第3846話 様々な力編 ――契約――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過する。
その間何度も再挑戦を行うことになったものの、なんとか最後の試練へと到達。シルフィードとの最後の戦いに臨んでいた。というわけでソラと空也の斬撃がシルフィードに叩き込まれた後。暫くの間、沈黙が舞い降りる。
「「「……」」」
誰の目に見ても直撃した。そう判断するしかない状況の中、ソラも空也も着地して地面に顔を向けたまま、そして誰もが身動き一つ取れぬまま、数秒の時間が流れる。そうして数秒の沈黙の後、シルフィードが口を開いた。
「んー……まぁ、合格で良いかな」
「「っ」」
がばっ。シルフィードの言葉にソラと空也が同時に顔を上げる。が、そうして見えた状況に二人は大いに困惑することになった。
「「は?」」
「え? ああ、これ? 気にしなくて良いよ。僕らは所詮……は言い方悪いかな。まぁ、どっちにしろ僕らは自然の顕現。こうして形を取っていることも別に必要であるわけでもないし。君達程度の攻撃で僕ら大精霊が傷付くことはないと思っても良いよ」
斜め十字に四分割されたシルフィードであるが、切り裂かれた傷口は風が渦巻いており断面も風が渦巻いている様子が見えるだけだ。そしてどうやら断たれていることは間違いないようで、彼女は楽しげに自分の身体に出来た空白部分をすかすかっ、と手刀で切るように通過させていた。とはいえ、それも数度で彼女も飽きたようだ。
「ま、見栄え悪いからこの辺にしておこうか」
「「「……」」」
やはりなんだかんだ彼女は大精霊なのだろう。渦巻いていた風が繋がるように伸びると、それだけで彼女の身体が元通りになる。無論そこには魔術なぞ存在せず、ただ現象として復元されていた。というわけで呆気にとられる一同に、カイトが歩きながら告げた。
「ま、大精霊だ。物理的な攻撃で倒せるような相手じゃない。大精霊達を傷付けたかったら魔法使いにでもならんとどうしようもない。まぁ、魔法使いになってもどうにか出来る相手でもないがな」
「魔法を使っての改変で起きる不都合を修繕するのも僕らの役目だからね。たかだか魔法程度でなんとか出来ると思ってもらっても困るよ」
「ま、魔法でたかだか、程度なのかよ……」
まぁ、今の光景を見ればなんとなくわかろうものではあるけどさ。ソラはカイトとシルフィードの楽しげな言葉に、実際そうなのだろうと理解する。そしてこれにシルフィードは笑う。
「魔法にもレベルがあるからね。世界を改変出来るとしても、僕らを改変出来るかどうかはまた別だ。改変の規模によって難易度が違うのは当然さ」
「お、おぉ……」
「まぁ、そんな魔法を習得する必要性と意味はと言われるとほぼ無いから、誰も習得しない領域ではあるけどね。何より行使するにも効果範囲が広いから莫大な魔力とそれら全てを操れる技術。加えて改変を阻止する力……修正力に抗えるだけの力も必要と来る。常人じゃ無理。ティナぐらいのレベルになれば、習得は出来るかもね。行使は別にして。まぁ、その領域だからこそ彼女はしないんだけど」
「そのレベル……」
多分自分じゃ永遠に無理だろうな。ソラは楽しげに笑うシルフィードにそう思う。そして実際、彼が出来る可能性があるかというとそれは無理に等しい。
そもそも魔法の行使は魔術師の到達点の一つ。才能のある魔術師でさえ、一生涯を掛けてたどり着けないことが普通とされる領域だ。当然ではあっただろう。
「そういうこと……ま、とりあえず僕らが戦って問題なかったのはそういうことだね。別に怪我一つしないんだから、それこそやろうとすれば全部の損壊を無視して戦闘継続だって出来たよ」
「え゛」
「あはは……そりゃさっきの見たらそうでしょ」
完全にダメージを無視して戦闘が出来ると言われ、ソラは思わず顔を顰める。というよりそもそもダメージを負わないという意味なのだろう。というわけで言葉を失うソラに、カイトが笑った。
「大精霊の試練なんてそんなもんだ。手加減されて当然でしかない……こいつらが本気で掛かって来るならオレ達に勝ち目はない。魔法使いでようやく勝ち目が出て、ってレベルに過ぎん」
「ほんっとに手加減されまくってたわけか……」
「そりゃな」
ダメージを受けた表情が演技だったとは思えないが、ダメージがあったわけではなかったことは事実なのだろう。まぁ、ここらはやろうとすれば出来るであって、試練などの彼女らにやる必要がない際はやらないというだけなのだろう。というわけで軽い様子で話すカイトだが、シルフィードにあらためて向き直る。
「……さて。これで終わりで良いか?」
「まぁね。これ以上やるのも冗長だし、君の時を考えてもこのぐらいで良いんじゃないかな」
「オレの時はなんだかわからん内にお前と戦わされたけどな」
「試練とわからず試練に挑める君も凄いっちゃ凄いけどね」
楽しげに笑いながら、シルフィードは今度はソラと空也の方を見る。
「さて。これで試練は完了。突破おめでとー」
「「……」」
軽い。ソラも空也もまるで誕生日おめでとう程度のノリで話される試練突破にそう思う。とはいえ、人類側であれば滅多にない慶事であっても、世界の始まりの時から存在しているという大精霊達側からしてみれば数多くいる契約者の一人という程度でしかなかったのだろう。というわけで彼女がくるりと指を回した。
「「うわっ!」」
一瞬だけソラと空也の姿が緑色の光に包まれて、二人が仰天したような声を上げる。とはいえ、それだけだ。というわけでなにか変化することもなく収まった光に、二人は首を傾げた。
「はい、これで契約は完了。右手を見て?」
「おー……」
「……はぁ」
「なんでお前そんな反応なんだよ」
なんか感極まった自分がバカみたいじゃないかよ。ソラはシルフィードの言葉に右手の指に緑色の小さな宝石が嵌められた指輪が現れているのを見て少しだけ感極まったものの、しかし一方で空也が何処か気の抜けた返事だったことに逆に恥ずかしくなったようだ。これに空也が慌てて謝罪した。
「あ、いえ……すみません。あまり変わらなかったもので……」
「あはは。君の……君達の場合は外見変わらないようにしてたからね。でも色々と変化が出てるから、また後で見ておいてよ。で、空也はわかっていると思うけど、今の君じゃ到底自分一人で僕の力なんて使えない。あくまでも君の場合は共同契約で、その代表として君が契約を司るという形になる。その点は十分に注意してね」
「はい」
「え? あ、そうなの?」
「え? あ、あぁ、そう言えば話していませんでしたか?」
それは初めて聞いた。そんな様子の兄に、空也もてっきり誰か――例えば煌士など――が話しているのではないかと思っていたようだ。驚いたような表情を浮かべていた。これにシルフィードも頷いた。
「そりゃね。そもそもソラ。君の今と彼の今は別の時間軸だ。まだ裏に関わって数カ月の段階の君が契約者になることは出来たかな?」
「あー……」
そりゃ無理だ。ソラは自分とてカイトがゴーサインを出したのはシンフォニア王国での経験を経たからこそだと理解していた。それがなければ例え長政のことがあったとて別のアイデアを出したことは考えるまでもなく、そしてそういうことが珍しいかと言われれば珍しくないことも彼は思い出した。
「あ、そっか。確かシンフォニア王国の勇者リヒトって」
「そ。リヒト達も僕ら全員と契約したけど、あれが共同契約だ。世界の危機に立ち向かうためのものだからね。だから全員との契約そのものは珍しいことでもない……けど、そんな世界の危機でもなく個人で全員と契約しているのはカイトぐらいだね」
「三百年前のエネフィアは世界の危機っちゃ危機だったけどな」
「侵略行為なだけで本当の危機なら魔王案件……いや、あれも魔王案件だけど」
「まぁな」
どうやら自分達の預かり知らないなにかが色々とあるようだ。ソラも空也も楽しげに笑う二人にそう思う。とはいえ、そんな二人もすぐに気を取り直す。
「で、ソラ。ソラの方だけど、君の方はすでに話している通り絶対にそれをひけらかすことはしないこと。今の君も本来僕に挑める領域じゃない。あくまでカイトの助力があってこそだ。そして今の君に政治的な立ち回りが出来るわけでもない。しっかりカイトの指示を聞いて、注意すること」
「おう」
この力が良くも悪くも作用することはトリンと相談して理解して、それで決めているのだ。なのでシルフィードの再度の注意喚起に一つはっきりと頷いた。そうして、契約者となった二人はそれぞれの世界に戻るべく拠点へと戻ることになるのだった。
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