第3836話 様々な力編 ――最後の試練――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過。なんとか二つの班に分かれて攻略するという左右のルートを攻略し、ついに最終ルートとなる中央ルートの攻略へと乗り出していた。
そうしてカイトという門番を超えて、ついに最後の部屋に到達。そこで待ち受けていたのは、風の大精霊シルフィード本人で、現れた彼女より最後の試練として与えられたのは彼女との戦いであった。
というわけで瞬を囮にしてなんとか彼女を捕らえることに成功したものの、やはり流石は大精霊。物理的な拘束はほぼ無意味と判明し、一時撤退を余儀なくされることになる。
「ふぅ……もう一回、カイト。マジで最後に確認なんだけど物理攻撃無効化は、ないんだな?」
「まぁ、流石にやらんだろう。大精霊達なんぞ、それこそやろうとすれば魔法以外全ての攻撃の無効化が出来る連中だ。だがそんなことをすると試練なんて魔法使い以外が攻略出来ないようなものになっちまう……魔法使いなんぞ最上位の存在だ。契約者でも出来ん奴は少なくない……ああ、いや。例外的にノームだけは物理攻撃無効化をやってくるな」
ソラの最終確認に、カイトは一つ肩を竦める。最初のチャレンジに失敗して、その後。改めて作戦会議を行ったソラ達であったが、そこで一番の懸念として出たのがこれであった。
「シルフィならあいつが逃げたように原子核の陽子と中性子の合間を抜ける技だが、そもそも物理ってのは基本はあいつの領域だ。金属にせよ肉体にせよ土だからな。それがあいつには通用せん……まぁ、あいつとやるなら無効化を更に上回る領域、それこそ世界を断つ領域の斬撃を放てば良いという話にはなるが」
「誰が出来るんだよ、今のこの面々で……」
土の大精霊相手でなかったのは本当に幸運だったのかもしれない。ソラは唯一例外的に大抵の場合で物理攻撃を無力化してくるというノームの話にがっくりと肩を落とす。
「あはは……ま、あくまでそれは物理攻撃をやるなら、って話だ。そして関係もないことだしな」
「そうだけど……はぁ。とりあえず……うしっ」
少なくともシルフィちゃんが物理攻撃の無効化をしてくることがないということはわかった。ソラは一つ頷いて、気を引き締める。というわけでカイトからの最終確認も終わらせて気を引き締めて、彼は再び扉を押し開く。
「やぁ、いらっしゃい。一日時間をあげたけど、僕への対策は考えついたかな?」
「なんとか、って感じ……カイトからヒントとか貰ったけど大丈夫だよな?」
「まぁ、良いかな。カイトがあげたヒントって、どうせ聞かれたから答えた程度だし」
「……やっぱ?」
「そりゃね」
そんな感じはしてたんだよな。ソラは楽しげにうそぶくシルフィードに、おそらくまだまだ隠しているだろう色々とを想像し、少しだけ苦笑いだ。まぁ、それでも拘束を無視するようなものにはならないのではないか、というのは一同の想像だ。
「……まぁ、とりあえずやるか」
「ん……じゃ、とりあえず君らが配置に付くのを待ってあげるよ。さ、好きに動きなよ」
「……はぁ」
おそらくこれだけのハンディキャップを与えても余裕と考えているからだろう。シルフィードの言葉にソラは肩を竦めるも、それならばとありがたくそのハンディキャップを貰うことにする。
「先輩。手筈通りに」
「わかっている」
基本的な戦闘として、瞬が前線指揮官。ソラは後方の総司令官だ。なのでソラの言葉を受けた瞬が一つ頷いて、せっかく配置に付くまで待ってくれるのならとアル達と共に歩いてシルフィードを包囲するように四方へと移動する。
配置としては昨日と同様。地上を瞬と空也。空中をアルとリィルが担当。更に入口側にソラを最前列として桜らが後方支援で待機。カイトは好き勝手に、だ。というわけで配置に付いて、瞬は一つ呼吸を整える。
「ふぅ……っ」
槍の穂先を下げる形で槍を構え、ソラはシルフィードの姿を見逃さないように意識を集中する。まぁ、意識を集中しようと雷で反射神経を底上げしようと彼女の速度には追いつけないが、消えたことを理解できれば身構える程度は出来た。そして彼が構えるとほぼ同時に、全員が各々の武器を構えていた。
「じゃ、今回はこういうパターンでどうかな?」
「っ!?」
初手俺かよ。ソラは自らへと肉薄してきたシルフィードに、ソラは思わず仰天する。しかもどうにも、彼女が初手でソラを狙ったのは理由があったようだ。
「ぐふっ! やっぱかよ!」
「おっと……これは想定してたか」
「当たり前だ!」
盾を貫通して放たれた風弾に、ソラは肺腑の空気を零しながらも反撃に転ずる。ソラが何度となく物理攻撃を無効化しないんだな、とカイトに聞いていた理由はこれだ。攻撃は通用させられるだろうが、防御は無効にしてくるのでは。そう思ったのだ。
「はぁ……はぁ……なんとか、か」
ぶっつけ本番かつやれるかどうかは正直なところやってみなければというところだったが、上手く行ったか。ソラは自身の攻撃に風になって消えたシルフィードに追撃は仕掛けず、自身の確認に徹する。そうしてその情報を全員に共有した。
「トリン。やっぱり気を利用した身体の強化は有効だった。それと防御無視も想定通り」
『了解。ダメージは? 大丈夫?』
「ああ……流石に防御無視の攻撃でダメージ甚大になったらもう対処のしようがない。そこまで非情じゃなかった」
痛みはないわけではないが、敢えて言うのならば軽く子供に殴られた程度の痛み。数度深呼吸をするとすぐに忘れられる程度で、青痣などもないだろうことが直感的にわかる程度だ。が、僅かな間とはいえ怯ませられる。ダメージの有無よりも、その点が何より重要だった。
(とりあえず土気を利用して肉体そのものの防御力を高めないと、思わぬダメージを食らうことになるな……まぁ、これのデメリットは動きが鈍くなることなんだけど)
先程カイトも指摘しているが、基本的に肉体とは土属性と見做せる。なので気を用いた強化において、動きではなく身体の強度そのものを高めるのなら土気が有効だった。
「……ふぅ」
とりあえず一番の懸念だった物理防御無効化は対処可能だ。それ以外にも懸念事項がないかと言われればまだまだ山のようにあるわけだが、想像出来るだけまだマシだろう。ソラはそう考えて、意識を再びシルフィードへと集中する。だがそれと共に、彼は分割した思考の一つでカイトへと問いかける。
「カイト。今のうちにもう一個の確認良いか?」
「なんだ?」
「障壁で防げるのは防げるけど、ゼロ距離になったら無意味なのは今のでわかった。今のはあくまで風による防御無視で大丈夫か?」
「そうだな。今のはあくまで風を利用した物質の透過を利用したものだ。風属性の攻撃……と見做しても良いかもな。といってもあくまでも物理攻撃に属するから風を利用した攻撃というだけだが」
「わかった。ありがとう」
原理としては想像した通りで大丈夫だ。ならばとソラは再び念話を立ち上げる。
「空也。お前は風を纏えたよな?」
『はい』
「それで防御無視攻撃は防げる。お前はそれでやれ」
『ありがとうございます』
兄からの助言に、空也は一つ頷いた。そうしてひとまず全員が対応策を見つけたところで、ソラも一歩前に躍り出る。
「……はぁ!」
「おっと? 何するつもりかな?」
中空に浮かぶ幾つもの魔力の盾に、シルフィードが僅かな警戒感を露わにする。そもそも先程の一幕は単にソラ達も自分達の懸念事項が図らずも初手で一つ解消しただけで、戦いの開始にもなっていなかった。というわけでソラ達は改めてシルフィードの戦いを開始することになるのだった。




