第3796話 様々な力編 ――小休止――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。挑む前から何処かの世界で起きた異変による通行止めというトラブルに見舞われながらもなんとかたどり着いた聖域の攻略を開始する。
そうして幾つかの障害を乗り越えながらもなんとか一つ目のルートの制覇を完了させたソラ達は最後の最後で特大の爆弾を知らされることになりながらも、それはそれとして一時間ほどを掛けて最初の分岐点エリアへと戻ってきていた。
「さて……トリン。そっち大丈夫だよな? まぁ、警戒する必要もないとは思ってるけど」
『うん、大丈夫だよ……まぁ、警戒する必要はないと思うけどね』
警戒する必要はない。何故二人がそう言うかというと、当然先ほどのカイトとシルフィードの会話があるからだ。その中で彼女は確かに中ボスは計10体ほどと述べていたが、流石にカイトに怒られて各ルートの中ボスは取りやめた。
なのでここで中ボスが出る可能性はないだろうと考えて良いだろう。とはいえ、どこかで中ボスが出ることは確定している。万が一に備えて警戒しておくのは悪いことではないだろう。
「てか今更だけどさ。あのデカいヤツとか蛇みたいなのとかも全部中ボスじゃねぇんだな」
『あ、あー……確かにねぇ……』
どれもこれもが冒険者であればランクSでも一人では倒せない可能性が高い相手ばかりだ。場合によっては上澄みでも一人では厳しい場合はあり得ただろう。そんな相手でさえ、シルフィードの基準では中ボスにもならないのだ。今更であるが、やはり試練は簡単には攻略出来ないことがよく理解出来た。
「まぁ、それを考えりゃ口だけで中ボスを減らせたのは御の字か……最悪半年……は言い過ぎでも二ヶ月三ヶ月と掛かっちまっても不思議はなさそうだしなぁ……」
『あ、あり得ないわけではないだろうというのがなんとも反応に困るね……』
一応聖域の中では時間経過がないのでどれだけ長居しても冒険者としての活動には一切影響がないわけだが、それで精神と気力が保つかは話が変わる。流石にそんな長い間試練だけに挑みたくはなかった。
「それはそれとして……とりあえず台座に宝玉を捧げる。変化がないか、周囲の確認を頼む」
『うん、そっちは任せて。君の方こそ中ボスは出てこないでも変化が起きる可能性はある。十分に注意するように』
「おう」
トリンの指摘にソラは一つ頷いて、一応気を引き締める。あくまで戦闘がない、というだけで変化がないとは誰も言っていない。これに反応して起動する罠が仕掛けられている可能性は念頭に置くべきだった。というわけでソラは警戒しながらも、最奥で手に入れた宝玉を三つの台座のちょうど最初の通路に通ずる側に置かれている台座へとゆっくりと乗せた。
「……」
『『『……』』』
ごくり。誰かが生唾を飲んだ音が、通信機に響く。それほどの静寂の中と一同の見守る中で、ソラにより捧げられた宝玉はゆっくりと緑色に淡い光を宿して少しだけ浮かび上がる。
「……ひとまず変化なし。異音、異臭とかもない……浮かんだ以外は、だけど」
『了解。こちらからも変化は見受けられない』
どうやら警戒のし過ぎ、という所だったか。ソラもトリンも相互に状況を報告しながら、内心でそう告げる。そうして変化を待つこと数分。宝玉が光って浮かんだ以外は特に何も起きず、ソラは最終的な判断を下すことにした。
「とりあえず大丈夫そうか。由利、周囲は?」
『大丈夫。上の風も……収まったりはしてないけど。変わってない』
「よし……いや、よしかどうかはわかんないけど」
とりあえず目に見えた変化はなさそうか。ソラはこの様子だと左右どちらかの部屋の扉が開いた程度だろう、と考える。そしてそれはトリンも同様だった。
『ソラ、君はそこから見て右側……今の君から見て、だよ。右側の扉を見てくれ。何人かそっちに送る。こっちはもう半分を率いて逆側を確認する』
「了解」
『わかってると思うけど、もし開けても中に入らないでね、次は。万が一引きずり込まれるなんてなって、再度戻るルートから探さないとならないなんてなると流石にキツいよ』
「わかってる」
トリンの指摘に、ソラは笑いながら応ずる。そうして一同はパーティを二つに分けると、ひとまずどちらの扉が開く様になったかを確認する程度で今日の探索は終わらせることにするのだった。
さて分岐点エリアにて宝玉を収納し、次のエリアへの先鞭をつけた一同。そんな一同は当然だが何もなく、拠点エリアに戻っていた。
「はぁ……あ、先輩」
「ああ、ソラか。今日も今日とて遅かったな……いや、今日は単に俺達が早かっただけか」
「あー……」
「うん? なんだ、その顔は」
何か妙な苦笑いが滲んだ訳知り顔で理解を示すソラに、今日も今日とて型稽古を繰り返していた瞬が首を傾げる。まぁ、ソラ達は鋼の巨人の調査、そして戦闘と時間を要している。それに対しておそらく瞬達はというと、あの最後のエリアにて本来は待ち構えていたのだろう中ボスと戦って終わり、という所だろう。
その中ボスがどの程度かと知る由もないソラにはわからないが、少なくとも苦戦が強いられる程度ではあるとは察せられた。次のルートへ進まないのは当然だっただろう。
「まぁ、色々と……ああ、そうだ。助言、ありがとうございました。とりあえずこっちもあの草原エリアはクリア出来ました」
「そうか……まぁ、お前のことだから次は覗いてるか」
「っす……で、まぁそこで色々と」
「そうか」
その色々とは大体察せられはする。瞬は体感時間として半日ほど前に戦った相手を思い出して、流石にあれには苦戦せざるを得ないし、連戦は避けるしかなかったかと思う。
とはいえ、当然そんなことはなかった。というわけで、そこらをソラが瞬にはと共有しておくことにする。不要な警戒を強いることになってしまうからだ。
「な、なるほど……それでカイトが少し離れるが気にするな、と言っていたのか。ドッグランスペースだかに入っていったから日向達と遊んでいるのかと思ったが」
「あー……まぁ、そういうことっす。全体共有が必要か……というかして良いかはわからなかったっすけど、とりあえず先輩には共有しておいた方が良いかな、って。もし今日戦ってたなら、多分次からも同じ様に出るだろう、と警戒すると思うんで……」
「すまん、助かる。流石にあいつと戦うことを念頭に置くと、ペース配分に影響してくる。ないならないでそれを念頭に置いてペース配分を構築出来るからな」
ソラの言葉に瞬は一つ礼を述べる。確かにソラの言う通り、何もわからないままでは警戒し続けて無駄に体力も気力も魔力も消耗するだけだ。共有が貰えたのは有り難かった。というわけで礼を述べた彼に、ソラが問いかける。
「どんなヤツだったんっすか? わざわざあの黒いデカいの以上なんっしょ?」
「まぁ、あの巨人以上かと言われれば若干反応に困るが……」
あの漆黒の巨人は鋼の巨人の使用を前提としていたからか、その分強度は高いし攻撃の規模も尋常ではなかった。だがそもそもあれは生身で倒せる様に設定されていない。倒せる様に設定された個体を比較対象にするべきか、瞬は少し判断に困る所であった。というわけで、そこらをソラも察したようだ。
「あー……確かに。あいつは倒せない様になってた、って感じもありましたもんね」
「ああ……それで言えばあの黒い巨人よりは弱いだろう。勝てたは勝てたしな」
「なるほど……」
勝てたは勝てたが苦戦はさせられた。瞬の言葉の裏をソラも察する。そうしてそんな彼に、瞬が教えてくれた。
「まぁ、単純に言えば風の巨人という所か。といっても数十メートル級ではなく、数メートル級。大型と言って良いかもしれん程度だが」
「頑張れば倒せはする程度のサイズ、と」
「そういうことだ……まぁ、こう偉そうに言っておいてなんだが初戦は敗退したがな」
「マジすか」
少し照れくさそうに笑う瞬に、ソラは自分が考えていたより数段上だったと考える。とはいえ、それを考えればやはり、答えはこれだった。
「まぁ、それならやっぱ中ボス戦省けたのは儲けもんっすね」
「まぁな……おそらく全ルートに出てくる予定だった個体はすべて異なるはずだったんだろう。それが三体に、三体突破したあとももう一体……計四体。更に中央のラスボスとやらとその前に中ボスとやらの二体……改めて考えても多いな」
「っすね」
改めて指折り数えてみれば、片手の指で足りない数のボス戦だ。しかも当然、その道中には先の漆黒の巨人やら蛇を模した守護者もどきやらが控えている。あまりに多すぎた。
まぁ、試練とはそういうものだと言われればそれまでだが、若干一同に課される難易度に見合っていたかと言われればカイトは否という所だったという所なのだろう。
「まぁ、とりあえず。その次はまだ俺達も確認していない。カイトが今日はもう何も考えず休め、と言ったし明日も完全に休みにしろ、という指示があったしな」
「確かにまだ折り返しでさえないんっすもんね……」
あくまで一つクリアしただけで、それでもこの数日膨大な魔力と精神力を消耗した。ここから立て続けになると、確実に蓄積した疲労から致命的なミスをしかねない状況だった。と、そんな所に声が響く。
「休むこともまた試練においては重要なことだ。勢い勇んでなんとかなるもんじゃない」
「カイト。話は聞いたが」
「ああ……とりあえず改めてオレが監修を入れた。ここからは安心してくれ……まぁ、道中は割と良い塩梅だったが、少しボスが多すぎた。あれは気力が保たん」
「そうか」
カイトの言葉に瞬は一つ頷いた。そうして、その後はこの日一日、そして次の日を含めて一同次のルートの攻略に向けて休養を取ることにするのだった。
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