第3802話 様々な力編 ――中ボス戦――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。挑む前から何処かの世界で起きた異変による通行止めというトラブルに見舞われながらもなんとかたどり着いた聖域の攻略を開始する。
そうして何日も掛けて幾つかの試練を攻略していたソラ達だが、攻略の開始から中の時間でおよそ半月が経過。ついに三つのルートを攻略し、三つ目の宝玉を回収。少し早めではあるが休息に費やして、その翌日。ついに祭壇に三つ目の宝玉を捧げていた。
「……」
おそらくこれを捧げたと同時に、中ボスが現れるのだろう。ソラは緊張した面持ちで最後の宝玉を捧げる。そうして捧げると、三つの宝玉が共鳴し合うかの様に淡い光が宿り明滅する。
「……」
何が起きるか。ソラは警戒しながらも、即座に行動はせず状況を見定める。
『由利。狙撃準備は?』
『出来てる』
『よし……ふぅ……』
ここから先、何が起きるかは誰にもわからない。そして真面目に戦闘するつもりはソラにもない。なので可能ならば起動と同時に狙撃するつもりだった。もちろん、それがうまくいくとは思っていないが。とはいえ、先制攻撃が出来ればありがたい。なのですでに由利が最大まで力を溜めて待機していた。
「……ん?」
『どうしたの?』
「揺れてる……」
何か変化が起きようとしている。ソラはわずかに揺れる地面をしっかり踏みしめる。そうして直後、地面が大きく揺れて世界が弾け飛んだ。
「うおっ!」
流石にそう上手く事が進んでくれることはないか。ソラは祭壇から自身さえ吹き飛ばすほどの業風に煽られ、空中で姿勢を整える。しかしそうして、彼は思わず笑うしかなくなった。
「なんだ、こりゃ……」
周囲は完全に風で覆われ、全員が散り散りに吹き飛ばされている。しかもあまりの風の勢いは飛空術さえなく宙に浮かぶほどで、まともな身動き一つ取れるものではなかった。
(魔力を含んでるけど、まだ御しきれる程度だ。多分これは……)
こいつの余波って所か、舞台装置のようなものなのだろう。ソラは自らを四方八方から襲う嵐に抗う様に風を整える。
「三つ目の竜……ってか?」
蛇よりはボスっぽいな。ソラは拡張された空間の中、トグロを巻く巨大な風の竜を見る。その顔には捧げた宝玉と同じ三つの光が宿っていた。と、そんな三つ目を射抜く様に、巨大な光条が迸る。
「っ!」
『ソラ! ぼさっとしない!』
「っ! おう!」
由利の叱咤に、ソラは呆けていた自らに活を入れる。どこに居るのかは荒れ狂う風で定かではないが、すでに戦いを始めているのだとは理解出来た。というわけで活を入れた彼は自らの周囲を再確認する。
(飛空術は……使えないよな。流石に加護を使っても)
風が荒れすぎている。飛空術は繊細な魔術だ。跳ぶにせよ飛ぶにせよ、それは変わらない。魔力をふんだんに宿した風はもはや魔風と言うに相応しく、簡単な魔術ならばそれだけで術式をかき乱し無力化するだろう。無論飛空術のような繊細な魔術は構築そのものがソラ達の実力では無理だ。ならば、ソラに出来ることは一つだけだった。
「……」
魔力を纏った風だろうと風は風だ。ただ一番最初の試練。大蛇のエリアの風を更に強力に、ソラでさえ飛空術の行使が出来ない領域まで底上げしただけだ。故にソラならば大蛇のエリア同様に風を操ることが出来る。
「はっ!」
加護を応用して、自らの周囲を流れる風を操る。幸いにしてこの勢いだ。操るだけで十分、飛空術と同じことが出来た。そうして彼が周囲の飛行を開始すると共に、再び声が響く。
『ソラ。無事だと思うけど、無事だね』
「トリンか。おう。今周囲を飛んでるところ。お前は?」
『僕は今、幾つかの岩石を足場にしてなんとか耐えてる』
「……」
どこだ。ソラはトリンの言葉に周囲を見回す。だがあまりの風量に光さえ捻じ曲げられてしまっているのか、岩石は一つも見当たらなかった。
「見付かんねー」
『あははは。多分ね。声も届かないと思うよ』
「ってことは連携は厳しそうか」
『厳しくはあるだろうね。ただそこを探るのは僕の役目だ。君は今はそこまで気にする必要はない』
「俺の役目は、か」
まるで唸る様な風音と共に、三つ目の竜が僅かに身動ぐ。そうしてとぐろがほどかれて、その巨体が動き出す。
「うごっ!」
冗談だろう。動くだけでも攻撃なのかよ。ソラは身動ぎで生じた風が自らの腹を打ったことに思わず顔を顰める。
「……」
動くだけで嵐の中に放り込まれたかの様に身体の各所を強い風が撫ぜる。まだ魔術で身体を保護しているから良いものの、これが生身ならば考えたくもないほどの風。そんな中をソラは風を操って飛翔する。そうして荒々しく飛翔する巨大な三つ目の風竜に、ソラははっとなる。
(多分、こいつ……)
そういうことなのだろう。ソラは三つ目の竜を見ながら、これが何を意味するかを察していた。
『トリン。多分こいつ、世界の異変を模したヤツだ。多分攻略方法とか考えても意味ない』
『世界の異変を模した? どういうこと?』
『ここに来る前の話だ。まだ聖域に来る前の』
その話は共有していなかった。ソラは今考えるべきことでもない、と後回しにしていた聖域に来る前の話をトリンへと共有する。それに、トリンはなるほどと納得した。
『なるほど……世界の異変を……あ、そうか』
『どした?』
『多分、中ボスが多かったのってそういうことなんじゃないかな。世界の異変を実体化させた存在。それを再現してたんだ。それでその中でも殊更大きい異変がこいつ、ということなんじゃないかな』
『なるほど……今後契約者になったならそういうのと戦うんだぞ、ってことか』
すでに取りやめとなった試練を調べる術はないが、可能性としてはなくはないだろう。というわけでソラはそうなのかもと思うが、すぐに気を取り直す。
『まぁ、良いや。そいつはどうでも……とりあえずトリン。そういうことだとお前は多分、その岩石から出たら死ぬ。マジでこいつの風はヤバい』
『了解。注意するよ。それで空也くん達もなんとか見つけた』
『そうか』
とりあえず空也達もまた無事らしい。ソラはトリンの言葉に少しだけ安堵を浮かべる。というわけで安堵した所で、彼は攻略に取り掛かることにする。
「……」
とりあえず弱点はわかりやすいが、それをどう攻略するかが問題だ。ソラは風を噴射する様に操りながら加速。風の竜を追い掛ける。と、そんな追撃を理解したからだろう。まるで唸るような風の音が、鳴り響いた。
「っ」
何か来る。ソラは風の中に交じる音を察して、感覚を鋭敏化。目線は風の竜の尻尾に向けながらも、感覚を周囲へと伸ばす。そうして伸ばした感覚の端を、何か巨大な物体が触れた。
「っ! はぁ!」
何かが迫ってきている。そう理解したソラは急浮上してきた何かに向けて、<<偉大なる太陽>>を構える。そうして彼が構えた瞬間、巨大な金属の柱が目に入った。
「っ!? うそだろ、おい!」
そんなのどこにもなかっただろ。ソラはどこからともなく飛来した金属の巨大な柱に思わず悪態をつく。とはいえ、彼はすぐさま気を取り直すと、すぐさま剣戟を放った。
「ぐっ!」
『ソラ! これは単なる金属ではないぞ!』
「わーってる!」
これは弾けない。そう判断したソラは即座に弾くではなく、<<偉大なる太陽>>の腹で受け流すことを選択する。飛来した金属の柱は明らかに魔力を纏っていた。
こんなものを真正面から受け止めてはいくら自分でも命がない。そう理解するに十分な重量と魔力、そして勢いだった。というわけで火花を散らしながら通り過ぎていく金属の柱を半ばまで受け流した所で、ソラは腕に力を込めた。
「つぉらよ!」
自らの上を通り過ぎていく金属の柱を弾き飛ばして、風の中に消えるのを見届ける。そうして彼は再度、風の竜を探す。が、そうして見えた風の竜はこちらに顔を向け、口を開いていた。
「……マジで?」
それはいくらなんでもヤバくね。ソラはあまりのヤバさに思わず笑みが浮かび上がる。そうして、次の瞬間。風の竜の口から無数の真空波が迸り、ソラへと襲い掛かる。
「っ」
何発かは覚悟しないと駄目か。ソラはしかめっ面で正面から迫りくる真空波に対して構えを取る。と、そしてそれと同時だ。後ろの方から何かを駆ける音が聞こえてきた。
「っ」
頼むから味方であってくれよ。ソラはもはや後ろを確認していられる余裕はない、と前だけに注目する。そして彼の願いは通じたようだ。
「兄さん! 半分こちらで!」
「っ! サンキュ!」
自らの上に現れた空也に、ソラは苦笑いではなく今度は正真正銘の笑みが浮かぶ。そうして空也が巨大な斬撃を放ち真空波の半分ほどを消し飛ばし、ソラがそれに続いて<<偉大なる太陽>>を振るって黄金の斬撃を真空波を消し飛ばす。
「よし、っ!」
一瞬安堵した瞬間だ。三つ目の宝玉が光り輝いて、三色の稲妻がソラへと襲い掛かる。あの異変と同じなら、ある程度攻撃方法はわかっている。そう勘違いしたがゆえの一瞬の油断だった。そうして稲妻が彼へと直撃する数瞬前。彼の身体が大きく吹き飛んだ。
「ぐっ!」
『腑抜けめ! 神使殿が調整くださった異変もどきとこれを一緒にするな!』
「わ、悪い! 今のは!? 由利か!?」
『ウチじゃないけど指示したのはウチ! ソラ! 柱やら砲台やら色々と浮いてる! 注意して!』
どうやら鳴海か侑子が何かをしてくれて、自分を弾き飛ばしてくれたらしい。ソラは由利の声でそれを理解する。そして更に続く情報共有を理解した瞬間、今度は岩石が彼へと襲い掛かる。
「ちょ、トリン!?」
『僕のじゃない! どうにも砲台があって、そこから岩石が弾丸の様に発射されているみたいだ!』
「マジかよ!」
むちゃくちゃしやがる。ソラは盛大に顔を顰めながら、飛来する無数の岩石へ向けて<<偉大なる太陽>>を振るう。そうして幾つもの剣戟が岩石を打ち砕いたと同時に、今度は金属の柱が飛来する。
「ちっ!」
「はぁ!」
「っと、空也! 助かった! お前もしかしてさっきからその柱を蹴って移動してんのか!?」
「ええ!」
飛来した金属の柱に着地して、その上を駆け抜けて助走を付けて再度跳躍。風の中に消えた弟に、ソラは思わず面白い様子で笑う。
『お前より身軽だな』
「そりゃ俺こんな重武装だし……っと、まだまだ来るか!」
どうやらこれは一瞬でも気を抜くとヤバそうだ。ソラはこれは一番最初に経験した異変の顕現ではなく、あくまで試練なのだと自らを戒める。そうして、彼は再び飛来する無数の投擲物の迎撃を開始するのだった。
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