第3834話 様々な力編 ――最後の試練――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過。なんとか二つの班に分かれて攻略するという左右のルートを攻略し、ついに最終ルートとなる中央ルートの攻略へと乗り出していた。
そうしてカイトという門番を超えて、ついに最後の部屋に到達。そこで待ち受けていたのは、風の大精霊シルフィード本人で、現れた彼女より最後の試練として与えられたのは彼女との戦いであった。というわけで戦闘を開始するソラ達であったが、そんな彼らはシルフィードの力にカイトとは別の形で翻弄されていた。
「っ」
一つだけ言えることがあるとすれば、速い。尋常ではないレベルで速い。ソラは光速とは言わずとも音速なぞ軽く超過しているだろうシルフィードに翻弄されながら内心でそう結論付ける。
(軽い上に重いとかどういうわけなんだよ!)
普通、攻撃は重ければ重いほど受け止めた時の衝撃は重くなり、当然その分だけ双方に掛かる反動も大きくなる。なのにシルフィードの攻撃は受け止められないぐらい重いのに、カウンターを狙おうにもシルフィード当人に掛かる反動はほぼ無いに等しい。速度重視の相手に対する上策と言えるカウンター戦法が通じていなかった。
『アル。そっちカウンターとかパリィとか出来てるか?』
『駄目だ。僕の方でも一度も成功してないよ。防御は、出来るんだけど……』
『やっぱそっちもか……』
自身の問いかけにアルもまた苦い表情を浮かべているだろうことが容易に想像出来て、ソラの顔にも苦いものが浮かび上がる。というわけで苦いものが込み上がってきた様子が見て取れる彼に、シルフィードの声が直接響いた。
「おっはろー。相談中?」
「っ!」
油断していたつもりはなかった。だが風音さえなく自身の真横にまでシルフィードは移動していた。もし声を掛けて貰えていなければ。どこかおちょくるような声音で声を掛けた彼女に、ソラは内心で肝を冷やす。というわけで彼は声を頼みに、盾を振り抜く。
「おぉ! 速いねー」
「っ、それで盾に追従して動くなよ!」
「あはは……ほいさ!」
「くっ!」
敢えて擬音を付けるのなら、どんっ、ではなくとんっ。そんな軽い一撃はしかし、空中に居たソラを大きく吹き飛ばす。
「ソラ! っ」
「瞬! 僕が! 君は全体を見ていて!」
「了解だ!」
ソラの墜落を見て即座にシルフィードに向けて槍による狙撃をしようとした瞬であるが、そこに即座にアルが声を掛ける。これは何度となく繰り返された流れだ。故に誰かが地上に墜落したら、シルフィードは即座にそれに対して追撃を仕掛ける。そしてそこに妨害の攻撃を仕掛ければ、また彼女は別へ移動するのだ。
「っ」
案の定、アルの氷竜の爪による一撃に、シルフィードは即座に風になって消える。そして次にどこに出るのかは、誰にもわからない。
「っ、リィル!」
「っ!」
「はいさ!」
どんっ。風の爆ぜる音が響いて、リィルが大きく吹き飛ばされる。当然音が大きくなればなるだけ吹き飛ばされる距離は大きい。というわけでエリアの端。木々の内壁まで飛ばされるリィルを、桜が魔糸でキャッチする。
「カード!」
「おっと……そう来るか」
音が大きい分だけ反動も大きいはず。そう読んで、トリンが浬に指示を出していたらしい。シルフィードは周囲に現れる大きな岩の壁に僅かに笑う。
「瞬さん!」
「了解だ! おぉおおおお!」
すでに十数分もの間翻弄され続け、全員大精霊が相手だから畏れ多いなどの感情は完全に霧散していた。というよりそんな物を感じられる余裕なぞ全くなかった。大精霊として立ちはだかるシルフィードは正しくその領域で、しかもこれで全く本気になっている様子はないのだ。
人類との圧倒的な存在としての差。それを一同は理解し、たとえ殺しに行ったとて自分達が傷一つ付けられないだろうと察するには十分すぎた。というわけで瞬はシルフィードの逃げ道を塞ぐように現れた岩の壁ごと破壊するつもりで、右腕に全ての力を収束させる。
「ルーン展開……」
瞬は自身の前面にルーン文字を展開する。展開する文字は言う必要もないだろう。そうして文字から炎と雷が溢れ出し、瞬はそれをシルフィードへと向けた。が、これに。シルフィードはなんと逃げるではなく敢えて片手を胸の高さほどまで上げて指をくいくいっ、と曲げて手招きするようなポーズで挑発する。
「いいよー。受けたげる」
「っ」
余裕か。自分の行動にシルフィードが楽しげに、されど強者の余裕を滲ませるのに瞬は思わず苦笑いが込み上げる。
「おぉおおお! はぁ!」
雄叫びと共に放たれた槍は瞬の展開する二つのルーン文字を通過し、更に過剰に力を与えられる。そうしてただ投げるよりも強大な力を付与された槍は紫電と業火を纏い、一直線にシルフィードへと肉薄する。だが、次の瞬間。シルフィードはまるで中国拳法のように掌底を放った。
「ほわちゃぁあああ!」
「……まぁ、そうなるだろうとは思ってはいたが」
それでも意図も簡単に防がれると若干落ち込むものがあるな。どこか遠い目で瞬はため息を吐く。だがこれにカイトが何処か苦笑気味に告げた。
「諦めろ。相手は大精霊。本質的に契約者になろうとする程度の奴が勝てるもんじゃない……特に練習段階の技なんかじゃな。受けてもらえただけ御の字だ」
「それは……まぁ、そうだが」
『せ、先輩!? 今のなんすか!?』
「ああ、練習段階のものだが……最近投槍も火力不足になってきたからな。威力を高める手段がないか、とカイトに聞いていたんだ」
まぁ、ご覧の通り通じなかったわけだが。ぼりぼりとどこか恥ずかしげに頭を掻きながら、瞬はソラの問いかけに先程の一幕についてを語る。
「まぁ、やったことは簡単だ。小鳥遊がしていることと一緒。槍を投げる際にルーンを付与して更に強化する、というだけだ」
『ああ……って、出来たんっすか!?』
「出来てない」
どこか不貞腐れたように、瞬は驚いた様子のソラに口を尖らせる。
「今のは敢えて言えば飛翔で消耗する消耗を抑えられている程度にしかなっていない。本当なら火力ももっと底上げになる……んだな?」
「ああ。本来なら力の収束や速度の上昇やら色々と出来るんだ。それこそ、ユリィやソレイユ達になれば転移も出来てしまう。もちろん、死角に移動させることもな」
「はぁ……まぁ、転移までは高望みと考えているがな。今の俺ではせいぜい消えていく力を封するぐらいが関の山だ」
やはり瞬は向上心が強いのだろう。本来近接戦闘をメインとする彼がこの程度でも出来るのなら十分なのだろうが、元々が投槍の選手だったというところがあり彼には投槍に一家言存在している。
なのでその技術で不十分な点については少し承服しかねたようだ。まぁ、今では戦闘技術全体にまで波及しているので陸上選手というより戦士として、かもしれなかったが。
『ま、まぁ……それはそれとして。出来るのはそれぐらいですか?』
「……まぁな」
『ふむ……先輩。一個質問良いっすか?』
「ん? なんだ?」
どうやらソラは何かを思い付いたらしい。瞬へと先程の一幕を得ての疑問を投げ掛ける。そうして、ソラはそれを更にトリンへと伝達。それに向けた作戦を立案して貰うことになるのだった。
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