第3805話 様々な力編 ――反転攻勢――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。挑む前から何処かの世界で起きた異変による通行止めというトラブルに見舞われながらもなんとかたどり着いた聖域の攻略を開始する。
そうして何日も掛けて幾つかの試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過。ついに三つのルートを攻略したわけだが、そこでついに彼らはシルフィード曰く中ボスとやらとの戦闘に臨むことになっていた。
というわけで現れた竜巻で出来た三つ目の風竜を相手に色々と試しながら戦っていたソラであったが、その攻略はやはり一筋縄ではいかず、今はトリンの指示に従って準備に奔走することになっていた。
『ソラ。そこから斜め右、下の方』
「あれか!」
風を纏って空中を唯一自由自在に飛べるソラの役割は、三つ目の風竜の誘導だ。空也も空中の柱や岩石を蹴って移動出来るのでその役割は担えるが、ソラほど自由自在に動けるわけではない。故に途中途中ソラが詰みそうになったタイミングでのフォローが精一杯だ。故に、主に誘導は彼が行うことだった。というわけで三つ目の風竜に追いかけられたソラは、トリンの誘導に従って目的とする『それ』に向かって高度を下げる。
「っ!」
だんだんだんっ。何発も発射される岩石の塊に、ソラは思わず顔を顰める。この業風の中でも聞こえる音だ。その威力や速度は察するに余りある。そうして数秒と立たず、巨大な岩石がソラの眼前へと迫りくる。
「っぅ!」
がぁん。自身に直撃する一発を狙い定めて、ソラは三つ目の風竜へと巨大な岩石を受け流す。そうして受け流された岩石だが、まぁこんな物は当然三つ目の風竜に通用するわけがない。故に三つ目の風竜に衝突した途端、粉微塵になって竜巻の身体に飲み込まれる。
『次、来るよ。今度は左斜め上方向』
「マジかよ!」
これ以上減速したら流石にまずい。ソラは間髪入れずに放たれる岩石の砲撃に、先程よりはるかに盛大に顔を顰める。そこに、由利からの念話が響く。
『ソラ。受け流して。ウチの攻撃でなんとかする』
「っ!」
魔風吹き荒れる竜巻の中でも更に一際強大な魔力の収束を感じ取り、ソラは直感的に危険を認識する。というわけで今までとは別種の危険を感じ取ったソラが、大慌てで声を荒げた。
「そのなんとかするってまさかの方法じゃねぇよなぁ!?」
『……』
「……」
あ、これマジのやつだ。由利が楽しげでどこか嗜虐的な様子の笑みを浮かべていることを気配で理解して、ソラは一瞬で取捨選択を終わらせる。
伊達に何十ヶ月と付き合っているわけではない。この程度、気配で読める程度には女心は理解出来るつもりだった。なお、つもりなので出来ているかは定かではない。
「どぉおおりゃぁあああああ!」
多分今日一番気合を入れた。この戦いのあとに瞬にそう語るほどに全力で、ソラは下方向から飛来する巨大な黄金色の閃光に向けて盾を構える。そうして彼の盾に黄金色の閃光が激突した瞬間、ソラの姿が反動でその場から消えるわけだが、黄金色の閃光もまたわずかに軌道を逸らして三つ目の風竜へと肉薄する。
「も、もうやだ! もうやりたくない!」
『き、君あれだけ無数の攻撃を受けてるんだから、そんな一発ぐらいで泣き言を言うレベルかなぁ……』
「そういうこっちゃねー! 色々とトラウマが蘇るんよ!?」
『なに? 文句あんの? せっかく逃がしてあげたのに』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
何があったかは定かではないがいくら貴族達との折衝をカイトに代わって行うとて、彼女の前でぐらいは気を抜くこともある。時折デリカシーのない事を言うこともあるのだろう。
必然怒らせることにもなるのだが、そうなると矢の一つが飛ぶこともあるということなのだろう。由利の楽しげな言葉に大慌てで謝罪していた。と、その一方。仲睦まじい様子の二人を横目に黄金色の矢の成果――即ち三つ目の風竜に飲み込まれて消える――を見届けたトリンが声を上げた。
『ソラ! 思った通りだ! 来るよ!』
「っ!」
今まで戦闘の最中であることを忘れるほどに大慌てで由利に謝罪していたソラの顔が、一瞬にして引き締まる。そうして彼の言葉から間髪入れず、三つ目の風竜の三つ目から三色の雷撃が迸ってソラを狙い撃つ。だがそんな雷撃はソラの盾に生じた巨大な岩石の盾により受け止められ霧散する。
『役に立ったでしょ』
「おーう。助かった」
この攻撃の直前にソラが受け止めていたのは由利の加護の乗った矢だ。そして味方の、いや彼女の攻撃だ。誰よりも彼こそがその性質を理解していて、それは由利もまた理解している。なので攻撃の最中、由利は特殊な力を鏃に乗せて放っており、自身の力の一部をソラに譲渡出来る様にしていたのである。
「トリン、思った通りの攻撃は来た。次は?」
『これまた思った通りだ……多分、思った通りだ』
「うしっ」
確証が得られたわけではないが、少なくとも正解に近い所まではたどり着いている。ソラはトリンの返答に、自分達の行動が無駄ではなかったと僅かにガッツポーズを取る。
「空也、リィルさん。思った通りだ。確定じゃないけど、多分この戦いの肝は俺と由利で間違いない」
『やはり、ですか』
「うっす……発想の転換を求められる試練ってのはあながち間違いじゃないかもしれませんね」
『でしょうか』
ソラの言葉に、リィルはそれなら良かったのだがと思う。実際、この推測にたどり着けたのは彼女の発想の転換という言葉があったからという側面は確かにあった。そこにソラの決め手が加わったことでトリンがこの推測に至って、今現在に至るというわけであった。
『ソラ。ここからは多分、持久戦になる。それも肉体的にもだけど、何より精神的な持久戦の要素が強い。ちょっとキツイよ』
「わーってる。何回かの失敗は織り込んでる……それに言い出しっぺだ。気合い入れてやるよ」
何より俺の試練だしな。ソラはトリンの指摘に対して、逆にやる気を漲らせる。というわけでそんな彼が、改めて全員に指示を飛ばした。
「リィルさん、さっきと同じ要領で決め手を打つ隙の構築をお願いします。侑子ちゃんは引き続きリィルさんの支援を」
『了解』
『わかりました』
再度になるが、リィルはこの業風の中を飛ぶことは出来ない。だが同時に軍人として長く来たていた体幹はこの場の誰よりも優れており、荒れ狂う風の中だろうと活動出来る様に訓練はしていた。故に侑子というサポーターが常に足場さえ用意出来る様にしていれば、ある程度の行動は可能だった。
対して侑子は実はバスケットボール部の所属で、投球には一家言あった。そしてそれ故に身体能力も高い。それらを活かして魔弾を操る術を彼女は有しており、ソラの様に足場を構築することが出来たのだ。
「由利はさっきと同じく、やつにとりあえず土属性の攻撃を叩き込みまくってくれ。鳴海ちゃんはその増幅と万が一の場合のリィルさん達のフォロー」
『ん』
『はい』
こちらは今更言うまでもないだろう。由利は土の加護を有しているし、火力であれば<<偉大なる太陽>>などの奇策と言うべき札さえ除けば最大の火力を有していると言える。
いや、加護の一点集中という点を考えれば、一点の火力だけならば下手をすればそういった神剣の類よりも上だろう。剣戟は所詮は線の攻撃。点の攻撃よりは威力は低い。
そして同じ点の攻撃を放てる刺突と違い長い時間の蓄積――近接戦闘を行う戦士からして長いという話だが――を必要とする分、リィルの槍よりも瞬間的な火力は高くなった。
「トリンも引き続き全体のフォローを頼んだ」
『了解……というか僕は主に君のフォローだけどね』
「まぁな」
この少し先も見えないほどの業風で、更に三つ目の風竜の攻撃を掻い潜りながらではいくらソラでも飛ぶのが精一杯だ。岩石を放つ砲台を見付けられる余裕はなかった。というわけで引き続きのフォローの要請に笑って応ずる彼に、ソラもまた笑って応ずる。
『で、空也。お前は引き続き俺と一緒にヤツに岩石の砲撃を落としまくる。土属性を蓄積させまくるぞ。次善策も打つ。多分お前にもきっついこと言ってるけど』
「大丈夫ですよ。これでもカイトさんに鍛えて頂いていますから」
「っと、お前近くいたのかよ」
「ええ」
業風でかつ全体への再指示で少し注意が疎かになっていたようだ。ソラは自身近くの金属の柱に着地した空也に一瞬だけ笑う。そうして全員が行動を開始する中、ソラは改めて三つ目の風竜へと向き直る。
「おら、こっちだ! こいよ!」
自分の役目はとりあえず岩石の砲撃をこの三つ目の風竜に食わせること。すでに空也は砲撃をコントロールするべく再び風の中に消えていた。しかもどうやら有り難くないことに、砲撃を放つ砲台は風に乗って移動しているようだ。そこらをトリンがフォローしながら、ソラが誘導するというわけであった。
なお何故トリンが見切れるかと言うと、それは彼が珠族だからと言って良いだろう。珠族は土の大精霊の眷属だ。故に強大な土属性の砲撃を放つ砲台を感覚ではあるが見抜くことが出来たのだ。
無論それでも完璧ではなく、発射に備えてある程度力を溜めた瞬間でないと無理だ。故に空也が囮となることで発射の兆候を生じさせ、トリンがそれを察知。空也とソラに伝えることで砲撃を誘発し、三つ目の風竜へと岩石を誘導出来る様にしていたのである。
「あとは……マジでやれるかどうか、か」
先ほどソラが言っているが、今回の試練で要になるのは彼と由利だと一同は考えていた。その中でもソラは最後の一撃を担うことになっていた。まぁ、これが彼と空也に課されている試練だと考えればそれは当然だっただろうが、それでも覚悟は違っていた。
「……」
兎にも角にもここからはうまく行くことを願って、ただひたすら試行回数を増やすしかない。大声で三つ目の風竜を呼び寄せた彼だが、同時にその顔にはかなりの苦みが乗っていたこともまた事実であった。
トリンには気合を入れた様に見せたが、やはりどうしても気後れが生じてしまったのだろう。というわけでソラは長期戦を覚悟して、ただひたすら岩石を三つ目の風竜へと食べさせていくことになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




