第369話 御前試合 ――師匠――
カイトの御前試合登録から、数日後。御前試合当日になり、カイトは待合室に来ていた。が、そこでカイトは思わず耳を疑う事になった。
「おい、お前ら! 聞いたか! ゲストって勇者カイトのお師匠様って話だぞ!」
「……は?」
同じく出場する学園生の言葉に、カイトは口が閉じられなくなった。今確かに、彼は自分のお師匠様が出る、と言われた様に聞こえたのだ。そうして、カイトは信じたくないがゆえに、もう一度、言ってもらう事にした。
「すまん……もう一回言ってくれ」
「だから、勇者カイトのお師匠様だ、ってよ!」
「へぇー……」
「楽しみだよな!」
生徒の言葉に、横に居たソラが意外そうな顔で頷く。カイトにも師匠が居た、とは聞いたことが無かったのだ。が、そうして見たカイトの顔に、ぎょっと目を見開く事になる。顔が引きつり、真っ青だったのだ。こんなカイトは見たことがない程だった。
「お、おい、大丈夫か?」
「……うそ、だろ……?」
「いや、だから本当だって……まあ、やばいだろうけど、やるだけやってみようぜ」
真っ青になったカイトを見たことがないのはこの生徒も同じで、少し苦笑していたが胸を借りるつもりで行こう、と去っていった。そして、それと同時に、カイトが膝を屈した。そうして、愚痴を言い始めた。
「なんで来てんだよ! 馬鹿だろ! わざわざ来るなよ! 道場あるんだから、弟子の面倒見てりゃ良いだろ! また勝手に出かけたら嫁さんに怒られんぞ、あの人!」
「ふぉ?」
「そ、そんなにやばい人達なの……?」
ソラが見たこともないカイトに混乱し、魅衣が少しだけ顔を青くする。カイトが戦いたくない、と言うのだ。そのヤバさが理解できよう物だった。そうして、そんなカイトに、瞬が問いかけた。
「どんな人達なんだ、お前のお師匠様って?」
「……名前なら全員が知ってるよ……まあ、気をつけろよ。あの人ら遠慮しない。と言うか、優勝無理。ハインリッヒ程度、速攻で潰されるぞ」
瞬の問いかけに、カイトが顔を上げて、警告を送る。まさか裏ですでに遣り取りが為されていて、カイトに向かうのがハインリッヒ討伐後になっているとは知らないのである。
「そ、そんなに、か?」
「オレのお師匠様だぞ? オレだって戦いたくない」
「ほう……嫌か?」
どうやら噂をすればなんとやら、だった。一同の横から、若い男の声が響いた。声の主は、ゆったりとした外套を身に纏い、外套のフードを目深く被った人物だった。声からすると男なのだが、流石にこれでは顔もわからない。が、カイトには誰なのか一瞬で理解出来だ。
「……え? あ、いや! そんなわけないっす! ということで、師匠! 本当に訓練だけは勘弁してください!」
その姿を認めた瞬間、カイトが土下座で平伏する。皇帝にさえしないと言われていた平伏だった。そんなカイトに、ローブの人物が笑いながら告げる。
「それはまあ、お主の出来具合を見てから、じゃな。儂も出る。さぼっておったら……わかっておろうな? 再度訓練を課す。まあ、段一位からのやり直しにしておいてやろう」
「肝に銘じ……いえ、それ以前に、自分まだ皇帝陛下に帰還言ってません」
訓練と隠蔽なら隠蔽を取ろうか、と考えたカイトであったが、その前にふと思い出して、立ち上がる。よくよく考えれば、自分はまだ皇国に帰還した事を告げていないのだ。が、どうやらカイトも焦りがあったらしい。少し考えれば分かることに、気付いていなかった。
「儂がここに来た時点で、分かろうものじゃろう。お主のことは陛下は存じておるぞ」
「え……あ……ちっ。これを隠しておきたかったのか……」
言われれば、簡単に理解出来た。普通は居ないと言われている弟子が居れば驚くのに、彼は普通にカイトを目当てにやって来ていたのだ。それはすでに知っていたから、に他ならなかったのである。
そうして、カイトは皇帝レオンハルトが正体に気付いて隠している理由を勘違いした。本来はシアを隠しておきたいだけであって、こちらは副次的に得られた結果だったのだ。これは彼らにとって、幸運だった。そんな事を知らない師弟は、会話を続ける。
「手筈はこちらで整えたゆえ、存分に振るえ、だそうじゃ。隠蔽は行ってやる、ということじゃろうて……」
「はぁ……わかりました。では、全力で行きます」
隠蔽が施されていて、その上で師匠に腕が落ちていないか精査してやる、と言われたのだ。断る事が出来るはずが無かった。そうして、カイトがため息混じりに問いかけた。
「で……そういうことなら、あの御方も来ているんですか?」
「そうに決まっておろう。まあ、あれが本来来る予定じゃったんじゃが……まあ、お主の帰還を聞いて、儂が強引に割り込んでのう。まあ、目玉として二人同時に、というわけじゃ」
「はぁ……ああ、引っ掻き回すのやめてくださいね。聞いてるんでしょうが、今回はこっちのガキの援護がオレの仕事です。隠蔽されてようが、敵潰されちゃあやってらんないんで」
カイトはため息混じりに、横の瞬を押し出して自らの師匠の前に出す。この様子なら、ハイゼンベルグ公ジェイクからハインリッヒの事も聞いているだろう、と思ったのだ。そして、それは真実だった。彼は瞬の顔をまじまじと見つめてから、一つ頷いた。
「ふむ……悪うはない面構えじゃな。戦士の顔をしておる。その戦士の敵か。戦士の戦いに手を出すわけにはいかぬな。まあ、群がる雑魚を潰すまでは、お主との戦いはおあずけにしておくかのう。ついでに暇になれば、そこのガキンチョの援護もしてやろう」
「有り難いお言葉で」
「では、会場であおうではないか」
「はいはい……はぁ……」
自らの師匠の言葉に、カイトはため息を吐いた。確かにカイトと彼は師弟関係だが、これが許される間柄だ。師弟関係であると同時に、戦友でもあるのだ。不思議はなかった。そうして、何か問たそうなソラ達を無視して、カイトはずーん、と沈み込むのだった。
それから、十数分後。カイトが落ち込んでいる間に、御前試合が開始の時を迎えた。
『さぁーて、会場とテレビの前の血に飢えたルーニー共! 笑う準備は出来たかー!』
試合開始直前。選手たちのほとんどが会場へと入った所で、闘技場全体に陽気な男の声が響いた。彼が実況解説だった。
『司会はこの俺様! ヴォイス様がお送りすんぜー! 御前試合だからっつって俺様がご丁寧な口調になると思ったか! そんなの糞食らえだぜ! あ、でも陛下。給料減らすのはやめてください』
ヴォイスの名乗りと軽快な喋りに合わせ、大きな歓声と笑い声が上がる。ちなみに、一応彼は貴賓席に向かって頭を下げていた。そうして、皇帝レオンハルトに頭を下げてから、再び実況を開始した。
『こっから先、逃げ出す様なチキン共はさっさと帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ! こっから先に用があんのは血に塗れる男たちだけだ! おっと、一部は、見目麗しい女性もいるんだったな! 俺も殺されたくないから訂正しとくぜ! 俺はひ弱なんだよ!』
その言葉に、観客が笑う。この軽快かつ毒のある喋りが、彼の売りの1つだった。が、この言葉の一言を聞いて、天桜の生徒がヒソヒソと会話しあう。
「あいつ、一部は、って強調してたよな……」
「それ、どっちにしろ殺されんぞ」
『おいおい、そこのガキども! んなこと言わないでくれよ! バレちまうじゃねえか!』
ヴォイスは耳聡く天桜学園生の揚げ足にツッコミを入れる。どうやら、試合会場の声は拾える仕組みの様だ。
『さーて、こっからは俺の独断と偏見で注目選手紹介だ! まずはこいつ! 最近闘技場に現れためちゃつええ二人組! こいつらが早目にぶっ飛ばされる事を俺は願ってるぜ!』
ヴォイスの言葉に合わせて、エリオとティトスの二人が闘技場に設置された超大型モニターに映し出される。それと同時に、女性陣からの黄色い大歓声が上がる。
モニターの端に小さく男が写っているが、それが多分ヴォイスなのだろう。サングラスを掛けたやんちゃそうな見た目だった。
『ちっ、やっぱ気に入らねえ! 顔だけじゃなく実力まで持ち合わせてるとか詐欺じゃねえか! さっさと潰せよー……って、いてっ! 物なげんな! いってぇ! 今回ついに彼らの名前が明かされたぜ! 貴公子(笑)、いてっ! 貴公子の名前がティトス! ナンパお、いって! 俺様イケメンがエリオ! 覚えたな! もう言う事ないからな! モテナイ野郎どもがさっさとぶっ飛ばすからな! ってぇ!』
どうやら大変人気らしい二人を貶すヴォイスにファンの女性陣から物が投げつけられ、モテナイと評された選手の男たちからブーイングが巻き起こるのだが、彼は物理的なダメージを受けつつもこのスタイルを変えるつもりはないらしい。このめげない毒舌っぷりが人気なのだろう。
『さて、次はこいつ! 我が国の皇子にして、我が闘技場でも有数の猛者! 対戦成績に黒星無し! 無敵の男! ハインリッヒ・ゲオルグ・エンテシア!』
そこで、会場中から大歓声が上がる。そうして、会場に黒い大きな影が落ちた。そうして、そこで更に解説を入れた。
『今回のお供はー……なんと、天竜だ! どうだ野郎ども! 泣いて帰るなら、今のうちだぜ!』
ヴォイスの言葉に答える様に、ぎゃぉお、という天竜の遠吠えが会場全体に響き渡り、観客たちの大声援が響き渡った。そして、ハインリッヒが天竜の上から会場に降り立ち、再び大歓声が響く。
しかし、選手たちの誰も――天桜の生徒を除く――怯むことは無い。天竜と言えど、そこまで年老いていない事がわかるからだ。それなら、単独でも倒せる可能性はあった。
『さて、お次はこいつ行っとくか! かの勇者と同じ名を持つ闘技場の大英雄! カイト・オークス!』
そうして映しだされるのは、一人の男だ。とは言え、カイトと異なり、筋肉質の、ガチガチに防具を固めた大男であった。どうやらかなり有名らしく、これもまた、大声援が贈られる。
『んじゃ、次行くぜ! カイトと来たら、次はやっぱこれだろ! まさか、まさかこんな目出度い日が来るたぁ思ってなかったぜ! 俺も100年ちょいここでやってるが、こんな事が起こるとだけは思ってなかった! 皆そうだろ! じゃあ、行くぜ! まさかの異世界ニホンからの来訪者達だー!』
カイトと瞬が大きくクローズアップされ、学園生達が固まる場所が映し出される。そして、その瞬間、会場中が今までで一番大きな歓声に湧いた。誰もが、彼らを目当てに来ていたのだ。
『それだけじゃねえ! 驚くなよ、ルーニー共! こいつら冒険部なんて部活みてぇなおめでてぇ名前のギルドなんてやってやがるんだが、そのギルドマスターの名前はカイト! そして、今回! 陛下のお呼びになられたゲストとは!』
ヴォイスの言葉に合わせて、一瞬会場中が暗転する。そうして、一瞬の暗転の後、会場の一番目立つ所にスポットライトが当たる。そこには、二人のローブの人物が現れていた。
『そう、この方々だ! さすがの俺様もお会いした時は敬語にならざるを得なかったぜ! かの勇者、カイト・マクダウェルの二人のお師匠様! ムサシ・ミヤモトと、コジロー・ササキだー!』
ヴォイスの声に合わせて、二人がローブを大きく上に投げ捨てた。そこに居たのは、二人の若者だった。
片方は、二刀を携えた人物。長い大太刀を腰に佩び、更に身の丈ほどもある巨大な片刃の大剣を背負っていた。ごつい印象は無いが鍛えられ、175センチ程度の整った肉体に、凛とした精悍な顔付き。その精悍な顔付きには今、獰猛な笑みが浮かんでいた。服装は乱雑に着崩した着物だ。
まさに、戰場を駆ける野武士、と言った具合である。そして、解けば肩上ぐらいまであるだろう漆黒の長い髪をポニーテールに結っていた。恐らく、武士のマゲのつもりなのだろう。こちらが先ほどカイトに会いに来ていた男だった。
もう片方は、子供の身の丈程もある長い大太刀を背に負った人物。顔はかなり端正で、女と見紛うばかり。身体つきは羽織った豪勢な陣羽織や優美な着物で分からない上、素肌が見える胸元にはサラシが巻かれている為、筋肉質かどうかわからない。
しかし、その姿は切れ長の目付きで流し見られれば、靡かぬ女性は居ないだろう程、優美であった。此方は身長165センチ程。濃紺のかなり長いポニーテールを有し、解けば腰ぐらいまであるだろう。
そうして、彼らの姿が露わとなって暫く。闘技場は一瞬の沈黙に包まれた。しかし、次の瞬間。戦うはずの選手たちからさえ、大歓声が上がった。
『すげーぞ、おい! ニホンから来たカイトに、勇者様のお師匠様! 何かの運命、ってもんがあるんなら、おりゃマジで信じんぞ! こいつぁ、あのカイトってガキが腑抜けたチキン野郎じゃねえことを祈りたくなるってもんだ!』
興奮し、まくし立てるヴォイスの解説をBGMに、ソラと翔がカイトに興奮して問いかけた。
「おい、ちょ! カイト、あの二人がお前のお師匠様ってまじか!」
かなり危ない発言なのだが、幸い、闘技場全体が大きなざわめきと歓声に包まれており、こんな小さな話し声は司会のヴォイスどころか、近くの生徒達にも聞こえないようだった。
「……ああ」
「あの名前って、何かのコードネームとかなのか?」
「本名だ……マジの宮本武蔵と佐々木小次郎だ……」
「「はぁ!?」」
泣きたそうなカイトの言葉に、二人の驚きが唱和される。当たり前だ。今聞いた名前は戦国時代末期から江戸時代の剣豪達の筈だ。それが、カイトは本物、と言い切ったのである。
実は、カイト。自分のお師匠様に関する事は意図的に伏せていたのである。その為、カイトの正体を知るソラ達さえ、二人の存在を知り得なかったのだ。
何故泣きたいのか、というと、小次郎の方に問題がある。知己のあるカイト相手にでも様子見も無く手加減もしてくれない相手ナンバーワンが、小次郎だったのだ。
まあ、見知らぬ相手だろうと手加減してくれないし、子供相手でも手加減はしてくれないが。それが本当に来ている事を見て、泣きたかったのである。
「おい、まさか異族とか言うんじゃねえよな?」
「元は純粋な人間らしい。まあ、いろいろあってな。詳しく話す時間がないから端的に話すが……所謂精神生命体に近い存在だ。それ故、不老不死に近い。二人共若々しいのはその為だ」
「ってことは……マジものの宮本武蔵と佐々木小次郎かよ!?」
さすがにこの大声は、周囲の天桜学園の生徒達にも伝わった。当たり前だが多くの生徒達はカイトのお師匠様が来るとも聞かされていない。偶然にさっきの生徒がそれをうわさ話で聞いた程度だった。
「お、おい、マジかよ! 勝てんのか?」
「大丈夫だろ! 確か、佐々木小次郎の備前長船長光は通称物干し竿とか言われる使えない子扱いだ! なら、勝ち目はあるはずだろ!」
「でも宮本武蔵の方はどうすんだよ!」
「確か二天一流って一刀流になってたんじゃね!? なら、一本は予備だろ! 全員でかかりゃなんとか……」
カイト達3人を中心として集まり、なんとか勝算を見出そうと知恵を絞り始める生徒達。しかし、そんな生徒達にカイトは只々呆れるばかりだった。
どれもこれも、地球で得た情報だけで判断していたからだ。こちらに来てから得た情報が抜けていたのである。彼はカイトのお師匠様で、カイトは一度彼らの前に勇者カイトとして、姿を現しているのだ。その情報が、すっぽりと抜けていた。
「……お前らなぁ……馬鹿か。地球の常識とかだけで話し合ってんなよ」
「あ?」
カイトが呆れたように告げた言葉に、生徒達が議論を止める。カイトとて、生徒達がなんとか勝ち目を見出そうとしているのは分かる。だが、戦場把握の誤解は見逃せなかった。そもそも今でも十分に判断出来るだけの情報を得られているのに、自分達に都合の良い情報を判断していたのだ。
「あの人らは、別格だ。きちんと勇者の手記のまとめぐらい読んどけ。勇者カイトが唯一、剣技なら勝てない、と明言する相手だぞ? そしてあのぶっ飛んだ戦い方をする勇者のお師匠様だぞ? 二刀流も物干し竿も使いこなせて当然だろ。折角クズハ様から勇者カイトを見せてもらったのに、忘れるな」
「あ……」
言われた生徒達は、はっ、となって気付いた。当たり前といえば、当たり前なのだ。命がけの戦いで使えない刀を使う必要なんて何処にもないし、その武器で剣豪と呼ばれているのなら、必然使い熟しているのであった。そして、そんな勇者のお師匠様だ。使えて当然だった。
「つまり、どっちも地球で、周りの奴や後世の人間が出来ないから、嘘とか使えない子、と言われただけだ。当然だが、勇者様のお師匠様である以上、無茶苦茶強いぞ?」
「えーと、お前が強い、と断言するって事は……」
ソラがかなり引き攣った顔でカイトに問い掛ける。世界最強を冠するカイトが強い、それも只強いではなく、滅茶苦茶を付けるぐらいだ。それだけでその強さはわかりようなものだった。
「まあ、戦うなら……」
「戦うなら?」
「闘技場全体で総掛かり、だろうよ。オレや先輩みたいに別途に目標が居ない限りは、な」
カイトがそう告げると同時に、生徒達が周囲を観察する。どうやらその意見は一部実力者と自信家を除く全ての選手たちが統一して持っていた意見であり、実際に既にそのような陣形が組まれていた。
彼らを如何にして討伐してみせるか。それが、この御前試合最大の肝だったのだ。そうして、彼ら生徒達もそれに参加する事が、決定したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第370話『御前試合』
2016年2月28日 追記
・誤字修正
『平服』となっていた所を『平伏』に修正




