第3812話 様々な力編 ――撤退――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。そこを何日も掛けて試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過。なんとか二つの班に分かれて攻略するという左右のルートを攻略し、ついに最終ルートとなる中央ルートの攻略へと乗り出していた。
そんな中央ルートで当初は単なる戦闘だけかと訝しんでいた一同であるが、その最後の最後。次が最後の部屋になるという所で、シルフィードが言っていた中ボスが現れることになる。が、その中ボスとはなんとカイトであり、ソラ達はその猛攻を受けることになっていた。
そうしてカイトの猛攻を凌ぎながら、なんとか反撃の糸口を掴もうと戦闘を繰り広げることおよそ一時間。瞬が判断を下すことになる。
「っ……駄目だな。ソラ。無策に突っ込んでなんとかなるとは思えん。というより、お前大丈夫なのか?」
『正直いえばかなりキツくなってきました。あいつマジ容赦ねぇ……』
「だろうな」
瞬以下前線に出た空也達は回避に徹し、攻撃はほぼ不可避になった時だけにしている分だけ魔力の消耗は抑えられている。それに対してソラはというとほぼ常に攻撃を浴び続け、しかも背後に攻撃を通さないように広域に防御を張り巡らせているのだ。回避に注力しなくて良い分だけ精神的には楽なのだが、その分魔力の消耗は激しかった。
「トリン。撤退を進言する」
『……ですね。ソラ。これは駄目だ。無策に突っ込み続けても勝ち目はないに等しい。撤退して、戦略を建て直さないと』
『……か』
これで手加減しまくりなんだから冗談にもほどがある。ソラはトリンの進言に対して、非常に苦い顔だ。そして苦みの原因をソラは呟いた。
『俺で、一時間かよ……』
「「「……」」」
障壁の強度が高くなれば高くなるほど、その分魔力も一気に消費する。なので今のソラであれば、ランクC程度の魔物相手ならば一日戦い続けても問題はない領域に到達している。
ソラの魔力量は過去の世界での戦闘経験やそこで習得した<<廻天>>を加味すれば、すでに軍人であるアル達にも匹敵し得る領域と言えるだろう。だがそんな彼でさえ一時間しか保たないのだ。
相手はたった一人。それに十数人で攻め立てて、しかも手加減までされてこの有り様だ。あまりに絶望的なまでの実力差を思い知るには十分過ぎた。というわけで撤退を決めた彼らを受けてか、攻撃が止まる。
「何だ。今日は終わりか?」
「撤退は出来るのか?」
「もちろん。オレは鬼でもあくまでもないからな。撤退はして良い。何度でも挑め」
「……それは逆説的に言えば何度かは挑ませるつもりということか」
楽しげに告げるカイトに、瞬はどこかしかめっ面で問いかける。これにカイトは再度肩を震わせた。
「まさか。出来るなら一度で攻略しきってくれて構わんよ。出来るなら、な」
「はぁ……だろうな」
「あはは……まぁ、まだまだ地雷原も突破していない。頑張って考えてくれ」
「なんとかしよう」
おそらくこの様子だと地雷原を突破した先も何か仕掛けが待っているのだろうな。瞬はそう思いながらも槍を引く。そうして、一同はこの日は一旦このまま完全撤退を決めて戻ることにするのだった。
さてカイトの猛攻を前に完全撤退を決めることになった一同。そうして帰ってひとまず休む者は休み、とするわけだがそうして帰った先にカイトは当然いなかった。というわけで、今回は監督役にして助言をくれていた彼を抜いたソラ、瞬、トリンの三人が集まって相談することになる。
「……ぶっちゃけ、どうしたもんっすかね、あれ……」
「むぅ……」
「うーん……」
改めて敵として相対して思うのは、カイトの異常なまでの大人数への対応力だ。しかもこれで厄介なのはこれはあくまで彼の特殊能力の一つなのであって、彼本本人のタイマン性能も高いという所だろう。というわけでそこらを思い出して、瞬がため息を吐いた。
「改めて思うが、本当にあいつは戦闘そのものに長けているんだな」
「戦闘そのもの……そうですね。カイトさんの場合、武器創造を筆頭にした大軍を相手にできる手札。神陰流を筆頭に猛者を相手にできるずば抜けた単体戦闘力……そのどちらにも長けている。数で攻めても質で攻めても対応出来てしまう。非常に厄介と言って過言ではないでしょう」
「「……」」
改めて口にしてみると、とてもではないが相手に出来るものではない。本来相手にすると考えるのなら、ではなく相手にしないことを前提に戦略を構築せねばならないだろう相手だった。
「これで魔術も長けてるんだもんなぁ、あいつ」
「ユスティーナが居るから目立たないだけ、か」
「ですね」
瞬の指摘にソラはがっくりと肩を落としつつも同意する。世界一の魔術師が横に居るし何故か彼の周囲には世界トップクラスの魔術師が居るのでカイト当人はまるでさも魔術は得意でないという風を装っているが、その実彼の実力は世界で上から数えた方が早い領域だ。
それは十数年訓練を積んだ、天才と呼ばれるルークでさえ困難な『神の書』を使いこなし、『神』の召喚を難なく成し遂げてしまっていることからも明らかだろう。というわけで武器の嵐の後に待ち構えていた地雷原を思い出して、ソラが問いかける。
「てか先輩。あの地雷原ってルーン文字ですよね?」
「ああ。何個かは見たことがあった。神の領域には到達していないが、俺が使うより数段上のものばかりだな」
「何が違うんっすか?」
「む? まぁ、そうだな。ルーン文字は文字を描いて発動する魔術だとはお前も知っているな?」
「うっす」
瞬の問いかけにソラは一つ頷いた。これについては瞬から何度か教えてもらっていたし、戦略を構築する上で知っておく必要があったので知っていた。無論それを使いこなせるかというとそれは厳しいので、あくまでも知識として知っている程度だ。
「だが当然だが一文字だけで発動することは不可能に近い。なので文字の中に魔術式を幾重にも編み込み、最終的に文字にしているんだ。なので複雑なルーンになればなるほど、そこに編み込まれている魔術式は当然複雑になる。そして特徴的なのは、ルーン文字というようにルーンは文字だ。だからその形そのものが魔術的に意味を持つ。それで魔術を補強して、というわけだな。だからコンパクトに纏まりながらも、優れた力を有している」
「で、カイトはそれを好んで使っていると」
「……そうなんだよな」
ソラの指摘に瞬は改めてため息を吐く。そもそもカイトから手習いを受けている瞬と、本来の瞬の師であるクー・フーリンの更に師であるスカサハから直伝されているカイトだ。
しかもルーン文字はスカサハの秘中の秘として、普通の弟子は教えてもらえない――ある程度魔術師としての力量も必要なので――物を教えて貰っているのである。ルーン文字の使い手としても格が違いすぎた。
「あれの厄介な所は文字だから仕込める所だ。しかも不活性状態では不可視にしておくことも容易。正しく魔術の地雷原だな」
「っすね……ん?」
「どうした?」
「魔術の地雷原……あ」
首を傾げる瞬に、ソラは何かを思い出したようだ。目を見開いていた。そうして彼が瞬へと告げた。
「シンフォニア王国の北の砦っすよ。あれも、今と似たような流れだった」
「ああ、あれか……たしかにな。あの時も無数の砲撃に地雷原だったか。その後は俺達は知らないが……」
「北の砦?」
ソラ達が過去に渡ったこと、そこで過ごした国がシンフォニア王国という王国であることはトリンも聞いていたが、そこでの戦いの詳細は流石に聞いていない。というわけで唐突に出た戦いに首を傾げる彼へと、ソラは当時の話を共有する。
「なるほど……それで空中から」
「おう。で、地上からは地雷原を撤去しながらじわじわと攻めつつ、空中から一気に本丸を攻めて砲撃を妨害。一気にって塩梅だった」
「なるほどね……たしかにそれと状況としては似ているかも」
砦そのものをカイトとすると、砲撃は武器の投射。地雷原はルーン文字のトラップだ。というわけで三人は自分達の思い違いを理解する。
「とどのつまりこれは個人を相手にしていると考えるより、砦を攻め落とすと考えた方が良いのか」
「っすね……ってか個人で要塞相手ってなんだよ」
「あはは……まぁ、相手がカイトだと考えればわからないでもないが」
「となると……戦略はそれをベースにしたほうが良いですね。そしてそうなると……うん。ソラ。色々重武装になる。準備、手伝ってもらえる?」
「おう」
要塞攻略となればそれを前提として戦略を再構築せねばならないし、個人を相手にする道具と必要になってくる道具も変わってくる。それは二人の目にも明らかだ。というわけで三人は改めてカイトを攻略するべく、支度を開始することになるのだった。
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