第3819話 様々な力編 ――最終フェーズ――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過。なんとか二つの班に分かれて攻略するという左右のルートを攻略し、ついに最終ルートとなる中央ルートの攻略へと乗り出していた。
そうして中央ルート攻略も半分以上を終えて、最後の部屋まであと一歩までたどり着いた一同を待っていたのはカイトであった。というわけで最後の門番として立ちふさがるカイトになんとか反撃の機会を探っていた一同は<<六道六連>>という<<廻天>>を応用した六連撃で攻撃。武器の嵐と地雷原の大半を除去し、一気に接近戦に持ち込んでいた。
「おぉおおお!」
「……」
「っ」
笑みとは本来攻撃的な表情だ。誰かから聞いたそんな言葉を、瞬はカイトが牙を剥いて笑う様子で思い出す。そうしてその直後。彼の眼前に巨大な鉄の塊が現れる。
「!? ぐっ!」
「瞬! っ!?」
「「「……は?」」」
瞬の直後に攻め込めるようにしていたリィルが瞬の直後に吹き飛んだのを見て、全員が思わず目を見開く。何が起きたか理解出来なかった。そして何が起きたかを理解するとほぼ同時に、ソラが声を荒げた。
「空也!」
「っ! <<雷>><<風>>!」
一瞬だけ、警告が間に合ったらしい。そして幸運だったことは空也が二重に加護を、それも速度を上昇させる雷と風を同時に使えるという所だろう。空也が地面を蹴ったその瞬間、彼の鼻先を鋭い剣閃が通り過ぎる。だがそれでも。その次の瞬間、彼の身体が彼自身の跳躍を大きく超えた力で押し出される。
「ぐっ!」
「空也!?」
「だ、大丈夫です!」
何が起きたかが理解出来ず困惑と心配の声を上げる兄に、空也は顔を顰めながらも応ずる。
「今のは……」
『単なる剣圧だ……いや、風圧でも良いかもしれん。兄に感謝しておけ。あの声かけがなければ、直撃していただろう』
「今ので……?」
<<三日月宗近>>の声に、空也は困惑を隠せないでいた。今ので単なる風圧だというのだ。どれだけの力が込められていたのか、考えたくもなかった。そうして困惑のあまり足を止める彼を横目に、ソラが声を上げる。
「先輩! リィルさん! 大丈夫っすか!?」
『くっ……ああ。俺はギリギリ防御を間に合った。それでも雷による反射神経の加速と、鬼の血による身体強化がなければ……』
『私も……なんとか無事です。瞬で警戒していたことと、咄嗟に身体の大部分を炎化したので……それでも障壁は全損しましたが……』
「……ふぅ……」
とりあえずダメージはあるものの、戦闘不能には陥っていないらしい。ソラはひとまず無事な状況に胸を撫で下ろす。そんな彼らに、カイトは再度大剣を地面に突き立てて笑いながら問いかける。
「どうした? もう終わりか?」
「少しは考えさせろっての……先輩」
『……すまん。もう大丈夫だ……衝撃は大きいが、痛みはさほどだ。ダメージは薄い……まぁあれをダメージ覚悟で突っ込みたいかと言われれば御免被りたいが』
「今ので?」
『今のでな』
盛大に顔を顰めるソラに、瞬は苦笑いを浮かべてはっきりと明言する。そうして彼は感じたままをソラへと共有する。
『恐ろしいことに障壁をすべて叩き割った後は、まるで撫ぜる程度でしかない。正直彼我の差を否が応でもわからされた』
「……」
相変わらず凄まじい技量だこって。ソラは瞬の言葉を聞きながら、少しだけ内心で悪態をつく。
「……先輩。もう一回突撃お願い出来ます?」
『わかった……流石に次は不意打ちは食らわん』
「うっす……ただ先輩。ティナちゃんの言葉は」
『覚えている……おそらくそうなんだろうとは思うが。来た場合、現状対処は』
「ないんっすよねー、それが」
『だったな』
ソラの半ばやけっぱちな返答に、瞬が笑う。何故出来ないか。それは単純明快な理由だった。
『ユスティーナさえ使えない技術か……いまさらそんな物が一つ二つ出た所で驚きはせんが』
「まぁ今回ばかりはさもありなん、でしたし……でもだからこそ、情報がなさ過ぎるんですよね」
『だろうな……知っているとなればおそらく希桜様ぐらいか』
「でしょうね。多分希桜様なら知ってたかと」
『……わかった。やってみる』
兎にも角にも情報がないのだ。そしてカイトが近接戦闘後に何かの切り札を持っていないとは到底思えない。ならば多少無理でも、次に繋げられるように情報を手に入れるしかなかった。
「ふぅ……リィル」
『わかりました……幸い近接戦闘をさせては貰えるようではあります』
「……だな」
流石に地雷原の復元は無理だろうが、武器の投射なぞ数百を撃った所でカイトにとって大した消耗にもならないだろう。それもせずこちらの一手を待ってくれている所を見るに、こちらから攻めて来いと言っているのだろう。瞬もリィルもそう判断する。そうして彼は浬へと問いかける。
「天音妹」
『なんですか?』
「<<六道六弾>>は後何発だ?」
『後は風と氷の二発です。使った四発と次弾の準備も進めてますけど……』
「わかった……万が一の場合は支援を頼む」
『は、はい』
とりあえずこれで。瞬はカイトの攻撃をなんとか迎撃できるだろう札を確認し、意を決する。
「……」
リィルと頷きを交わして、瞬は更に一度だけソラを見てこちらとも頷きを交わす。そうして交わした後、彼は地面を蹴って一気にカイトへと肉薄する。
「おぉおおおお!」
「……」
かんっ。カイトが大剣を蹴って、再び大剣が宙を舞う。そうして数度回転した後、カイトが柄を握りしめる。
「ふっ!」
音速を遥かに超えた斬撃が放たれる。それに、瞬は反射神経を極大化。流石に来ることがわかっているのならば反応も出来た。そうして自身の顔面めがけて飛来する巨大な大剣を前に、瞬は身を屈めてその下を通り抜ける。だがその瞬間だ。カイトの大剣はさらなる加速をみせて、今度は振り下ろすかのように瞬へと迫りくる。
「はぁ! くっ!」
「すまん!」
おそらくカイトの速度には自分達単独では回避は出来ないだろう。そう判断していたリィルは敢えて自分が攻め込むのではなく、瞬を通すべく彼への攻撃を防ぐことに注力することにしていたようだ。振り下ろされる大剣を前に炎を纏って割り込んで、瞬が起き上がる時間を稼ぐ。
「おぉ!」
身を起こして立ち上がり、瞬は更に一歩を踏み出す。そこに、瞬とリィルを二人丸ごと薙ぎ払わんと大剣が疾走する。
「はぁ!」
疾走してくる大剣に、空也が更に割り込んで受け止める。そこに更に、氷竜を駆ったアルが追撃を仕掛けた。
「<<氷竜氷華>>!」
「おぉおおお!」
大剣狙いの氷属性魔術による爆発で大剣を弾いて、瞬はついに槍の穂先をカイトへと向ける。だがその瞬間。ソラと瞬が危惧していたことが起きた。
「よしよし……じゃあ、最終フェーズだ」
アルが魔術で弾いた大剣から手を離して、満足げなカイトは人差し指と中指の二つだけを立てて口先まで持っていく。そうして、次の瞬間。彼が大きく息を吸い込んで、思い切り吐き出した。
「くっ!」
「きゃあ!」
「っぅ!?」
何が起きた。カイトが息を吐き出した瞬間、押し込もうとしていた瞬さえ耐えきれないほどの風が生じて三人を諸共に吹き飛ばす。
「じゃあ、まずは俗に言う土遁だ……敢えて口決まで使ってやろう。<<土遁・石礫>>!」
「っ! まずっ! <<風>>よ! <<六道・風>>!」
カイトの呼吸と共に指先から放たれた無数の礫が瞬ら三人目掛けて一直線に飛翔していくのを見て、浬が慌てて準備していた風属性の剣を解き放つ。それは竜巻のように風を纏っており、瞬らが通り過ぎた瞬間に一気に風を肥大化。三人を追撃する石礫を粉砕する。そうして更にカイトへと肉薄していくが、そんな剣に向けてカイトは突き立てていた大剣を足で蹴って浮かせて回収。右手一つで斬撃を放つ。
「よっと!」
「っ! <<氷竜氷壁>>!」
「<<火遁・炎龍>>」
「くぅ!?」
カイトの放った炎の龍とアルの氷竜のブレスにより生じた氷壁が激突。巨大な水蒸気爆発を巻き起こす。だが、やはり力量差は歴然だった。アルの氷壁が完全に消滅したのに対して、カイトの炎龍は若干勢いを緩めたものの上昇してアルへと迫りくる。
「<<氷>>よ! <<六道・氷>>! アルフォンスさん!」
「ごめんっ! っ!」
「さ、ここからが本番だぞ」
浬によってカイトの追撃を防がれたことにアルが安堵した瞬間、彼はカイトが楽しげに笑うのを見る。そうして彼はカイトが片手で幾つかの手印を切っていることを認識する。
「仙術混合……<<風遁・千手張手>>」
カイトが勢いよく息を吐いた瞬間。放たれた風は周囲の風を巻き込んで、一気に拡大。無数の風の張手となって氷竜に乗ったアルへと襲い掛かる。
「っ!」
「させるかよ!」
こんなもの受けることも避けることもできるわけがない。万事休すと言うしか無い状況のアルを見て、ソラが即座に風を纏わせた斬撃を放つ。それはカイトの生み出した風の張手を斬り裂いて、アルへの攻撃を防ぐ。そうして攻撃を防いで、彼は思わず悪態をつく。
「ちっ! やっぱ切り札は仙術かよ!」
「なんだ。ティナの奴、推測してやがったのか」
「そういってもなんも教えてもらってねぇよ! 多分そうじゃないか、って程度だ!」
ソラの言葉にどこか苛立ちが混じっているのは、やはり全く情報が無い攻撃だからだろう。そんな物を初見かつこんな場で使ってくるのだ。文句の一つも言いたくなっても無理はない。そしてティナが何も教えていない理由も明白だった。
「仙術って何なんだよ。てかなんでお前はんなもん使えるんだよ」
「そりゃ、オレが蓬莱山に縁があるからだ。蓬莱山は本来中国の仙界の一つだったが、色々とあって今は日本近海にあるんだ。といってもオレも道術は使えないから、変な話で使えるのは仙術だけだな」
「何が違うんだよ」
「仙術は自然界の力を使用して使う術だ。自然界の力を仙気と言うそうだ。だから仙術というらしいな。道術は道力……? とかなんとかを使う魔力や魔術に近いものらしい。仙術を学ぶために道理を学び、道理を道力で操って道術を行使するいうことだからな。こっちはオレもティナも技術体系が違うから使えん。本来仙術は道術を学んだ後に学ぶ物らしいが……オレの場合は神陰流で仙気を使うベースが出来上がっていたそうだ」
多分道理を解明し道術に応用することから、道力ってのは魔力の別名や別の言い方だと考えている。カイトはソラに最後にそう言い含める。そうしてそこらの解説を終えた所で、カイトは右手の人差し指をくるりと回した。
「まぁ、ティナがわからないのも無理はないな。そもそも神陰流を使えないあいつじゃ道術の基礎から学ぶ必要がある。まぁ、道力が推測通り魔力ならすぐに原理と技術体系を理解して使いこなせはするかもしれないが……どちらにせよ今の話じゃないな」
というわけで。カイトは楽しげに笑いながら、聖域の中に満ちる風の力を指先に収束させる。だがそこには一切魔力の兆候はなく、気を感じられるようになったソラ達でようやく気を利用しているのだと察せられた。
「さて。じゃあ、集めた風に更に<<廻天>>を使って……<<水遁・水龍の舞>>!」
風を変換して水を生じさせ、更に生じた水を操って水の巨大な龍を生じさせる。そうして最終フェーズとして仙術の行使を解禁したカイトへと、ソラ達は再度挑むことになるのだった。
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