで、変な不整合が生ずる前にとカイトが帰らせることにしたのであった。
「っと……これでとりあえずは完了、か」
「ああ」
「……うわっ。本当に時間経ってねぇ」
聖域から出たあと。ソラは本当に入った時とほぼ変わらない時間――十数分しか経過していない――にびっくりする。これに瞬も彼同様にスマホ型の通信機を取り出して、画面に表示される現在時刻を確認する。
「……本当だ……ん?」
「どうした?」
「いや……少しの経過時間はお前が出た時間なんだろうが……なんだろうが」
「あ……」
瞬の指摘で、ソラも十数分しか経過していないことのおかしさを理解する。いや、確かに二人とも時間は経過しないと言われていたので、およそ半月ほどの戦いがほぼ一日一分程度の経過に過ぎないことについては疑問はない。
ならば何が疑問だったかというと、片やカイトに抱えられ、片やまるでそれが当然とばかりに肩車される形でカイトの頭の上で眠る伊勢と日向であった。なお、エドナはというとカイトの要請でクズハを乗せている。
「……お前、三人を連れて来た……んだよな? 正規のルートで」
「まぁ、正規のルートかどうかと言われれば微妙だが……この通り正面から出れる以上は連れて来たわけだな」
すでに聖域を脱した一同であるが、桜らに関しては離脱よりも前にシルフィードが送り返した。当然の話として表から入っていない面子が出てくれば何事かとエルフ達は思うだろう。
下手な揉め事を作りたくなかったので、カイトがシルフィードに連れて来た以上は自分でやれと命じたのであった。というわけで、自分達と一緒に出てきたのは聖域に正規のルートで入ったエドナらだけだ。
「……え? ってことはお前、何? 俺らが数日掛けて来た道を十数分で往復したわけ……?」
「まぁ、そうなるな」
「「……」」
結局契約者になろうとも、この男との格の違いはあまり埋まらないらしい。どこか楽しげに笑うカイトに、ソラも瞬も言葉を失いつつもそう理解する。とはいえ、だ。それは当然と言うべきか、彼が使える魔術を考えれば当たり前の話ではあっただろう。そして幾つか当然に近い話もあったようだ。
「まぁ、もう契約者になったし良いか。今のソラじゃ無理だからそこはそれで思っておけば良いんだが、契約者は聖域へ行ける権利を持っている」
「聖域へ行ける権利? そもそも契約者になってるんだから聖域には行けてるだろ?」
「いや、そういう権利じゃないんだ。それはあくまで試練を受けるために聖域を訪れることが出来る権利であって、それは万人が保有する権利だ」
じゃあ、今出てきたところは何だったんだ。そう言わんばかりの様子のソラの問いかけに、カイトは少しの誤解があると首を振る。そうして、そんな彼は二度手間になるよりよいか、と踵を返した。
「そうだな。わかりやすいように話した方が良いか。シルフィ、良いか?」
『いいよー。それにそこらもなく契約したから、後からそんなの聞いてないって言われても困るしね』
「あはは。確かに……クーリング・オフ制度はないからな」
『クーリング・オフ、必要だよねー。普通に考えたら』
「設けてくれんのかね、あいつら」
『無理じゃない? そんな人道的なことを考えてくれる存在じゃないし。聞かずに契約したお前が悪い、的な存在だから』
おそらくは世界の意思に関する話なのだろう。楽しげに悪口にも似たことを話し合うカイトとシルフィードに、ソラはそう思う。
「ま、求められる限りは返すが、求めない限りはこちらからは話さない、が奴らのスタンスだからな……ほら、ソラ。ついてこい」
「あ、おう……何なんだ?」
「……ここが聖域とこちら側の境目だというのはわかるか?」
聖域とこちら側の境目と言われて、ソラは立ち止まって意識を集中する。そして契約者となったからか、それとも聖域に長く滞在したからか。カイトの言うことが彼にも理解出来た。
「……なんとなくだけど、そこから先が違うというのはわかる。なんだろ……世界のシステムが違うんだな、って直感的にわかる」
「わかったのか?」
「うっす……入った時はあんまわかんなかったっすけど……なんか違いますね」
瞬の問いかけに、ソラは目線でラインを引くように空間を流し見る。おそらくそこから先も世界の空間として存在してはいるのだろうし、認められていない者は普通の空間に足を踏み入れることになるのだろう。直感的にだがそう理解出来る、なにか普通とは違う感覚がそこにはあった。というわけで暫く空間を見ていたソラだが、思うことを素直に口にした。
「なん……でしょ。上に乗ってるというか、別になにかがあるっていうか……そんな感覚があります」
「正解だ。その上に乗っている感覚が聖域へ繋がる場所があるという感覚だ。聖域の入口が上に乗っている、というわけだな。もちろんそれは常人には感知出来ないほどにわずか。エルフ達でも感知出来るのはクズハやアイナなどのごく一部。神官長になる資格の一つとして挙げられるぐらいには難しいことだ」
「見えるんっすか?」
「ええ……まぁ、私の場合はお兄様と一緒にいた時間が長いのでわかるようになった、と言っても良いかもしれませんが」
確かに自分達以上の実力者である以上不思議はなかったのかもしれない。ソラも瞬も認識出来ると口にするクズハに納得を露わにする。
「ま、契約者になったからおまけとして出来るようになったと考えて良い……で、感知出来るようになったからという話だが、この聖域の入口には色々と仕掛けが施されていてな」
『最初にカイトも話してたと思うけど、契約である以上双方に履行する必要がある義務を負う。だから聖域の入口に設けられているマーカーを使う権利を手に入れるんだ』
「マーカー……ってあれ? 転移術で特定の場所に移動する際に使う?」
『そう、それ……でもまぁ、今の君は転移術が使えないから意味ないってわけ』
「……」
なにかそういうものがあるのだろうか。ソラは聖域の入口を見ながら、再度目を凝らす。が、暫くして今度は諦めたように首を振ることになる。
「……駄目だ。わっかんね」
「まぁ、こっちは魔術的な側面だからな。いつかは分かるだろ……そんな感じで転移術のマーカーがあるのと、逆に呼ぶためにもマーカーは必要だ。というか、呼ぶためのマーカーをこちらが向かうためのマーカーとして使えるようになる、というわけだが」
「なるほど……確かに呼ぶにしても何かしらの目印というか、そういう物が必要だよな……」
カイトの話に、ソラは道理を見て納得を示す。というわけで彼の言葉に一つカイトも頷いた。
「そういうこと……だからそれを使えば簡単に移動出来るってわけだ。オレの場合は更に聖域の中にも移動出来るから、それはそれだが」
『そこはカイトの特権と言えば特権だねー』
「いや、お前らがいちいち入口から来られても面倒だしどうせ来るんだから、でそっちに飛ぶようにしてるんだろ」
『まぁねー』
特別扱いと言えば良いのかもしれないが、そういうものでもないのかもしれない。楽しげに笑うシルフィードにソラはそう思う。というわけでそんな彼女に少しだけため息を吐いて、カイトは気を取り直す。
「はぁ……まぁ、そんな塩梅でな。お前も転移術を使えるようになれば、ここには来れるようになる。まぁ、その場合はもう一度ここに来てマーカーを認識する必要があるから手間にはなるが」
「あ、そうなのか」
「そこだけはな」
ということは何年か先、自分で転移術が出来るようになったらまた来ないといけなさそうか。ソラは将来的な話として、そう認識しておく。というわけで契約者としての必要事項を少しだけ聞いて、一同は今は時間が経過していくからと急いで戻ることにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
 




