第3823話 様々な力編 ――一進一退――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過。なんとか二つの班に分かれて攻略するという左右のルートを攻略し、ついに最終ルートとなる中央ルートの攻略へと乗り出していた。
そうして中央ルート攻略も半分以上を終えて、最後の部屋まであと一歩までたどり着いた一同を待っていたのはカイトであった。というわけで数度の戦闘の後、浬の暴走によりカイトが分身体を出現。忍術、仙術を聖域の門番たるカイトの切り札と判断して一時撤退。万全の準備を期した上で、再戦に望んでいた。
「くっ!」
「どうした? オレは単なる分身。これぐらいは突破せんと未来なぞないぞ」
「無茶苦茶を!」
大剣を振りかぶるカイトに、瞬は苦い顔だ。当然だが相手はカイト。その大剣の走る速度は下手をすれば瞬の刺突をも上回る。それが近接戦闘の妨害に入ってくるのだ。接近なぞ容易ではなかった。というわけで放たれる斬撃に、空也が割り込む。
「はぁ!」
「おっと」
きぃんっ、と自らの大剣を弾く空也の刀に、カイトは楽しげだ。そうして放たれた剣戟を更に大剣で防いで、彼は地面を蹴って跳躍。大剣を背負うと、両手で印を結ぶ。本体は片手だが、こちらは分身。そもそも動いていることからもわかるように、両手を使ってきていた。
「<<木遁・仙樹の縛>>!」
「!」
着地と共に足元から伸びる太い枝に、空也が斬撃で斬り裂いて瞬は纏う炎で焼き尽くして一気に突き進む。木遁の原理の関係で灰になっても再生するが、どうせ焼くのならば問題ないと判断していたのである。
「おぉおおお!」
「おっと。木遁は火と相性が良いのだか悪いのだか。まぁ、木属性なぞないのだから仕方がなくはあるか」
雄叫びを上げながら突き進んでくる瞬に、カイトは苦笑いにも似た笑みを浮かべていた。なお、彼の言う木属性なぞない、というのは木遁が複数の属性の組み合わせであるということを指していた。
というわけで、木遁の木を無視してカイトへと切り結ぶ瞬と空也が分身を抑えているのを横目に、アルとリィルが本体側へと攻め込んだ。
「<<氷竜の息吹>>!」
「<<火遁・風焔>>!」
アルの操る氷竜の放つ白銀の光条と、カイトが吐く灼熱の吐息が激突する。
「くっ! でも!」
「はぁああああ!」
右手も口も封じている今、二重には防げないはずだ。絞り出すように魔力を氷竜へと注ぎ込み、アルは横をリィルが飛翔していくのをしかめっ面を浮かべながら確認する。
「と、思うじゃん?」
「っ」
こんなものわからないわけがない。今まで真っ赤な風を吹かせていたカイトが、楽しげに笑って顔を上げる。
「<<水遁・花雨>>!」
「!?」
自身の灼熱の風とアルの氷竜の氷で生じていた真っ白い水蒸気を操って、カイトが巨大な水の花を上空に咲かせる。それに一瞬、リィルの進みが緩くなる。炎に水が掛けられたことで力が弱まったのだ。更に、アルの氷竜の光条の進路上にも水滴は落ちて巨大な氷塊を創り出す。これに、アルは大慌てで氷竜を停止させる。
「っ! まずい! 姉さん!」
「!?」
「さらに……」
自身の真上に生じた巨大な氷塊にアルの声で気付いて大慌てで急停止したリィルに対して、カイトは楽しげに苦無を投げ放ち印を結ぶ。そうして苦無が氷解へと突き刺さった途端、氷塊がまるで消失したかのように粉々に砕け散る。
「<<氷遁・雨氷>>!」
砕け散った氷塊の欠片はカイトが最初に作り出した無数の雨と融合。過冷却状態に陥った水滴が、リィルへと襲い掛かる。そうして起きた現象に、リィルが目を見開くことになる。
「<<炎武>>が」
「覚えておけ。<<炎武>>は活力を活性化させたものだ。氷と水を与えれば弱めることも不可能ではない。特に気やら大自然の力を利用した仙術による活力の低減は致命的なまでに相性が悪い」
「っ!」
自身の意思に反して消失した<<炎武>>とそのカイトの語る理論を理解して、大慌てで地面を蹴る。だがその力は<<炎武>>を纏っていた頃とは比べ物にならないほどに弱く、そして彼女の感覚としては<<炎武>>を使っている状態なのだ。故に思ったように跳躍が出来ず、思わずたたらを踏むことになる。
「さ……次だ。雷遁……っと」
「姉さん!」
「っ! すみません!」
氷竜を逆さまにして自身を守りながら飛来したアルの傘を受けて<<炎武>>を再活性化し、リィルが大きく跳躍する。幸いなことに活力は失われても勢いはそのままだ。アルの傘から抜け出ても、そのままだった。というわけで逃れたリィルに対して、カイトはアルへと発動を待機していた雷を飛ばす。
「<<雷遁・雷飛>>!」
「っ!」
雨粒を媒体として浸透していく雷に、アルは大慌てで氷竜を上昇させていく。そうして上空に生じた水の花に突入すると、一瞬だけ氷で全身を覆って防御。そのまま一気に水の花の更に上を移動する。
「残念……それが一番の悪手だった」
「させるかよ!」
「ん?」
カイトが何かをしようとしたその瞬間、過冷却の雨を防ぐ土の傘の下に退避していたソラが地面を両手で叩く。
「<<避雷針>>!」
「<<雷遁・雨雷>>!」
「っ、まずっ!」
雨を媒体として放たれる無数の雷を想定していたソラで、その推測は正しかった。案の定無数の雷が降り注ごうとしたわけだが、ソラはそれに対して<<地母儀典>>を使って金属の避雷針を編み出したのだ。が、彼の想定以上の力で自身の避雷針の押し負けを即座に理解。ソラは地面に付いていた手を離して、一気に跳躍する。
「や、やっべぇ! こんなの直撃したら死ぬぞ!?」
「そりゃ、全部喰らえば当然だろ」
「ソラ!」
「んぁ?」
楽しげに嘯くカイトの声に割り込むように響いたアルの声に、ソラが天を見上げる。だが上にはすでにほぼ消失しかけている水の花と、当然アルの操る氷竜の姿しかなかった。
「どうした!?」
「上がまずい!」
「おっと……流石に気付かれたか」
「くぅ!」
どうやらカイトが何かを仕掛けていたらしい。アルの言葉で彼がこちらの仕掛けに気付いたことを理解。楽しげに笑いながら、妨害される前に行動に移ることにしたようだ。そうして次の瞬間にアルの氷竜が砕け散り、彼の身体が宙を舞う。
「っ! 桜ちゃん!」
「すでに!」
何が起きているかは定かではないが、ただ無軌道にアルは飛ばされていた。一応飛空術で姿勢制御は試みている様子だが、上手くいっていない様子だった。そうして無軌道に吹き飛ばされるアルを、桜が魔糸で確保する。だがその瞬間、桜も思わず顔をしかめる。
「っ! 凄まじい力です! 煌士!」
「わ、わかりました! 鳴海くん! 姉上を引っ張って支えてくれ!」
「了解!」
それはアルも満足に飛翔出来ないわけだ。凄まじい力で押し流されそうになるアルを必死で支えることは桜一人では難しかったようだ。即座に煌士が魔術で、鳴海が物理的に支える形でサポートに入る。そうしてサポートに入った三人の横で、状況を解析していたトリンが声を上げた。
「ソラ! 何があったかわかった! 凄まじい風の力が渦巻いてる!」
「っ! なんでだ!?」
見ればわかろうものではあったが、どうやら上空では凄まじい風が吹き荒れているらしい。謂わば聖域に来る直前に起きていた異変と似た状況。その中でアルは飛ぼうとしているようなものだった、というわけである。だがそれが何故発生しているか理解出来ず、ソラは困惑しかなかった。
「印を結ぶ間暇だから、一つヒントをやろう……何故オレが木遁を多用してたと思う?」
「は?」
「答えは自分で考えろ……<<風遁・風袋>>。そして」
「っ!? ソラくん! 上を!」
「次はなに!?」
矢継ぎ早に寄せられる情報に、ソラは少し混乱状態に陥っていたようだ。桜の声に上を見上げれば、そこには何もなくなっていた。無論アルも姿勢を正せるようになっており、彼自身が困惑している様子が見て取れた。そしてそれが意味する所を理解して、ソラは思わず背筋を凍らせる。
「っ、桜ちゃん! 全員を引き戻してくれ!」
「っ、はい!」
何が起きているかは定かではない。定かではないが、こんなことをできるのはカイトしかいないだろう。故に桜はソラの指示を受けるや否や、前線に出ていた瞬や空也、再び前に出ようとしていたリィルや困惑状態にあるアルを引き戻す。
「浬ちゃん! 土の壁!」
「は、はい!」
「<<地母儀典>>、頼むぞ!」
自分の想像が正しければ、自分一人で防ぐなぞ到底無理だ。故に最後の備えとして準備して貰っていた浬の手を借りることを決めると、更に<<地母儀典>>の固定を解除。宙に舞う<<地母儀典>>を魔糸でキャッチして留めると、そのまま<<地母儀典>>を媒体として地面に手を着く。
「カード!」
「<<守護壁>>!」
浬のカードによって生じた土の壁に、ソラが<<地母儀典>>を媒体として更に強化する。そしてそれと同時だ。防御の体勢を整える間にも印を結んでいたカイトが、印を結び終えた。
「<<風遁・風神之舞>>!」
「ぎっ!」
「きゃあ!」
おそらく。それは上空で渦巻いていた風をすべて集めて放ったのだろう。その力は凄まじく、正しく風神が強大な力で何度も壁を切り裂くような攻撃であった。そうしてコンマ数秒ごとに削られていく防壁を脂汗を流しながら支えるソラだが、その視線はすでに由利と海瑠に向けられていた。
「っぅ!」
わずか数秒。本来なら大魔術でさえ防ぎ切るはずの防御が脆くも崩れ去る。だが流石に溜めに溜めた浬のカードをソラが全力で支えたのだ。粉々に砕け散るも、なんとか無事に全員を守りきっていた。そうして崩れ去ったと同時にソラが脱力し、そしてそれと同時に由利が矢を放ち、海瑠がライフル型の魔銃の引き金を引いた。
「「……」」
「<<雷遁・雷神雷鼓>>!」
どうやら考えていることはカイトも一緒だったらしい。風の激突と同時に次の印を結んでおり、風と土の壁が混ざった場を利用して雷を生成。今度は雷を放つ。が、それは由利が放った金属の矢へと吸収され、金属の矢が灼熱を纏い火花を上げる。
「おっと……少しは考えたな」
しょうがないな。影分身のカイトが疾走し、金属の矢を受け止めて弾く。そうして残る海瑠の魔弾には、カイトは仕方がないと別の印を結んだ。
「<<木遁・仙樹門>>」
「それは読めている!」
「ほぉ……ここで突っ込むか」
どうやらカイトがこれで防ぐことは最初の一幕から瞬に予想されていたらしい。雷をその身に纏い、炎を槍に纏わせて、木の門へと突き立てる。
「はぁ!」
「やれやれ」
呆れるように、しかし楽しげにカイトは笑う。確かに木遁の木は瞬の炎で焼かれてもすぐに再生する。だが再生した所でカイトが同時に結べる印は一つ。更に前へ踏み出そうとする瞬を縛るか、魔弾を防ぐか。どちらかしか出来ないはずだった。
とはいえ、カイトはどうにかしてくると瞬は読んでいた。故によしんばその想定が当たっても大丈夫なように、瞬はいつでも撤退できる心づもりをしていた。もちろん、リィルにも協力を要請している。可能な限り万全は期していた。というわけで、それを見抜いたカイトが瞬へと問いかける。
「なら、どう対処するか見せてもらおうか……<<影分身>>!」
「っ」
やはりそう来るか。瞬は想定通り自身に対応するべく第二の分身を生じさせたことを受けて、しかし更にぐっと地面を強く踏みしめる。
「それは、こちらのセリフだ!」
進むのなら、最低限情報の一つも手に入れる。そういった心づもりだった。そうして地面を踏みしめる彼へと、新たに現れた分身体のカイトが即座に両手で印を結ぶ。
「<<風遁・風魔手裏剣>>!」
「っぅ!」
まさか遠距離攻撃を行う風の手裏剣で自分と切り結ぶのか。瞬は大型の手裏剣を投げるではなく、近接攻撃用の武器として使ったことに僅かに目を見開く。そうして弾き飛ばされた彼へと、分身体のカイトは風で編まれた手裏剣を投げつけて追撃する。
「はぁ!」
「すまん!」
事前に共有しておいて助かった。瞬は自身が姿勢を整えると共に手裏剣を斬り裂いたリィルに礼を言う。その一方、本体のカイトはというと悠々と印を結び終えていた。
「<<風遁・風太鼓>>!」
ぼんっ。そんな音と共に風で編まれた太鼓へと、海瑠の魔弾が激突する。そうしてまるでトランポリンに弾かれたかのように、魔弾が今度はソラへと飛翔していく。
「んなっ!」
「カード!」
「……ふぅ。浬ちゃん。サンキュー……」
なんとかなったか。飛翔する魔弾を今度は浬がカードで生み出した魔弾で破砕したのを見て、ソラはほっと胸を撫で下ろす。
「さ……これでこっちも三人。どう攻略するか、見せてもらおうか」
一人は大剣を携え、一人は楽しげに両手で印を結び。更に最後の一人はまるで王様のように玉座に腰掛け、ソラ達へとそう告げる。そうして、三人のカイトが一斉に攻撃を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




