第3842話 様々な力編 ――最後の戦い――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過。なんとか二つの班に分かれて攻略するという左右のルートを攻略し、ついに最終ルートとなる中央ルートの攻略へと乗り出していた。
というわけでシルフィードとの最後の戦いにまで到達し一日目、二日目と幾つもの作戦を練っては試行錯誤を繰り返したわけだが、やはりどれも上手くはいかなかった。そうしてカイトの助言を受けて少しだけ作戦を変更して三度試練に挑むわけだが、そこでついにシルフィードが本気で試練を課すことになっていた。
「……」
やはりシルフィードの最大の持ち味は、その速度と柔軟性だ。雷や光が直線的な加速で、最高速度において風を上回るのであれば、風は縦横無尽に駆け巡る。更に先二つと異なり、風とは元来目に見えないものだ。故に移動の軌跡はほとんど見切れるものではなく、一度見失えば補足は困難だった。しかも、ここでシルフィードならではの厄介さをソラ達は知ることになっていた。
「や」
「っ!」
自身の眼の前に出現したシルフィードに、ソラがコンマ数秒以下の速度で反応。その拳打を防ぐべく防御を固める。しかし対するシルフィードはただ笑って片手を挙げて挨拶するようなポーズを見せただけだ。そして、ソラは自分が誘われたことを理解する。
「はい、ごめんね!」
「がっ!」
ソラは背を打たれ肺腑の空気がこぼれる。攻撃にせよ防御にせよ、動作をした以上はそこに一瞬の停滞が生ずる。そこをシルフィードは狙い打ったのだ。
これはシルフィードならではと言えるだろう。誰かへいたずらを掛けるように攻撃を誘発させ、まるで熟練のバスケットボール選手のようにその横を抜けて背後へ移動。背中を打つのである。そうしてつんのめった彼へと、シルフィードは容赦なかった。
「はいっ、はいっ、はいぃいいい!」
「ごっ、がっ! ぐふっ!」
間髪を容れずの三連撃。初撃で僅かに空中へと打ち上げて、続く二打目で更に回転させながら空中へと打ち上げて完全に動けなくした上で、最後の三打目は蹴りで大きく吹き飛ばす。そうして吹き飛ばされたソラが飛ばされた先は、なんとカイトが居た。
「っと、おい! オレにかよ!」
「そだよー!」
「って、おい! 桜! ソラをキャッチしてやってくれ!」
「は、はい!」
だんっ。ソラを自身で受け止めてやるかと考えてドッジボールでボールを受け止めるように腰を落としたカイトであったが、そんなソラを受け止めた瞬間にシルフィードが自身の前に現れたのを認識。ソラの勢いを可能な限り殺したところで手放して、回転を利用して上へと僅かに浮かせる。そうして彼が浮かんだと同時に、カイトとシルフィードが交戦する。
「ほいさ!」
「ちっ!」
がんっ。流石にあの状況で攻撃を間に合わせることはいくらカイトでも無理だったようだ。シルフィードの拳打を苦笑いを浮かべながら、大剣の腹で受け止める。そうして受け止めたところに、シルフィードは風を乗せた拳打を連続させる。
「っ! って、おまっ! 試練逸脱だぞ!」
「君は試練じゃないからねー!」
「「「は?」」」
今までの自分達の相手は彼女にとって間違いなく遊びだったのだろう。カイトに打ち込む拳打の速度は自分達の目で追えるものではなく、しかも直線的な拳打ではなく曲線的な、それこそ如何な原理か背後からも襲いかかるような拳打だ。
間違いなくこんな物を打ち込まれれば自分達では対応不可能。それが理解出来る拳打であった。といっても、相手はカイトだ。双剣で完全に防いでいた。とはいえ防戦一方ではあったカイトだが、彼はシルフィードへと告げた。
「ったく! 遊びに付き合ってやるんだから、流石に桜達には攻撃仕掛けんなよ!」
「わかってまーす!」
「おらよ!」
だんっ。シルフィードの拳打を一瞬だけ強固な障壁を全身に展開して防御。両手をフリーにした瞬間、地面を強く踏みしめてシルフィードを打ち上げる。
「っと!」
打ち上げられたシルフィードは風を放って急ブレーキ。空中で停止する。が、その瞬間にはカイトもまた追撃の準備を追えていた。
「……さすが」
自身を吹き飛ばすと同時に更に自分の背後に移動出来るように地面を蹴っていたカイトに、シルフィードはわずかに獰猛に牙を剥く。もちろん、彼が真後ろに居るわけではない。彼が居たのは、自分の背後の更に向こう。シルフィードの背にある壁だ。
「……」
「流石にさせないよ!」
シルフィードは振り向きと同時に指先に蓄積させた風を解き放つ。それに対して、カイトはつがえていた矢を解き放ち、更に壁を蹴ってその場を離れる。
「っ」
これで加護も契約も使っていないんだから本当に強くなった。シルフィードは自身が誘われたことを理解する。だが、だ。彼女は大精霊。そこから立て直せないわけがなかった。
「ふっ!」
先程ソラにしたように攻撃の直後を狙う攻撃に対して、シルフィードは風を生じさせてスライドするように移動。カイトの速射から逃れるようにその場を離れながら、身を捩ってカイトを正面に捉える。
「ほいほいほいほいほいっ!」
「はっ!」
まるでボールでも投げるように両手に野球ボールサイズの風弾を作って、ぐるぐると両手を回すように投げ放ちながら移動するシルフィードに、カイトは矢を速射して全てを粉砕。
それは両者が壁に到達するまで続いて、壁に到達したところでカイトは弓を投げ捨てて、シルフィードは両手に編んだ風弾を一つに纏める。
「はぁ!」
「ふっ!」
シルフィードが砲丸サイズの風弾を投げ放つと同時に、カイトが壁を踏みしめて斬撃を放つ。そうして放たれた斬撃が風弾を切り裂いて、巨大な風の爆発が生じる。だが、そうして生じた巨大な風の爆発が全てカイトへと収束する。
「む」
「<<雷>>」
「そ、それはちょっと卑怯臭くない!?」
まるで幻影の弓でもつがえるかのような姿勢のカイトの右手。人差し指と中指を重ねまるで矢をつがえているかのようにしている指先から、巨大な雷の矢が生じる。そうして大慌てなシルフィードに、カイトが笑いながら叱った。
「少しは反省しなさい!」
「ごめんって! 調子乗りました!」
「もう遅いわ!」
ちゅどんっ。あえて擬音を付けるのであれば、そんな音が鳴り響いてカイトの指先から圧縮された雷の矢が解き放たれる。<<六道流転>>を使って、自分の力を全て流用されて作られた雷だ。その威力は当然だが凄まじいもので、巨大な閃光が空間全体を塗りつぶす。そうしてそれを目眩ましに、カイトは大慌てで逃げたシルフィードを追いかけて風を纏って一気に肉薄する。
「っ」
まずった。シルフィードは自身が追われていることを理解して、そして同時に追われていないことも理解する。自身の後ろを追撃するカイトは気を利用して編んだ分身。数瞬の追撃で彼女はそれを察して、同時にカイトの本体がどこに行ったかも理解する。
「ほんと、成長したよ!」
「そりゃどうも! さっさと試練に戻りなさい!」
「ごめんなさーい!」
一瞬意識が後ろに向いた瞬間に自身の進路上に立ちふさがっていたカイトの踵落としに、シルフィードは謝罪しながらそれを受け止めて墜落。地面へと着地する。そして彼女を叩き落として、カイトは最初の位置。すなわち桜達を守れる場所へと舞い降りる。
「はぁ……次は、本気でやるかんな! わかってんな、本気で! 怒るかんな!」
「はーい! ってなわけで、じゃ、試練再開!」
「っ!」
わずか数分の攻防に呆然としていた瞬に向け、シルフィードが一瞬で肉薄する。瞬なのは偶然一番近かったから、以外に理由はない。
「じゃ、見せたからね!」
「っ!」
つまりそういうことか。瞬は自分の前に現れたシルフィードの言葉に、彼女が何をしてくるかを理解する。
「くっ!」
放たれた拳打は瞬の頬をかすめると、しかし即座に蛇のように曲がりくねって瞬の後頭部を狙い打つ。これに瞬はしかし、なんとか即座に身を屈めて対応。だがそこに、シルフィードの膝が彼の顔を狙う。
「ぐっ!」
「せ、先輩! ぜ、全員戦闘再開だ! 呆けてる場合じゃない!」
思わぬカイトとの戦闘に何事かと思ったソラ達だが、瞬との戦闘が再開されたことで試練が再開したのだと理解する。そうして膝で顔面を殴打された瞬が顔を顰めながら吹き飛ばされたのを受けて、次に一番近かった空也が即座に割り込んだ。
「はぁ!」
「はいはい! 一本調子じゃだめだよ!」
「くっ!」
厄介が極まってきている。空也はシルフィードの拳打が自分を迂回するものではなく、自分の防具を貫通する攻撃であることをその痛みで理解する。そしてそうして痛みで僅かに動きが鈍ったところに、今度は空也の脇腹をえぐるような拳打が放たれる。
「ぐっ!」
流石に一撃を受けているところの連打だ。防ぐことも躱すことも出来ず、空也が横に吹き飛ばされる。そうして吹き飛ばされたところに、シルフィードが更に今まで繰り出してこなかった攻撃を切り出した。
「「「っ!?」」」
弓矢。吹き飛ばされていた瞬と空也を除いた全員が、驚きを露わにする。そんな一同に、シルフィードはあまりに当たり前なことを告げた。
「エルフやハーフリングは僕の眷属だよ!? 彼らが得意な武器を僕が出来ないわけがないよ!」
「そんなんありかよ、もー!」
確かに思い返してみればフロドとソレイユの兄妹はあまりに有名だし、少し前に訪れた過去の世界でもサルファは優れた弓兵で、更には彼は本来弓兵部隊を率いていた。
エルフやハーフリングが弓矢に優れていることはもはやソラ達でさえ知っていたはずなのに、それでもシルフィードがそうだとは誰も考えていなかったのだ。というわけで少しの苛立ちを口にするソラへ、アルが声を上げた。
「ソラ! こっちは僕が!」
「頼む!」
流石にシルフィードへの牽制と放たれる矢への対応の両方はカイトでなければ出来ないだろう。故にすでにシルフィードへと接近を開始していたソラがそのままシルフィードへの迎撃にあたり、アルは空也へと放たれる矢を氷竜を着地させ氷山として防ぐことにしたようだ。
「おぉおおお!」
「おっと!」
「っ!」
そりゃそうなるよな。ソラは自身の剣戟が空を切ったことを感覚だけで理解する。そうして消えたシルフィードはというと、はるか壁際まで移動して矢を弓に番えていた。
「っ!」
「カード! 海瑠、狙撃!」
「おっと! じゃ、そっちにもお裾分けだ!」
「あ、まずっ」
咄嗟の判断で攻撃した浬であったが、それを受けたシルフィードはソラへと矢を放つと同時にその場から跳躍。大きく宙を舞いながら、浬達に向けて無数の矢を放つ。そうして矢の雨が降り注ぐかと思われたその瞬間、風が吹きすさんでその全てを吹き飛ばす。
「桜。いくらか回収しろ。侑子ちゃん、鳴海ちゃんの二人はそれに刻印を刻んで、いつでも放てるようにしておけ」
「はい」
「「は、はい!」」
カイトの指示に、三人の少女らが即座に応ずる。当然、この風はカイトのものだ。ソラが前に出られるように彼が桜らの支援を、というのはシルフィードも望んでいたものだ。なので彼が手を出しても問題ない。
というわけで宙を舞いながら無数の矢を射掛けたシルフィードが逆側の壁に着地したところを、今度は海瑠が狙撃する。だがこれに、シルフィードは片足を上げるだけで簡単に対処する。
「おっと! お見事!」
「え、っ」
「おぉ!? 君も意外と思い切りよいよね!」
狙撃弾からマシンガンのような速射に魔銃の機構を切り替えた海瑠に、シルフィードは笑いながら壁を駆け抜ける。そうして壁を走りながらも、彼女は無数の矢を放ってこちらを牽制していく。
「ほいさ!」
だんっ。海瑠のマシンガンの連射から逃れ距離を取ったシルフィードが、ある程度距離が取れたところで壁を蹴って大きく跳躍する。そうして再び別の壁側へと移動するかに思われた瞬間、彼女の両手から弓矢が風になって消え去った。
「っ!」
「甘い甘い! 僕ら大精霊は遠近両方対応だよ!」
「くっ!」
「ソラ!」
弓矢を消してソラの前に着地して再びの拳打を繰り出したシルフィードにソラは思わず顔を顰める。単なる拳打でも防御を貫通するのかしないのか。自分を回り込んでくる打撃なのか。引いた動作はそのまま距離を取って弓矢に切り替えるのか、そのまま再度前に出て拳打で攻めるのか。いろいろな選択肢があるのが、シルフィードだった。
そうしてソラ達はシルフィードに苦戦を強いられながらも、なんとか攻略の糸口を見つけ出すべく奮闘を続けることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
 




