第3785話 様々な力編 ――草原エリア――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。挑む前から何処かの世界で起きた異変による通行止めというトラブルに見舞われながらもなんとかたどり着いた聖域の攻略を開始する。
そうして蛇を模した守護者もどきを撃破して次の日。次のエリアへと足を伸ばした一同を出迎えたのは、広大な草原エリアであった。そこに横たわる鋼の巨人を警戒しながら鋼の巨人がもたれ掛かる小山の周辺を探索したソラ達であったが、ぐるりと一周した所で現れたのは鋼の巨人よりも更に巨大な漆黒の巨人であった。しかも漆黒の巨人は最初から活動状態にあり、こちらに敵意を向けてきた事からソラ達は流石に撤退を選択。その後大穴エリアから内部を覗き見ていた。
「どうですか?」
「……リセットされたか消えたかしたっぽい……多分」
空也の問いかけに、扉を僅かに開いて中を覗き見ていたソラが見たままを告げる。どうやらこの部屋は一度出れば最初の状態に戻るか、それともあの漆黒の巨人は消えてくれるらしい。自分達が放った攻撃の痕跡を含め元通りになっていた。というわけで扉を開いて、ソラは一つ安堵のため息を吐いた。
「はぁ……うん。問題ない」
「時間制限付き、という事でしょうか」
「それならそれで最悪だな……でもとりあえず居なくなったのは事実だ」
とりあえずこれで猶予は出来た。ソラは中に入って周囲を確認。漆黒の巨人も完全に消えている事を確認する。
「ふぅ……うん。とりあえずは大丈夫そう。トリン、あの黒いのが出てくる前になにか兆候とかなかったのか?」
「わからない。少なくともあのタイミングまで目視で確認出来る範囲では何もなかったけど……」
「となると……もう一回か何回かはあいつと戦わないとだめか」
「だめだろうね」
少なくともあの漆黒の巨人は確実にこの攻略においてなにかのヒントになっているからこそ出てきたはずだ。ならば倒すかなんとかしなければならないだろう。ソラはトリンの同意に、深くため息を吐いた。
「はぁ……今度は本気の本気でやってみて、か」
「やれる?」
「やるしかないだろ……最悪はあの鋼のも目覚めさせる覚悟でやりゃまだ上は出せる」
トリンの問いかけに対して、ソラはじっと鋼の巨人を見据える。正直に言えば二方面での戦いなぞやりたくないし、よりにもよってどちらも巨大な相手だ。一体でも倒せるかわからないが、やらなければならないのならやるしかなかった。
「とりあえずもう一回探索してみるか。トリン、さっきはどれぐらいであいつ出たっけ」
「確か最後に時計を見たタイミングで大体3時間か4時間ぐらい経過したタイミングだったと思う」
「となると、安全マージンとして3時間を限度としておいた方が良いか」
「そうなるかな」
「良し……とりあえずは……」
あの小山だな。とりあえず先ほどと同じ時間を鑑みるのなら最低数時間は探索出来る。体力的にもまだ猶予はあるし、小山の探索は中途だ。せめて少しは情報を入手しないと、明日に向けての作戦を立てる事も出来そうになかった。というわけで一同は再度草原エリアに足を踏み入れて、探索を開始する事にするのだった。
さて時間には猶予があると考えて再度の探索を開始したわけであるが、当然だが簡単に行くはずがなかった。探索を開始して一時間。ソラ達は再びの地響きを耳にする事になる。
「これ……嘘だろ? まだ一時間とちょっとだぞ? 由利!」
「待って! 今確認してる! ……居た! 山を中心に9時の方向!」
「っ」
あっちか。ソラは由利の返答に小山を北側として設定した方位を確認。すると薄っすらとだが、確かに漆黒の巨人がこちらに向けて歩いてきている事が理解出来た。そうして僅かに逡巡するソラに、トリンが問いかけた。
「どうする? 接敵までまだ時間はありそうだけど」
「一発ぶち込んでみる。今度は本気で……」
「……了解」
ソラの視線の先を見て、トリンは険しい顔で一つ頷く。その視線の先にあったのは、言うまでもなく鋼の巨人だ。先程以上の一撃を叩き込む以上、この鋼の巨人が目覚める可能性は非常に高いだろう。それも念頭に行動する必要があった。というわけでトリンがすぐにソラへと提言する。
「ソラ。今回はあいつを倒せるかどうかに留めるべきだ。連戦で鋼の巨人まで戦う事は不可能だ」
「わかってる……即座に撤退だな」
「うん……それに間違って鋼の巨人に攻撃が当たる事は避けたい。ここで戦うべきじゃない」
「……か」
先ほどまで漆黒の巨人は最低でも3時間は出てこないと考えていたので、ソラ達は一旦小山の探索を行っていた。なので位置関係としてはソラ達の少し斜め後ろに鋼の巨人が居て、万が一漆黒の巨人の攻撃が流れて鋼の巨人に当たった場合は挟み撃ちに遭う可能性があった。というわけでソラは一瞬周囲に視線を巡らせて、交戦に一番適した場所を考える。
「やるなら……草原か」
「うん。それがベストだと思う……そのまま一気に撤退するべきかな」
「良し……リィルさん。あれ、お願いできますか?」
「わかりました」
しゅぼっ。ソラの求めをわかっていたかの様に、リィルが一つ笑って応ずる。かつてバーンタインもやっていたが、<<炎武>>は他者へのサポートも出来るのだ。それを使って火力を更に底上げ。今出せる最大火力を叩き込むつもりだった。とはいえそれは今までの話で、今は更に上を一時的に出す事が出来た。
「後は鳴海ちゃん。さっきの強化って攻撃面も出来るんだったよな?」
「一度限りになりますけど……それで大丈夫でしたら」
「頼む……一発限りの大火力で仕留められなかったらもう俺達に打つ手はない」
現状出せる最大火力はリィルと鳴海の支援を重ね掛した上で、そこにソラが自身に<<地母儀典>>の身体強化を加えた状態で放つ<<偉大なる太陽>>の一撃が、現状出せる最大火力だった。
「<<偉大なる太陽>>……やれるよな」
『やれるが……まぁ、やってみるしかないだろう』
「気弱な事言ってくれんなよ」
『流石に大精霊様の試練で自信過剰な発言はできん』
流石の神剣様も大精霊相手に自信過剰な発言は無理ってわけか。ソラは<<偉大なる太陽>>の返答に笑う。というわけで一歩一歩踏みしめる様に歩いてくる漆黒の巨人を前に、一同今度は急ぎ足で草原へと移動。由利に周辺の警戒、空也と侑子に退路の確保をしてもらう事にして、ソラは<<偉大なる太陽>>を構えて意識を集中する。
「ソラ。倒せなかった場合の次は?」
「受けられるかやってみる……流石に一発も受けられないとかにはしてない……はず」
ここはあくまで自分に向けての試練だし、最初の挑戦と異なって一時間で出て来た事から時間制限の類とも思えない。倒せはしなくとも戦う事は想定しているはずだから、受けられるかどうかを試す必要はあった。
「……わかった。でも無理だけはしないでね」
「おう……<<大地の鎧>>は展開し続ける。潰される展開にはならないはず……だ」
一発で消し飛ばせればそれで良し。今後はそれを念頭に戦うだけだ。だがもし最大火力の一撃を叩き込めないとなると、攻略方法を考えて弱点を見つけ出し倒すしかないだろう。というわけでソラは意識を集中し魔力を漲らせながらも、頭は次に向けての戦略を構築していた。
「トリン、鋼のは?」
「かなり魔力が高まってる……何時目覚めてもおかしくはない」
「……」
一瞬だけソラは漆黒の巨人から視線を外して、鋼の巨人を見る。トリンの言う通り内包する魔力はまるでソラの魔力に呼応する様に段々と高まっており、何時目覚めても不思議はなかった。
というよりこれ以上に高まるのならソラの戦闘力を超える事は確実で、漆黒の巨人との二方面作戦は不可能と考えるしかなくなるだろう。
「……目、光ってね?」
「光ってるね……でもまだ不活性状態と言って良さそうだ。少なくとも動こうとはしていない」
「マジか」
もう笑うしかない。ソラはトリンの返答に思わず苦笑を浮かべる。とはいえ、そうこうしている間にも漆黒の巨人は近づき続けていた。
「ソラ。おしゃべりはそこまでに。炎をそちらに移します」
「うっす! っ」
リィルから供給される<<炎武>>を更に<<廻天>>を利用して<<大地の鎧>>へと出力し、自身の強化を更に強くする。そうして彼の総身が一回りほど肥大化したような印象を得た直後、鳴海により刻印が刻まれた<<偉大なる太陽>>が黄金色に輝いた。
「ふぅ……」
黄金の騎士と化して、ソラは暴れ狂う力の奔流を自らの内側に留める。そうして<<偉大なる太陽>>を構えて、ソラは漆黒の巨人をしっかりと見据えた。
「……おぉおおおおお!」
ごうごうと黄金の閃光が<<偉大なる太陽>>から立ち昇り、遥か天高くの雲が切り裂かれる。そうしてソラが<<偉大なる太陽>>を大上段に構えたと同時に、今まで歩くだけだった漆黒の巨人が走り出した。
「っ」
流石に危険視されたか。ソラは走ってくる漆黒の巨人に対してそう思う。だがすでに放出を始めた力は止められる状態になく、ソラは容赦なく<<偉大なる太陽>>を振り下ろした。
「<<偉大なる太陽>>!」
その名と共に巨大な光条が斬撃となって放たれて、通り過ぎる先にある草木を焼き払い、地面をガラス化させる。その威力はもはや地球の現代科学の出せる最大火力を遥かに上回っており、大都市を建物さえ跡形もなく消し飛ばして余りあるほどであった。そうして巨大な閃光が全てを焼き払い、しかしそれでも。
「……まーじか」
おそらく直撃していればランクSの魔物だろうと余裕で跡形もなく消し飛んだはずだ。それだけの力の直撃を受けてなお健在の漆黒の巨人に、ソラは思わず苦笑いしか浮かべられなかった。だがこの可能性は最初から想定済み。ならばとソラは失敗と同時に飛来する小瓶を引っ掴む。
「ぷはっ……おし! トリン!」
「了解! 周囲の警戒は継続する! と、言いたいんだけど、一つ悪い報告から!」
「なんだ!?」
「漆黒の巨人、一体じゃなかったみたいだ!」
「はい?」
半ばやけっぱちなトリンの報告に、ソラが思わず唖然となってそちらを見る。するとちょうど彼の方向に、今しがた自分が睨んでいた漆黒の巨人と似たような巨人が一体立っていた。ソラに意識を集中させようと報告を少し遅らせていたのである。というわけでソラは思わず声を大にする。
「……ま、待て待て待て待て!? いくらなんでもそれは聞いてない! っ!」
再度響く別方向からの地響きに、ソラは思わず顔を顰める。そして次の瞬間。彼は最悪は想定を遥かに上回るからこその最悪なのだ、と理解する事になる。
「……マジで?」
ここに来て三体目の漆黒の巨人っすか。ソラはもはや笑う事さえ出来なくなった状況に思わず思考が停止する。そんな状況に、トリンが大慌てで声を発した。
「ぜ、全員撤退! 流石にこんなの情報を集めるも何もあったものじゃない!」
「お、おう! 全員、急いで撤退だ!」
これは確かに防御出来るかどうかを試すとかそういうレベルではない。ソラは更に別の方向からも地響きが響くのを聞きながら、更に最悪が更新されているのを確認する事もなく撤退する事にする。そんな所に、更に由利が報告する。
「ソラ! 魔物の群れも来てる!」
「もー最悪だ! こんなのどうしろってんだ!? カイトの試練と勘違いしてねぇか!?」
明らかにカイトでなければ対応出来ないだろう状況に、ソラは思わず絶叫にも似た様子で怒声を上げる。というわけで一同は成すすべもなく、再度草原エリアから逃げ帰る事になるのだった。
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