第3822話 様々な力編 ――攻略開始――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過。なんとか二つの班に分かれて攻略するという左右のルートを攻略し、ついに最終ルートとなる中央ルートの攻略へと乗り出していた。
そうして中央ルート攻略も半分以上を終えて、最後の部屋まであと一歩までたどり着いた一同を待っていたのはカイトであった。というわけで数度の戦闘の後、浬の暴走によりカイトが分身体を出現。忍術、仙術を聖域の門番たるカイトの切り札と判断して一時撤退。万全の準備を期した上で、再戦に望んでいた。
「……よし……あれ? 今日は武器出さねぇの?」
「今日は最初から忍術を使う」
「マジか」
「おうよ……まさか、こっちのが楽とか思ってないよな?」
「まさか」
カイトの問いかけに、ソラは屈伸を繰り返しながらその言葉を否定する。
「武器の創造に忍術に仙術に魔導書に……お前マジでワンマンアーミーか」
「ワンマンアーミー……か。どちらかといえば戦争に例えられることのが多いんだがな」
「マジでそうだわ」
現在時点でのソラ達の認識は多種多様な攻撃方法を保有する要塞の攻略だ。正しく戦争をしていると言うしかない。というわけで一人にして軍勢という特異な存在であると苦笑いを浮かべるカイトであるが、そこでふと弟が少し変な顔をしていることに気が付いた。
「……ん? どうした。そんな不思議そうな顔して」
「……疑問だったんだけど一つ聞いていい? いや、試練とかそんなのに関係ないんだけど……」
「ん? いいぞ。なんだよ」
別に試練に関係のないことなら単なる他愛もない兄弟の会話だ。というわけで今までのどこか戦士としての風格が滲んだ様子が、一気に兄のそれへと変貌する。
「お兄ちゃん……ここ三日ぐらいずっとここに居るけどトイレとかどうしてるの?」
「あ、それ私も疑問だった。後お兄ちゃん、インフルでもないとお風呂入るでしょ? お風呂とご飯は?」
「え? あれ……そういえば……」
「確かに……」
海瑠の指摘に同じように疑問を抱いていたらしい浬の問いかけに、全員そういえばカイトは飲食などをどうしているのだろうかと変な疑問が浮かんだらしい。これに、カイトががっくりと肩を落とした。
「ほんっとに試練まーったく関係ないな……まぁ、飯は食わんでも良い。ここは聖域。そしてオレは祝福を授かりし者。魔力さえあれば飲み食いせんでも良い。最悪回復薬でもありゃそれで良いしな」
「それもう魔物じゃん」
「あ゛?」
「ぐふっ……すまん」
浬の一言にカイトが思わずギョッとなり、瞬が思わず吹き出す。確かに魔物は何かを食べる必要はなく、回復薬さえあれば良い。正しく今のカイトと同じだろう。
それでも魔物が獲物を食べるのは、自然界に回復薬なぞ存在していないからだ。必然他から魔力を吸収せねばならず、結果として食べるということにつながるのであった。とまぁ、それはさておき。カイトが盛大にため息を吐いた。
「はぁ……お前は兄を何だと思ってんだ。この聖域だけの特例だ。あと、風呂とかはきちんと入ってる」
「あ、ドッグラン」
カイトが左手を振るうと、白い影が盛り上がって中に草原が見えるようになる。そこではシルフィードが日向や伊勢と遊んでいた。
「そ。こっちにオレ専用ルームを用意してる」
『……終わった?』
「あ、悪い。まだまだ、これから。後でな」
『……』
「あはは。僕と遊んどこうね」
しゅんっ、と悲しげな様子を見せる日向に、シルフィードが笑いながらフリスビーを投げる。そうしてそんな光景を横目にカイトは白い影を消失させると、その指の動きをそのまま使った。
「ま、そんなわけで気にするな……はぁ。とりあえずやるか。まずは小手調べからだ」
「「「……は?」」」
確かに小手調べの小手はその籠手だけど。全員現れた無数の大樹の腕に、思わず呆気にとられる。その手にはご丁寧に籠手が装着されており、正しく小手調べであった。そうしてゆっくり動き出した無数の大樹の腕に、
「や、やっばい! 全員、急いで展開!」
「「「りょ、了解!」」」
「じゃ、頑張れ……<<木遁・仙樹張手>>!」
全員が散っていくのを見ながら、カイトが無数の大樹の枝で作った拳を発射する。そうして発射された無数の拳が、ソラにもまた襲い掛かる。
「っ」
これはまずい。無数にも思える大樹の拳の一撃を受けて、ソラは数発なら耐えられる程度と即座に理解する。
(風の張手より明らか攻撃力高いだろ、これ!)
おそらくこんな感じで同じ名前、似た印が山程あるのだろう。ソラは昨日の一戦を思い出す。とはいえ、こんな攻撃をカイトは何十と繰り出してきているのだ。すでに次の一撃どころか次の数発が同時にソラへと肉薄していた。と、そこに地を這うように炎の壁が出現する。
「カード!」
「助かった!」
浬が使ったのは炎のカードだ。これに剣のカードを合わせることで本来は炎の斬撃を発生させるのだが、常に斬撃を発生させることで擬似的な壁を作り出したのである。そうして炎の壁で時間を稼ぐと、ソラはすぐさま<<偉大なる太陽>>を振りかぶる。
「はぁ!」
「おっと……木遁に火は相性が悪いな」
放たれた黄金色の斬撃に焼き尽くされる自身の大樹の拳に、カイトは楽しげに笑っていた。とはいえ、こんな物は小手調べだし、何よりソラは少し勘違いしていた。
「だが、だ。知ってるか? 古来より大火で焼け尽くした森はないのさ」
「マジかよ!?」
無数の大樹の枝の拳を焼き尽くし灰と化したその瞬間。灰の中から蘇った大樹の拳にソラが目を見開く。
「木遁に太陽は相性が良いんだよ。火が土を作り、光が土に力を与える……希桜様の言葉を思い出せよ」
「っ」
<<廻天>>とはこの世の道理だ。道理を使うのならば物事の観察に重きを置かねばならない。ソラは希桜からそう教わったことを思い出し、これが道理に則った攻撃だと即座に理解する。
「由利! 支援する! 浬ちゃんも!」
「了解!」
「はい!」
木遁で襲い掛かる大樹の拳は道理に則ったものだ。故に何度焼き尽くされようと復活することは明白だ。であるのなら、こちらもまた道理に則った攻撃を放つ必要があった。
「<<土>>よ」
「カード!」
「土属性チャージ!」
左手の盾でカイトの攻撃を防ぎつつ、ソラは<<偉大なる太陽>>を魔糸で一時的に浮かせると同時に<<地母儀典>>を展開。浬のカードへと土属性の力を注ぎ込む。そして注がれた土属性を由利へと更に渡して、彼女が金属の矢を作る土台とする。
「ふっ!」
数秒の間に行われたやり取りの後、由利から巨大な金属の矢が放たれる。流石に即興劇なので威力はさほどだが、それでも相性の関係もあり大樹の拳を千々に千切りながら一気に直進する。これに、カイトは突き立てていた大剣を振り抜いて破砕する。
「っ、大剣は使うのかよ!」
「使わないなんて言ってないぞ?」
「ちっ、っ」
確かにカイトは武器の創造や地雷原は使わないということだったが、大剣はそのまま近くに突き立てているのだ。使うから突き立てていると考えるべきだっただろう。というわけで大剣を再度カイトが地面に突き立てると同時に、<<偉大なる太陽>>へと持ち替えたソラが斬撃を放つ。
「<<木遁・寿門>>」
「っ」
黄金色の斬撃に立ちふさがる巨大な門戸でカイトの姿が一瞬消える。だがこれに、ソラはわずかにほくそ笑んだ。あの攻撃の直前、トリンから指示があったからだ。
『トリン。さっきの推測、当たりだ。やっぱり<<偉大なる太陽>>の攻撃には木遁を使ってくる』
『よし……やっぱり今回のカイトさんは推測通り、自然の摂理やらをベースにした戦闘を考えているみたいだ。予想通り、こちらの攻撃からカイトさんの攻撃を誘導できる』
『よし』
昨日の戦闘の後、当然だが今まで同様に作戦会議を行っていた。というわけでその中でトリンはカイトの攻撃方法が自然の道理や摂理に則っているのではないかという推測を立てており、そこからカイトの攻撃をある程度誘導できるのではないかと考えていたのである。そうして、そこでの言葉をソラは一瞬だけ思い出す。
『多分、というか絶対に僕らが攻撃を見切ることは無理だ。なら、カイトさんの攻撃を誘導するしかない。そして幸いなことに多分、今回のカイトさんは数個までしか同時攻撃はしないと思う。誘導は不可能じゃないはずだ』
おそらく武器の投射をしなくなったのは、ここに武器の投射までしてしまうと攻撃も防御も多種多様過ぎてこちらがその誘導を行えなくなってしまうからだろう。これが戦闘ならばそれで良いのだろうが、今回はある程度の目的があって行われている試練。突破不可能な試練なぞ無意味なのだ。
「煌士、桜ちゃん」
「「はい」」
ここで肝になるのは属性を如何に活用するかだ。そう考えていたソラとトリンは、今回の作戦の主軸は桜と煌士という魔術に長けた二人と定めていた。
後はそこに如何にして二人が使える土台を創り出すかだが、そこは瞬やらが頑張るしかなかった。というわけでソラの斬撃で燃え尽きるもすぐに再生してみせた木の門戸に、瞬とリィルが炎を纏って肉薄する。
「おぉおおお!」
「はぁあああ!」
二人の炎が巨大な木の門を内部から直接焼き尽くし、再び灰へと戻す。しかしこれに、カイトはすでにそれを読んでいたとばかりに手印を結ぶ。
「<<土遁、む」
「<<逆風>>!」
自身の手印が終わるより前に、煌士が灰に向けて風を放つ。それは自分達の側へと灰を吹き飛ばし、一箇所に集積する。これにカイトは楽しげに笑いながら、結んでいた印を停止。別の印へと切り替える。
「おっと……」
「させないよ!」
「おっと……」
一度目が楽しげならば、二度目は少しだけ獰猛に。アルの言葉と共に放たれる白銀の光条に、カイトは結んでいた印を加速させる。そうして彼が大きく息を吸い込んだ。
『<<火遁・炎龍>>!』
声ならざる声が響くと同時に、カイトの吐息を媒体として炎の龍が出現。アルの光条と激突して押し返し、一気にアルの乗る氷竜へと襲い掛かる。
「っ」
やっぱり一人で対応できるようにはしてくれないか。炎の龍の爪を氷竜を駆って回避させながら、アルは少しだけ苦い顔だ。その一方でカイトは灰を集めていたソラの後ろの桜らを確認する。
「なるほど。灰を利用した炭素の矢か。煌士の手腕も入っているな」
流石は天才と呼ばれるだけのことはある。こういった科学知識・化学知識の応用であれば一歩も二歩も進んでいる。カイトは炭素で出来た矢が自身に向けて放たれるのを見て、獰猛に笑う。
「一日、時間をやったかいがあるってもんだ……さ、最終フェーズ第一段階だ。<<影分身>>!」
行使するのはやはり昨日浬に向けて使った分身――ただし今はまだ一体だけ――だ。そうして編まれた分身は即座に大剣を手にすると、矢を叩き落とす。
「やっぱそうなんのか」
「当たり前だ……さ、頑張れよ。オレも四日目は遠慮したいからな」
ソラの言葉に、カイトは何かまた別の手印を結びながら答える。そうして、カイトとの最後の戦いが始動するのだった。
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